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エイム迷走ス  作者: くろ
39/111

チェックコール



 アリロスト歴1891年




  セインがテレーゼを無事保護して連れ帰った次の日、俺はセインに案内して貰い、ミンティア地区の集合住宅地から裏へと続く道を通り古い小さな屋敷へと向かった。


 午後にベットから起き出しジャックの部屋に訪ねようとすると、クロードは「もう兄の元へジャックは出掛けた」と告げた。

 兄も随分と早くにジャックを回収したな。

 ジャックが居なくて、それなりに兄も寂しかったのか、と気付き、俺は苦笑いを浮かべた。


 序に、ジェーンは意識を取り戻したが憔悴して居て、現在は家の主治医が診ている。

 セインの話によるとジェーンの精神的なショックが大きく今は状況説明を聞く処では無いらしい。

 取り敢えずリチャードに会ったと確認が取れたので俺的には、まあ良しとしよう。

 



 ミンティア地区で馬車から降りて、俺はセインの後を追って行った。

 門扉も無い薄暗がりの古い屋敷に入って見れば、セインが言っていた寝椅子以外は何もなかった。

 誰かが手掛かりに成りそうなモノを回収して行ったのだろう。

 庭に出て周囲を見れば、真新しい集合住宅は大通りに面した西を向き、裏側には取り壊された残骸が並べられ後は整地されるのを待っているだけだった。

 貴族屋敷の敷地だけに、売られてない場所には確りと垣根で仕切られているけどな。

 あの古い屋敷も早晩取り壊されるのだろう。

 解体されるのが判っている場所で年頃の娘を連れ出しアヘンを吸わせる術を持つリチャード。

 世の親からすれば、さぞかし恐ろしい話だろうな。


 セインと一緒にテレーゼと辿った場所を逆方向から俺達は歩いて行った。

 気が付いたら表通りに面する場所には幅広く随分と高さがある建物ばかりが立ち並ぶ。

 白漆喰やロマン式コンクリ建てられた白やクリーム色の再ゴシック様式の集合住宅だ。

 どの場所も高位貴族たちの広いタウンハウスが在った筈が再開発されていた。

 そして流れゆく人々に上手く乗りながら、俺はホワイティア通りを抜けて行く。

 時々人にぶつかり掛けているセインの左腕を掴み、俺の側へと引き寄せて俺達は雑踏に紛れ込んだ。



 下宿112Bへと戻り俺は、クロード達に、テレーゼから聞いたジェーンの恋人リチャードを見掛けた場所や容貌を伝えて、今は行方を探らせている。

 誰に依頼された訳でも無いけど、何となくリチャードを捜し出さないと、チェックコールが出せなくて俺の居心地が悪いのだ。


 俺は葉巻を燻らせてつつ、何時ものワークデスクの椅子に腰を掛けているセインへ話し掛けた。


 「うーん、セインはリーチャドの目的が何か分かるか?」

 「んー、身体目的?じゃないよねジェローム。」

 「其処なんだよね。ジェーンはリチャードに夢中だった。別にアヘンなんか使わなくても、エロい事は遣りたい放題に出来る筈なんだ。別の女も連れ込んでたつうし。」

 「あっ、想い出した。その女性身元不明遺体になってたとテレーゼ嬢は話してたよね。」

 「あれは、うん、この新聞だ。数日前の新聞記事に在ったよ。スージー・ロブ19歳メイドでマーム川で溺死体で発見。事故死か自殺って書いてあるね。テレーゼが見た新聞を読んだ雇い主がヤードに届け出たとある。その遺体に不審な所があって困ってたらレイド警部が訪ねて来るさ。」


 「僕はリチャードが殺したと言われても納得するよ。」

 「ん?珍しくセインが怒ってるね。」

 「だってジェローム、アヘンを吸引させ正気を失ったジェーン嬢をあんな廃墟同然の場所に放置して行くなんて最低な奴だと思わないかい?テレーゼ嬢が助けに行けたから良かったけど、僕はリチャードを恋人と言うより人として如何かと思うよ。」

 「其処ら辺は私もセインに同意するけどね。何かモヤモヤするなー。パーツが揃って無い感じだ。まっ、それにしてもセインはお手柄だよ。今回、ウィルからの依頼はセインが果たしたモノだ。」

 「いや偶々だったから。でもジェロームの役に立ったなら僕は嬉しいよ。」

 「ふふ、最高に役立ったぜセイン。ウィルも悔しがってるかもな。」

 「うん?依頼人のベラルド伯爵が?」

 「いや、コッチの話。兎も角セイン、有難う。」

 「うん。」


 俺が礼を告げるとニコニコと嬉しそうにセインは微笑んだ。

 今回の依頼料はセインに渡せるようにクロエに後で頼んで於こう。

 俺とセインはクロード淹れてくれた珈琲を飲み乍ら、テレーゼについて話し合った。

 セインはパトに惚れなかったテレーゼをしきりと感心していたけど、俺からすればパトに惚れてしまえる女の方が凄いと思っている。

 そんな馬鹿な話をし乍ら、俺は頼んでいたリチャードの目撃情報が届くを待っていた。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  悪魔エイム卿から暫くロンドを留守にすることを告げられ、俺は内心で狂喜乱舞していた。

 「くれぐれもジェロームを頼む」等と頼まれてしまった俺は、エイム卿に2つ返事で了承の意を伝え、心休まる下宿112Bへと戻って来た。


 2階にある探偵事務所へ上がろうとした俺にクロエが来客中であると教えてくれた。

 それならばと言う事で久し振りにクロエと2人で俺は夕食を摂った。


 「ジャック、スターリバールで選挙法改正を目指している人が立候補するんでしょ?」

 「ああ、うん。ロバート・カスタットって人。弁護士らしい。でも当選は難しいと思うよ。」

 「はあー、やっぱり。」

 「でもサマンサ、立候補することも意味があると思うよ。特に今は治安六法が有るから労働者達の集会も出来なく為ってるし、労働者達に正確な新しい情報が伝わり難く為ってるだろ?ロバート候補者を取材している記者から、新聞へと彼の言葉として議会で成立した施策を書いてるみたいだから、噂に踊らされる末端の活動家は減るんじゃないかな。まあ有権者が保守のホリー党と自由主義のフーリー党支持者が殆どだけどね。」


 「へえー、情報を伝える為に立候補したのかしら?ロバート・カスタット氏って。」

 「あはは、そんなわけ無いだろう。議員になる為に決まっている。でもロバート氏も今回で当選するとは考えて無いんじゃないかな?エイム卿の話だと何人かのスポンサーが付いているらしいから今回の立候補は、次回の選挙に向けてのプロモーションだろうって話だよ。此れは内緒な。」

 

 「でもその情報のお陰で暴動とかが抑えられるなら有難いわ。案外大変だったのよ、ジャックはウェットリバーに居たから知らないだろうけどセント・スターリバール広場の虐殺が報じられてから労働者の人達が政務宮へと詰め掛けて、、。此の下宿ってセントラルに近いから緊張した空気が伝わって来て、私も安全の為に暫くは外出を止めてたの。」


 「まっ、ロバート氏の立候補は農民や労働者のガス抜きでもあるんだよ。貴族院が大目に見てるのは。ロバート氏には政党が無いから1人で出来る事なんて多寡が知れてるつう訳だ。」

 「はあー、何か腹が立つわねー。貴族院の人達。」

 「おいおいサマンサ、サマンサの立場ならロバート氏の応援はマズイだろ。一応は小金持ちつうか成功しているミドル階級なんだし。サマンサの顧客はブルジョワやミドルだろ?商会経営者の立場的にはフーリー党だよね。」

 「そうなんだけど、なんかねー。まっ、私が怒っても女だから選挙権は無いのですけど。」

 「成人男性で世帯主。そして土地持ちで各州や県、郡が決めた税を支払ってる人間て、男でも少ないよ。選挙権を持ってるのって全成人男性の5%に届かなかった筈だ。」

 「す、少ない。それじゃあ貴族や資産家重視の政策は仕方ないかー。」

 「そう言う事。俺って此の世界では無職だから購入品以外で税を払ってない。つう事で選挙権も無い。」

 「そうなのよね。ジェローム探偵事務所の給与もジャックは別枠だし。」

 「きっとさ、悪魔エイム卿の深遠なる考えが在るんだろうと、俺は割り切ってるけどね。」

 「なんだかジャックってエイム公爵に対して諦めが良いわよね。」

 「もうさ、全然敵わないと初対面で俺は躾けられたからしょーがない。」

 「ふふふっ。」


 俺の答えにクロエが可笑しいと言って笑った。

 いやいや。

 笑い事じゃないんだよ。

 クロエや緑藍は危機意識が無さ過ぎる。

 俺なんて初対面でエイム卿の殺気を体験させられて膝を笑わせたんだぞ。

 生物として敵わないと刷り込まれた俺には「イエス」しかないの、大抵の場合。

 そんな事をクロエと話していると緑藍が晩餐室の扉を開いて入って来た。




 「お疲れジェローム、依頼人?」

 「まーね。面倒だけど引き受けたよジャック。」

 「ふふ、最近は千客万来ねジェローム。珈琲を淹れて来るわ。」

 「ああ、シガールームに移るからサマンサは珈琲をそっちへ持って来てくれる?」

 「良いわよ。ジャックは?」

 「ああ、俺も珈琲で頼むよ。有難うサマンサ。」



 俺と緑藍はサマンサを見送ってからシガールームに場所を移した。

 新たに部屋に置かれた安楽椅子に俺が座ると、緑藍が右隣に並べて置いてあった色違いの安楽椅子に腰掛けた。

 キャメル色の木綿生地に腰を下ろすと柔らかくゆったりとしてベットに近い座り心地だった。

 プリメラ産のライトブラウンの小さなローテーブルに、俺の座った安楽椅子を含め4脚の椅子が、テーブルを挟んで2脚ずつ並んで向かい合わせで置かれていた。


 「あれ?前に置いてあった高そうな応接セットは?」

 「ああ、兄が使うと持って行った。つか新たに買った安楽椅子と机を置きたかっただけだと思う。新商品らしいよ。」

 「おおー、俺が作ったソファーベットは、ほぼベットだったからな。流石はプロだな。」

 「変な感心をするなよ。それでもう1人の曾孫テレーゼに会ったジャックの感想は?」

 「んー、何も無い、、、てな訳でもないが、ウィルに会った時のような感動はないな。やっぱりさ、曾孫ウィルはルネの面影というか空気が似てるから、感慨が一塩あったんだと思う。」

 「そんなものか、、、。」

 「まあ、俺の血って言っても今の俺はジャックだからな。あの頃もアルフレッドの肉体で生きていたけど精神は俺だったし、アルフレッドの血と聞くと懐かしくなるけど、それだけ。俺の気持ちの中ではやっぱりルネとかレコへの想いの方が強いみたいだ。」

 「そう、、、かも知れないな。」


 「で、ジェロームは何で面倒な依頼を引き受けた?普段なら断りそうなのに。」

 「まあね、何時もなら面倒だと思ったら断るんだけどな。今、俺が個人的に追っているリチャードの手掛かりに為りそうだから引き受けた。」

 「テレーゼの友人の恋人か。個人的にってジェロームが言うならジェーン嬢の両親に頼まれた訳でもなさそうだな。」

 「うん。個人的な興味かな?自分にゾッコンな彼女へアヘンを使った理由?まあそう言う趣味嗜好かも知れないとも思ったのだが、ミンティアの古い屋敷に行ってみて違うと感じた。只の性癖ならセインが話していたアヘンを焚いた香炉なんかを片付けたりしないだろ?誰も住んでいない古い家を。」


 「だな。ジェーン嬢は何か事件に巻き込まれていたのかもな。」

 「そうだろ、私もそれを考えたんだ。ジェーンに話を聞きたいが今は両親以外とは話せない状態で会えないんだ。それでモヤモヤしている所へ面倒な依頼が来た。」

 「へぇー、どんな依頼?いや、ちょっと待ったジェローム。それって流血沙汰な話?」

 「あはは、ジャック大丈夫だよ。依頼自体は盗品回収なんだ。」

 「そうか、なら聞かせてよ」

 「ああ、カインド銀行ってあるだろ?」

 「確か金融街に出来た比較的新しい民間銀行だな。帝国銀行が怪盗バートに破られ信頼度が下がり、代わって信用を増した民間銀行が顧客を増やして伸びてると新聞に書いてあったな。」

 「そう、そのカインド銀行の頭取からの依頼なんだ。グリーン・オブ・グリーンの翠玉が盗難に遭ったと言うんだ。」


 そう言って緑藍は先程受けた依頼を俺に話し始めた。

 セインが帰宅した後なので俺に話して考えを整理したいのだろう。

 ホント、エイム兄弟は似ている。

 俺に話して脳内を整理する癖。

 兄のエイム卿しかり、弟の緑藍しかり。

 ジェロームの中身は緑藍でも気質が似ているのだろうか。

 俺は緑藍の静かな語り口調を聴きながら、そう思った。




  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 『フォスター・ホールフォックの話』~談、緑藍~




 カインド銀行の頭取フォスター・ホールフォックは6日前に現在ロンドに滞在しているトルゴン帝国の皇弟から内密で7万ポンドの金を貸して欲しいと頼まれた。

 本国から相応の資金が送られてくるのが12日後なのでその間だけ融資して欲しいと言う。

 融資して貰える見返りに相応の金利とフォスター氏が以前からトルゴン帝国と契約しようとしている仕事の後押しをしてくれると言う。

 それでも大金7万ポンドとなると会社名義でフォスター氏は貸付なければ為らなかった。

 その場合、共同出資者に対して公正を期す為に、皇弟であっても事務的な事前審査をさせて頂く必要があり、担保が必要だった。

 すると皇弟は重厚ないぶし銀色の宝石箱を開いて、淡い桃色のベルベット生地に鎮座させた、有名な翠から翠掛ったグリーン・オブ・グリーンという翠玉を嵌め込んだ宝冠をフォスター氏に見せた。

 それはトルゴン帝国で各皇子に持たせる貴石だった。

 念の為に鑑定してから7万ポンドを融資すると言う事で翌日にカインド銀行へ来て貰う事にした。


 翌日、本物のグリーン・オブ・グリーンと鑑定されたので訪ねて来た皇弟に7万ポンドを融資した。

 怪盗バートや大グレタリアン博物館でのダイヤの盗難事件が有ったので、心配したフォスター氏は安全の為に、帰宅時は翠玉の宝冠を宝石箱事、自宅に持ち帰っていた。


 それが昨夜、自宅で盗まれたのだ。

 トルゴン帝国の皇弟との約束で資金融資は内密にして置かないと行けない。

 胃を痛めて悩んだ結果、大グレタリアン博物館のブルーダイヤや黒真珠を見付け出したジェローム探偵に探して貰う事をフォスター氏は決めたのだった。

 翠玉の宝冠返却日は来週の月曜日で後、5日間しか探す時間が無いと緑藍は話した。






 「えっ、5日しか無いって。お前、、、。大丈夫なのか?ジェローム。それにリチャードの話は?」

 「まあ、翠玉の宝冠は何とかなると思う。リチャードの話は、えーと質問したんだよフォスター氏に。宝冠盗難前後に屋敷で何か変わったことが無いかと。」

 「うん。」

 「すると皇弟が融資を頼みに来る3日前に前日から行方が分らなかったスージー・ロブ19歳メイドがマーム川溺死体で発見された。フォスター氏は慌ててヤードへ行ったそうだ。そのスージーこそがテレーズが見たジェーンの恋人リチャードと一緒に居た浮気相手なんだよね。」

 「うわぁー、なんか気味が悪い。」

 「だろ?まあ魔の悪い偶然かも知れないけど、タイミングが合い過ぎる事には作為を疑うのさ。」

 「でもさ、繋がっていたとしたら大きな事件だよな。ジェロームの身に危険が迫ったりしないのか?ジェロームに無いか遭ったら、俺がエイム卿に殺される。」

 「ふふ、ジャックが守ってくれるのだろう?」

 「勘弁してくださいジェローム君。俺より滅茶苦茶強い癖に。」

 「まーね。てな訳で私は此れから出掛けて来るよ。一緒に行くか?」

 「いえ、遠慮します。つかもう遅いから明日にすれば?」

 「ふふん、夜にしか行けない場所も在るんだよ。じゃあ、クロードと行ってくるよ。」

 「ああ、気を付けてな。俺の命が掛かってるから。」

 「はいはい。じゃあ、お休み。」

 「おう、お休みジェローム。」



 そう告げて緑藍は淡い金糸の髪をを揺らして、シガールームのクリーム色した扉を開いて、意気揚々と出て行った。

 俺はふと細い路地裏の迷路へと緑藍が誘われている様に思えた。

 

 思わず立ち上がり玄関ホールへ緑藍を追って俺は駆けて行ったが、既に出て行った後だった。

 俺はかぶりを振って嫌なイメージを頭から振り払い、玄関ホールから螺旋の階段をゆっくりと登り自分の部屋へと向かった。

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