悪魔でヒーロー
アリロスト歴1892年 8月
下宿112Bがあるブレード通りで間抜けなジャックは拉致られた。
まさか近所のグレッグ貸本屋へ行っただけの大の男が、夕方とは言え日の有る中で、堂々と4輪馬車で攫われるとか俺も思わなかった。
翌日兄からの依頼でジャックが助けた?サナシス・モロッソの妹アデルを捜してくれと依頼が在った。
依頼をしに来たディックからジャックが攫われた顛末を聞いて俺は唖然とした。
弱い。
なんつー弱さだよジャック。
身長約183㎝はある並の男なら2人位は撃退しろよ。
如何やら鮮血を見たり浴びたりしたショックで、ジャックは男爵邸で寝込んでいるらしい。
よし、体調が戻ったらジャックに俺が護身術を教えて鍛えて遣る。
幾らブレード地区が兄の管轄地域だからと言って24時間見守るなんて無理だからな。
然も、兄の護衛対象はあくまで俺だから。
ジャックの余りの弱さに呆れ返り乍ら、俺はディックから渡された資料を読んだ。
アシェッタ王国民が絡んでるけど今回は一般事件としてヤードへ届けても構わないとメモがあった。
兄のサナシス・モロッソが極度の衰弱で倒れる前に、兄と筆談した報告だ。
父親が死に家族に財産が分けられたが妹アデルの財産は婚姻する迄、当主であるサナシス・モロッソが管理することに成っていた。
それを狙っての犯行だった。
ヘンドリックも兄サナシスをアシェッタからロンドへ呼び出す方法を思案していた所へ、本人が妹アデルを捜しにグレタリアンへ訪ねて来た。
慌ててアデルを隠し、サナシスに近付いた。
グレタリアン語を解さないサナシスをロンドで借りている屋敷に監禁暴行を加えて、婚姻許可証と財産管理移譲書へサインを強要していた。
サナシスは妹アデルに先に会せろとヘンドリックに掛け合ったが、暴行を加えた跡をアデルに見られる訳も行かないので拒否をしていた。
そして不測の事態が起きた。
唯一アシェッタ語が出来、通訳の役目を果たしていたヘンドリックの悪仲間が、酒場で喧嘩し止めに入った警官に暴行を加えた為、現在は一足早く留置場に居た。
通訳が居なくなって困ったヘンドリックたちは、安全そうな通訳を求め探しに出掛けた。
そして見付けられたジャック。
ジャックが気配にヘッポコに成るのは、恋をした時だと俺は思っていたけど、実は誰かに恋をしていたのかな?ジャックってば。
まっ、それは兄の依頼が完遂してから、愉しみつつゆっくりジャックのお相手を推理しよう。
俺はセインとヤードに出掛けてアシェッタ王国の子女『アデル・モロッソ』の捜索願いを出した。
グライス警部の存在は無視して、俺は比較的若いコナン警部補へと事情説明をした。
事情を聞いたコナン警部補は重大事件だと言う事でグライス警部へ報告した。
ぐっ、勝ち誇ったグライス警部の気取った顔と態度が忌々しいぜ。
現在は約67万人居るロンド市民に対してロンド市警つまりヤードは約1万8千人。
多いか少ないかは分らんけど、俺って組織の上下関係って解んないんだよね。
何故、有能で無いアホのグライス警部が警部なのかは永遠の謎にして置こう。
糞っ、間抜けなジャックの癖が伝染った。
勿体ぶらないでテキパキ話すコナン警部補に、現在銃傷を治療中のヘンドリックの報告を尋ねた。
愛人と言う名の友を助ける為に、正義の鉄槌を振るった兄は、ヤード内で正にヒーローだった。
まあ、兄はヤードの皆さんを統括管理してる立場だしな。
でも警視総監とは違うからね。
其処は確り表に立ってる人が別にいる。
後、ヤードで勤務しているどれ位の警官が、気付いているかは知らないけれど、ヤードの役目がヒッソリと変化している。
少し前までは治安維持が主目的だった。
騒ぐ住民とか移民・浮浪者へを監督・鎮圧がメイン。
まっ、腕力が勝負かな。
そして娼婦連続殺人が起きてからは、事件を起こした犯人を捜査、逮捕する事を、期待される仕事に成ったんだよね。
犯人は浮浪者か移民と言うヤードの発表では、最早ロンド市民に納得して貰えない。
つう訳で頭脳派と言う程でも無いけど中産階級のソコソコに出来る人間をヤードで雇い始めている。
そう言う人間が育つと俺も情報集めが楽に為ると期待もしてるんだよね。
スタスタとした早足で、書類を持ったコナン警部補が、俺が座っている席まで遣って来て、ヘンドリックの説明を始めた。
ヘンドリック、本名はヘンリー・ボルト30歳。
父親がイラドで財を成し、ロージアで農園業を営み生活していたが、5年前に亡くなりヘンドリックが跡を継いだ。
面倒なので俺は此の侭、ヘンドリックと呼ぶことにした。
遊び暮らして居たヘンドリックが跡を継いでから農園も傾き、投資で稼ごうとして破綻。
現在手下として働いているのは、遊び暮らして居た時にヘンドリックへ仕えていた使用人である。
通訳の仲間は賭博場で知り合った。
サナシスに暴力的だったのは、近々借金の支払い期限が近付いて居た為、焦って居たのでは?とコナン警部補が話した。
警官へ暴行を加えて留置所に入れられている通訳の男は、ヘンドリックが捕縛された事を聞き、ホワイティア地区に在るホテルにアデルが居る事を白状した。
まっ、俺がコナン警部補に通訳の男へ、ヘンドリックが捕まっている事を話し、取引を持ち掛けて見れば?とアドバイスをしたんだけどね。
コナン警部補はそう俺に報告した後、アデルを救出する為にグライス警部達等と共に、ホワイティア地区へと慌しくヤードを出ていった。
グライス警部なんか放置して置けば良いのに、と俺は去って行ったコナン警部補に小さく呟いた。
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アリロスト歴1892年 9月
ベージュのモスリン生地で作られた夜着を着せられ俺は安楽椅子に座り、エロく整えられた淡い金色の口髭も麗しい悪魔でヒーローなエイム卿に見詰められて恐れ戦く。
愛人と称する友を助ける為に単身、悪鬼集う屋敷に乗り込み、素晴らしい射撃の腕前で悪党達5人を撃ち倒し、異国アシェッタの囚われ人と友を救出した、我らがロンドのヒーロー・エイム公爵。
、、、、、らしい、、、。『緑藍の談』
先ずさ、単身じゃねーし。
確か悪魔エイム卿は冷気と一緒に一発ヘンドリックに撃っただけだし。
どっちかと言うと降臨した時が俺には一番恐怖だった。
ヘンドリックたちに脅されている時でさえ俺の脳内はマイムマイムを踊れていて、生命の危機を感じなかったが、悪魔エイム卿が怒気を纏い、立った侭で銃口を向けた時、俺は地獄の窯が開いた音を聞いて死を覚悟した。
緑藍が見舞いに来て笑顔で話すヤードでの物語と、俺の実体験が余りにも違う件。
アレはヒーローでは無い。
どう見ても悪魔降臨だった。
緑藍が来ている間はエイム卿ってば、満面の笑みで愛おしそうにヤードでの報告を聞いていたのに、帰宅して緑藍の姿が見えなくなると、この有様である。
いえ、確かにエイム卿から助けて貰ったけどさ。
こう、もっとあるじゃん。
闇の中、密かに救出するみたいな感じ?
エイム卿が真正面から、どーーんと顕現、バァーンッ!!て銃撃、俺気絶。
それにあの時の殺気は俺に向けてたよね、エイム卿。
緑藍と生活し始めた時にエイム卿から向けられてた殺気と一緒だったものなー。
まじで俺の生命が終わった、、、と思ったもん。
「ジャック、ジェロームが話していたが、、、。」
「は、はい。」
「ジェロームで無く私がジャックに護身術を教えよう。」
「い、いやー流石に忙しいエイム卿に俺如きが教えて頂くのは。」
「、、、その如きにジェロームの手を煩わせると?」
「いえ、飛んでも無いっす。あのウェットリバーに行けばジョンつう強い軍人が居るんで、その人に、、、、えーと、、、俺は習おうか?なーって、、。ゴニョゴニョ。」
「私が教えよう。ジャックっ!」
「は、はいっ。有難う御座います。」
「うむ。」
いや、俺って腕力系とか目指して無いから。
平々凡々と、まったり生きて行きたいだけだからさ。
それに俺は緑藍に断ってたよね?
以後気を付けるから緑藍の護身術指南は遠慮するって。
確かに古代アシェッタ王朝のパルマの戦乙女は、図録で見ても「綺麗だーっ」と、ボーっとしていたけど、偶にそう言う事ってあるよね?
四六中、気配を探っている状態って何処の殺し屋だよって話だ。
でも2度と悪魔エイム卿から銃口を向けられたく無いので、今度ブレード通りを歩く時は、昼間でも気を抜かないと俺は自分へ言い聞かせた。
そして悪魔エイム卿からモスリン生地で作られた部屋着が山のように俺へと届いた。
ベージュ、サーモンピンク、甘そうなクリーム色、エトセトラ、エトセトラ。
メッセージカードに部屋着って書いてるけどコレって夜着だよな?
緑藍が俺が居ないと服にだらしない要因を見付けた。
エイム卿、お前だったのかーっ!
こんなペラペラの薄い布地の服を昼間から着られるかと、通常のシャツとトラウザーやスパッツに着替えていたら、不機嫌低気圧のエイム卿がボソリ。
「ジャック、着替えて置け。」
「は、はい。畏まりーっ。」
俺の苦難の日々はまだまだ続く。
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アリロスト歴1892年 8月
レイド警部から俺に「ヘルプ」の電報メッセージが届いた。
「遠いから行きたくないなー。ムーンランド街」
「そう言わないジェローム。絵で見た丘陵と湿地は素晴らしい風景だったよ。一度行ってみたかったんだ、カウンタック丘陵には。」
「はーーっ。其処には行かないよセイン、街から遠過ぎるから。」
こして俺とセインはレイド警部に導かれてロンドからムーンランドへと向かった。
ざっと計算するとスノーデン氏が行方不明に成ってから今日で5日目、明日で6日目になる。
イーサン・ハークレは屋敷に戻って直ぐ消えたらしいから、俺が居なくても目的は達したのだろう。
一度途中で機関車を乗り換えて夕方、ムーンランドの駅に降り立ち、ホームで待っていたレイド警部に出迎えられ、俺とセイン、レイド警部達とスノーデン氏の屋敷へと向かった。
遠くで波の音が聞こえ風に乗って潮の香がして来た。
迎えに来た馬車の侭、スノーデン氏の敷地に入ると広い庭に旧くどっしりとした館が在った。
「130年以上昔に建てられたらしい。」
例の執事イーサン・ハークレよりも、昔から勤めていたハウスキーパーのロザリーから、聞いた話だと言う。
イーサン・ハークレは探偵事務所から戻って翌日に姿を消した。
ブラウンの髪をキッチリとアップで纏めた細身のロザリー小母ちゃんが語る。
「私は、旦那様が姿を見せなくなった夕方に、ハークレに直ぐムーンランド警察へ届けるべきだ、といったんです。それなのに、そんな事をしてスノーデン家の名に瑕を付ける心算か、とグチャグチャと。こう言う問題は探偵に依頼するのが一番だ、と3日目の朝にハークレが謂い出して、ジェローム探偵事務所へと向かいました。そして翌日に帰宅したと思ったら、アレはへぼ探偵だったと文句を言うだけ言って、ハークレは自分の仕事をすると言って、旦那様の書斎へと入って行きました。そして、夕食の時間になっても、ハークレが姿を見せないので心配していると、ロンドからレイド警部がいらしてくれました。」
余程ロザリーはイーサン・ハークレに腹を立てストレスが溜まっていたのか一気に途切れる事は無く俺やレイド警部に捲し立てた。
俺は「うん?」と疑問を持ったが、今は話を聞こう。
イーサン・ハークレは13年前にムーンランド街で体調を崩した前当主を助けた。
前当主は助けられた恩義を感じて失業だったイーサン・ハークレをスノーデン邸で雇うことにした。
小器用で愛想の良いイーサン・ハークレは前当主の信頼を得て執事にまでなった。
10年前に前当主が無くなったが現当主ヴィクター・スノーデン氏も父が信頼していたと言う事で、其の侭執事として雇い、右腕として信頼していた。
ロザリーの話を聞きながら俺とセイン、レイド警部は書斎、スノーデン氏の寝室、談話室、テラス、喫煙室と日頃スノーデン氏が良く使っている場所を探った。
俺は書斎の古く使い込まれた重厚な机の位置が一度ズラされ、元に戻された跡を見付け、書斎の本棚に整えられ並べられている筈の此の地域のスクラッチブックが2冊ほど抜かれている事に気が付いた。
そして、机の近くの棚に日に焼けていない半円形の跡を見付けた。
ハウスキーパーのロザリーに聞くと水瓶座の乙女の銅像が飾って在ったと話した。
その銅像も古いモノらしく100年以上前の物だと言う。
ま、此処でヴィクター・スノーデン氏とイーサン・ハークレが揉めたのは間違いは無いだろう。
馬車で約30分の所へムーン岬があるから、海へ捨てられて居たら、潮の流れがあるから直ぐに遺体は上がらないだろう。
俺は、勤続30年に為ると言うロザリー小母さんに行方不明になる前、ヴィクター・スノーデン氏は何か変わった事が無かったかと、静かに尋ねた。
「それは私がもうロザリー夫人に質問を終えている、ジェローム探偵。何もなかったと答えていた。そうですよね?ロザリー夫人?」
「、、、えっ、ええ、。」
「確かスノーデン氏は、50歳でしたか?お子さんは7年前に戦死され、奥様も2年前に亡くなった。その事について長年勤められているロザリー夫人に何か呟かれる、、なんて在りませんでしたか?」
「そ、それは。」
「人から聞いた話なのですが、1人きりで居ると寂しくて、昔に仲が良かった人と無性に会いたく成ったりするらしいですよ。スノーデン氏の若い頃を知っているロザリー夫人に、ふと会いたい人の事を漏らしたりしていませんか?」
ロザリー小母は、細面の顔を上げて驚いた表情で目尻の皴を伸ばして俺を見た。
まあ、聞いた相手はジャックなんだけどね。
怒涛の様に話していたロザリー小母さんは、初めの会話の中でスノーデン氏もイーサン・ハークレも生きているとは思って居ない感じの話振りだったのだ。
イーサン・ハークレが嫌いなのは伝わって来たけどね。
そして、僕やセイン、レイド警部へ語るロザリー小母さんの長い話が始まっていった。




