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エイム迷走ス  作者: くろ
52/111

ノルセー・スタイル


  アリロスト歴1892年    10月




 ジェローム探偵事務所であの後、サナシス・モロッソ氏を「俺が」出迎えた。

 ダークブラウンの強く巻いた癖毛を自然に整え、顔から腫れと鬱血が消え形の良い高い鼻筋に、深い湖のような青く大きな瞳でサナシス・モロッソ氏は朴訥な空気を漂わせていた。

 ポツポツと言葉少なにハスキーボイスで、ヘンドリックに囚われた屋敷で俺がアシェット語の通訳をし、サナシス・モロッソ氏へ励ましの言葉を綴った事に謝意を告げた。


 何時もの安楽椅子に深く座っている緑藍は、「何を話しているか俺にはサッパリ理解出来てません」てな顔で、白々しい表情を造って俺を見ていた。

 殴りたい。

 その緑藍のワザとらしいキョトン顔。


 妹アデル嬢は瀕死状態の兄サナシス・モロッソ氏を見舞い、その姿にしたのが恋人のヘンドリックだと知り、一時パニックになったようだが、今は落ち着きアシェッタ王国へ大使補佐官と共に帰国したそうだ。

 サナシス・モロッソ氏は是非とも輝く太陽と神々が住んでいるオリピア山脈を見に、アシェッタ王国へ来て欲しいと本気で俺を誘っていた。

 オリピア山脈はどうでも良いが古代アシェッタ遺跡は見たいと俺も本気で思っている。

 何せ嫁『パルテの戦乙女』の実家だし。



 グレタリアン紳士では見掛けない武骨で実直なサナシス・モロッソ氏に俺は再会を約束して別れた。


 「ジャック、サナシス氏の妹なら案外ジャックの理想の女性像に近いだろ?」

 「ああーーーっ、ジェロームも気付いたなら早く教えてよ。」



 そうなのだ。

 サナシス・モロッソ氏の顔立ちは黄金比に近いのだ。

 良し、俺は理想の女性とラブをしに、アシェッタへ行くぞーつ!そう決意した。



 

 そんな俺の邪な想いは兎も角として、エイム卿と参加する午後の茶会では「自由貿易サークル」つう、関税自由化を求める政治結社みたいなモノが出来た。

 今までは庶民院と言われる下院でも、議員達が足並み揃えて一つの政策へ進むって事が無かったらしく、エイム卿が何やら御満悦だ。

 此れで小さな会に意見を擦り合わせる為に参加せずに済む、つう事みたいだ。

 いやーでも、エイム卿が参加してても喋ってたのは俺と補佐官ヒューイだよな?

 そう思ったが余計な話をしないのが俺のフォーマル・スタンス。


 そんな茶会や夜会でノルセー・スタイルがスタンダードに成りつつあった。

 つうか、もう成っていた。

 黒やダークグレーのフォーマル燕尾服やジャケット、そしてベストにサッシュと、シックな色味のストレートなトラウザーかスパッツ。

 でも正装にはブリーチとヒール付きのパンプスだけども。

 やっぱり孔雀の様な持って持っての盛装は貴族も紳士も疲れていたんだよな。

 俺の感覚は間違って居なかった。

 ノルセー伯爵の中身は如何であれ、俺的に良いモノは良いのだ。







 そして週に2度、エイム卿からシバキ上げの護衛術を教わるように成り、まるでアルフレッド時代の様に小姓のリノと従者のドルフに肌や髪を磨いて手入れされるようになった。

 きっと悪魔エイム卿は楽しんで、激しいスパルタ式訓練を俺に(ほど)しているんじゃ無いか?と思ったり、思わなかったり。

 その訓練した後に付いた血液の鬱血痕や打ち身痕を修復する為の癒しなのだとか(なん)とか。

 何だろう。

 癒してやるから殴っても文句言うなよって、言われてるように感じる此の納得出来無さは。


 修復マッサージが行われて2か月、めっきりピカピカのイケボディになり、何時でも婿(ムコ)に行ける準備が整った今年30歳になる童貞の俺だ。




 そんなイケボディになった俺と、口髭だけ手入れして居れば、エロくて麗しい整った風貌のエイム公爵と並んで蒸気機関車の一等車両に乗っている。

 並んで座っている理由はエイム卿が進行方向を見ていたいから。

 「俺は別に」と、立ち上がろうとした途端、意味不明に右腕を捻られ俺は座席に座らされた。

 内心で俺は、「何しやがる、此の悪魔っ!」て怒鳴ってた。

 ごみごみとした街を抜けて木々が連なる林や広い農地にポツポツと見える小さな町を眺めていると、エロいテノールヴォイスでエイム卿が話す。


 「アルドラ元皇太子の妻が亡くなった。非常に気落ちなさっているのだジャック。」

 「えっ、まだ皇太子妃はお若かった筈では?」

 「皇太子妃ではないよ?ジャック。只の農園の娘だった。それより判っているだろう?」

 「うん?えーと。」

 「はぁー、察しが悪く為ったなジャック。気落ちした元皇太子を慰める役目だ。」

 「いやっ、俺がそんな大役を務めるには、、、。第(いち)俺って婚姻もしていませんから、夫の気持ちというのも今1つですね、分らないと言うか、其処はエイム卿の方が、、、。」

 「私にそれが出来るとでも?」

 「えーえー、ええっと、、、、。」


 猛禽類の眼差しを俺に向けてジワリとする冷気を浴びせ掛けて来る。

 はい、無理っすね。

 つうかエイム卿が誰かを慰めると言う絵図が俺には想像出来ないや。

 窓の外に流れ去る赤や黄色の広葉樹や草花を見ながら、俺は早く11月に為る事を願うのだった。









     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





   アリロスト歴1892年    11月




 セインが引っ越す予定の屋敷の見取り図を俺はセインと一緒に見ながらチェックしていた。

 娘オリビアは来年5歳になり、住込み使用人が乳母とジュリア、メイドが2人にコックが1人と言う世帯人数なのでジャックみたいに集合住宅へ下宿住まいとは行かない。

 ブレード街にある候補の貸家をセインと俺は応接テーブルに向かい合い使い勝手を話し合っていた。


 するとクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開き、1人の30歳手前に見える金縁眼鏡を掛けた女性を招き入れた。

 眼鏡が一般的に成ったとはいえ女性が外出時に掛けているのは珍しいと俺は思った。

 俺は席を立ち何時もの安楽椅子へと移動し、彼女の話を待った。

 俺やセインが慌ただしく席を移動した後、クロードが礼儀正しい所作で片付けた応接テーブルに、彼女を案内し、ゴブラン織りの椅子を引いて席へ促した。


 「初めまして、ジェローム探偵。私はハンナ・マローズと申します。」

 「どうも、所でルドア帝国の方が何故ロンドの探偵事務所に?時期的にはグレタリアン帝国で動くのは危険だと思うよ。まだイラドで戦って居る最中だし。」

 「ええ、名前や容姿で誤解されるのですけれど私は東ポーランからの移民なのです。」

 「ああ、アソコは幾度もルドア帝国に占領されているからね。で、どのようなご依頼ですか?」

 「はい。実は夫の行方を捜して欲しいのです。」

 「ふむ、ご自身で出て行かれた?」

 「は、はい。そうです。きっと女性と一緒だと思うのですが、もしその方と一緒になるつもりなら私と離婚だけは、して欲しいと思い、主人の捜査依頼をお願いしたいのです。」

 「ご主人はロンドに居そうなの?」

 「それが分りません。名前も変えていると思うのです。でも肖像画があるので、コレを。」


 俺は依頼人ハンナの話を聞いて、この依頼は断るしか無いと結論を出していた。

 彼女が布のポシェットから出した小さな肖像画を見る迄は。

 その絵に描かれているのはアルドラ元皇太子だった。

 俺は彼女に気付かれないようにもう一度、容姿を確認した。

 少し痩せ気味な細面の顔に金縁で蔦の細工が施された眼鏡、そのレンズの奥には意志の強そうなアンバーの瞳に、ベージュ色の柔らかそうな髪を後ろで纏め、小さなグレイの帽子を被り、質の良い鈍色のダストコートを羽織っていた。


 まー、俺にポーラン人とルドア人の見分けがつかないけど、ハンナ嬢はルドア人だろうな。

 恐らく兄が始末したであろう元皇太子の妻はルドア帝国に連絡を着けていたのか?

 全く面倒だな。

 つうても此処でハンナ嬢をリリースした方が後でもっと面倒になりそうだ。



 「随分と御主人は若くて色男ですね。」

 「ああ、絵の方は随分と若い頃に書いたので、今は36歳に成っています。」

 「そう。」



 俺は軽く頷いた後、セインに彼女が話すアルドラ元皇太子の特徴をメモに取らせ、ハンナ嬢の住所を書いて貰い、クロードに見送らせ、そしてセインに気付かれないように、トマスにハンナ嬢の跡を追わせた。

 

 

 

 

     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1892年    11月





 だだっ広いアルドラ元皇太子の居室で俺は静かに読書をしていた。

 隣の部屋にある寝室でアルドラ元皇太子はさめざめ1人で泣いて居るのかも?


 此処はエイム公爵領にあるミランズ。

 アルドラ元皇太子夫婦が住んでいたエイム公爵の別邸。

 三日前に此処に俺とエイム卿が到着し、顔合わせで挨拶した後は、「1人に成りたい」つうってアルドラ元皇太子は、彫刻を施された白い扉を開けて、隣の寝室で亡き妻を偲びお籠り中。

 俺なら扉を閉めてしまうが流石ルドア帝国の元皇太子、ゲストにも気を使うのか。

 はははっ。

 違ったわ。

 誰も扉を閉める人が居ないから開いた侭っだりする。

 育ちが良いからなー、ルドア帝国のアルドラ元皇太子は。


 時々、俺とエイム卿は緑藍の事を話したり、緑藍の事で盛り上がったり、緑藍の事で微笑み合ったりしている。

 なんつって、全部緑藍じゃねーか。

 だってさ、一応は扉が開いてるから、ヤバ気な仕事の話する訳にも行かないし、でもって俺とエイム卿の2人が共通して興味あるのって緑藍の事だけだしな。

 そもそもエイム卿の興味の対象って緑藍オンリーだもん。

 まっ聞かれても大丈夫な事件で、カッコイイ緑藍の行動とか、言葉を話してあげると、エイム卿も大喜びしてるので、皆が平和になれる。

 でも流石に3日も続くと、俺も緑藍の話をするのに飽きて来たので、此の部屋に在った書棚から、本を引っ張り出して読んでいる。

 もしアルドラ元皇太子が聞いていたとしたら、彼も聞き飽きただろうと俺は推理した。

 『別に強いて理は無い。』



 そんな事を考えながら『美味しい羊ジョーンの育て方』と言う、童話を読んでいるとドアの外からエイム卿を静かに呼ぶ声が聴こえた。

 スクリと立ち上がったエイム卿は、ドアの外で補佐官ヒューイとゴニョゴニョ話していた。

 

「少し急用が出来た。ジャックは此処でアルドラ元皇太子を宜しく頼む。」


 ひらりと身を翻し、エイム卿は俺を残して補佐官ヒューイと共に去って行った。

 ちょい待って。

 俺は此処で何をすれば良いんだ?


 1人駄々っ広い高級感溢れる部屋で、3人は掛けれる大きなピンク色のベルベットが張られたソファーに、ポツネンと両脚を揃えて腰を掛け、太腿に広げた童話『美味しい羊ジョーンの育て方』で、毛を刈り取られている羊ジョーンの挿絵を、俺はぼんやりと眺めていた。

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