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エイム迷走ス  作者: くろ
49/111

マイムマイム


 アリロスト歴1892年   8月




  依頼人イーサン・ハークレは緑藍に「行方が分らなくなった主人ヴィクター・スノーデン氏を捜して欲しい」と話し、緑藍の返事を待った。


 「先ずはヤードに捜索人届を出す事をお勧めします。私は力になれません。」


 そう言って緑藍はクロードに目で合図し、イーサン・ハークレの部屋からの退出を促した。

 美しく整った緑藍の顔から表情を消し、冷たく言い放った雰囲気は正に悪魔エイム卿、其の侭だった。

 おおー、矢張り兄弟だ。

 俺はそう感じて1人納得していた。

 冷たく依頼を断られた途端に、イーサン・ハークレの礼儀正しい空気が霧散し、憎々し気な表情で緑藍を睨みつけた後、クロードに促され荒々しい足取りでジェローム探偵事務所の黒い扉から出ていった。


 「うわーっ、あの依頼人まるで人が変わったみたいだな。ジェロームは依頼人があー言う人間だと判ったから依頼を断ったのか?」

 「はははっ、まさか。嫌な感じのする奴だなとは思ったけどね。ただ私はイーサン・ハークレが主人ヴィクター・スノーデンを捜したい訳では無いと感じたのさ。」

 「うん?矢張り捜索願を出さなかったから?」

 「そう。ジャックだって大切な人が居なくなったら探しながらも、先ずヤードに届けるだろ?彼は執事だと話してたから、他の使用人に命令出来る立場だ。それが行方が分らなくなって3日が経っても、ヤードに捜索届を出さないのは不自然過ぎる。」

 「でもジェローム、イーサン氏は歴史ある家だから、主人の許可なく騒ぎを表沙汰にしたく無い、と言っていたよ。」

 「あのね、セイン。その歴史ある屋敷の当主ヴィクター・スノーデンが、居なくなった。それが一番の問題だからね。」

 「うん。ワート君はやっぱりワート君で、俺は安心したよ。」

 「もうジャックはウチのセインを揶揄わないでくれるかな。いいのセインは、こうやって私の考えを整理する手助けをしてくれてるんだから。」

 「いやいや俺はワート君を揶揄って無いからな。ホッと安心しただけで。」

 「じゃジェロームは、イーサン氏は何をしに、探偵事務所まで訪ねて来たと考えてるの?」

 「うーん、恐らく私をスノーデン邸に呼んで何かさせたかった。つう理由(わけ)でクロード、ヤードのレイド警部にこの事を伝えてヴィクター・スノーデン氏の捜索を頼んでくれ。」

 「はい、畏まりました。」


 「見付けれるかなヤードに?」

 「まっ、どんな形であれ。人間を完全に1人消すのは不可能なので、見つけれると思うよ。如何しても無理だったら私にレイド警部から、助けてくれと連絡が来る筈だ。」

 「うわわー、聞きたく無かったよジェローム。ヤバい系の犯人だったのかイーサン・ハークレ。」

 「ジャックの言うヤバい系って余りヤバく無いと思うけど、まっ良いか。私は馬鹿にされるのは嫌いなので、とっととお引き取り願った訳さ。犯罪に探偵を利用してやろう、と言うアホな奴が偶にいて、マジで腹が立つ。」

 「えー、ジェロームはイーサン・ハークレが何をさせたかったか、気に成らないのか?俺はチョット気になるけどなー。」

 「ふふ、ジャックは今からでもヤードに行って、レイド警部の後を追ったら?大抵は、えっ?そんな下らない事を?って言うチャチな顛末になるからね。」

 「ヤダよー、行って死体さんと『こんにちわー』とかしたら、俺は気を失って倒れる自信がある。絶対にヤダ。」

 「全くジャックは何処のお姫様だよ。」

 「うんうん、ジャックは探偵には成れませんね。」

 「煩いよ、ジェローム、ワート君。」


 俺は只のでっかい栗鼠のワート君にまで、珍しく揶揄われた。

 良いんだよ。

 俺はジェロームと違って探偵とか目指して無いから。

 今世は、のんびりと生きるって決めてるんだ。

 そう思った瞬間に、俺は雇い主である悪魔エイム卿の顔が脳裏を過った。

 溜息吐いても良いよな。

 探偵事務所に置かれたカラクリ時計を見ると15時過ぎ。

 気分転換にグレッグ貸本屋にでも行って来よう。

 俺はそう思い立ち、緑藍とワート君に貸本屋に行ってくると伝え、クロードが華麗にジェローム探偵事務所の黒い扉を開いてくれたのを確認して、出入り口を足早に通り抜けた。




   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

 グレッグ貸本屋で俺は古代アシェッタ王朝の美術品目録を見せて貰い、借りたい本をチェックして受付に居た店員へと依頼した。

 其処にツイードを着た中年の紳士が俺に声を掛けて来た。


 「アシェット語がお解りに成るのですね?」

 「ええ、まあ少しですが。」

 「其れは良かった。実は私がお連れしたお客様が気分を害されたのか、何か言われているのですが私には理解出来なくて。運の悪い事に通訳と逸れてしまい困ってしまい、こうして貸本屋でも入って何か分かればと思ったのです。店の外に居ますので、少しだけ私共に、力をお貸し願えませんか?お礼に3ポンド迄ならお支払い致します。」

 「はぁー。」


 うーん。

 今更やっぱり解らんとも言い辛いし。

 面倒だな。

 軽くアシェッタの人から話を聞いたら、3ポンドは断って下宿112Bに帰ろう。

 ずっと此の侭通訳してくれって言われるのも嫌だし。

 声を掛けて来た中年の紳士に押される様にグレッグ貸本屋を出て、目の前に停まっている屋根付き四輪馬車に導かれて、、、何時の間にか現れたガタイの良い男がピタリと俺の背後に着いて背中へグイグイと金属の筒状の物を押し当てて来た。

 中年の紳士は馬車の扉を開き、後ろの男に腕を捻りあげられ俺は馬車に乗せられた。


 もう1人俺と同じ年かちょい上に見える男が向かいの席に座っていた。

 上質な絹のパールイエローのシャツに、濃紺のベストを羽織った酷薄そうな男が、手下っぽう中年の紳士とガタイの良い男に、俺の両手の拘束と、目と口を布で塞さがせた。

 いやー、中年の紳士は面倒そうな気がしたが、まさか拉致られるとは。

 オマケに後ろに捻りあげられた右腕が痛いし、最悪だ。

 こいつら何が目的なんだ?

 はっ!

 俺の肉体(バージン)か。

 ハイ、無いですね、スンマセン。

 悪魔エイム卿関連の極秘な情報か?

 それとも緑藍が追っていると言うエドガー・ワインド議員関連か?

 つか、どっちもエイム兄弟関連じゃねーか。

 クソ、のんびり俺が生きて行こうと思った矢先に此れかよ。

 

 別に焦ってない訳じゃ無くて、驚いてるだけ。

 つか、まあ彼等の目的が判らないと、今後の事もあるので現在は静かに状況確認中。

 それにまだ捻られた俺の右腕が痛てーもん。

 他人の腕だと思って思い切り力を加えやがって。


 でも、こいつらロンドの住民でも上流階級や裏の人間じゃなさそうだ。

 じゃなきゃ、ブレード通りでこんな荒事を起こす訳が無い。

 自殺志願者は別だけどな。

 俺をエイム卿の愛人と知らない、、、違う、友人と知らない人間の仕業かー。

 もうエイム卿の愛人がデフォに為りそうだ。


 男たちに自由を奪われた俺はする事も無いので脳内で1人遊び。


 まっ、何も情報と言う水が無い俺は、彼等の会話や外の音を聞きながら、砂漠で井戸を掘る人たちの映像と自分を重ね合わせて、脳内でマイムマイムを踊って不安を緩めるのだった。




  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 脳内で俺がマイムマイムを踊り続けて大凡(おおよそ)2時間。

 命令口調の酷薄そうな男がヘンドリックと名乗り、俺を脅し続けて居る。

 如何やら俺にアシェッタ語の通訳をさせたいのは本当だったみたいだ。

 但し、彼等の脅迫付きで。

 (やが)て馬車が停まり、中年紳士とガタイの良い男に俺は引き()られ屋敷らしき屋内に入った。

 地下へ向かう階段を転がりそうになりながら平らな床へ辿り着いた。

 そして扉が開く音がした後で、俺はクッション性のまるでない木製の丸椅子へと座らされた。


 「目と口の布を取るが私達の意に沿わぬ事をすれば、互いに望まぬ不幸な結末を君に与えなければならない。彼は耳が不自由でね、筆談で私の意思を伝えて欲しいのだ。」


 未だ布で口を封じられている俺はヘンドリックの言葉に首を縦に振って頷いた。

 俺の行動に満足したのかヘンドリックは目と口を封じていた黒い布を外させた。

 ヘンドリックはツイードを着ていた中年紳士を『オーリン』と呼び、ガタイの若い良い男を『マルス』と呼んだ。


 黒い布を外された俺の視界には、白い大理石で作られたマントルピース上に置かれたガス燈の明かりが差し込み、室内の光景を見せた。

 ガス燈の明かりは調節が思い切り絞られて暗い室内を小さく照らす役目しか果たして居なかった。

 俺が入って来たらしい暗い扉の前には背の低い男が立ち、俺が座った丸椅子の前にはオーク材で出来た質の良い高級な応接テーブルが置かれ、向かいの席には濃いベルベットを張ったオーク材の椅子が3脚あり、その中央にヘンドリックが足を組んで座り、その背後には中年紳士オーリンが立っていた。

 そして隣の椅子は、俺が座っている椅子と同じく粗末な木材で出来た丸椅子だった。

 座り心地が良さそうなベルベット素材の椅子は、俺の手脚が届かないテーブルの短い長さの方へ除けられていた。

 全く此れが客を迎え入れる扱いなのかと俺はヘンドリックに腹を立てていた。


 すると俺が入って来た暗い扉から御者をしていたオッサンが頭から薄汚いシーツを被せた人間を連れて来て、俺の右隣の丸椅子へと強引に座らせた。

 そして座った男のシーツをはぎ取ったので俺はその人物を見て慌てて目を背けた。

 俺ってグロが駄目だって言って無かったっけ?

 ああ、ヘンドリックは知らないか。

 両耳からは黒い血の跡がこびり付き、恐らく整っていたであろう顔は腫れあがっているのを隠す為か、目の上と右頬には不格好に白いガーゼが張られ、アシェッタ人特有の形の良い高い鼻筋に、窪んだ眼窩は深い湖の様な濃い青の瞳があった。

 恐ろしく見える程に青白い彼の容貌は蝋人形を見ている様だった。

 深い湖の様な青い瞳がヘンドリックへ怒りの視線を向けなければ俺は蠟人形か死体と思っただろう。

 

 厚手のカーペットが敷かれた床を歩いて中年紳士オーリンは、石板を俺とアシェッタ人の間に置き、囚われた彼にヘンドリックが用意した書類にサインするよう説得しろと命じた。

 俺はヘンドリックに謂われた言葉を石板に綴り、其処に2つ程アシェット語の単語を付け足した。

 ふうむ。

 如何やらヘンドリックや手下たちはアシェッタ語が判らない様なので、俺と囚われの男は互いに1つ2つの単語を足して筆談をしていた。


 古代アシェッタ展を開催してからグレタリアンとアシェッタ王国の人的交流が活発に成り、囚われの男サナシス・モロッソの妹アデルがその交流会のメンバーに選ばれたのが2年前。

 それからロンドから手紙が良く届くように為り1月前に妹アデルが居なくなった。

 後継人の兄サナシスは妹の行方を追いロンドに来て探していると、たどたどしいアシェット語で妹の行方を知っていると話す男が近付いて来た。

 グレタリアン語が出来ないサナシスは藁にも縋る思いで男に付いて行ったのが2週間前。

 それから妹アデルの財産を管理する兄サナシスへ、アデルの婚約者だと称したヘンドリックに譲るように監禁、拷問が続いていた。

 そして、一昨日から通訳していた男が来なくなったらしい。



 ちっ。

 俺は内心で舌打ちした。

 強大な黒い組織が緑藍の行く手を塞ぐために寄こした刺客じゃ無かったのか。

 まあでも(ひと)安心。

 いや、安心したからと言って俺の安全は確保されないんだけどな。

 俺の武力レベルは並なんだよ。

 一般的な成人男性と同じような腕力だね。

 元々ジャックは鍛えてた訳でも無いし、並なレベルだから後方支援とかにイラドで廻された。

 ジョンが俺に弱っちいって言うのも仕方ない。

 椅子から立ち上がり、ガタイの良い男マルクを筆頭にバタバタと倒し、サナシスを助け出せたら緑藍好みな冒険活劇に成るのだろうが、ハイ俺には無理。


 つう訳で、俺は逃走する機会を狙っている。



 「誰だーっ!」

 突然御者のオッサンや背の低い男が暗い扉の前に駆け寄り、バーンと木が打ち付けられる音がしたと思ったら扉が開き、地獄の門も開かれた。

 悪魔エイム卿、降臨。

 地上には凄まじい冷気が吹き(すさ)び、地に生きる生あるものは全て死に絶えた。


 (かん)


 てな感じだった。

 補佐官ヒューイと顎鬚オヤジのディックが、アっと言う間に拳銃でマルクやオーリンの身体に銃弾を撃ち込み、悪魔エイム卿は、ヘンドリックの右肩へと銃弾を打ち込んでいた。

 俺は、鳴り響く強烈な射撃の音と硝煙の匂い、そして身近で飛び散ったグロい真っ赤な血液を見て、意識を失った。



 「愚か者が、、、。」


 遠くで悪魔エイム卿の声が静かに俺の耳に届いた、、、そしてユラユラと揺られて暖かな揺り篭で守られている、そんな不思議な想いに囚われ乍ら俺の意識は闇に沈んだ。

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