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エイム迷走ス  作者: くろ
45/111

メインゲスト



  アリロスト歴1891年  11月



 俺は大人の男なので、手を取られて右手の甲に唇を落とされても慌てない。

 俺は大人の男なので、腰を抱き寄せられてもパニックに陥らない。

 俺は大人の男なので、相手の顔が近付いて来ても、、、、。

 避けるわ、呆けっ!


 今夜の夜会はどうしても一緒に出て欲しいと命令、いえ、エイム卿にお願いされ11月を5日過ぎたのにロンドでパーティー(なん)かに出ている。

 貴族だけではなく著名な(だけ)人も出席して居て出席したく無かったが、ロイヤルな招待状が届いてしまい断れないので、友として共に参れ、つうエイム卿からのダイレクトアタック。


 「嫁と行けば?」

 「妻は人混みが苦手なのだ。」


 俺も苦手だけどな。

 世の中で人混みが得意と言う稀有な才能の持ち主に俺は会ってみたい。

 嘘です。そんな奇跡的な人には会いたくありません。


 紳士、淑女の皆様も酔いそうな程に華やかで煌びやかな装い。

 思わず俺は目が眩みそう。

 エイム卿のファッションも今夜は派手だなーとか思ってたんだが、なんのなんの。

 此のホールの中ではシンプルで地味だった。

 俺も地味だよ。

 だって俺ってエイム卿の友というより気分は下僕だから。

 例えデレ期が有っても変わらぬモノ。

 エイム卿は命令する人、俺はエイム卿に命令される人。


 相変わらず馬の話やポロの話、今は温泉地の第三ムーブが起きてる話を織り交ぜ挨拶。

 エイム卿はと言えば貴族と議員以外にはチラリと視線を向けるだけなので俺は胃が痛い。

 どっちかと言うと発明家や学者の方々と挨拶して話して居たいなー。

 貴族よりこっちの人達との話しをする方が俺には楽しいよーぉ、エイム卿。(内心の叫び)


 そんな時、どよめきが起こりモーゼの十戒の如く会場の人混みが割れ、1人の品良いオヤジと顔が(えら)く整い、シンプルな黒の前が短い燕尾服とさっぱりベージュのブリーチに黒い艶やかなエナメルブーツと言うロンドでは余り見ないファッションをした20代半ば位の美青年が現れた。

 如何やら今夜のメインゲストみたいだ。

 何故かエイム卿は不機嫌オーラを出して苦虫を嚙み潰している。

 その顔すら美しいのだから俺は世の不公平さを嘆いても良いよな?


 「アレがノルセー伯爵だ。」


 おお、アレがモスニア帝国でもフロラルスでも有名な話題のダンディー伯爵か。

 うん、あの色味がロンドでも流行ってくれると目に優しい。

 確かに整って美しい青年だけどさ。

 俺が毎日見ているエイム卿や緑藍の方が美しさが際立っているからなー、感動が薄いかも。

 俺の目はエイム兄弟を見慣れ過ぎたのかも知れん。


 品の良いオヤジ事、リョートン伯爵がロンドの社交界で新たなモードを広める為、態々(わざわざ)モスニア帝国からダンディー代表ノルセー伯爵を連れて来たそうだ。

 ふむ。

 これが有名なダンディズムか。

 俺的にはシンプルなモノが流行るのはオールオッケーなので是非ノルセー伯爵には頑張って欲しい。

 でも既に去年位から賭博場でブイブイ言わせていたよね。

 その為に俺はエイム卿から命じられ緑藍の守りに就いたんだから。

 対ノルセー伯爵の防衛線として。

 どんな防衛するかは俺が知りたい。


 ガヤガヤと一通りのノルセー伯爵の挨拶が終わると顔見知りの貴族や紳士たちが彼を取り囲んだ。

 俺とエイム卿は一休みする為に、隅に置かれてあるソファーに腰掛け、ボーイが運ぶシャンパンを貰って口にし、喉の渇きを癒した。

 挨拶のし過ぎで喉が渇いていた俺はボーイを呼んでシャンパンをもう一杯貰った。


 「ジャックは如何思った?ノルセー伯爵を見て。」

 「そうっすねー、エイム卿の方が断然いい男だと思いましたよ。」

 「うん、そ、うか?」

 「ええ。ジェロームも惚れないと思います。絶対。」

 「うん、そうか!」


 うんうん、やっぱりエイム卿は冷気を引っ込めてこうやって空気を緩ませた方が100良いな。

 珍しく少しだけ口元を緩ませたエイム卿と俺は、ダンディとは何ぞやと話し込んだ。

 暫し時が経ち、エイム卿がソファーから立ち上がった。


 「そろそろ陛下に退席の挨拶をして失礼しようと思う。ジャックも私と共に伺うか?」

 「いえ、俺はロイヤルはちょっとご遠慮します。」

 「判った。此処で待つか?」

 「はい、此処なら余り人も来ないようですし。」

 「ああ、では行ってくる。」

 「はい、エイム卿もいってらー。」


 エイム卿が席を立って五分後、爽やかな笑顔を浮かべて、ノルセー伯爵がワイン片手に俺の傍に立った。


 「隣、失礼しても良いだろうか。」

 「ええ、どうぞ。」


 ノルセー伯爵はボーイにワイングラスを渡し、俺の右横に座った。

 さっきまでエイム卿が座っていた席だ。

 ノルセー伯爵は俺の方を向き右手を差し出した。

 俺も握手だと思い何気なく右手を差し出した。


 「私はジェームス・ノルセーだ。宜しく。」

 「俺はジャックス・ミスです。」


 そして冒頭へ戻る。


 俺は大人の男なので、手を取られて右手の甲に唇を落とされても慌てない。

 俺は大人の男なので、腰を抱き寄せられてもパニックに陥らない。

 俺は大人の男なので、相手の顔が近付いて来ても、、、、。

 避けるわ、呆けっ!


 「何をさらすん、いや、するんですかノルセー伯爵。」

 「いや、余りにもジャックが美しいから。」

 「変態は巣に帰れ。じゃ無くて、ノルセー伯爵は同好の志を捜してください。」

 「うん?ジャックはエイム公爵の愛人だろ?」

 「ちげーよ。つか万が一愛人だったら余計ノルセー伯爵が口説いたら駄目だろうがっ!」

 「美しい人は1人のモノに為るのは罪な事だと友人のパトリックが話してくれたのだ。私もその考えを聞いて甚く得心がいってね。ジャックの様に美しい人を1人残して於いて行くとは罪深い、、、。」

 「私の友人ジャックに何か御用かな?ノルセー伯爵。」

 「ええ、余りにも美しいジャックが1人で居るのを見ているのが忍びなくて。つい声を掛けてしまいました。ああ、此れは挨拶が未だでしたね、エイム公爵。」

 「いえ、挨拶は結構。ジャック帰るぞ。」

 「はい。」

 「また、お会いしましょうジャック。」


 もう11月。

 春でも無いのに頭の可笑しな男が居るもんだ。

 ノルセー伯爵の所為で爆弾低気圧状態のエイム卿。

 くそっ、如何してくれる。

 エイム卿からの怒気は、俺の心胆を寒からしむに十分だった。





 俺は真冬の怪談から逃れる為に、エイム卿へ緑藍の好きなモノを教えた。

 「クリスマスのプレゼントにすればジェロームも喜ぶ!」、、、、、、、ハズ?


 カフェオレ、葉巻、シガレット『銘柄ウッドベニス』、白檀の香りなどなど。

 3つ目を教えた頃からエイム卿の低気圧が緩み、俺の呼吸も正常になった。

 緑藍、御免。

 緊急事態だったんだ。

 此の義理は何時か緑藍に返すと俺は心に固く誓った。






 





    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





  アリロスト歴1891年  11月


  「緑藍御免」


 そう一言メッセージを入れた封書がジャックから届けられた。

 おい、だから説明しろよ、ジャック。

 余程、焦って居たのかジェローム宛に「緑藍」て書いてるし。

 何を遣らかしたのやら。



 パーシーとミンスパイを食べた日、また何か相談事かと思ったら、帰国して何となく俺の顔を見たくなったから、訪ねて来たとパーシーは話した。

 帰る頃にシェリーが紙袋にミンスパイを2つ詰めて手土産にとパーシーに手渡した。

 シェリーからおずおずと紙袋を受け取るパーシーを見て俺は確信した。

 近い内にパーシーは又、下宿112Bへと訪ねて来るだろうと。



 まあ、そんなパーシーは兎も角としてセインが自宅に帰らず、昔セインが住んでいたジャックの隣の部屋で居住するようになった。

 もう1ヶ月過ぎたけれど、大丈夫?

 その内話したく成ったら話すだろうと好きにさせている。

 つか、居てくれると俺が楽なんだ。

 セインに話したり説明している内に考えが纏まって行く感覚が心地が良い。

 ホントは事情を聞いてセインの問題解決のサポートをするべきだろうけど、まっ良いかっつうね。

 遂、セインといる居心地の良さに俺は身を任せてる。

 此れも俺の我儘だよね、判ってるんだけどさ。


 だって帰らない事情なんて嫁問題しか無いじゃん。

 一応、其処はセインのプライベートな問題だから話せるようになるまで俺は待つ心算(つもり)だよ。




    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 俺はアームチェアーに腰を深く掛けて、ワークデスクの左に置いてある書棚に貼り付けたロンドの地図を眺めていた。

 セインは黒い扉近くの壁際に沿わせて置いた小さなデスク向かって座り、一昨日貰って来たらしい医師会の会報を熱心に読んでいた。

 するとクロードが静かに動いて華麗にジェローム探偵事務所の黒い扉を開き、大きな体を揺らして歩くレイド警部をゴブラン織りの椅子まで案内した。


 「やあ、忙しそうだね、レイド警部。皴の入ったシャツは着替えた方が良いと思うよ。

 「そう言うな。殆ど家に帰れていないんだ。やっと支配人と副支配人からの自白が採れたんだ。」

 「凄いな、おめでとうレイド警部。やはりオークション会場にいた彼等がヨーアン諸国で指名手配に成っている盗賊団のメンバーだったの?」

 「ああ、ロンドでの売り手だった。元は南グロリアの移民なのさ。本拠地は東ポーランにあると言うんだが、あそこは難しい場所だからな。」

 「東ポーランか、確かに。ルドア帝国とオーリア帝国の綱引き場所だね。」

 「うん、其処で俺が得た情報を纏めて署長に渡して来た。その情報を各国の大使館に渡すと話していた。やっと命じられていた仕事が終わったので、此処へ旨い珈琲を飲みに来たんだ。」

 「ふふ、(ついで)に煙草もどうだい?」

 「おー、有難い頂くよ。」



 俺は机の上にある真鍮で作った掌サイズの煙草ケースを開き、レイド警部へと右手で差し出した。

 レイド警部は椅子から立ち上がり、俺から煙草ケースを受け取ると、慎重に一本の紙巻きたばこを取り出し、煙草ケースを俺に返して椅子へ戻り、座り直して煙草の匂いを嗅いだ。

 葉巻と違いシガレットの香りは其処まで強くない。

 ジャックは紙の煙を吸いたくないと手軽なシガレットが主流になった今も葉巻派だ。

 「只の庶民」が口癖のジャックだが趣味や仕草が全く庶民では無い件。


  レイド警部が煙草に火をつけるを見て、俺もつられて煙草をくわえてマッチで火を点ける。

 其処にクロードが淹れ立ての珈琲をレイド警部と俺、セインへと出して行った。

 レイド警部がカップに口を付け珈琲を一口味わい、俺に話し掛けた。


「元々南グロリアで盗みが得意な孤児たちが集まって生活していたらしいのだが、それに目を付けたデロッセ・ファミリーの者が南グロリアに逃れて来た盗賊グループへ彼等は預けられていたらしい。10年前に南グロリアで起きた選挙での抗争で逃げ出す一員に紛れさせられてグレタリアンへ移って来たと話してた。」


「最初からロンドで売り捌くのが目的の移民だったのか。」

「ファミリーからの指示で動いてた。まあロンドに商品を持って来ていた2人の人相は判ったから、それもヨーアン諸国に送るそうだ。盗賊団の人数が判らなかったのは残念だが。」

「まっ、南グロリアはお尋ね者の集積地だしなー、でもまあ、一先ずはお疲れレイド警部。」


「有難う。今回もジェローム君のアドバイスで何とか解決が出来た。署長にも褒められたしな。だがな、グライス警部が機嫌を損ねてな、はあー面倒臭い。で、リチャードはスージー殺しを遣っていると思うか?ジェローム探偵の意見を聞かせて欲しい。」


「あくまで私見だが、リチャードは遣って無い、だ。始末するなら自分のアリバイを確りと作って仲間に遣らせるだろうしね。さて、レイド警部の仕事に私の意見が役に立ってくれて嬉しいよ。」

「ああ、また宜しく頼む。」


 そう言って短くなっている煙草を持ち直してレイド警部は静かに煙を吸い込んだ。

 そんなレイド警部に俺は引き出しから取り出した依頼請求書をクロードから渡させた。

 依頼請求書を見たレイド警部は大きく咳き込み、吸い込んだ煙を吐き出した。

 俺は満面の笑みを浮かべて金額に騒ぐレイド警部を見詰めていた。


 まっ、何事にも対価が必要だと言う事だ。

 てか、今回の件はグリーンオブグリーンが嵌った宝冠探しの依頼以外は、俺の趣味で動いているのでクロエがその手数料をレイド警部への請求書へ上乗せしている。


 「日頃はレイド警部にサービスしてるんだから偶には支払わせなさいよ、ジェローム。」


 イエス、グランマ。

 咳き込み涙ぐむレイド警部をセインは慌てて立ち上がり側に寄って背中を摩ってやっていた。

 少しムカついた前回のレイド警部の態度も、俺が思わず噴き出してしまった笑いで霧散した。

 クロードが新たに珈琲を持って来たのを合図の様に其々が椅子へと戻り、俺やセインとレイド警部が新たな瑠璃色の珈琲カップを手に取り、焙煎された香ばしい豆の香りを口にした。





   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  読み貯めていた雑誌のページを閉じ、煙草を吹かし俺は一息入れた。

 そして深夜1人、ロンドの地図を眺めて、俺は意外にも広く広がっているリチャードの仲間のマフィア達について考えていた。

 4年前に起きたジャックの失恋事件、ではなく、グラス通りに在った孤児院でのアヘン取引。

 今では孤児院も含め、あの裏通りに在った私娼地区の家々は取り潰され更地になって、新たな集合住宅地へと生まれ変わっている最中だ。

 その土地の半分を手に入れたのが連続娼婦殺害事件の黒幕エドガー・ワインド議員だ。


 そしてドレイン銀行の出資者でもある。


 今はリチャードとの繋がりが見えて来ていないけど、エドガーが南グロリアのマフィアと繋がっているのなら、ロンドでパジャー・オークションが開けていた理由も説明出来る。

 ある程度グレタリアンで力のある人間でないとリチャード達マフィアを使えないだろう。



 まだまだ綺麗な線には成らないけど、切った鎖が遺した輪がエドガー・ワインドの名を示している。

 俺はロンドの地図にあるグラス地区へ「エドガーワインド」とペンで書き足し、机と書棚に置いてあった白熱ガス灯を消して、静かにジェローム探偵事務所にある奥の無垢材で出来た扉を開き、私室へと歩いて行った。

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