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エイム迷走ス  作者: くろ
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過去のしっぽ

アリロスト歴1886年    10月



  今日は1人で留守番っ!

 ヒャッホイ、何して遊ぼう、ピチピチ23歳な俺。

 あー、俺って今世では童貞だったーっ!と、ハタとしょうもない事に気付いた。

 万年発情期だった緑藍も、ジェロームに生まれ変わってからは常識的な範囲に落ち着いた。

 もう俺たちは枯れ行く人生なのかも知れん。

 つう事を考えるのは今日はワート君のお見合いてか婚約前の顔合わせだからだ。

 不幸が在ったので婚姻は1年延びるらしい。

 まあ、ワート家が貴族で無くなった事はこの婚約には響かないそうだ。

 良いと思うよ。

 お互いミドルクラスの平民て気兼ねなく付き合えるし金在るしな。

 嫡男夫婦とワート君、 でもって資産家ご夫妻とその娘さん。

 6人での食事会だそうだ。

 そして悪趣味な緑藍は、シェリーとクロエを伴って近くで見合いを観覧中。

 俺はブルジョワジーに興味が無い、つか寧ろ苦手なので断固緑藍に観覧参加を拒絶した。


 緑藍はワート家に同情していた件だが俺は全く何も思わなかった案件。

 折角、1万ポンドも支払って貴族に成ったワート家だったが、1代限りのリミッターに掛かり、父親が亡くなり貴族では無くなった。

 1年だけの短期男爵家だった。

 支払った代金は帰って来ません。

 まあ、税金と思うべ、と他人事の俺は緑藍にケラケラと笑って見せた。

 だって新興貴族の特典て無税に近い減税くらいで、しーて何もない。

 (無税とは言ってない。)

 議員に成るにしても上院の後ろ盾が無いと立候補出来ないし。

 いや、金さえ払えば立候補は出来る。

 当選しないけどな。

 それに上院は実質選挙ないしな。

 予定調和の指名制なんだよね。

 まー、ヨーアンでは良くある事なのだが皇家や王家よりも歴史が古い家がドーン居座ってる。

 190年ぐらい前なら元気と歴史のある領主が「俺が王に成る」つって戦いを挑んだものだが、それも今は昔のお話。

 しかし、現在の皇帝は血筋が怪しいつうことに成っていて権威がスゲー微弱らしい。

 真実は俺にも分らんし探りたいとも思わんが歴史ある貴族家が言う事を聞かないし、味方も少ないってな理由で、大昔フロラルスで遣ったみたいに新興貴族を増やすってのは如何なもんだろう。

 いやーフロラルスは戦費欲しくて爵位売りまくっただけなんス、はっはっ。

 皇帝の本音は別な所にあるのかも知れんがな。

 まあ、あの悪魔エイム卿のお言葉なので全くの法螺話でもないのだろう。


 経験者の俺が語って遣る。


 新興貴族など害には成っても皇帝の味方には絶対に成らん。

 貴族って看板付けただけのブルジョワジーなんだぜ?

 古くからの貴族は益々皇帝を下に見るしな。

 悪魔エイム卿なんて皇帝の話をする時の冷ややかな事。

 俺は氷河期が来たのかと錯覚をした。


 まー、古い家と言えばエイム公爵家も豪く(えら)古くて、元はエイム王家が公国に成り、アリシュ王家に統合されて公爵家に成った。

 悪魔エイム卿からエイム家の成り立ち聞いていたら神話に成ってて、気付いたら俺は寝ていた。

 ロングロングつう奴っすね、いい夢が見れました。


 まあ悪魔が生れた理由は把握した。

 長い長い近親婚の成果だったのだ。

 ここ数代は近親婚が無くなったと残念そうに悪魔エイム卿は語ったが、母親は父の従妹だと宣った。

 それは立派な近親婚ですが、もし?

 まあ、こんな俺達の血筋が一番と思って居る方々の上に立つ人間て如何すれば権威を示せるのかね?

 そう考えれば、女帝オルテシアって凄かったのだなと俺は再認識した。

 負けそうな戦争の見切りも早かった。

 彼女は婚姻しなかったけど秘密結婚というか内縁の夫が居た筈だ。

 確か、クリス・ハーウズつう男性でオルテシアの補佐をしていたとルネの報告で在った。

 元々は彼女の家庭教師をしていた聖職者だったと俺は聞いていた。

 俺が亡くなって12年後に女帝オルテシアも逝去し、その後監禁されていた義兄の息子が即位。

 でもって今はその孫が皇帝に成っている。

 父系の血筋は間違いないのだから俺だったら気にせず遣るべきことを遣るだけだけどなー。

 まっ、オルテシアに子供が居ても正式な婚姻では無いから皇帝には成れなかったけどね。

 グレタリアンは議会制だけど立憲君主制では無いと聞くけど、オルテシアの頃から皇帝には承認の可否しか施策の権限が無かった気がするのだが現在は違うのだろうか?


 今は、議会制度を取っている国が多くなったけど、フロラルスが何と議会制を執る国の中で、王家の発言権が一番に在るらしい。

 一応は立憲君主制らしいのだが、可笑しいな?

 王家の力は徐々に弱まり建前上は国民主権へと移行プロセス踏むようにした筈なのだけど。

 今度、フロラルスの書籍を緑藍に頼んで仕入れて貰おう。

 新聞の国外記事じゃ余りフロラルスの状況が分らん。

 孫の7世は体調不良で在位19年間で退位して、今はジョルジュの曾孫エル8世の治世らしい。

 体調不良の癖にじじいの真似をしてじじいが作った離宮の娼館で静養中だと緑藍に笑われた。

 でもって公妾制度は廃され、側妃制度に変わったが後継者は正妃から出産した男子のみとなった。

 此れに因る利点は、無駄な婚姻をしなくて済むので公妾の夫に成る人に爵位や領地を授けなくても良くなり、王家が負うべき負担が減るって所かな?

 恐らくジョルジュ辺りが王家直轄領地を減らさない為に考えたモノだと俺は推測した。

 ジョルジュに色々と話して来たけど、フロラルスを発展させるために王家直轄領地を全体で見て無理なく運営する為の道筋を幾度となくジョルジュへ説明したのを想い出した。



  そしてモスニア帝国は議会制では無かったりする。

 あの革命は何だったのか?

 はい。

 あれは英雄レオンハルトが誕生する為の儀式だったのだよ、諸君っ!

 だってさー、あいつ全然興味無かったのだぜ、自由!とかさ。

 市民(資産家)の自由?、財産?、権利?ハンって鼻で笑ってた奴ですよ?

 問題を合理的にシステマティックに解決して居たら議会制の不毛さとか看破しちゃうよなー。

 まあ、意見を平らにして妥協の産物の結果を出されても天才レオンハルトが納得する訳が無い。

 有能な官僚や閣僚を育てる為のシステムをジョルジュやジョセフに倣い、そこから再構築しちゃった変態レオンハルトの治政システムは、テキスト化されて皇帝管理で参考にされながら現在モスニア帝国を運営中。

 原典を当然知らない俺は上手く言って居るかどうかは不明だよ。


 皇都ドリードの街並みは、変態レオンハルトに作られただけあって碁盤の目の様に道路が整備され、皇帝宮を基準にして建造物の高さ制限を設けている。

 その規制に掛からないのがアルフレッド大聖堂だけつうのもマジで変態的。

 モスニア帝国を描いた風景画を悪魔エイム卿に見せて貰うと、街並みの建物はゴシック調の教会ぽい家々で統一されてた。

 信仰心の欠片も無い英雄レオンハルトとは思えないチョイスに俺は乾いた笑いを出していた。

 ロンドの家賃も「ざけんな!」つう程に高いのだが、ドリードに比べると可愛く思える。

 絶対、ドリードに人を住まわせたく無いっ!つうレオンハルトの意思を感じるのだが、あにはからんや、他国の貴族やブルジョワジーに人気で、現在民間に開放している区域に空きは無いらしい。

 当然の様に貧民街や浮浪者は無いし、居ないらしい。

 全く、こんな事しているから姉妹都市でテロが起きるんだよ。

 まあ、ドリードをこれだけすっきり綺麗に創り変えたのは暗殺やテロ防止なんだろうけどね。

 暗殺未遂が多かったからな、レオン。




  そんなことを考えていると此処から遥か遠くの東で爆発音が響いた。

 もしかしたらガス灯の爆発でも起きたかな?

 悪魔エイム卿の部下幾人かは、この音を聞いて様子を伺いに向かっただろう。

 ロンドでは室内で照らすガス灯も煤で汚れたり異臭で体調を崩す人もいた。

 まあ、俺が一番怖いのは暴発だけどな。


 フロラルス時代と変わらず早寝早起きな俺はオイルランプで事足りている。

 俺は揺れる光を浴びて淹れたばかりの珈琲に口を付けた。

 その時1階の玄関ホールで来訪者を知らせる呼び出しベルが響いた。

 俺はオイルランプを持って階下のホールへと歩いた。

 分厚い木製の扉を開くと其処には正装したモーリー巡査ことウィリアム・ベラルド伯爵がにこやかに微笑み、此方を見詰めた。


 「こんばんわ、晩餐のお誘いに来ました、ジャック。」

 「断る。じゃあっ!」


 そう言って扉のノブに手を掛けようとした俺の右手を素早く掴み、ウィルは器用に身体をホールへ滑り込ませた。

 くそっ、手慣れた営業員みたいな真似をしやがって。

 

 「帰れ、つか俺はディナーとか嫌いなの。俺が食べるのは晩飯つうの。分ったら貴族の巣に帰れ。」

 「困りましたね。今夜はあの怖い目の人もいないのでゆっくりお誘い出来ると思ったのですが。そうですね、良かったらジャックの部屋で30分だけでも話をさせてくれませんか?」

 「それで俺に何のメリットが?」

 「そうですね。前に渡した香水のメインで使って居る植物の名を教えましょう。」

 「うーーん、30分だけな!」

 「ええ。」


 俺は物になんて、秒で釣られたー。

 ウィルは俺が左手に持って居たオイルランプを取り左腕を上げて俺の周囲を照らした。

 闇を払いウィルはコツコツとヒールの音を響かせて俺と共に螺旋階段を登り2階へと向かった。

 ウィルの背が伸びたと思ったらめっちゃ高いヒールが在る靴を履いていた。

 

 部屋に招き入れると普段は使わない2mあるランプ台に置いてあるオイルランプを点し、談話席へとウィルを誘導し左手に持つランプを受け取りテーブルへ置きウィルの外套を預ろうとした。

 「ジャック、そんな従者のような真似を。」

 「はー、何を言ってるんだか、庶民は使用人とか雇えないし、ゲストの世話をするのは主人としてのマナーだろ。」


 俺は何時ものように慣れた手つきでジェロームを世話する感覚でウィルを扱い、帽子を受け取った。

 広い鍔のある黒い絹の帽子には、鳥の羽根の代りに細かな銀細工が飾られていた。

 俺の山高帽を外しハットスタンドにはウィルの帽子を被せた。


 そしてキャビネットを開き、金蒔絵が描かれた漆の茶道具収納盆を取り出し、ウィルが座っている近くまで歩いて行った。

 日頃は雑に安物の湯呑みで茶を飲むのだが、貴族のお客だし特別に茶飲みセットを使って上げよう。

 うん?

 そういやウィルが俺の部屋に入った来客第一号になるのか。

 火鉢擬きに掛かったケトルの湯を湯冷ましポットへ入れて、俺はウィルの座っている席から少し離れた右側に据えた革製のソファーへ腰を下ろした。


 「待たせた。まあ庶民生活を見学してる心算で俺の無礼な言動は大目に見てくれると有難いよ。」

 「無礼だ、などと思う訳が無い。僕が押し掛けて来たのだから。」

 「まーねー、で、ウィルの話は何だい?21時頃には家主が帰宅する筈だからそれ迄には話を終わらせて置きたいんだ。あっ、忘れる前にあの香水のメインを教えてくれ。」

 「ふふ、了解したよ。あの香りは白檀なんだ。」

 「白檀だってー!滅茶苦茶高い奴じゃん。希少だし。」

 「ええ、僕の亡き父がイラド植生を調べるのが趣味だった。それが運よく向こうに領地を得てね。其処で採取した植物を調香師に託してあの香水を送って貰ってるいるんだ。」

 「ぐっ、それじゃあ俺が買えない。値段的にも。」

 「だから無くなりそうに成ったら僕に伝えて。ジャックの分は僕が取り置くから。」

 「はあー、ソレが嫌で知りたかったのに。」


 グレタリアン貴族が運でイラドに領地を得れる訳が無い。

 白檀はイラドでも瞑想する為に必要な高貴な香木として珍重されている。

 置物や扇等の骨にも使われ、向こうの王侯貴族や高僧達にも愛用されているが、寄生植物で栽培が難しく量産が出来ない為に、何時までも高値で貴重品な儘だ。

 勿論のこと俺はウィルの亡父がどの様な経緯で領地を得たのか等、知りたくもない。

 ロンドに充満する二酸化硫黄系の匂いを誤魔化す為の香りを、また別に見付けなくては成らない事に俺は心底落ち込んでいった。


 「そうそうジャック、僕と一緒に冬のフロラルス旅行へ行きませんか?冬のロンドは霧が酷い。」

 「フロラルス?何で俺がウィルと行くのさ。」

 「まあ、それは僕がジャックと生まれ故郷のオーシェ地方へと旅をしたいからだよ。」

 「オーシェ、オーシェってルネの------。」

 「ジャックはオーシェを知っているのかい?救世主アルフレッドと使徒ルネが共に作った土地なんだ。嬉しいなジャックみたいに若い人にルネ様の名を知って貰えてたなんて。」

 「いや、少し聞いたことがあっただけ。」


 モゴモゴと俺は言葉を誤魔化した。

 それよりもだっ!

 「救世主アルフレッド」って何だよ、ルネ。

 つうか、あの必殺仕事人ルネが使徒なのか?

 死の天使的な何かか?

 でもって俺はオーシェなんかを作ってねーよ。

 あそこに眠って堆積していた火山灰の使い道をレコに頼んで研究者に投げただけ。

 そしてオーシェの地を与えたのはじじい、エル4世だぞ!

 偶にルネが俺の事を「主よ」って呼ぶので訂正していたが、「あるじ」と言う意味ですとか話していた癖に、お前の子孫達が可笑しな生き物に成長してる、こらルネ責任取る為に帰って来い!

 本当に勘弁して欲しい。


 如何やらウィルは俺の息子ジルベールとルネの娘セシリアの間に生れた子等の系譜だと言う。

 ジルベールが祖父さんに当たるらしい。

 婚姻年齢早いもんな―。

 何と俺の息子はルネと娘との間に19人もの子作りに励んだそうだ。

 3人は早逝したそうだがそれでも作り過ぎでは無かろうか。

 ルネ、俺の息子が何か申し訳ない。

 頭が痛い、俺、隣の寝室で寝ても良いかな。

 しかしウィルのお伽噺を聞かされて俺は理解した。

 この新手の新興宗教を創設した犯人は、じじいとゴドールとルネだった。

 お前らドレだけ俺を好きなんだよ、俺は無意識に溜息を吐いた。


 ウィルは13歳で子供のいないベラルド伯爵に養子に入った。

 良くグレタリアンで敵性国家のフロラルスから養子に入れたなと感心した。

 実子扱いに成っているので~~~と、説明しようとするウィルの話を俺は止めた。


 「ジャックは秘密を誰かに話す人では無いと僕には分ります。」


 そう言う篤い信頼は今の俺には背負い切れない。

 此のジャックとは血の繋がりの無い曾孫ウィルに、俺は懐かしいルネを見る。

 談話室でルネが淹れた旨い珈琲をレコと話しながら飲んだ、あの宝物のような日々。

 レコは俺が眠ったその朝に逝った。

 我が友レコ、全くどうせならグレタリアンにも着いて来て欲しかったよ。


 そして皇帝レオンハルトが、オーシェの地や俺の子供が居る領地を、重要特区と位置付け保護したとウィルは少し誇らしげに話した。

 全く何してくれてるのだレオン。

 俺は彼等に王家の血を背負わせたく無くて、敢えて庶子と言う選択をしたのに、此れでは俺の選択が丸で無意味ではないか。

 オーシェに在住する息子ジルベールは75歳で俺の子供で唯一まだ健在らしい。

 皆に慕われている麗しきじじいジルベールは、13年前に妻セシリアを亡くしてからは、今も元気に自らの種をばら撒き、オーシェの地を愛で満たしているそうだ。


 幼く愛らしかったジルベールには会いたいが、麗しじじいのジルベールはチョット会いたくない。

 だって、もし直接ジルベールの顔を見たら躊躇わず説教してしまう自信が俺にはある。

 楽しそうに俺へオーシェの話をするウィルは本当に故郷が大好きなんだな、と判った。


 「今月の終わり辺りに出掛けませんか?」

 「はあー、無理。俺は一応此の事務所で働いてるからな、俺の一存では決められない。」

 「ん-、しかしジャックには冬のロンドの空気は毒だと僕には思えるんだ。前回に会った時よりも痩せている。僕がエイム卿に話をしようか?それにロンドは騒がしいからね。」

 「気遣ってくれて有難うウィル。まっ、オーシェは又の機会にするヨ。」

 「礼なんて止してくれ。身体を気遣うのはジャックの友人として当然のことだ。」

 「友人?」

 「ああ、勿論!」

 「俺とウィルが?」

 「当然そうだろ?ジャックが僕にアスコットタイをプレゼントしてくれたよね?異性なら僕を束縛したいと言う意味だけど、男同士だから一生付き合いたい友情の方の意味だと考えたんだ。」

 「マジ?そんな意味があったのか。いやーメッセージカードに首輪とか書いてたからてっきりウィルは変態だと思ったよ。」

 「ふふ、あの時はそう思った。ジャックからだと思うと嬉しくてホラ今も巻いているんだ。」


 そういってウィルは首を伸ばしてカラーを上げて見せた。

 美しい光沢を放つアスコットタイはウィルの整った容貌に良く似合って居た。

 何時の俺なら「ふざけるな」と付き放す処だが、ジルベールの孫だと聞いて俺はウィルを微笑ましく見てしまって居た、

 まあルネに何処となく似ているしな。

 肉体的には血の繋がりは微塵も無いけど、なんかね、心が曾孫を見てる気分になって、駄々っ子に思えるウィルを受け入れてしまった。

 しょーがねーな。

 孫の様な友人なら良いか。


 「ああ、ウィルに似合ってる。友人として宜しく。」

 「有難う、これからは友として宜しく。ジャック。」



 その後、ウィルは輝く様な笑顔を俺に見せて、楽し気に帰って行った。

 そう、俺は忘れていたのだ。

 グレタリアンでの友情の在り方を。





  ウィルが帰りそれから約10分くらいして緑藍、シェリー、クロエが帰宅した。

 ワート君は兄夫婦と共に今日はワート邸でお泊り。

 緑藍と俺は連れ立ってシガールームへと向かった。


 疲れた様子で緑藍はドカリとソファーへ腰を掛けた。

 イーストの川沿いにある工場がガス灯を暴発させたらしい。


 「全くさー危険だと分ってて、暗いからと並べて使うとか。」

 「はあー、夜に仕事しなくても。まあ、お疲れジェローム。」

 「諸悪の根源はクリスマスさ。ミドルクラスは買う人数が多いから工場がフル稼働らしい。」

 「何時からクリスマス・プレゼントとかを家族に贈るようになったんだ?フロラルス時代には誕生日プレゼントなんつう概念も無かったのに。」

 「ここ数年だよ。えーっと、ロンド貴婦人とか言うミドル専門誌が出版されてからじゃないか?グランマの愛読書だ。1シリングで売っているらしい。そうだジャックにもクリスマス・プレゼントを贈ろうか?」

 「男からなんぞ要らん。」

 「そう?私は嬉しいけど?ただ贈って来るのが兄だけと言うね。」

 「だって天下の公爵家のお坊ちゃまに何を贈れと?緑藍の時に、大抵の献上品は見て目が肥え捲くってるだろう?」

 「確かに。美味しいカフェオレとグランマの菓子があれば満足だった。」


 俺達は、カメリア産のバーボンを水で割ってグラスを傾けた。


 「あら、もう飲んでたの?」

 「グランマも如何です?」

 「おい、ジェローム!」

 「ふふ、良いんですよ。ジェロームから聞いてますしー、ねぇグランパ・ジャック。」

 「いやあー再会した時に、シュリンク夫人は貫禄が出てたので、つい。」

 「女性に取って貫禄って誉め言葉じゃないからね、ジャック。」

 「はい、済みません。」

 「はは、ジャックが叱られた。」


 「さてジェローム、そしてジャック、私の事はサマンサと呼ぶように!グランマやシュリンク夫人では無くね。今日初めて平民用のレストランへ行って考えました。平民でいる方が人間らしく在れると。それにこの下宿は平民街に或るのだし、遺族会や慈善活動に行くのを辞めればサマンサとして自由に生きて行けるのです。そう言う訳でジェロームもジャックも私がサマンサとして生きる手助けをして頂戴。良いかしら?」


 「イエス!サー。」

 「勿論だよ、サマンサ。」

 「はあーやっと宣言出来たー。」

 「俺は今までのクロエならあんな鉄の拷問ドレスをとっとと脱ぐと思ったけどな。」

 「そういえばそうだね。私は違和感を感じなかったけど、確かに陽ノ本でのクロエとは違ってたね。もっと元気に走り回ってた。」

 「そーなのよ、クロエは自由に動いていたけど、此処グレタリアンは色々な柵があって動けなかったの。で、この度やっと私の実家で弟がトーリー男爵家を継承出来たから此れで心置きなく動けるように成ったのよ。貧乏男爵家なのに周りが煩くてね。」

 「それはおめでとう!ではサマンサ、この水割りを先ずは一杯どうぞ。」

 「ありがとー、ジャック戴くわ。」

 「おめでとーサマンサ。次は恋人探し?」

 「取り敢えず有難う、ジェローム。流石に28歳で恋人は難しいわよ。私はシェリーにウィリアム・ベラルド伯爵の話を聞いて愉しむわ。」

 「あー、うんー。」

 「如何した?ジャック。」

 「風邪?」

 「いや違う。あのなそのウィリアム・ベラルドは俺の曾孫だった!」

 「?」

 「えっ?」

 「いやいや此のジャックでは無いよ、当然。アルフの息子ジルベールの孫だった。政治的な話が絡むから詳しくは言えないけど。で、勝手だけど2人にもウィルの素性は秘密にして欲しい。」

 「ええー、そんな事ってあるのね。何だか運命的。」

 「此れもオメデトウ?でもジャックって余り秘密にせねば成らない事は私にも話さないよね。なのに今回は如何して私やサマンサに話したの?」

 「んー、実はうっかり友人に成るってウィルに言ったから、あの性格なら偶に此処へ遊びに来ると思うんだよね。」

 「あーあー、兄対策か。」

 「そうそう、まあエイム卿の事だからウィルの身上調査はすると思うし、それも良いんだけど俺の態度が他人と接するのとは違ってくると思うんだよ。今日も思わず孫を見ているような気持に成ったしな。気配に敏感なジェロームやエイム卿は何かを感じて変に警戒しそうだからさ、ジェロームには前もって言って於いた。」


 「ふふ、兄が何か言って来たらジャックの友人だからとでも答えておくよ。」

 「助かるよ、ジェローム。」

 「私はまぐれ会って子供や孫に会ったら絶対に泣いてしまうわ。あの日別れて2年も会ってないもの。」


 そう言ってサマンサは水割りを一気に飲み干した。

 ポロポロと涙を流すサマンサに俺はチーフを差し出し、ジェロームには空いたグラスに新たに水割りを作って、サマンサに手渡した。

 日頃は殆ど陽ノ本事を話さなかったサマンサ(クロエ)だったが堰を切ったように泣きながら笑いながら在りし日々の思い出を語った。

 サマンサが抑制的に見えて居たのは、子供や孫に逢いたくて逢いたくて堪らなくなる心を、抑えていたのだろう。

 

 「なあ、ジェローム。サマンサを陽ノ本へ連れて行って遣らないか?」

 「そうだね。此の侭グレタリアンが大人しく交易していれば連れて行けるけどね。」

 「うん?揉めそうなのか?」

 「其処まで詳しくは分からないけど、まあ兄に聞いておくよ。ハッキリした事が判ったら、ジャックに話すよ。」

 「ああ、頼む。しかしジェローム、此のお姫様を如何しよう。」

 「私たちが寝室へ連れて行く訳にもいけなしね。」

 「まっ、一先ず俺は掛布と毛布を持って来るよ。ジェロームはそのソファーをくっ付けて其処にサマンサを寝かせてあげといて。明日、葉巻臭いってサマンサは悲鳴上げそうだけどね。」

 「それなら談話室で寝かせるからジャックは談話室に毛布を持ってきて。」

 「了解ー。」


 サマンサをジェロームが抱えたのを確認しシガールームの扉を開け、談話室へとジェロームを誘い、ガス灯に火を点した。

 俺は、テーブルの上に置いたオイルランプを左手に持ち、足早に自室へと向かった。






  小さくて軽いサマンサを私は腕の中から解放しようとソファーへ置こうとした。

 するとサマンサの腕が私の首へと強く絡まった。


 「モーリス、逝かないで。」


 「モーリス」その名を聞いて、お互いが気に成っているのにくっ付いていないジレジレカップルだったクロエとモーリスを俺は思い出した。

 相手が何時迄でも生きていると言う保証は無いのに。

 俺は兄さんを想い出して歯痒くなり、2人を強引に結ばせる細工をした。


 クロエの涙が俺の頬に伝う。

 俺はクロエを抱え直して唇で暖かな涙を拭い、其の侭俺の胸へと閉じ込め直した。

 アルフレッドが毛布を持って来るまで此の酔いどれ天使を暖めて置こう。

 今夜位は愛が無い俺達が触れ合って居ても許されるだろう。

 まだ10月なのに今夜は酷く寒い。


 心の奥底へ閉じ込めていた過去の尻尾に摑まってしまったのだから。

 俺はクロエに深いキスをした。

 

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