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エイム迷走ス  作者: くろ
44/111

ミンスパイ


  アリロスト歴1891年  10月




 此処はロンドの南セントラル地域にある男爵邸。

 築102年と言う年代物。

 つう事は1789年に建てられたのか、独立戦争が終わりグレタリアン帝国にヨーアン諸国から本土攻撃があり、女帝オルテシアがブイブイ言わせてた頃か。

 遠く懐かしい記憶が俺の脳内を過る。


 「此処に設置しようと思うのだがどうだ?ジャック。」


 今、男爵邸で俺とエイム卿は新たな愛の巣作りを話し合って、、、。

 当たり前だが違いうよ。

 築102年の男爵邸を余り変えず改装し、新たに導入する薪ストーブの設置場所を、エイム卿と俺は話し合っていた。

 俺は暖炉の場所で良いじゃん、って思って居たのだが、何とか暖炉は死守したいエイム卿。

 屋敷の見取り図や外観をチェックした結果、会議室(もとい)談話室に新たな煙突を作ると見栄えが悪い。

 でもって、俺が寝室として使っている部屋を談話室にして、薪ストーブを設置することに成った。

 俺の寝る場所?

 全く問題ない。

 何せ此の男爵邸から下宿112Bまで、通りが混み合って無ければ馬車で10数分、混んでても20数分も有れば着くという、極めて近距離に或るのだ。

 南セントラルの男爵邸で俺が寝泊まりしているのは、エイム卿の命令つうだけ。




 後から緑藍に聞いたのだが、「愛人を囲う」てな名目で知人から有償で借りたらしい。

 エイム卿の知人が、あの男爵邸も近頃流行の高級集合住宅にしようとしているのを知り、相応の金額で交渉したと言う。

 緑藍が俺を「兄の愛人」と揶揄ってた謎が解けた瞬間であった。

 あのペンシルビルヂングに俺が移ったとしても、結局は此の男爵邸に住まわせる気だったのだ。

 クソぉーーっ!

 遣りやがったな、悪魔エイム卿。

 怯えながら一生懸命にエイム卿と戦った心算(つもり)だった俺を弄びやがって。

 緑藍に謎解きをされた日を想い出し、俺は沸々と沸き上がる怒りを、、、、。



 「ジャック、こっちへ来い。」



 そう冷たいエイム卿のエロいテノール声が俺を呼んだ途端、その怒りは鎮火した。







   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 エイム卿は『私のジャック』として、偶に社交の場にも連れ行くように為り、着付けや時間管理の為に、俺へとペイジ・ボーイとヴァレットつまり従者を付けた。

 今までは昼の社交だった為に人手を必要としていなかった。

 (アレでもラフな格好だった)

 しかし、夕方以降の場ではイブニング衣装、盛装が求められる所為で、俺の苦手な『寄り添い型使用人』に仕えられる事に成った。


 ペイジボーイ(小姓)のリノ・レイズはイエローブラウンの髪に青み係った透明な瞳の15歳。

 真新しいボーイ服に身を包んだ如何にも少年って子だ。

 ヴァレット(従者)ドルフ・フェインは赤味の差したレンガ色の髪にチャコールグレーの瞳の28歳。

 俺と同年代のドルフは少々気難しそうだが出来る男の空気が漂う。

 うん。

 アレだ。

 エイム卿が雇う基準は美形である事なんだな、そう俺が実感した使用人との顔合わせ。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 緑藍が新たな謎を追い掛けていた頃、俺はエイム卿との新たな1ページを開いて悪戦苦闘していた。

 華やかな夜の社交場でエイム卿が「俺のジャックだ。」と紹介して、お貴族様や由緒正しき紳士へ俺を投げて彼等と会話させる。


 天気の話や、ロイヤルウィストン競馬場でのレースの話、そしてキツネ狩りや、古代アシェッタ王国の話題を順番を入れ替えて、受け応えていれば何とかなる事に俺は気付いた。

 偶に変化球も来るが基本的に聞き役の俺は、話している紳士達へ大人しく微笑んで頷いて於く。

 俺の隣りでは、聴いているんだか聴いて無いんだか分からないエイム卿が、麗しく整った顔の表情も変えず、相槌も打たない生きた彫像と化して立っていた。

 泣きたい。

 挨拶にと動いた人を視認するとエイム卿は、「アレはエールズ公、私と同じ公主だ。」「今動いたのはシグノア侯爵、グレタリアン西部に広大な領地を持つ只の古い地主だった。」と言う具合に注釈込みで名前を俺に教えて来る。


 こんな偏屈王なエイム卿でも夜会に顔を出すと人が集い、彼の挨拶を貰いにやってくる。

 俺もアルフレッドの頃は大概不愛想だったが此処までじゃあなかった。

 此れでも人が寄ってくるのは、、、顔かっ!

 顔が良いから此の態度でもエイム卿は許されるのか、畜生めっ!

 特に夜会は夫人同伴や女性同伴が多いので、ドレスを着飾った綺麗な花々たちがウットリと麗しい悪魔エイム卿に見惚れている。

 中には夫や同伴者をせっついてエイム卿に自分を紹介して貰いにやってくる。

 エイム卿は貴族男性や紳士の名は俺に教えるが御婦人達の名を教えてくれない。

 俺はエイム卿に近付いて来た女性の名を尋ねた。


 「知らん。」


 ですよねー。

 エイム卿が御婦人達をスルーするので必然的に俺が対応する。

 御婦人方の名前と顔見知りの数が俺も増えた、まあ、挨拶交わしただけだけどな。

 俺の脱童貞の道は遠い気がする。


 男爵邸に帰宅すると着替えてから、シガールームに入り、俺とエイム卿の反省会が始まる。

 はは、エイム卿が反省などする筈がない。

 つうか、その日に俺が会話した方々の所感を語り合う。

 いや、語るのはエイム卿だけども。

 7月に東屋でティー・タイム・デートをしてからは俺と普通に話すようになった。

 これを俺は内心でエイム卿のデレ期と呼んでいる。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

 如何やらアヘン規制を反対している人と穀物関税自由化に反対している人は微妙に被るらしい。

 ホリー党(保守党)として意見を纏めた訳でなく、アヘン規制の方は各個人での意見だとか。

 エイム卿としては、緑藍つうかジェロームを傷付けたアヘンを憎んでるので、「サクサク規制して根こそぎロンドから無くしたい所だ」と俺に話す。

 いや、いつも思うけどエイム卿は極端なんだよ。

 それに穀物関税自由化にしても0か100じゃあ無くて、様子見ながら変えて行きなよ。

 コレってグレタリアン気質とか言う奴?

 白か黒っ、ってバッサリ分けちゃう感じ。

 世の中、そんなに何もかもスッパリと割り切れないモンだと俺は内心でボヤいた。


 でもって中々イイ感じで淑女学校に通う女子が使えそうに育って来たので、再来年から中産階級の子供たちが通う公的なミディムスクールを作る事になった、、、らしい。


 「でもエイム卿?私立学校や家庭教師に習わせている家庭もありますよ。」

 「私立学校には私達の求める一定レベルの教育が行われているか年に一度生徒達に試験を受けて貰う。その出来で学校と認めるか如何かを判断する。10年の移行期間を設けるから問題は無いだろう。」

 「因み(ちな)にミディムって何歳位?」

 「本来なら10歳から13歳までを考えられていたが、私立で学んでいた生徒の思考が幼過ぎて話に為らなかった。其処で13歳から16歳までの教育を行うことにした。丁度、就業年齢にも良いからな。」

 「はあー。」


 『上の学校へ行きたい子達は?』

 てな俺の疑問は飲み込んだ。

 中産階級だから大学へ行く子は今まで通り私立学校から行くのだろう。

 就業する事を前提で学ぶのか。

 此れも或る意味で合理的なグレタリアンらしさだろう。

 せめて共学なら思春期の子達も楽しいだろうに、確りと男女は分けられていた。


 エイム卿に細巻きの葉巻を差し出され受け取った俺は葉巻を切り火を点けた。

 エイム卿が葉巻を銜えた時に、淡い金糸を綺麗に整えたエロい口髭が揺れるのを見つつ俺は思う。



 『口髭が無い方がエイム卿ってイケてるんじゃね?』









  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1891年  10月





 俺とセインはクロードが淹れてくれた珈琲を飲み7月に去って行ったテレーゼ嬢の事を話していた。

 午後にテレーゼ嬢の友人ジェーンから彼女宛の郵便が届いたからだ。

 その封書が届いたのは、すっかり夏の気配が消え、時折り吹く冷たい風が、残っている木々や庭の緑を、秋色に塗り変えようとしていた頃だった。

 テレーゼ嬢の転送先も知らないのでセインと話し合い、ウィルのタウンハウスへと送る事にした。

 ジャックがロンドに居る今ならウィルもまだタウンハウスに残っていると考えてだ。


 「テレーゼ嬢は真っ直ぐに吹いて行く突風みたいな少女でしたね、ジェローム。」

 「ふふ、セインは特にそう感じたかもね。」


 何処となく昔のアルフレッドに似た色味のテレーゼの風貌を俺は思い出していた。

 ヘクター大佐の事を調べ終わって一息ついた頃、テレーゼはウィルと一緒に探偵事務所へ別れの挨拶を告げに来訪した。

 セインと俺に世話になった事の感謝の念を丁寧に告げ「また逢う日に」と再会を約束して、テレーゼはテレーゼの戻る場所へと帰って行った。


 「まっ、あのパトに口説かれなかったと言うだけで私には特別な少女に見えるよ。」

 「うーん、矢張り見た目が幼過ぎたのでしょうか、パトリック氏が口説くには。」

 「セイン、それはテレーゼには絶対、言っては駄目だぞ。」

 「は、はいジェローム。判った。」


 正直過ぎて時々困った発言をしてしまうセインに俺は苦い笑みを浮かべて、煙草を口にした。



 ヘクター大佐は他にも賭け事の借金やトラブルが在ったがカインド銀行にもフォスター氏にも繋がりが見えなかったので彼がグレタリアンに帰国する迄一旦棚上げにした。

 そしてカインド銀行やフォスター氏を調べても此れと言ったモノが浮かび上がって来なかった。

 当然、清く正しくなんて事は有り得ない銀行業。

 金融業としてある程度人に恨まれ、社会的な信用を失わない程度にはあくどい事も行っていた。

 担保として抑えていた屋敷や土地を返済が滞った為に銀行で取り上げたり、業績の悪化した経営者との取引を打ち切ったりと個人的な恨みを買うのは仕方のない所だろう。

 法的にグレーかな?

 つうて思わない事も無いが、カインド銀行が駄目なら、現在ロンドで営業している銀行が、全てなくなってしまう。

 まっ、通常の範囲内だ。


 ソレを言うならカインド銀行と同じ通りにある、馬鹿でかいドレイン銀行の方が凄まじい。

 如何考えてもそれは詐欺だろっ!

 てな取引を繰り返しているが提訴されても有能な弁護士が全てドレイン銀行勝訴へと導いていた。

 反対に提訴した被害者へ名誉棄損で訴える有様。

 コレがロンドでも2番目に大きい銀行というのだから世も末だよ。

 

 全くどんな奴が出資して言うのかと思いきや懐中選挙で13選挙区持ってるノーロック公爵に、あの面影事件のカスターズ公爵、そしてエイム公爵ってウチの名もあった。

 他にも錚々たる面々に、類友(るいとも)のエドガー・ワインド議員ほか色々。

 いやあー、エイム公爵家も立派な犯罪者名簿の一員だよ。

 出資者名簿が犯罪者名簿に見えた。

 ふむ、俺は疲れているのかも知れない。




 そう言う訳で、何だか首筋に抱き終えた女の髪の毛が引っ付いているような不快感を覚えながら、俺は思考をリチャード事件から引き剥がした。







  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 クロードが華麗に黒いジェローム探偵事務所の扉を開き、、、、開いて暫く経ってシェリーが大きな白い磁器の皿を両手で持って入って来た。

 部屋いっぱいに広がるスパイスが香しい。

 シェリーが応接テーブルの上に白い磁器皿を置く、と香ばしいリンゴやナッツの香りが立ち、小さな円形の小麦色のパイが5つ綺麗に並べられていた。


 「ミンスパイを焼いたの。ティーブレイクにどうぞ。」

 「おう、有難う。セインとクロードも食べてよ。てかシェリー休みの日にお疲れー。サマンサと一緒に焼いたの?シェリーも一緒に食べよう。」

 「いえ、実はサニーにも手伝って貰って作りました。前のクリスマスの時と、その1週間前にサマンサさんに手伝って貰って作ったので、今日は私1人で作りました。サマンサさんは今日は礼拝後のお茶会です。」

 「うん、美味しい。」

 「どれ私も戴こう。」

 「どう?ですか?ジェロームさん、セインさん。」

 「うん、美味しい。干しブドウをブランデーに浸け込んだの?コクがあって良いね。」

 「うん、ジェロームの言う通り。良いアクセントになってる。」

 「はー、良かったー。」

 「シェリーも食べなよ。て、シェリーが作ってくれたんだけどね。美味しい。」

 「ふふ良かったです。では遠慮なく頂きます。」





 クロードがするりと前に進み出て探偵事務所の黒い扉を華麗に開いた。

 日焼けをし引き締まり男らしくなったパーシー・ダウラムが士官の衣装を纏い、クロードに案内されて広い歩幅で歩み寄って来た。

 

 「久し振り、ジェローム。」

 「お帰りー、パーシー。帰国記念にシェリー手造りのミンスパイを上げよう。丁度1個あるし。いい?シェリー?旧友のパーシーにあげても?」

 「あっ、どうぞどうぞ。でもお客様に良いんでしょうか。素人の作ったお菓子なんて。」

 「大丈夫。美味しかったよ、ねっセイン。」

 「はい。自信を持って良いですよ。シェリー。」

 「うわっ、ちょっと恥ずかしいですよ。ジェロームさんもセインさんも。」


 そう言ってシェリーはハニカミ、頬を赤く染めて両手で仰ぎ始めた。

 シェリーに軽く会釈をしパーシーもシェリーが作ったミンスパイをもぐもぐと食べ始める。

 俺とセインはクロードの淹れた珈琲に口を付けて、ミンスパイの甘い砂糖を苦味で上書きした。

 気が付いたらあっと言う間にパーシーはミンスパイを平らげていた。

 飢えてたのか、パーシー。

 

 「シェリー嬢、有難う、美味しかった。」

 「いえ、お口に合ったなら良かったです。お替りありますけどジェロームさんとセインさん、パーシーさんは食べられますか?クロードは?」

 「いえ、私は先程シェリー嬢から頂いたのが在りますので。」

 「私はあの1個で良いよ。有難う。」

 「僕も、夕食が食べれなくなるから。有難うシェリー。」

 「あの私はお替りいただいても良いだろうか。とても美味しくて。」

 「はい。では、一度お皿を下げますね。」


 そう言ってシェリーは白い磁器の大きな皿を静かに両手で持ち上げ歩き出す。

 それに合わせてクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉をゆっくりと開いて、シェリーが静々と戸口を潜るのを見送って、静かに黒い扉を閉じた。


 俺達は口々にシェリーの作ったミンスパイの旨さを珈琲を飲みつつ語り合っていた。

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