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エイム迷走ス  作者: くろ
46/111

ケモナー


  アリロスト歴1891年   12月



 暖気で曇る窓ガラスの外にはロンドで珍しい雪が舞って落ちていた。

 俺はアームチェアーに深く腰を掛け脚を組んでセインの言葉を待っていた。

 新聞に目を通していた俺にセインが話があると言ってクロードも席を外させた。


 「僕とアリッサは離婚することに成った。」

 「離婚?オリビアは如何するんだ?」

 「僕が引き取って育てる。」


 

 婚姻の意思は余り無かったが、父の遺言と思いセインは婚姻生活を続けて居た。

 しかし「怪盗バート不況」で互いの実家が貧しくなり、妻アリッサへの援助が途絶えた折、セインの収入も激減した。

 根っからのお嬢様だったアリッサに当たり前の社交が出来ないのは精神的なストレスになった。

 つい余計な一言を言ってしまうセインと、それにキレて怒るアリッサとで険悪な日は続いた。

 

 そして決定的な事が起こった。

 9月に出産された子供の目と髪色が如何考えてもワート家血筋の者では無かった。

 出産から回復した妻は諦めて、とういうか開き直ってセイン以外に愛する人が居ると白状した。

 

 「僕がもう駄目だなと思ったのは、アリッサにそう告白されても何も感じなかったから。此の侭の状態で無理に婚姻関係を続けても、互いに何も良い事が無いし、険悪な両親といるのはきっとオリビアにも良くないと考えて決断し、9月終わりにサインしたんだ。」

 「サインして、随分かかったねセイン。」

 「財産を分けるのが結構かかってね。弁護士に任せていたのが、昨日やっと手続きが終わったと連絡が在ったんだ。ある程度目途が着いてからジェロームに報告しようと思って、遅くなった、御免ね。」

 「其れは良いよ。えと、セインはオリビアと何処に住むつもりなんだ?」

 「暫くは今の屋敷に住むよ。でもジェロームの近所に引っ越そうとは思っている。あの屋敷は娘と僕が2人で暮らすのは広過ぎる。家賃も高いしね。」

 「そっか、私に手伝えることが在ったら言ってくれ。手を貸すよ。」

 「ああ、有難う。その時は頼むよ。」


 妻だったアリッサは現在、お相手のR&R投資商会に勤めてる男と共に暮らしているそうだ。

 出産した子と一緒に。

 今回のお相手は資産もあり、妻になる人は悠々自適だって。

 一応アリッサが騙されてないかレイド警部に調べて貰い報酬をセインが支払ったらしい。

 まっ、ウチに頼んでセインもクロエには知られたく無いだろうしな。

 セインはクロエを尊敬しているけど、少し怖がってるっぽい。

 俺とジャックはクロエを怖がってはいない、単に逆らえないだけ。

 ホント、昔はクロエも素直で良い娘だったなー、とジャックと俺で、そう過去を懐かしんでる。


 セインより若くて色男だったと自嘲して俺に話すけど、俺はセイン以外に良い男を今の所知らない。

 ジャックとクロエに言わせると「そう見えるのは緑藍だけだ。」つう事だ。

 ジェロームと呼ばずに緑藍と呼ぶのは、ジャックとクロエが心からそう思っている証拠だったり。

 可愛いし良い奴だし、正直過ぎるのは玉に瑕だけど、1つくらいの欠点は誰しもあるモノだ。


 一先ず、アリッサには「お幸せに」と思うよ、ホントにね。

 お金持ちの相手と幸せに為ってよ。

 俺的にはセインをやっと返して貰ったってカンジだ。

 婚姻がアノ親父の遺言だとは知らなかったけど、セインは子供を欲しがってたからな。

 流石の俺でもそれだけは無理。


 俺もその内に誰かを娶る事に為りそうだけど、なんか兄がジャックの影響か、余り公爵家としての立場を表に出さなくなったから、若しかしたら無理に婚姻しなくても良いかも?

 当分はセインに癒されながら此の賑やかな下宿112Bでの生活を楽しむとしよう。

 

  

 でも、全く俺のセインの良さが判らない奴が多過ぎるのだけが腹立たしい。





  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 クリスマスの朝、山の様にミルクと珈琲豆と高品質な精製された砂糖が届いたと、2階に駆け上がってジェローム探偵事務所の黒い扉を押し開いたクロエから、息せき切った報告が在った。

 危険を察知したクロードは黒い扉から距離を取って立っていた姿に俺は笑った。


 「本当にエイム公爵ってジェロームの事に為ると加減を知らないわよね。ミルクと珈琲豆は大量にあるからお世話になってるご近所さんにプレゼントしてもいいかしら?」

 「うん、迷惑かけて御免。サマンサの良いようにしてよ。」

 「ええ、、はいっ!エイム公爵からジェロームへのクリスマスカード。」

 「有難うサマンサ、其処の応接テーブルに置いておいてくれる?」

 「ふふ、シェリーが今年はビスケットを焼いているわ。後で食べて上げて。マーサにプレゼントしたら、セインの屋敷にも持って行くと言っていたわ。」

 「おっ、それはオリビアが喜ぶかもな。」


 俺がそう答えるとクロエが微笑み、クロードが華麗に探偵事務所の黒い扉を開くのを待ち、1階ホールへと降りて行った。

 セインの屋敷の使用人達は、アリッサの身の回りの世話をするもの以外は其の侭残り、オリビアの世話をする乳母とジュリアもこれまで通り面倒を見てくれると話していた。

 家政婦を含め臨時雇いの雑役夫やポーター、4人のメイドやメイド見習をアリッサは雇っていたそうだから中々に豪勢な生活だったと思う。

 最低でも約1500ポンド以上の収入が無いと生活が苦しいだろう。

 まっ、互いに銀行に資産が有る様だからそれを崩したのか。

 セインに今度幾ら掛かっているのか正確な生活諸経費を聞いておこう。

 俺って自分で金を使わないからそう言うのは分かんないんだよな。


 俺はクロードに珈琲を頼み、部屋の左寄りにある応接テーブルまで歩いて綺麗な絵に彩られた兄からのクリスマスカードを手に取った。

 ------愛しいジェロームがクリスマスに飲むカフェオレを贈る。善きクリスマスを。兄------


 そのメッセージを読んだ時、ジャックの済まなそうな顔が思い浮かんだ。

 『緑藍御免』

 ちっ、ジャックめ、俺の好物を兄に教えたな。

 きっと兄は側にいるヒューイ辺りに最高のカフェオレを俺に贈れと命じたのだろう。

 材料だけ買って送ればカフェオレになるとでもヒューイは考えたのかね。

 頑張ってる割りには兄もヒューイも何処かピントがズレている。

 兄は精々ジャックを見習えば良いと俺は思う。

 今回の兄の得点は、「次は頑張りましょう」だね。


 俺は1人笑って、兄のクリスマスカードを机の引き出しに仕舞い、クロードの珈琲を待った。








  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1892年   2月



 今年は7月に選挙が在る為、昨年末から今年、ウィルが多忙でウェットリバーに来れなかった。

 少し寂しいが、グレタリアン流濃厚な友情を警戒しなくて良い、と言うのは俺の精神衛生上グッド。

 前世の選挙と違い投票出来る人は限られているので選挙前と思えない程長閑で静か。

 2月の寒さを緩める為に、俺はジョンと安楽椅子座り、暖炉の温もりを浴びながら、カップに入れたレモンの蜂蜜漬けを湯で割って飲んでいる。

 流石に冬はハーブ園での作業は休みなので、まったりしてる日が多い。

 緑藍から手紙が来た時は、「ヤベぇ、エイム卿へ生贄として差し出したから怒ってる?」と俺は焦ったが、その事には触れずワート君の離婚報告が綴られていた。


 楽しそうに緑藍は書いているがワート君に取っては滅茶苦茶ヘビーだろ?

 嫁の浮気だぜ?

 オマケに浮気相手の子供を出産してるし。

 はははっ!

 つうて緑藍、笑ってる場合か。

 んーでもなー、ワート君だしな。

 嫁と巧く行かなかったのは、経済状況の悪化だけじゃない気がする。

 てかアレだけ緑藍ラブなワート君が、他の人と円満に暮らせるとも思えんかったしな、元々。

 第一そんな器用な人間なら俺は年上相手のワート君を、(くん)呼びをしていない。

 でもって悪意に敏感な緑藍がワート君を手元に置くはずも無し。

 ある意味仕方ないのかもな。

 まあ、緑藍が嬉しそうに報告を書いているので、ワート君には此れからも、ジェローム探偵の有能な助手でいて貰おう。

 ワート君と居て癒される緑藍の感覚は俺には幾度説明されても判らんからな。

 もしかして緑藍はケモナーなのやも知れん。



 そしてシェリーに良い相手が現れたと追記して有った。

 ジェロームだった頃の寄宿生時代の同期だが、殆ど話した事ない旧友だと書いてる。

 殆ど話した事ない旧友って、、、、。

 エイム兄弟は友に関する認識を改めた方が良いぞ、絶対。

 幾らシェリーとそのパーシーと言う青年が、同い年だからと言って、純なシェリーへ無闇にくっ付けるなよ。

 お前は純愛マニアのクロエかと、俺は突っ込みつつ読み進めると、パーシーに起こった花嫁失踪事件のあらましとヤードにまで自らの足を運ぶパーシーの律義さを緑藍は綴っていた。

 うん。

 パーシーの性格は緑藍の好みだな。

 それで緑藍は密かにパーシーを応援しようとしているのか。

 まっ、緑藍が好感情を抱く相手なら人間的に良い奴なんだろう。

 手紙の様子ではシェリーもパーシーの事を悪く思って居ないみたいだし、、、。

 ああー、クロエがウキウキしながら2人を観察している様子が俺の目に浮かぶ。

 クロエの被害者がまた1人。

 いや、別に被害には遭わないけどね。


 俺の嫁、パルテの戦乙女のレプリカが飾り棚の上から俺を見詰めて美しい笑顔を湛えていた。




 「で、如何なの?」

 「へっ?何がだい?ジョン。」

 「いや、去年の夜会で、ノルセー伯爵とエイム公爵が、ジャックを取り合って決闘しそうだった、と俺はそう噂を聞いたぜ?」

 「ありえねーから。つか、なんでウェットリバーにいるジョンにそんな噂が届いてんだよ。それに3ヶ月も前の話が何で今頃?」

 「ウィリアム様の用でチェスター大学に行ったら学生同士が話していたんだ。クリスマス休暇でロンドへ帰省している時、あの有名なノルセー伯爵がエイム公爵の愛人?友人?ジャックって人の行方を捜していたって話を親から聞いたそうだ。」

 「ええー、止めてくれないかな。つか俺は愛人じゃねー。なんて事をしてくれてんだノルセー伯爵。そんな噂が立ったら俺はロンドの街を歩けなくなる。」

 「流石にジャックがロンドに戻るバカンスシーズンには噂は消えてるだろうさ。只でさえ噂の回転が速いロンドだ、それに7月には選挙がある。社交界はそっちの噂で持ち切りだと思うぜ。」

 「やれやれ選挙様様だよ。そう言えばジョンは、ロバート・カスタット氏って、どんな人か知っているか?」

 「うーん、直接会った事は無いからな。」

 「まー、そうだけどさ。コッチに居たらそれこそジョンも噂くらい聞くかなと思って。」

 「誠実で実存主義、そして理想家って俺は聞いたぜ。ジャックも選挙に興味があるかの?」

 「まー、選挙権は欲しくないけど生きてると政治に無関係つう訳にもいかないじゃん?中々に面白い事を提案していたからさ。1、全成人男性の投票権、2、秘密投票、3、投票する事に資産制撤廃とかさ、でも1年毎の選挙は無理だろうと思ったけどね。4、議員報酬の支給も目を引いた。持てる者の義務では無くて職業として議員を目指してるが面白い。」


 「面白いか?ジャックは変わってるよ。」

 「そう?でも実存主義か。確かに運命論よりは断然良いよな。さて、喉も乾いたし珈琲でも淹れるか、ジャンもいるかい?」

 「ああ、頼むよ。しかしノルセー伯爵も怖いモノ知らずだな。あのエイム公爵に喧嘩を売るとか。」

 「それは思うよ。エイム卿の冷気を真正面から受けて平気なんだから俺も信じられないよ。」

 「いやジャック、俺の言う怖いモノってそう言う意味じゃ無いよ。」

 「あははっ、分ってるよジャン。仮にも弟のジェロームと友達なんだ。まっ、害の無い程度で、話は聞いてるよ。それにエイム卿本人にも友達認定されてるから。」

 「そっか、それを聞いて安心した。俺は何も知らず、エイム公爵の側にいるのかと思って、心配して焦ったよ。しかし高位貴族しか興味無いと思っていたエイム公爵がジャックを友達認定か。意外とジャックは凄い奴なのかもな。弱そうなのに。」


 「友達に腕力の強弱が必要なのはジャン位だ。でも心配してくれてありがとう。」

 「いえいえ、我が主ウィリアム様にとっても大切な友人だから当然だ。」

 「其処はジャンが友人と思ってくれても良いんだぜ?」

 「ジャックが腕相撲で俺に勝てたら考えて遣る。」



 そう言ってカカと口を開いてジャンは笑い、俺の淹れた珈琲を旨そうに飲む。

 やっぱり腕力基準かよと俺は口を尖らせジャンに拗ねて見せた。

 さて、腕力では敵わないのでジャンを懐柔する為に、俺がクロエ直伝の手抜き時短スープでも、今夜の夕食に作ろう。


 あの噂の有る内は彼女作りなどは到底無理そうなので、筋肉マッチョなオッサンのジャンと向かい合っての夕食が続きそうだ。

 楽しいから良いけどね。


 つか、俺が彼女が出来ないは、あの噂の所為だからだ。

 絶対に。

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