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エイム迷走ス  作者: くろ
35/111

面影

 アリロスト歴1891年   3月




  一息吐いたジェロームを僕は膝に乗せて抱き込み、話の続きを促した。


 ジェロームは建物に伸びた幾重にも絡まる蔦を伝い、ギルバート少年が地面に降り立ち、学校の外へ出たと推測した。

 建物の外壁を調べた時に、角にあったギルバート少年の部屋の窓伝いなら蔦迄直ぐに辿り着け、其処に靴を掛けた跡などもジェロームは見つけていた。

 その後庭園を抜けた先にある物置小屋を見付け数台の自転車があるのを確認した。

 そして傍を通った使用人に自転車を借りる事を伝えて、裏門から自転車に乗り脳内に記憶していたマケルトの地図を辿り、マケルト駅へ向かい来た道を目指し進んで行った。



 広い窪地になっているペバリード寄宿学校の広い敷地を抜けて、踏み締められたムーアを登った。

 そして此処に来た時に、馬車で上がった丘に行き、辺りを見渡せば、横滑りして穿った地面と其処から少し離れた先に、へし折られた木々がある低木地が在った。

 辿り着いた其処には、4輪馬車の轍が薄っすらと残り、木々の合間に「K」を模ったカフスが一つ落ちていた。

 それを拾い。ジェロームはチーフに包みポケットへとしまい、又マケルト駅へ向かい、自転車を走らせた。


 半年前に越して来たと町で聴いた男の家は、町の外れにあり、裏びれた小さな家と鍛冶工房がある庭には、先程見た4輪馬車と似た轍が薄っすらと残っていた。

 ジェロームは気配を消して、家や鍛冶工房の様子を探ると、鍛冶工房には怪我をしているらしい男が横たえられ、少年が手足を縛られ床に転がされていた。

 如何やら家主は留守らしかった。

 ジェロームはスルリと鍛冶工房に入り少年の身元確認をし助けに来るから無茶はしない様にと伝えて一度町へと戻り、カッター警部と巡査達と共にギルバート少年と重症のデーリックが居る町外れの鍛冶工房へと向かった。


 その家主はデイブ・バレルドと言い13年前カスターズ公爵の別邸での盗みがバレてカスターズ公爵に解雇された使用人だった。

 元々は母親とあの家に住んでいたがカスターズ公爵から首された後、町を出ていたそうだ。

 母親も亡くなり空き家だったあの家に半年前戻って来たらしい。


 ギルバート少年に「助けに戻った」とジェロームが告げると、拘束から解かれたギルバート少年から「有難う」と言われて、あの四つ葉のクローバーを貰った。

 それは母親に渡すつもりだった幸運のお守りだった。


 ギルバート少年とデーリックは其の侭警察に保護され病院へと向かい、残ったカッター警部と巡査達が帰宅したデイブ・バレルドを誘拐犯と傷害の罪で逮捕した。

 

 「そう言う訳でギルバート少年を見付けると言う私の依頼は達成出来たわけだ。」

 「えと、どうやってデイブはギルバート少年を呼び出したんだい?知り合いだったの?」

 「いや、知り合いは秘書のネイト・オズワイドだ。恐らくカスターズ公爵がギルバート少年へ出した手紙の中を入れ替えて夜中に呼び出したのだと思う。母親が会いたがってるとね。」


 其処でジェロームは一呼吸おいて、僕に説明を続けた。


 ギルバート少年とネイト・オズワイドは丘の辺りで待ち合わせをした。

 其処でアクシデントが起きたんだ。

 ギルバート少年が窓から蔦を伝って降りるのをデーリックは目撃したんだと思う。

 ギルバート少年は裏口に用意していた自転車で丘を目指して走り出した。

 夜着にガウン姿で追い掛けて来ていたデーリックもギルバート少年が自転車で走り去るのを見掛けて慌てて自転車倉庫から自分の自転車を取り出し後を追った。


 何とか丘にデーリックが辿り着いた時に、少年を引き留めようと声を掛けて馬車に乗ろうとしているのを制止しようとした。

 自転車に乗っているデーリックに向かって、ネイト・オズワイドはステッキを振り上げ払った。

 頭にステッキが当たったデーリックは自転車ごと横転して行った。

 その恐ろしい光景を見たギルバート少年は思わず逃げようとしたのだろう。

 共犯のデイブは此処で金蔓のギルバート少年を逃がす訳に行かないので「逃げたらデーリックを殺す」とでも脅したのだと思う。


 デイブとネイト・オズワイドは、ギルバート少年を拘束し自転車とデーリックを4輪馬車に乗せて荒れ地を突っ切って町の外れにあるデイブの家へと運んだ。


 「デーリックが追いかけてくれたお陰で、自転車が横転した場所と4輪馬車が走って行った方向が判った。ギルバート少年が騙された侭で馬車でロマン・コンクリの道を走っていたら私が見付け出すのにもう1日余分に時間が掛かったと思うよ。」

 「そうなんだ。やっぱり良い先生だったのだね。自転車好きで子供達には人気が在ったんだ。」

 「ふふ、そうなんだ。」

 「うん、ギルバート少年もデーリックから自転車の乗り方を習ったみたいだ。そう言えば、ギルバート少年は行方不明になる日に仲が良かった友人に礼を言っていたらしい。」

 「そっか、恐らくネイト・オズワイドの手紙に母親が一緒に暮らしたがってるとでも書いて居たのだろうな。父親の秘書として共に居たから信用していたのだろうね。」

 「やっぱり身代金目当てだったのか。」

 「デイブはそうだろうな。」

 「ん?デイブは?じゃあネイト・オズワイドは?」

 「其れをハッキリさせる為にも、此れからカスターズ公爵に会いに行こう。人を訪ねるには随分と遅い時間だけど、まあ息子ギルバートを無事取り戻したんだ許して貰おう。」

 「僕もジェロームと共に付き合っても良いかい?」

 「勿論。セインの調査結果の報告も聞きたいしね。」

 「ああジェローム、聞いてくれ。」


 僕はジェロームに話し掛けながら、焦げ茶色のトップコートを羽織り、ツイードの山高帽を頭に乗せ、ジェロームと2人で寄宿学校の客間を出て、まだ寒い3月の夜の中を歩いた。








 瀟洒な屋敷の中をピリピリとした威嚇を発しているネイト・オズワイドに案内され俺はカスターズ公爵が待つ部屋へとセインと共に入って行った。

 白熱ガス灯で照らされた明るい室内に青白い顔のカスターズ公爵がゆったりとした椅子に座っていた。


 「済まないジェローム君。こんな格好の侭で。ギルバートの事を考えると力が入らなくて。」

 「私が何度もお止めしたのに是が非でも旦那様と会うと仰られて強引に。」

 「あはは、申し訳ないね、ネイト・オズワイド。今夜中に話を聞かないと君が逃げると思って無理に押入らせて貰ったよ。私はネイト・オズワイド、君に聞きたいのだ。」

 「な、何ですか。人を呼び捨てにして、無礼な。」

 「ねえ、君の目的は身代金?それともギルバート卿の命?」

 「なっ!?」

 「なっ、何を言っているんだ。ジェローム氏はっ!」

 「面倒なので言うけど、もうギルバート卿とデーリック先生は警察に保護され、共犯のデイブ・バレルドは逮捕されたんだ。ギルバート卿が証言している、君に呼び出され、デーリック先生は君に杖で殴られたとね。もし身代金をデイブが手にしたらギルバート卿は間違いなく殺されていただろう。自分を首にしたカスターズ公爵への恨みと目撃者を消す為にね。デイブは金が入るまでの保険でギルバート卿を生かしてただけだからね。分って居ただろ?ネイト。」


 「ネイトっ!何故だっ!」

 「さあね。」


 そうネイトは答えて肩を竦めた後に、サッと身を翻して荒々しくドアを開いて居間から出て行った。

 カスターズ公爵は追う事もせず、項垂れて両の掌で顔を覆った。

 ネイトがオズワイド此の屋敷を出れば外で待っている警察に逮捕されるだろう。

 俺はカスターズ公爵が落ち着き自ら語り出すまで待った。


 顔を上げたカスターズ公爵の両の瞼が赤くなり薄い緑の瞳が潤んでいた。


 「アレはきっと私の息子です。」


 低い声で悔恨と含ませカスターズ公爵は語る。

 ロンドで大学生活を送っている時にカスターズ公爵は運命の出会いをし、その女性と愛し合った。

 父親に女性との婚姻の許しを貰う為、領地へ会いに行ったが身分が違う婚姻は許される筈もなく、結局は秘密結婚をしてロンドでの学生新婚生活を過ごした。

 そんな中で彼女にそっくりな息子が生れた。

 愛ある日々はカスターズ公爵に至福の時間を齎していた。

 子供が生まれて2年経った頃、その愛する彼女は病で呆気なくこの世を去った。

 カスターズ公爵の嘆きは深く、その灰色の日々を誤魔化すように、海軍将校としての軍務に明け暮れた。


 久々に屋敷に帰ってきたカスターズ公爵は息子が居ない事に気付き父親に尋ねると婚姻相手が決まったので、息子は養子に出したと言われた。

 理不尽な父親の行いに抗議したが切々と後継者を持つ事の必要性を話され最終的には説得に応じた。


 『息子の顔を見る度に愛する彼女を想い出し、哀しみを新たにするのは子供の為に為らぬ。』


 そう言われた父親の言葉にカスターズ公爵も頷かない訳にはいかなかった。



 そして父親も亡くなった5年前に募集した使用人面接にネイト・オズワイドがいた。

 カスターズ公爵はネイト・オズワイド一目見て、父親が養子に出した我が子に違いないと確信した。

 悩む表情や照れて話す顔は愛した彼女の面影、其の侭だった。

 従僕とする筈がカスターズ公爵の強い意向で秘書にし、自分の側に置いた。


 偶に物が無くなったり、買っていない物の請求書が有ってもカスターズ公爵は気にしなかった。

 ただネイトが側にいると彼女が側に居た至福の時が思い出されてカスターズ公爵は幸せだった。

 時折ネイトは、彼女が決してしなかった暗い瞳をする事にもカスターズ公爵は目を瞑った。

 もう2度と彼女の面影を手放したく無かったからだ。

 カスターズ公爵が吐き出す深い溜息の中には、未だにネイトに対する未練が滲んでいた。



 俺はお守りをくれたギルバート少年の為にカスターズ公爵に一つの決断を提示した。




 「カスターズ公爵は選ばなければ為りません。過去か現在かを。」

 「ジェローム君、それは?」

 「ネイトを手放さないのでしたら、ギルバート卿の生命は今後も脅かされ続けるでしょう。それを選ぶのはカスターズ公爵自身です。夜も更けました。私達はもう帰ります。依頼料の支払いは此方に。」





 俺は口座番号を書いたメモをテーブルの上に置き、セインと共に挨拶した後、待たせていたペバリード寄宿学校の馬車に乗り込み、暗闇に瞬く星と黄色い月を見上げて、揺れる座席に身を任せた。






 この年で泊りたくも無かった寄宿幼年学校で一泊させて貰い、熱い感謝と抱擁をスッタブル学長達から授けられ、俺とセインはクタクタになりロンドへと戻って来た。

 探偵事務所の寝椅子に俺は身を横たえ、クロードが淹れてくれた珈琲を飲む。

 遠出はやはり精神的に疲れると実感し俺はロンドでの仕事をメインにすることを誓う。

 まあ、今回は珍しい兄からの依頼と言う事で特例事項にして置こう。

 同じく珈琲を飲んで一息付けたセインが何時もの椅子に座って俺に尋ねた。


 「そう言えばなんで身代金を請求しなかったのだろう。ネイトは兎も角デイブは金目当てだろ?」

 「きっとカスターズ公爵が急遽ロンドへ行ったのが予定外だったのさ。自分の安全を確保しつつ、身代金を要求する心算だったのが、ギルバート少年に呼び出しの手紙を送った後でカスターズ公爵がロンドへ行ってしまった。ギルバート少年に疑念を持たれると誘拐自体が難しくなるし共犯のデイブからも金が必要だから早くしろとせっつかれて居たのだと思うよ。」


 「そして攫った翌日にはスッタブル学長がカスターズ公爵の元へ行き警察や探偵に捜査を頼んで来ると言う。ネイトは一番焦ったのじゃ無いかな。それでスッタブル学長の後を付けて一緒にロンドへ行き、口止めの手紙を慌ててタウンハウスにいるカスターズ公爵へと届けさせた。ここら辺は調べれば直ぐにネイトの存在が明らかに為ると思うよ。」


 「そして別邸に帰って見れば警察とかも捜査しているしネイトも動きたくても動けなかった。其処ら辺はネイトが逮捕され裁判に為れば分かる事も在るだろうけど、逮捕されても罪に問われない侭で直ぐに保釈されそうだ。カスターズ公爵の愛がなー。」

 「だけど放置して居ればギルバート少年が危険なのだろう?ジェローム。」


 「ふふ、珍しく私がお節介を焼いてみるよ。まあカスターズ公爵が依頼に来た日、兄へギルバート少年の母親を呼ぶように伝えて置いたんだ。話を聞いた時どう考えてもギルバート少年が自ら寄宿舎を抜け出しているし、そんなことをするのは母親に会いに行く為だと思ってたからね。彼女が来れば私か兄が説明してギルバート少年と暮らしてみるように話すつもりだ。」


 「凄い、来るかな?来て欲しいねジェローム。」

 「うん、でもきっと来るよセイン。ギルバート少年に四つ葉のクローバーの言い伝えを教えて上げられる母親だよ?寂しがってる息子の傍に現れるさ。」

 「ああきっと、そうに違いない。」








 『後日談みたいなモノ』



 その後、裁判前に留置場でデイブ・バレルドは事故死した。

 カスターズ公爵はネイトの事を証言させたく無かったのだろう。

 まあ、ロンドでのデイブ・バレルドの余罪が出るわ出るわ、窃盗や恐喝、暴行、殺人未遂まで。

 恐喝されてた人はホッとしたかもね。


 でもってカスターズ公爵が、マケルトのある地方判事を買収したのか脅したのか知れないけど、共犯者ネイトの話題が殆ど表に出て来ないのだ。

 誘拐犯デイブ逮捕とギルバート少年を保護の話題で持ち切り。

 そして不味い話題の火消し役として今回も使われている探偵ジェローム。

 詰り、俺である。


 「ギルバート卿発見の立役者っ!流石ジェローム探偵!」


 俺の仕返しノートにカスターズ公爵の名が綴られたのは言うまでもない。




 さて、ギルバート少年は今、母親と一緒にウェットリバーの別荘地で暮らして居る。

 ジャックに場所を知らせると別にご近所さんでは無いらしい。

 「知らん。」

 だけの返信だからマジで分らん。

 ジャック、返信位ちゃんと書いてくれよー。

 そして案外、頭部の傷が深かったデーリック先生も、一緒にウェットリバーへ行って、療養していると言う。

 ちゃんとカスターズ公爵から慰謝料をふんだくれよと俺は願う。



 偏愛されてるネイトはカスターズ公爵の領地で親子水入らずな暮らしを満喫中。

 満喫しているのは父親のカスターズ公爵。

 枢密院議員も引退したそうな。

 

 ふと思った。

 ネイト的に如何なのだろ。

 

 母親の面影オンリーを求めてる父親。

 春なのに何となく背中が寒い気がしたので、俺は最近流行のボックスコートを羽織る。

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