騎士物語
アリロスト歴1891年 6月
カーテンから漏れる陽の光に起こされて、俺は目覚めた。
昨夜、俺にしては珍しく寝付きが悪かった。
緑藍に不吉なイメージを幻視せいで寝苦しく、何度か目覚めて俺は自分に言い聞かせていた。
大丈夫。
緑藍には暑苦しいエイム卿の愛が纏わりついている。
このブレード通りに緑藍の護衛に自分の部下を住まわせている強い兄弟愛の持ち主だ。
俺の護衛位で緑藍を1人にする訳が無い。
其処だけは100%の信頼を俺はエイム卿に寄せている。
1階に降りて行き幼いメイドのサニーにクロエの居場所を尋ねた。
如何やら商会へ出掛けたみたいだった。
もう一度螺旋階段を上がり2階にあるジェローム探偵事務所に向かう。
黒い扉を開こうとすると、クロードが鮮やかなタイミングで扉を開いてくれた。
壁に飾ったカラクリ時計が午前10時20分を示していた。
扉の左手側の壁に沿わせて小さなワークデスクに巨大な栗鼠が、かぶり付いていた。
ああ、ワート君か。
「お早うワート君。」
「おはようジャック。」
「ジェロームは?」
「すぐ来ると思うよ、、、、。」
ワート君が、そう答えて何か話そうとする前に、奥の部屋の扉から緑藍が、探偵事務所の部屋へ入って来た。
「遅ようジャック、ゆっくり眠れた?」
「まあまあだ、お早うジェローム。ジェロームこそ早いな。」
「まっ、今日はカインド銀行頭取のフォスター・ホールフォック氏の屋敷へ行くからね。」
「若しかして徹夜明けか?」
「まさか、午前1時過ぎには帰って来たよ。昨夜はあれから東区のトワイライト街へ行ってオークション会場へ嫌なパトと潜入して、グリーンオブグリーンの確認をして来た。」
「オークション会場で売る気なのか?」
「ああ、そうだよ。パジャーって言うオークション。パトって何処でも顔が効くから便利だよね。まあパジャーは盗品を承知で売る処だから、そろそろ潰しても良いって言われてたから、今夜辺りにレイド警部達に行ってもらうよ。主催者は恐らく南グロリアのマフィアだし。」
「それでジェローム、グリーンオブグリーンは有ったのか?」
「うん。私に引っ付いて来た護衛にグリーンオブグリーンを見張らせている。レイド警部が行くまでに無くなると困るから。パトに店の奴が話していたけど、来週の月曜日がオークションの本番だ。其処で売る予定だったんだろうな。その日程を考えると、グリーンオブグリーンを盗むのは結構前から計画していた気がするヨ。」
「えっ、でも盗まれたのは一昨日だよね。昨日フォスター氏が相談に来たからさ。」
「恐らくはトルゴン帝国の皇弟が急に7万ポンドが必要になるように仕掛けたんだと思う。其処ら辺は捕まえて聞くよ。資金が必要な状況に成った時にカインド銀行やフォスター氏の話をして融資させるように説得した人間が居る筈なんだ。あっ、もう11時だ前だ。ジャック、私はフォスター氏に会いに少し出て来る。さて、セイン行くぞ。」
「はい。ではジャック行ってきます。」
「うん、いってらー、ジェローム、ワート君、気を付けて。」
「おう。」
「はい。」
影を切る抜いたような男クロードが、静かに緑藍の為に黒い探偵事務所の扉を静かに開いた。
その出入り口を、薄く短い黒のウェストコートとベージュのコーデュロイ生地のブリーチ姿の緑藍がハンチングを被って出て行くのを、大きな体に茶系の上下を纏ったワート君が、山高帽を被り着いて行った。
午後3時頃に帰宅したクロエと小さな中庭でラベンダー、葡萄、藤等を眺めて、俺はパンに野菜を挟んでムシャムシャと頬張った。
久し振り紅茶を口にして6月の終わりを愉しむ。
2杯目の紅茶をクロエが俺のカップに注いでいる時に、緑藍とワート君、クロードが帰宅して中庭へと入って来た。
クロエとクロードが食べ終わったパン籠と皿を下げて、緑藍とワート君の珈琲を淹れに行った。
「お帰り、お疲れジェローム、ワート君。」
「只今、ジャック。ティーブレイク?」
「ただいまー。」
「いやそんなシャレたもんじゃねーよ。遅い昼食、ジェロームとワート君も食べる?」
「ホールフォック邸で話を聞きながら食べたから大丈夫。」
「おっ、何かウキウキしてるな。良い事が在ったのか?ジェローム。」
「ふふ、フォスター氏に脅迫状が届いてたんだ。グリーンオブグリーンの代金1万ポンド支払われたし、支払われない場合は新聞社へトルゴン帝国の皇弟から担保に預けられたグリーンオブグリーンが盗難に遭ったと報せる。支払えばグリーンオブグリーンがカインド銀行へと戻るだろう。ってね。」
「えっ?でも本来ならパジャー・オークションで月曜日に売られる筈だろ?」
「そう。オークションでの販売代金と、フォスター氏からの1万ポンドの両方を、手に入れる心算なんだろうね。そんな事を私がさせないけど。」
「おおー、防犯には無関心なジェロームが燃えてる。」
「ははつ、違うよ。お金を受け取りに来るかも知れないだろう。其処を捕まえるのさ。」
「でも今夜レイド警部がパジャー・オークションに捜査して貰うんだよな?相手にバレないか?」
「だから2か所同時だ。午後8時にレイド警部がパジャー、私が恐喝者を抑えに行く。脅迫状に焦って青くなっていたフォスター氏を宥めて、犯人への私書箱宛に、今夜8時ベイブリッジ西の第2倉庫で、代金を支払うと書いて貰った。」
「またジェロームが危ない事をしようとする。そっちもヤードに任せて於けば良いじゃん。」
「まっ、気配読むのが私の得意技だからね。一応クロードとトマスと兄の部下2人も一緒だからジャックが心配しなくても大丈夫だよ。」
「あれ?ワート君も行くんだよね?」
「ジェロームが駄目だと。僕は一緒に附いて行きたいのに。」
「だって相手の顔も判らない場所に、セインと私が居たら絶対、浮いてバレるって。夜、港の倉庫に居るタイプじゃないからセインは。」
「あー、確かに。ワート君は真面目そうな金持ちに見える。栗鼠の癖に。」
「僕は栗鼠ではありません。」
「ふふっ。」
「はいはい、ごめんごめん。あっサマンサ、クロード有難う。」
「どういたしまして。じゃあ私は家に入るわね。」
そう言ってクロエは珈琲を置いて俺や緑藍に微笑んで下宿の中へと戻って行った。
俺達はクロエの淹れた香ばしい珈琲を口に含み、口の中を熱い苦味で満たし、喉の渇きを癒した。
夜の活劇を想い、胸を躍らせ燥いでいた緑藍も、珈琲で少し落ち着き、フォスター氏の屋敷での事を俺に話し始めた。
ウェストパーク近くに在るフォスター氏の屋敷はそれ程大きなものではなく青銅のフェンスとすずかけや楡の木で庭を囲んでいた。
庭には芝生が整えられ、数種類の黄色やピンク、白い薔薇が美しく映えていた。
門扉から入り色違いの石で作ったモザイクの石畳を道なりに進み、エントランスから屋敷へと入って行った。
客間に入りフォスター氏58歳から緑藍は盗まれた日、屋敷に居た人たちの事を尋ねた。
先ずハウスキーパーのスザンナ、メイドのアンとリズ、そしてコックのケリー。
其処に本来なら居る筈の亡くなったスージー19歳。
今日は居ないが息子のフリップ22歳、同じカインド銀行で融資担当の仕事を学んでいる。
21時に帰宅し、自室の隣にある書斎の奥にある金庫に翠玉の宝冠をしまい、自室で夕食を摂った。
22時半過ぎに書斎に行き仕事をし、24時過ぎに自室の寝室へ行き就寝した。
その時には書斎の奥にある金庫に異常は無かった。
翌朝7時半に書斎へ行き奥の金庫を見るとグリーンオブグリーンを入れた宝石箱が消えていた。
慌ててスザンナやアン、リズ、ケリーに話を聞いたが、皆就寝して居て不審な物音を聞いた者は居なかった。
息子のフリップも23時過ぎには眠り熟睡していたと言う。
息子や使用人達の部屋も含め、家中の部屋を捜したが何処にも宝石箱が無かった。
緑藍とワート君は書斎に行き、部屋の奥にある書棚を、左にスライドさせると、ダイヤル式の金庫が在った。
「金庫のダイヤルはKと0928ですね?」
「------ な、なぜ?」
依頼人の情報データーを調べていて誕生月日と職場の頭文字を当て嵌めたと緑藍は答えた。
書斎を見た時にデスクの上に置かれた紙にちょっとしたメモを乱暴に書き綴っているのを見て、物忘れ予防の為にした行為なのだと推測した。
また鍵屋のアドレスが一番見安い場所に書いてありアンダーラインが3重にも引いてあった。
この鍵職人はヤードにも出入りしている人間だったので緑藍も鍵屋の名とアドレスを覚えていた。
インクの色がまだ新しいので、ここ最近以前記憶させていたダイヤル番号を忘れ、鍵職人に開けて貰った後、再度登録をした。
その時に、憶えやすい番号と言う事で、誕生日と5つ目がアルファベットだったので、カインドの頭文字「K」を当て嵌めて見ただけと、緑藍は答えたそうだ。
普段のフォスター氏を見ている人間なら、物忘れに悩んでいた事や、癖が判っただろうと。緑藍は俺に話した。
例えば亡くなったスージーとか。
玄関や裏口、商人通用口と調べて見たが何処にも傷や強引に開けた跡が無いので、合鍵を用意していたのだろうと話して、緑藍は言葉を切った。
フォスター氏の情報を仕入れ合鍵を作る為に鍵を用意させる為にスージーを利用したのだろう。
スージーは偶に裏庭の外で親しく話している男性が居たのを他の使用人が見ていた。
顔肌は白かったそうだが中々のイケメンだったと使用人達が話した。
此処2ヶ月ほどは見掛けて無いと言う。
顔を浅黒く見せるのは容易い、恐らくそれがリチャードだと緑藍は話した。
緑藍はスージーの事は伏せて、フォスター氏から見せられた脅迫状を読み、内心は狂喜していた。
「やったぜ!リチャード捕獲。これでジェーンに企んでいた事が判る。」by緑藍
フォスター氏にグリーンオブグリーンを嵌め込んだ宝冠の在処を見付けた事を話した。
そして犯人を確保する為にフォスター氏に手紙を書いて協力して貰った。
その手紙を預り、明日の来訪予定を告げ、緑藍とワート君は私書箱へと届けに行った。
なるべく早めにグリーンオブグリーンを手にしたいのなら、ヤードで待って居れば、レイド警部が取り戻して来てることも、併せて緑藍はフォスター氏に伝えた。
そして緑藍とワート君は下宿112Bと戻り、今俺の目の前で満足気に語っている。
「一番大変だったのがフォスター氏を押し止める事だったよジャック。」
「ええ、直ぐに取り返しに行く、と言って椅子から立ち上がり、ジェロームの両腕を掴んで、何処に或るんだと、連呼して居ましたから。ジェロームから、引き剥がすのは大変でした。」
「ふふ、有難うセイン。あの侭掴まれてたら、フォスター氏に蹴りを入れていただろうから。」
「流石はワート君。ジェロームの良い騎士じゃないか。」
「そうだな、セインが側にいると案外私は冷静に為れる。助かってるよセイン。」
「う、うん。良かったジェロームの役に立てて。」
優しく美しい顔をワート君に向けて微笑む緑藍。
それを見て頬を赤らめ喜ぶデッカイ栗鼠、ああワート君か。
俺は何を見せられているんだろう、美少年も微笑むワクワク動物ランド?
一心に緑藍を見詰めるワート君。
美少年に忠誠を誓う大きな栗鼠。
あっ、緑藍とワート君か、、、俺は、また幻視してしまったようだ。
2人のイチャイチャぶりに疲れてしまった俺は自室に戻り惰眠を貪った。
目覚めたら21時を回り、暗い窓の外には等間隔で黄色味を帯びた、白熱ガス灯の明かりが灯っているのが見えた。
「緑藍は活劇中か。」
そう俺は1人呟いて1階の談話室を覗いた。
「お早うサマンサ。」
「昼寝とか珍しいわね、ジャック。」
「いや栗鼠とジェロームの騎士物語を見ていたら何か凄く疲れて寝入ったよ。」
「ふふ、律儀ねジャックは。私とかセインは全く目に入らないのに。ジャックもジェロームだけ見ときなさいよ。」
「いや俺には、そんなサマンサみたいに便利な視界切り替え機能は無いんで。」
「客を相手にする商売してたら自然と身に付くわよ。」
「そう言うもんかね。」
「そう言うモノよ。でも本当にウェットリバーで冬暮らすようになって、ジャックの顔色が良くなったわ。結構私も心配してたから安心した。」
「有難うサマンサ。顔色と言えば去年、俺が住んでいる屋敷の近くに妖精くんが越して来てさ。」
「妖精?大丈夫?ジャック。」
「はい、大丈夫だよ、サマンサ。それがジョセフ・ロイつう子なんだけど、ロンドで気管を患って療養しに来てるんだ。初めて会った時なんかは顔色が青白くてすげー悪かったんだ。でも数か月経つと頬に少し血の気が戻って来て、ああウェットリバーってやっぱ空気が良いんだなーと実感した。まだ滅茶苦茶に細くて大変そうだけどさ。」
「へぇー、で、何でジョセフ君が妖精なのよ。」
「んー、んー、言うとサマンサが笑うだろうからな。」
「うん、笑ってあげるから話しなさいジャック。」
「はい、えっとクロエの時に会ってるんだけど憶えてるかな?俺の親友にレコって居たの。」
「んー、、何時もイケメン2人がエル公爵に寄り添って居たのは憶えてるけど。凄く綺麗だったルネって人に目が奪われててもう1人の顔は思い出せない。」
「うん、多分もう1人の方。そいつに似てる馬が居たから、今飼って居て『レコ』って名付けて可愛がってるだけど、その馬の『レコ』が、人間に化けて寂しがってる俺の前に現れてくれたのが、ジョセフじゃないのかと、想ったり想わなかったり。物語で偶にあるじゃん、妖精が人に化けたりするの。」
「ふふ、なに?馬の妖精って事?」
「まー、うん、でも馬じゃ無くて、馬の『レコ』な。其処を間違えない様にサマンサ。」
「ふふふ、はぁぁーっ、可笑しい。久しぶりにこんなに笑ったー。」
「はいはい、サマンサに笑って頂けて俺も嬉しいよ。」
「ジャックってウェットリバーに行ってから乙女になった?」
「なってねーよ。つか地元ではウォーホールの森は妖精の住む森って有名なんだ。サマンサ達に作った香水も其処の香草で作ったんだよ。マジで雰囲気がある場所で散策するのに最適なんだ。」
「わー、それは見たいわね。若しかしてジャックがデートで行っている場所だったり?」
「そうだよ、馬の『レコ』と、何時も2人でデートだよ、悪い?」
「いえいえ宜しいと思いますよ。チっ、純愛要員なのに何してるの。」
「聞こえてんだよサマンサ。つうか俺が恋愛しても一切報告とかしないからな。」
「えー、何でよジャック。私はジャックの恋愛を愉しみに待ってるのに。」
「小説を読めばいいよ。大体が他人の恋愛なんて面白くねーつうの。それよりサマンサが自分で恋愛する方が早いと思う。俺の周囲って女っ気ゼロだ。」
「ジャックにはウィルが居るじゃない。」
「ねーつうの、俺はそっちの気は無い。それにウィルは曾孫だぜ?無理だし有り得ない。それこそジェロームとワート君を見てなさい。」
「だってジェロームもワート君も不純なのよ。」
「知るか。」
俺はクロエの純愛論をまた聞く羽目になった。
全く、俺に純愛についての同意を求めるなよ、クロエ。
俺って結構不純な自信はある。
偶に真剣にじゃれ付く可愛い曾孫ウィルには、ちょいヤバく感じる事も在るが、大丈夫。
俺には理性というブレーキがある。
クロエと頭を使わない馬鹿な話をしていると緑藍とクロードとトマスが戻って来た。
満面の笑みの緑藍。
如何やら、緑藍が納得の成果を出せたようだ。
「ふひー、疲れたよ。ジャック。」
「お疲れお帰りジェローム。満足そうじゃん。」
「ただいまー、うん。まあ久し振りに暴れたから。聞きたい?」
「そうだな、もう遅いから結果だけ聞きたい。」
「我儘だなジャックは。まー、リチャードの方は西の第二倉庫で無事に確保した。問題があるとすれば何も話さないってとこかな。あの旅券が本物なら本名とかも分かったし、取り敢えずは今の塒も判ったから詳しくは明日報告が在るよ。」
「へぇー、じゃあグリーンオブグリーンは?」
「勿論。丁度リチャード連れてヤードに戻って他の警部の尋問を聞いてたらレイド警部達も戻って来た。で、待ってたフォスター氏に、翠玉の宝冠を確認して貰ったら、間違いないって何度も頷いて、泣いて喜んでた。明日、依頼料を持参するって話してたからサマンサ宜しく。」
「オッケー、ジェローム。珈琲は?」
「うーん、ブランデー飲みたい。ジャックは?」
「俺も寝酒に貰いたい。良い?サマンサ。」
「はーい。てか後ろの酒棚にあるから自分で取りなさいよ、ジェローム。」
「うぃー。」
「サマンサも飲む?」
「ううん、もう寝るわ。おやすみー。」
「「おやすみー。」」
俺は立ち上がろうとしたら、クロードがブランデーを取ってくれてグラスをテーブルに並べた。
緑藍が細い腕を伸ばして俺のブランデーグラスと自分のグラスに琥珀の液体を注ぎ入れた。
俺と緑藍は互いにグラスを持ち、コツリとグラスを合わせる音を鳴らして乾杯をした。
「一先ずの依頼達成に乾杯。」
「無事にジェロームが帰還出来たことに乾杯。」
その後、俺は耳の奥へ沁み込んでくる、テノールで語り始めた緑藍の冒険活劇を聞きながら、心地良い酔いに身を任せた。




