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エイム迷走ス  作者: くろ
60/111

呪われた男


 アリロスト歴1893年   7月



  ジャックを『ラビットクラブ』へ置き去りにして、俺とセインとパトはエイム公爵家の箱馬車に乗り、ゆっくりと下宿112Bを目指した。

 先にパトをセントラルにあるタウンハウスへ送り届け、俺は後から誰も就いて来ない事を確認した。

 嫌がるジャックをノルセー伯爵の傍に置いて来たのは、ボーイをしていたノリスの動きが怪しかったのもあるけれど、一番の理由は俺を焦らせて待たせ過ぎた事への報復だ。

 俺って律儀な性格なのかも。


 ノルセー伯爵は、イイ性格をしているけど嫌悪感を抱く程では無かった。

 自己防衛が出来る貴族では良く居るタイプの人物だ。

 ジャックの事だから、それなりにはノルセー伯爵からヘクター大佐の情報を引き出して来るだろう。

 俺は駄目なんだよね。

 自己防御する人からは自然と警戒されて、俺には肝心な事を話して貰えない。

 だけどまー、別にジャックを羨ましいとは思えないけどね。



 俺はセインを家へと送り届けて下宿112Bの前でエイム公爵家の4輪箱馬車を降りた。

 そして其の侭1階ホールから螺旋階段を登り、2階の通路に立つと素敵なタイミングでジェローム探偵事務の黒い扉が開き、クロードが静かに俺を招き入れてくれた。

 俺はクロードに珈琲を頼み、飾り棚の時計を見ると21時を回っていた。

 クロードの淹れてくれた珈琲に口を付け、俺はエドガー・ワインド殺害事件を想い返す。




 しかし、つくづくエドガー・ワインド議員の死は痛かった。

 嫡男ロナルドの妻オリーブが、夫ロナルドを殺害しようとして入れた毒入りシャンパンをパトの手違いでエドガー・ワインド議員に飲ませてしまった。

 ある意味犯人はパト。

 挨拶中にテーブルに置かれたシャンパングラスをシャッフルするなんて。

 3つのシャンパングラスで毒入りは、その中の1つ。

 嫡男ロナルドか、妻オリーブか、エドガー・ワインド議員か、のロシアンルーレット状態。

 俺はパトから話を聞くだけ聞いて、パトのタウンハウスへ連れて帰ってやったよ。

 事情徴取の席にはレイド警部とグライス警部も居たので、強いて何も言わずに俺はパトと一緒にその場を立ち去った。

 嫡男の妻オリーブは義父エドガー・ワインドを殺した事で自壊し、犯行を自白したからね。

 夫ロナルドが愛人と結婚する為に離婚しろと迫って居た事が原因だ。

 中々懐妊しないオリーブに夫ロナルドのみならず義父エドガーの扱いが酷かった。

 ソレも在るからシャッフル状態に成った時、オリーブは犯行を中止しなかったのだ。



 レイド警部はパトを「死神」と呼ぶようになった。

 俺にとっては呪われた男パトが、意気消沈していたけど凹んでる理由が、寄付の金額が目標額千ポンドに到達しなかったからだ、と知っていたのでレイド警部やセインの様にパトを慰めはしなかった。

 その恋愛脳を俺は蹴飛ばしたい。


 その後、レイド警部にくっ付いてワインド邸に行き調べれる範囲を見て回ったけど、流石に街の名士でもあり被害者でもあるエドガー・ワインドの情報を聞き出すのは困難だった。

 少し時を置けば色々と話が出て来るだろう。

 レイド警部もワインド家の人々に気を使いまくりで、俺の不躾な言動を注意する始末だし。


 エドガー・ワインドが急死後、突然辞めて行った使用人が居たので、名前と住所をセインに聞き出して貰った。


 残っている手掛かりは『ラビット・クラブ』しかねーじゃん。

 ノルセー伯爵はジャックに任せるとしてヘクター大佐とボーイのノリス。

 そしてトルゴン帝国の皇弟と一緒にプレイしていたサイモンと言う男。

 リチャードへ会いに2度程ヤードへ言ったけど沈黙を貫くのみ。

 まあ、俺が会いに行くと必ずグライス警部も付いて来るからその所為も或るのだろうな。


 まだグレタリアンに帰国して居ないけど入国したらヘクター大佐へは監視を着ける心算(つもり)だ。


 大本の事件は南グロリアから密輸されているアヘンから始まっていた。

 グラス通りに在った孤児院で定期的なアヘンの取引を行っていたのだ。

 そしてエドガー・ワインドは、連続私娼殺害事件を起こして迄、その地域を入手した。

 リチャードの手下の捕縛も遅々として進まないのは、ロンドに根を張って紛れ込めているか、ロンドにヤードが疑惑を持たない協力者が居たのだろう。

 エドガー・ワインドの死は協力関係にある犯罪者達にも不測の事態の筈。

 動き出すモノ達もきっと居るに違いない。

 俺はロンドの地図を見ながら、今まで歩いて来た道や街を脳内でトレースした。

 

 ジュリア救出事件の時、逃げ出した御者。

 そして俺のセインを誑かした怪盗バート。

 明日からまた人探しの日常に若干ウンザリしながら、俺は煙草に火を点けた。

 全く、呪われた男パトの所為で散々だ。



 ふむ。

 矢張り人手不足だな。

 そろそろ兄にも相談した方が良いのかも知れない。

 俺は煙草の煙を深く吸い込み、溜息と共に肺から紫煙を吐き出した。






 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 何なのでしょうね。

 このヘッポコ元皇太子ルスランは。

 ジャックが忙しくなって下宿112Bを留守がちにし始めてからは、私の後ろを付いて来る。

 厨房や倉庫そして中庭と付いて来て思い付けば「それは何?」てな質問を私に投げかけて来る。


 『君は5歳児か。』


 私はそう毒吐いてルスランの問いに答える。

 ハァー、残念なイケメンがまた増えた。

 そんな事を1階談話室で麦茶を飲み乍ら緑藍やジャックと話していた。

 ジャックがルスランを「イケおじん」って呼ぶけど、それって私に対する宣戦布告?

 ルスランがオジンなら私はなーに?

 そう尋ねるとジャックが私に平身低頭で謝って来た。


 まあロンドではアルドラ元皇太子のルスランの顔を知っている人が、殆ど居ないので下宿内では比較的フリーな行動を緑藍は許している。

 ただ外部の客が多いジェローム探偵事務の立ち入りは禁止されてる。

 まっ、私も2階は食事を運んだりと用が無いと行きませんけどね。


 ルスランの外出時は、鬘着用と伊達眼鏡を掛ける事を約束させられ、私かジャック、緑藍が一緒で無いと基本的に駄目だったりと中々制約が多い。

 其処ら辺は可哀想だとは思う。

 緑藍に謂わせればルスランを皇帝にしたい阿保が消えないと規制なしの外出は無理だと言う。

 単純な私は、嫌がっている人に押し付けないで自分達で遣りなさいよって思うわ。

 そして商会の経理チェックも終わったので、私はルスランと中庭に出て眩い光に目を細めて8月の花々を見て、紅茶を楽しむ。


 「ジャックも言っていたけど、ルスランは此の狭い下宿112Bに居るより、ミランズにあるエイム公爵家の別邸へ戻る方が自由に動き回れるのじゃない?」

 「確かに乗馬や狩りは自由に出来ないが、わたし(ヴァー)は此処での暮らしが楽しいよ。サマンサに色々教えて貰って自分で出来る事も増えたしね。」

 「ふふっ、あんまり何でも熟せるように成るとエイム公爵が付けて呉れた従者の人がする事が無くて失業しちゃうわね。今ルスランが出来ないのは洗髪と靴を履く事位かしら?」

 「嫌、髪を調えて貰うのはサマンサに遣って貰って居るし、クラバットを結ぶのも未だだ。それとトラウザーを後ろで吊るのも未だ未だ。」

 「充分よ。ロンドに行くと決める迄は全部を使用人に任せていたんでしょ?」

 「まあそうだ。だがジャックと過ごしていて気付いたんだ。わたし(ヴァー)もジャックと同じだと。」

 「ええー、ジャックと同じ?」

 「ああ、此処グレタリアンではわたし(ヴァー)には身分も何も無い。今はエイム公爵の保護を受けグレタリアンでも何不自由無く暮らさせて貰っているが、将来はどうなるか分からない。それにジャックがちょっとした片付けやわたし(ヴァー)の世話をしている表情が余りにも楽しそうでね。わたし(ヴァー)もジャックの真似をしたくなったんだ。」

 「ふふ、確かにねー。ジャックって掃除や庭弄りしてるのが好きだものね。この中庭もジャックが色々手を出してるのよ。あの蔓薔薇はジャックが植えたのだけど、直ぐに増え過ぎるから大変なのよ。棘も鋭いし。しかしそうかー、ルスランも平民として生きて行きたいのね。」

 「そうだな、グレタリアンで生きるにはソレしかないだろ?」

 「じゃあルスランも何か仕事が出来る様になった方が良いわね。生きるにはお金は大事だもの。」

 「そうか、、、。一応は、金が必要に成ったらスロン王国へ遣いを出せばわたし(ヴァー)の資産があるが。」

 「まっ、私が勝手に決める事は出来ないから、ジェロームに相談してみましょう。」

 「うん、有難うサマンサ。」

 「ふふ、いいえ、如何いたしまして。」



 きっとルスランは優し過ぎるのだろうな。

 今でこそ気を抜き捲くってる気儘なジャックだけど、エル公爵時代は人を従わせる事に慣れた空気と思わず平伏しちゃいたいって思う緊張感が在った。

 私には父親みたいな視線で優しかったけれど。

 それは緑藍も同じで。


 私は2杯目の紅茶を入れ乍ら、庭に咲く咲く花々を和んで見ているルスランの優し気なアクアブルーの瞳を目にして、あの大国からルスラン抜け出せたことにホッと安堵の息を吐いた。

 ルスランも縁が在って共に過ごす此処112Bの住人に成ったのだもの。

 ヘッポコ元皇子だろうと何だろうと私は幸せでいて欲しいと願うのだ。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  ノルセー伯爵に色々と尋ねて、会話して俺は疲れ果てた。

 俺から視線を外せないと言って凝視するを止めて貰えると助かるんだが、、、。


 ノルセー伯爵の話によると、、、、、。


 ヘクター大佐は誰かから指示を受けて「カモ」を連れて来ていた。

 その連絡役はボーイをしていたノリスとノリスにメッセージを持って来ていた印象の薄い男。

 特別室のカモ名簿は故エドガー・ワインドが管理していたと言う。

 でもって、緑藍が寄こした護衛と交代し、俺が帰る朝の9時過ぎにはノリスが消えていた。

 ノリスが居住していた部屋は綺麗さっぱり片付けられていた。

 緑藍に「何逃がしてるんだよー」って文句を言われても俺は知らない。

 だって、そっちは頼まれてないし。

 つか好みじゃない男に口説かれつつも、ヘクター大佐の記憶を聞き出している俺を褒めて欲しい。

 俺ってもう駄目かも知れん。

 ウィルに口説かれ慣れ過ぎて、少々のスキンシップだと気に止めなく成っていた。

 穢れの無い頃に戻りたい。

 うーん。

 今世では穢れの無い時期が思い出せない。

 俺の意識が目覚めて直ぐ、嫌がらせでエイム卿の殺気マシマシ増幅器にする為、緑藍に玩具にされてた気がする。



 そして俺は、ジェローム探偵事務の黒い扉が開かれたのを確認して、疲れ果ててトボトボとクロードについて行った。



 


    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 「ジャック、お帰りー。」

 「お疲れ、ジャック、お早う。」

 「ただいまだよ。くそジェロームもワート君も、俺を放置して行きやがって。お陰で酷い目に遇ったわ。」

 「おおー無事にジャックもロストバージンか。」

 「ジェローム、てめーまじ殺す。うんな訳あるかっ!」

 「ふふ、わりぃーわりぃー。ノルセー伯爵は嫌がる相手を無理矢理にーって感じの奴に見えなかったから安心してジャックを置いて来た。で、ヘクター大佐の話は聞けた?」

 「うん、あの特別室の運営はエドガーワインドとヘクター大佐がしていたらしい。ノルセー伯爵からの許可と言うと有難がられるので報酬と引き換えに名前を貸してた。カモは2人が選んで連れて来てたと言っていたよ。」

「マジかー。貴族が準貴族に使われてんじゃねーよ。全く。」



 緑藍がブツブツと文句を言って俺に話の続きを促した。


 俺は、ノルセー伯爵がお金が必要な理由を、『美意識は多額の資金を消費する』と、ザックリと緑藍に説明した。

 スカーフの一例を挙げて緑藍とワート君に伝えると唖然としていた。

 うん、気持ちは分かる。

 工房1件買ってる感じだもんなー。


 でもって、ノルセー伯爵は稼ぐ為に『ラビット・クラブ』を作ったらエドガー・ワインドに目を着けられ八百長の協力関係に成った。

 カモはエドガー・ワインドとヘクター大佐が選んで来て、特別室での勝負にした。

 1昨年に『ラビット・クラブ』を作ったが、ノルセー伯爵の知る限り4人は破産したと言う。

 破産しないまでも借金をしているのでエドガー・ワインド達の言う事を聞くようになり、んで、特別室の会計やカモ帖はエドガー・ワインドが管理していたと俺は話した。


 「私も確りと調査した訳では無いけど、ワインド邸にはそんな物は見つけられなかった。行方不明の使用人が持って逃げたのかな。使えるとか思って。」

 「あー、えーとボーイのノリスが今朝、俺が帰る時に消えてた。」

 「はあーー?」

 「だって俺もノルセー伯爵に話を聞くのが大変だったしー。」

 「いや別にジャックを責めて無いよ。」

 「ふへー、良かった。そうそうノリスの部屋は綺麗さっぱり、片付けられていた。でもってノリスへ指示を出してた人間が居たらしい。指示を持って来るのが印象に残らない男でルーファスって名前だったって。ヘクター大佐も誰かの指示で特別室を使ってたそうだよ。」

 「んー、エドガー・ワインドかなー。まっ、でも有難うな。流石はジャックだぜ。」

 「ふん、幾らジェロームが褒めても、あんな目に遇うのはもう御免だぞ。そー言えば、ノルセー伯爵がノリスが消えたなら、ヘクター大佐も来なくなるかもって話してた。」

 「まー、その可能性はあるな。でもやっぱり流石ジャックだ、絶対に私じゃノルセー伯爵は其処まで話してくれなかっただろうから。もうジェローム探偵事務所の専属交渉人に成ってよ。」

 「やだよー。そう言うのは助手のワート君にさせろよ。ジェローム。」

 「馬鹿か、ジャックは。そんな事をしてセインが襲われたらどーするんだ。」

 「いえ僕は襲われませんし。」

 「はああーーーーっ!てめージェロームやっぱ殺す。ワート君が駄目で俺なら良いのかよ!」

 「いや、セインは娘オリビアも幼いし、色々あるだろ?なっ?」



 俺はアタフタと言い訳を続けるジェロームの細い背中を思い切り右手て叩いた。

 エイム卿の顔が一瞬浮かんだが脳裏から追い払う。

 、、、此れは俺が怒ってもいい案件だよね。

 つか、ワート君の言う通りだよ。

 ワート君を襲う物好きは緑藍ぐれーだから。


 緑藍に呆れ果てた俺はクロードが淹れてくれた珈琲を持ってシガールームへと向かった。

 当然、スルリと動いたクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開いてくれた。

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