十八番
アリロスト歴1891年
その男の名はリナルド・エルミ、南グロリア・パニア州にあるデロッセ・ファミリーの一員。
グレタリアン帝国ではリチャード・ドーファを名乗っていた。
幼い頃から気が利きデロッセ内でも年が上がるとともに頭角を現し、現在ロンドにおけるアヘン供給を2人の仲間と共に差配してた。
5年前、ロンドで馬鹿な手下達がヘマをして、グラス地区に在ったアヘン供給場所1つイート教会隣の孤児院をパアにしてしまい、その後始末の為にリナルド・エルミは3年前にロンドへと遣って来た。
真龍人が仕切っていたアヘン窟の一角を乗っ取りロンドへ流す南グロリアのアヘン量も増えて来た頃、あの方にホテルの一室に招かれた。
ボスを含めた一部の上層部の連中が此処ロンドではあの方には逆らっては為らないとリナルド・エルミへ強く忠告されていた人物だ。
其処であの方の紹介でエドガー・ワインド議員と出逢った。
上品そうな紳士の振りをしているが、灰色の目は飢えた野犬のような凶悪さがあり、偶に緩む薄い口元は下卑た笑いを浮かばせていた。
リナルド・エルミはあの方からリチャード・ドーファの名を与えられグレタリアンではその名で動くようになった。
リチャードはエドガーと組み、ロンドにアヘンを流して、デロッセファミリーに仕入れ量が増えて行くアヘン輸入代金を支払っていた。
本業も順調に伸びている頃、偶にエドガーから依頼され惚れさせた女性をアヘン中毒者にしたり、意識を失わせた女性のあられもない姿を銀板写真にして、その写真を使い家族に恐喝を行った。
あの方が、リナルド・エルミにドーファの苗字を与えたのも、昔からグロリアで人気のある『仮面舞台劇』の物語で、次々と女性を虜にして行く男に、グレタリアンで次々とリナルド・エルミに惚れて行く若い女性達の様子が重なった為、その主人公の名から思い付いたモノだった。
そして約1年前、リチャードにあの方とエドガーから仕事の依頼が来た。
あの方からはフォスター・ホールフォックの屋敷へ侵入し、金庫からある物を盗み出せる様にしてくれと依頼が来た。
ある物の正体は無事にロンドへ届いてから知らせると言う伝言だった。
自分に依頼が来るのは女を使って遣れと言う事だと理解したリチャードは、フォスター邸の様子を伺い一番年が若いメイドのスージー・ロブに目を付けた。
フロラルス産のブランデーが入った木箱と若い女性が好みそうな淡いピンクのモスリンで作ったチーフを携えて、裏庭の片付けを始めたスージーへリチャードは声を掛けた。
「此処はロッセ様のお屋敷ですね。頼まれた酒をお持ちしました。」
スージーはリチャードの色男ぶりに見とれながらも違う事を告げた。
番地が在っているのに名前が違う事で、リチャードは話題を広げ、最終的に「誰かに揶揄われた」とスージーに微笑み、リチャードは時間を取らせたお詫びにとモスリンのチーフを手渡した。
それからリチャードからすれば計画的に、スージーからすれば偶に裏庭で話すようになった。
そして2ケ月前、あの方から連絡が入りもう直ぐある物がロンドへ到着する知らせが来た。
リチャードは劇場や賭博場等がある中心街では、顔に茶色のドーランを刷き浅黒い肌色にし髪形を変え、本業の時は地の侭で目立たない格好をしていた。
此れは本業の仕事仲間があの方やエドガーの任務を遂行している時に声等を掛けさせない為だ。
仲間達にはこの格好の時にはエドガーの仕事中だと伝えてある。
スージーには役者になる為の練習だとロンドで説明した。
スージーとあの古い屋敷でデートするようになり、それ迄も裏庭の雑談の中でフォスターの話や間取りを大まかに聴いていたが、リチャードは聞きたかった情報を詳細に聞き出せるようになった。
合鍵も一度フォスター屋敷の裏庭を訪ね、スージーにあの古い屋敷に付ける鍵の参考にしたいと頼み、ハウスキーパーのスザンナが持つスペアキーをスージに持ってこさせ、スペアキーの型を取った。
その合鍵を使いリチャードは2度程深夜、試しにフォスター邸へ忍び込んでみたが、気付かれる事無く書斎に行き、スライドさせた本棚の後ろにある金庫を、開閉する事も出来た。
そしてあの方の指示書が送られて来た。
リチャードは一緒に渡された銀色の宝箱とグリーンオブグリーンが嵌った宝冠の絵を覚えて、指示書と絵を暖炉へと放り込み灰と煙に変えた。
準備が完全に整ったリチャードはスージーに2度と会えないと伝えて自分の仕事へ戻った。
スージーはリチャードを失った悲しみ耐え切れずに、流れのはやく成っている深いマーム川へと身を沈めた。
そして命じられてた日にグリーンオブグリーンの宝冠が入った宝箱を盗み出し、パジャー・オークションの支配人へと渡し、リチャードは次の仕事の行き先を思案した。
エドガー議員の依頼は何時もと同じ指示された女性を落とし、淫らな写真を撮り、それをネタに金銭を要求するだけだった。
エドガーに敵対している、又は敵に成りそうな相手の資金を奪い、娘の価値を下げ、弱みを握れる。
今回の相手はジェーン・スコーン。
リチャードはあっと言う間にジェーンの心を捉えていた。
唯、最期の一線を中々越えさせて貰え無かった為に、粉末と香のアヘンを使い肉体を奪った。
エドガーの任務は必ず娘の破瓜を済ませる事というのが或るのだ。
良い家と婚姻させるのには娘が処女であることが大前提だからだ。
ジェーンの写真を撮り遣るべきことを済ませたリチャードは、この古い屋敷に別れを告げた。
あの方の紹介で与えられた此の屋敷は主にエドガーの任務で使っていた。
寝椅子を置いたあの部屋は銀板写真が撮り易かった。
また舞台設定にも向いていた。
ボロボロになった屋敷を再興し、ミンティアの表通りにあるような集合住宅を2人で作り上げたいとリチャードが言うと勝手に娘達が盛り上がってくれた。
使い勝手が良く便利だったのだが、もう直ぐこの屋敷の解体工事に入ると伝言が来た。
ジェーンが古い屋敷の最期の来訪者だった。
深夜、隠れ家の1つにリチャードが戻り、仕事仲間に古い屋敷の片付けを依頼した。
女が居たら遊んでも構わないと告げて。
ふと、リチャードは思った。
ロンドの甘い甘い砂糖菓子の様な少女たちが、自分の故郷バニア地方を見たら如何思うのだろう。
色々な国の武器で武装している子供や大人達。
抗争が起きる度に血みどろの死体が街角に転がっている。
何処までも突き抜けるような青い空に、ロンドでは見えない眩い日照と、白土を固めただけの白い背の低い家々。
何の為に戦って居るのか曖昧なまま、リチャードは殺されない為に戦って来た。
そして自分が所属しているファミリーが生きる為にも武器が居る。
リチャードのファミリーからの仕事は、その武器を買う為にアヘンを売って資金を集める事。
分っていることが在るとすれば、彼女達が囁く甘い愛の言葉では、自分もファミリー達も生き残れない。
そしてリチャードが幾千と娘達に囁いた愛の言葉で武器を買える資金が増えたと言う事だった。
フォスター邸とジェーン・スコーン家に脅迫状を送って私書箱の報せを持って仕事仲間が来た。
「20時、ベイブリッジの西第二倉庫か。体調不良の為に銀行の職員に持って行かせる。」
フォスターは焦って居るのか直ぐに返信が有ったがジェーン・スコーン家の方は返信が無かった。
そこでもう一度「明日、連絡する。娘の未来を考えろ。」と強い言葉を書き綴り、手紙をスコーン家に送らせた。
やがてベイブリッジに行く時間に成ったので、リチャードは念の為に拳銃を懐に忍ばせ、通りに出て辻馬車を拾い、フォスター指定の西第二倉庫へと向かった。
道沿いにポツリポツリと疎らに見えるオレンジ色した小さな明かり以外は闇に包まれた中を自前の明かりを点けている辻馬車が走る。
暫く走り続け、特に見える港街の明かりに対比するように向かう倉庫が立ち並ぶ区域には、各大きな倉庫の前にだけ、闇で覆われた地域を白熱ガス灯が、丸い明かりで照らし出していた。
そして西第二倉庫の街灯の傍に、40代位の目立たない格好をした地味な男が、大きなアタッシュケースを持って立っていた。
リチャードは、辻馬車を降りると料金を支払い辻馬車を返して、白熱ガス灯に照らし出された男の傍まで近付いて行った。
40代位のその男は約174㎝位で、大き目の茶色いジャケットを羽織った大人しそうな人物だった。
「フォスター氏から頼まれた代理の方ですね。代金の1万ポンドを見せて頂けますか?」
「いえ、その前にグリーンオブグリーンを確認させて下さい。その後にお見せします。」
それは既にパジャー・オークションへ出していた。
当然リチャードはグリーンオブグリーンを持って来ていない。
リチャードが静かに拳銃を取り出そうと懐に手を差し入れようとした時、ジャラジャラと男が持って居たアタッシュケースの片面が開きソフラン金貨が零れ落ちて行った。
男が焦って金貨を拾い集めようと身を屈めた時に、ソレを見ていたリチャードの項に衝撃が走り意識を失った。
『1ソフラン金貨=1ポンド』
右の目尻から1㎝ほど右下に、泣き黒子がある黒く柔らかな髪がリチャードが俯せに伏し、煉瓦の路面に落ちウェーブを描いていた。
トマスやクロードそして他2名の護衛たちが、ばら撒いた金貨を回収しリチャードを拘束。
護衛の1人が倉庫の裏手に隠れてもらっていた馬車へ呼びに向かった。
「お見事です。ジェローム様。」
「いやー、コイツ案外隙が無くてトマスを危険な目に合わせてしまった。加減が出来なくて遂、意識を刈り取ってしまったよ。」
「確かに銃の扱いには馴れているようですが動きはまだまだですね。南グロリアの人間は銃器ありきの戦闘ですからジェローム様の様な動きには着いていけませんよ。」
「はは、トマスに褒めて貰えるなら喜んでおくか。さてリチャードをヤード迄此の侭で運ぶか。」
「ええ、暴れなくて丁度良いかと。」
それもそうかと俺は頷き、トマス達にリチャードを預け、俺とクロードはもう一台の馬車に乗り込みヤードへと向かった。
迎賓室にはフォスター氏がレイド警部の帰りを、いや違うか、翠玉の宝冠を帰りを今や遅しと待っていると顔馴染みの巡査から聞いて、俺はこっそりと、リチャードが連れて行かれた取調室へと、巡査に案内して貰った。
取調室には、強烈な激臭で無理矢理に起こされたリチャードが、手錠を嵌められ不機嫌な顔で、詰問しているグライス警部を睨んでいた。
グリーンオブグリーン盗難の件はトルゴン帝国の皇弟が帰国してから1年間は機密指定なのでグライス警部は何としてでもスージー殺害で立件したい模様。
「フォスター邸に侵入する為、スージーを利用したっ!そうだなっ。宝冠を手にしてスージーが邪魔になったお前がマーム川で殺した。間違いないっ!」
うはっ。
グライス警部のオハコ「間違いないっ!」が出た。
俺は噴き出しそうなのを堪えてグライス警部のループ尋問が途切れるのを待った。
声が枯れて来たグライス警部が巡査に水を頼んだ。
「なあ、リチャード、ジェーンには何をさせる心算だったんだ?」
「、、、、。」
俺の問い掛けに驚いた顔をして此方を凝視して、僅かに首を振ったように見えた。
俺の質問を聞いたグライス警部がジェーンとは誰だと五月蠅く詰め寄って来た時に、天の助けか、レイド警部が戻って来たと巡査が報告に来た。
俺は素早くグライス警部から身をかわして、呼びに来てくれた巡査と共にレイド警部の元へ急いだ。
レイド警部から見分して貰う為に渡された銀色の宝石箱に入っているグリーンオブグリーンの翠玉の宝冠を見詰めるフォスター氏は感涙に咽び泣いていた。
「お疲れー、レイド警部。パジャーオークションは如何でした?」
「まあ、抵抗はされたがエイム公爵の部下が上手く誘導してくれて、盗品を隠していた部屋へ辿り着けたから、其の侭支配人たちを捕まえて、後は逃げ出した手下達や客を一斉に捕まえていった。スポーツの穴熊いじめの要領だな。」
「それはそれは。大収穫で何よりですね。レイド警部。」
「ああ、何時もありがとうなジェローム。」
「いえ、それと私の方でも判れば教えますので、ヤードでもリチャードの事が判ったら、教えてください。」
「ああ、勿論。」
「では、私は失礼するよ。レイド警部。」
そうレイド警部に話してから、少し落ち着いたフォスター氏に、トルゴン帝国の皇弟と会う日は同行させて貰う事を約束して、帰途に就いた。
依頼料の支払いは明日、クロエに任せる事にした。
翌日早朝、俺の護衛がリチャードの隠れ家を見付けて来た。
何と、ホワイティア街でセインが入っている木曜クラブがあるトリアハウスの近くだった。
念の為に半徹夜状態のレイド警部と巡査を連れてリチャードが住んでた集合住宅の一室へと入った。
雑多な部屋を潜って奥の部屋へ行くと銀の銅板がガラス板に覆われ、丁寧に仕舞われていた。
9人の女性達のエロい肢体の銀板写真も有った。
当たり前の様にジェーン・スコーンの写真も有る。
ノートには、女性の名前と撮影日、そして5000ポンドから1万ポンドの値段も記されていた。
ジェーンの名の横には1万ポンドと書いてあった。
此れはリチャードが起こした恐喝事件であることを伝えて、婚姻前の若い淑女が被害者である事に留意し、細心の注意をして裏付け調査をすることをレイド警部に忠告した。
下手をしたら自殺者が出かねない。
そしてレイド警部と共に最新の被害者ジェーン・スコーンの屋敷に向かった。
スコーン邸の屋敷の客間に案内され、ジェーンの父親と対面した。
目の下に隈が出来、青白くやつれたスコーン氏に俺は挨拶し、来訪目的を告げた。
「スコーン氏、若しかしてジェーン嬢の事で脅され1万ポンドを支払われましたか?」
「、、、何故、そのことをご存じなのですか。、、ええ、しかし今日連絡が来る筈だったのですが、まだ連絡が無く、、、。」
「まあ、犯人は連絡は出来ないでしょう。別の事件で逮捕され今は留置所です。お金を支払ってないなら良かったです。」
「本当ですか。ああーしかしジェーンの写真が。」
「それならば大丈夫です。此方にジェーン嬢の銀板と写真は全て持って来させています。」
レイド警部はアワアワと証拠物件の消失を目撃して気を動転させた。
まっ、一応ジャックの曾孫テレーゼ嬢の友人だからネ。
男ばかりのヤードへ俺は、持ち帰らせる気に為らなかったんだ。
愛する男に父親が自分の事で脅されショックだったろうからな。
そして1万ポンドも要求されたスコーン氏の職業を聞いて俺は自分の迂闊さを呪った。
全くジェーンに興味が無かった俺のアホさ加減。
スコーン氏もカインド銀行の役員兼会計を担当していたのだった。
フォスター氏はカインド銀行の頭取だった。
なんなんだーーーっ!
まったくもー。
俺はセインの顔が急激に見たくなった。




