ラビット・クラブ
アリロスト歴1893年 7月
緑藍がエイム卿張りの黒いジャケットに黒いトラウザーそして黒のエナメルシューズと質の良い黒のシルクハットを被り、美しく整った表情でエイム公爵家の4輪箱馬車に乗っていた。
その緑藍の隣には灰色に染まったでっかい栗鼠が座っている。
いや、ダークグレイの上下を着たワート君だった。
でもって俺の隣には黒の燕尾服姿の華やかなイケメンであるパトリック氏が座っていた。
俺は普段と変わらないツィードにラフなベージュのジャケットを羽織って、「ラビット・クラブ」に生贄のジャック・スミスを連れて向かっていた。
古今東西、生贄は清い躰の処女だった。
そして俺は清い躰の処女である。
こんな事なら娼館へ行って脱童貞をして於けば良かったと深い後悔をしつつ、俺達は『ラビット・クラブ』の2階に住むカリスマ・ファッション・リーダーの元へと向かった。
俺を除いて、パトリック氏を筆頭に緑藍もワート君もテンション上げ上げで楽しそうだ。
重厚な扉を開いて部屋に入れば、マホガニー材で出来た円形のテーブルが隣室の開いた間口に繋がる付近に置かれ、6人程の観客が背凭れの無い回転する丸い椅子に座って、カードゲームに興じるノルセー伯爵を陶酔した表情で見詰めていた。
何コレ怖い。
丸いテーブルはノルセー伯爵達が使っている1つと少し離れた右隅と左奥へと3つ置かれていた。
中央には楕円形のテーブルに水差しや酒類、グラスが置かれボーイが水割りを作っていた。
12畳位の部屋には煌々とした照明が焚かれ、夜だと言うのに人々の姿が鮮やかに浮かび上がらせ、髪筋や表情が良く見えた。
緑藍は静かに周囲を観察し、中央のテーブルまで行き酒の入ったグラスを貰い、煙草に火を点けてボーイと何やら話し始めた。
ノルセー伯爵を尊敬しているパトリック氏は腰を低くして、彼の元へ向かい挨拶をすると、飼い主に褒められた大型犬みたいな歓びを見せて話していた。
ワート君はピタリと緑藍へ付き従っていた。
初めて知る此の異質な空間にワート君は戸惑ているようだ。
日常から乖離させる事でゲームに集中させると言う演出に俺は感心していた。
シンプルだが高級感溢れる此の部屋で、人一倍魅力増して見せているノルセー伯爵の自己プロデュース力に俺は舌を巻いた。
ノルセー伯爵に俺は声を掛けられ導かれる様にエスコートされ、もう一つの扉から別の部屋へと入って行った。
ノルセー伯爵に腕を取られて俺達は、籐で編んだ応接テーブルへと促されラシャ綿の3人掛けソファーにはワート君と緑藍とパトリック氏が座り、向かい合った2人掛けのラシャ綿のソファーには俺とノルセー伯爵がピッタリと寄り添って座った。
隣りに1つ安楽椅子が空いてるから俺はそっちへと移ろうと考えてると緑藍と視線が合った。
「其処に居ろ」
緑藍が目で俺に命じた。
もう、そのまんまエイム卿じゃねーか、緑藍。
渋々と俺の腕を取った儘でマジマジとこっちを見て来るノルセー伯爵の視線に耐える。
「今日はノルセー伯爵から私室へとお招きに預り、私共は感謝の言葉もありません。」
「いや、此方の方が礼を言わねば。ずっと逢いたかったジャックをこうして私に届けてくれたのだからね。私が出来る限りの礼をさせて貰おう。今、小切手を持って来させるから希望の額を言ってくれ。」
「いえ、お金ではなく少し話をお聞きしたいのです。さっきの素晴らしい賭博場にはヘクター大佐もいらっしゃるのでしょうか?トルゴン帝国の皇弟とヘクター大佐が一緒に居る所をお見掛けしたと仰った方が居られます。」
「ああ、来たかも知れないし来られなかったかも知れない。私も含め皆、ゲームに夢中で他の事には一切関知していないんだ。」
「そうですか。唯、知っていて欲しいのですけど、今回此処で企まれていたグリーンオブグリーンの宝冠盗難事件がもし成功して居たら、トルゴン帝国とグレタリアン帝国の同盟は不透明なモノへと変わっていたでしょう。アレはトルゴン帝国の皇族がその証として持つ物です。それが同盟国の不手際で盗まれ、万が一にも他国で、例えばルドア帝国で売りに出されたら両国の威信は大きく傷付き、その行為を許したグレタリアン帝国にも不信感を抱くでしょう。立派な離間工作ですよね。此の場所を提供し、関係者を秘匿するノルセー伯爵は、若しかしたらモスニア帝国がグレタリアン帝国へ送り込んだスパイかも知れない、そう考える者が出て来るかも知れません。」
「はっ、ジェローム探偵は私を脅しているのかい?」
「いいえ、ただ私はノルセー伯爵に知って於いて欲しかっただけ。トルゴン帝国の皇弟が来年には婚姻され事件秘匿の封印を解かれたらグリーンオブグリーン盗難事件の裁判が行われます。そうなれば『ラビットクラブ』の話や主催者であるノルセー伯爵の名が、表へ出て来ます。現段階であれば私の考え1つでノルセー伯爵が公にしたく無い事は秘して於けます。私に話し難い事なら隣に居るジャックと話して見てください。ジャックは冷たいようで優しく頼りになる人間ですよ。」
なんだか緑藍の話が俺にとって不穏な物に変わって行ってる気がする。
ええーーぇ!、スパイだろっ!って脅してからヘクター大佐の情報を聞き出すのじゃ無いのかよ。
いつの間に緑藍は他人へ配慮するつう高等技術を習得したんだ?
俺とクロエとワート君にしか気とか使わないほぼ我が道を行くエイム卿と同じだったのに。
やっぱり特異なカリスマ性と熱狂的な崇拝者がいる異次元の変態には緑藍でも配慮をするのか。
しっとりとした肌をした両手で俺の左手はノルセー伯爵に握り締められていた。
「じゃあ、ノルセー伯爵の話をジャックは確り聞いて。特にヘクター大佐の事を、グッドラック。」
緑藍はそう言って美しい彫刻が施された扉から出て行こうとした。
「おい、りょくら、、、じゃ無い。ジェローム、話が違う。俺から離れるなよ。」
「何を言ってるんだ。さっきも話し合って居ただろ?ジャックに色々と話したい事が在るそうだ。うん、てジャックも頷いたじゃないか。」
「ええー、だけどなー、俺は。」
「ジャック、好きな方を選べ。私がジャックを気絶させ此処へ宿泊させる。もう1つは自分の意思でノルセー伯爵の話を聞いて、此処に宿泊する。どっち?」
「、、、自分の意思で話を聞くしか選択肢が無いじゃないか。覚えてろよジェローム、阿呆!」
俺の罵倒を聞かずに緑藍、パトリック、ワート君が豪奢な部屋を出て行き、ギシリと重厚な扉を閉じて去って行った。
畜生おおおーっ!
コレって俺の返信が全くなかった事に対する緑藍の仕返しに違いない。
やられたらやり返すと言う義理固い緑藍の性格が発揮された。
俺は緑藍に何もやって無いのに。
つうか、ソレが悪かったのか。
今までも緑藍から手紙が来ても返信も書かずに放置してた。
だから緑藍もまさか俺がウェットリバーを留守にしているとは思わなかった訳で、、、。
仕方ない、今後は緑藍からの手紙には1行返信だけでも出そう。
ううん、一番悪いのは悪魔エイム卿だよな。
ずっとノルセー伯爵の左隣で手もモミモミされつつ、見詰められているのも気不味いので、俺は想ってる事を話した。
「えとですね、ロンドでノルセー伯爵のファッションを、流行らせてくれて俺は感謝しています。見る方も目に優しいし、着る方も飾り立てないので時間が短くて済み、疲れなくて済みます。もうロンドでは多くの紳士がノルセースタイルに成りました。ノルセースタイルは、外出が億劫な俺の助けに為ると思います。」
「ジャック、、、有難う。フロラルスやモスニアでは私のファン達には受け入れられたんだがロンド程こうして私のスタイルを取り入れてくれた国が無かったのだ。リョートン伯爵から私のスタイルはロンドで絶対に流行るからそう言われて誘われたのだが半信半疑だったのだ。ロンドはジャックみたいに美意識の高い人達が多くいるから私もロンドで暮らせて幸せだよ。」
あー、済まんが俺は美意識があるっつう訳じゃ無くて、より楽なスタイルへ流れてるだけだから。
何処かノルセー伯爵は、じじいに目元が似てる思ったら、そうだった。
じじいの子供をゴドール画伯のトコへ養子に出してたんだった。
ゴドール姓じゃないつう事はその子供等がモスニアで新たな家を興すか養子に入ったのか。
ポコポコと抱いた女の数だけ子供を孕ませていた懐かしい放蕩じじいを想い出した。
フリーダムなじじいだったが、ノルセー伯爵みたいに両刀遣いじゃ無かったなー。
もしや新たな時代は両刀遣いを求めているのかっ!
まっ、こんな阿呆な自問自答をしている場合では無かった。
ウカウカしてたら俺の魔法使いから賢者へのジョブチェンジアイテム『清いカラダ』を、妖しく不思議な踊りを踊っているノルセー伯爵にロストさせられる。
あっ、不思議な踊りじゃ無かった。
立ち上がって3回ターンして俺の前で片膝をついていた。
「一目見た時に私は運命を感じた。ジャックお願いだ。私の愛する人に成って欲しい。」
「お断りだ。てかさ、ノルセー伯爵はリョートン伯爵の娘と婚約してるだろ?恩人の娘と婚約期間中に何やってんだか。」
「婚約は、、、。私にも事情が在るんだ。聞いて呉れるか?」
「ああ、下んない話なら俺は帰るからな。」
「分かった。先ずは私の服を見てくれ。」
高級な白い綿素材のシャツに艶のある白いクラバットで首元を飾り、濃紺のウエストコートには繊細な刺繍が施され、ハイウエストなクリーム色のトラウザーを穿き、ウエストコートに似た濃紺のシューズを履いていた。
「スッキリして恰好良い服だと思いますよ。」
「有難う。今此の美しい織り方が出来るのはフロラルスにある工房だけだ。昔乍らの手工業でそれ程大量な生地は作れない。そして此の濃紺のシルクの生地はモスニア北西部で作られる特別な絹糸だ。そして此の絹はフロラルス北西部に或る工房で織られ、、、、~~~(略)」
何故か楽しい素材説明会が続いていた。
うん、手間暇かかって大変なのは俺も理解した。
『でもお高いんでしょ?』
つうか俺が王太子時代でも、其処まで拘った衣装なんて用意してねー。
グレタリアンの何でも大量生産化は俺も鼻白んでたけど、まー、皆に服が行き渡るなら仕方ない。
そう思ってたけど、何、こいつの拘り。
「分かると思うけどジャック、私の美意識を満足させるには非常に多くの資金が必要に成るのだ。」
「でしょーね。俺には想像出来ないっす。」
「リョートン家は多くの資産を持ち、娘には多額の資産を渡し、結納金もかなりの金額を支払ってくれるのだ。」
「切ねー。リョートン伯の娘って何歳よ。」
「3年後に18に成るな。18歳で婚姻だとリョートン伯爵は話していたからな。」
「若いのに可哀想に。ノルセー伯爵の嫁に成るなんて。でも婚姻する迄は少しは節約かな。結婚しないとノルセー伯爵に資金が入らないだろ?」
「ふふふ何の為に私がラビット・クラブを作ったと思って居るのだ。」
「そんな賭博で何時も勝つなんて、、、あーっ!イカサマしてるな?ノルセー伯爵。」
「、、、くっ。」
「くっ、じゃねーし。」
「私を軽蔑するかい?ジャック。」
「いや、別にしないよ。態々クラブに入会して賭博をしたい人達が、どーなってもあんまり俺は気に成らない。でも他国の王族をペテンに掛けるのは遣り過ぎだと思うよ。」
「トルゴン帝国の皇弟が来てるのは本当に知らなかったんだ。丁度、フロラルスへ買い付けに行っていたからね。帰国してからエドガー・ワインド議員から皇弟の事を聞かされて私は青くなった位だ。」
「ええーっ、じゃあヘクター大佐の事もノルセー伯爵は知らないのか?」
「んー、そうだな。エドガー・ワインド議員から我が国の英雄だとヘクター大佐を紹介されて、あの特別室の客はエドガー・ワインド議員とヘクター大佐が選んでいたんだ。私が許可を与えているって云う方が特別感があるだろ?」
「じゃあ俺達が居た特別室は?」
「彼等は私の熱烈な崇拝者でね。私の言葉は全て正しいと信じて呉れているんだ。」
「と言う事はノルセー伯爵が自らイカサマしている訳では無いんだね。」
「そうだが、イカサマを行う事も了承し、資金を提供して貰って居るのは私だし、私がイカサマをしていると言うのは間違ってない。」
「しかし、エドガー・ワインド議員が亡くなったからノルセー伯爵も稼げなく成ったな。」
「ふふ、賭け事にイカサマは付き物だが、私はカードゲームだとソコソコ稼げるんだよ?」
「ええー、じゃあ何でエドガー・ワインド議員に特別室を任せたんだよー。」
「ラビットクラブに入会してから暫くして、良く話すようになってエドガー・ワインド議員とヘクター大佐には危険なモノを感じたんだ。本来なら安全代に此方が支払うのだが、向こうが支払ってくれると言うので2人に任せたんだ。」
「そうだったんだな。」
「君を残して行ったのは、あのボーイがエドガー・ワインド議員やヘクター大佐関係の人間と判って、著名な自分を囮にしたんだろうね。きっと今頃は、あのボーイがジェローム探偵の事を、調べに行ったかも知れないな。」
「えっ、それってノルセー伯爵もヤバくないか?」
「私の事はジャックが守ってくれる?」
「頑張りたいと思うけど、俺は多分弱いよ。」
「その時は私が助けるよ。」
全く緑藍は、、、。
まあ、あの状況じゃあ緑藍も俺に話せないか。
俺はノルセー伯爵に対しての警戒を緩め、息を大きく吐いた。
俺の捜索依頼は緑藍と連絡を取りたかったノルセー伯爵のフェイク?
そう俺がノルセー伯爵に尋ねると溶けそうな笑みを浮かべた。
「正か、ジャックへプロポーズする為に決まっている。」
俺は慌ててノルセー伯爵への警戒態勢を敷いた。
コッチくんなー、ノルセー伯爵。




