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エイム迷走ス  作者: くろ
34/111

シャムロック



 アリロスト歴1891年   3月



  珍しく兄から先触れが来て依頼人を連れ行くと報せが在った。

 俺は慌ててクロードに身支度を整えて貰い、兄の訪問を持って居るとセインが遣って来た。

 セインは俺が身支度を整えた姿を見て驚き、理由を尋ねたので、兄が訪問する事を告げた。

 暫くしてクロードが扉を開け、恭しく礼をした後、暖炉の傍に置いてある応接セットのゴブラン織りの椅子に、兄と来客を案内した。


 その来客は長身で威厳があり、淡いグレーのベストに濃灰のフロックコートを几帳面に着こなし、青白い顔をした細面の紳士だった。

 隣りで兄が淡い金の髪を整えグレーのウエストコートに黒のボックスコートを羽織り、少し緊張した表情で俺を見詰め椅子に腰を掛け、口を開いた。


 「この方はカスターズ公爵で前海軍大臣を務め今は枢密院議員をなさっている。立場がおありだ。」

 「何処にもこの話が漏れない事を約束してくれ。」

 「はい、約束しましょう。エイム卿から私の紹介は済んでいると思いますがジェローム・エイムと申します。そして其処に居るセイン・ワートは私の助手なので是非とも同席の許可を。」

 「、、、。ああ、判った。」



 鋭い目でセインを見た後、豊かに蓄えた栗色の顎鬚を胸元で揺らし頷いた。

 人を従わせることに成れているその威風が緩み、カスターズ公爵は皴を刻んだ顔を苦しそうに歪め、話し始めた。



 マケルトのペバリード寄宿幼年学校へ預けていた一人息子ギルバートが行方不明になった。

 それが22日、月曜日の事だった。

 学長のスッタブル博士が学校内外を調べたが見つからなかった。

 もしや寂しくて父親の元へ戻ったのかと考えたスッタブル学長は、翌日に成り、学校から約7km離れた場所にあるカスターズ公爵の別邸に訪ねていった。

 応対した秘書のネイト・オズワイドに依るとギルバートは戻って居らず公爵は所用でロンドに居ると言われ、スッタブル学長は慌てて蒸気機関車に乗りロンドに居るカスターズ公爵を訪ねた。



 24日の木曜日早朝にタウンハウスに居るカスターズ公爵と会い、ギルバートの行方不明に成った説明を行い、スッタブル学長はカスターズ公爵の指示を待った。

 其処に封書が届き、それには息子ギルバートを誘拐した旨が書かれていた。

 「秘密にし、連絡を待て」

 そう書いてあったのでカスターズ公爵はスッタブル学長に秘密にする事を約束させ、一先ず幼年学校へと戻し、騒ぎを収め学校内で事件の秘密保持を命じた。

 その時にスッタブル学長からロンドで探偵をしている俺の話をカスターズ公爵にした。


 エイム公爵を見知っていたカスターズ公爵は早速兄と会い、今日の探偵事務所訪問になったのだ。


 別に俺に依頼しなくとも兄だけで解決出来るだろうと内心で俺はボヤいた。

 まあ、兄には興味の無い話だが、探偵をしている俺が事件を解決すれば、名声が上がると考えた兄の愛みたいだ。

 相変わらず面倒な兄の俺への愛情表現だった。



 グレタリアン帝国では、13歳でパブリックスクールに入学準備学校として私立の幼年学校がある。

 貴族や準貴族の10歳から12歳の少年達に自分の事は自分ですると言う事を学ばせる為の学校だ。

 退役軍人や著名な学者が開校し、子供教育の有用性が知られ、世間での認知も高まり、今では多くの貴族の親も幼年学校へと入学させるようになった。

 義務では無いので俺の様に通わない子供も当然いる。

 

 ギルバート少年も幼年寄宿学校へ入学して居なかったが、母親が屋敷を出てから落ち込み部屋に引き篭るようになってしまった。

 それを心配したカスターズ公爵は、別邸の近くに在ったペバリード寄宿幼年学校へ、11歳のギルバート少年を3月に急遽入学させたのだ。


 スッタブル学長に依ると、ギルバートは近頃では寄宿生活にも慣れ明るくなっていたそうだ。

 日曜日の夜は何時もの様にギルバートは就寝時間に自室へ戻っていった。

 翌朝起床の時間が過ぎてもギルバートの姿が見えないのでスッタブル学長へ報告され、スッタブル学長が慌てて隣室や友人に異常の有無を尋ねて、先生達にも頼みギルバート少年を捜した。

 その時にゲルン語教師のデーリックも居なくなっていた。


 捜査内容を説明する内にギルバートへの心配で緊張感が増し紙のような青白い顔色へとカスターズ公爵が変化していたので俺は気付けにモルト・ウィスキーを持って来させた。

 クロードが出したショットグラスのモルトを呷って、カスターズ公爵は薄い緑の瞳を閉じた。


 「カスターズ公爵にお聞きして於きたいのですが、出て行った奥様がギルバート卿を連れ去ったのではありませんか?」

 「いや、それは無いと思う。余り他人にプライベートに関わる問題を話したくないのだが、私と彼女とは疎遠で今回話し合った結果、別居することに成り、彼女は今フロラルスにある別荘に行っているのだ。私に黙って息子ギルバートを連れ去るような真似はしないだろう。」

 「ではカスターズ公爵を酷く恨んでいる人は?」

 「、、、、、それは私も政の世界に身を置いている人間だ。人並みの恨みは買っているだろう。」


 俺はカスターズ公爵の薄い緑の瞳を揺らぐのを見たが、あえて触れずに気に成ることを2、3質問し、彼の嫡子ギルバート卿の捜査依頼を引き受けた。

 そしてカスターズ公爵の隣りで兄は整った顔の表情を緩め、愛しそうに俺を見詰めていた。

 その表情は、マジでカスターズ公爵の相談と合わないから「止めろ」と兄に俺は視線を送った。

 俺はクロードが開けた扉から出て行くカスターズ公爵と兄を見送り、セインと共に急いでギルバート少年が消えたペバリード寄宿学校へ向かう為の外出の準備を始めた。






  僕はジェロームと共にトール地方にあるマケルト駅に降り立った。

 駅で辻馬車を拾う時に、人々の声を耳にすると如何やらペバリード寄宿学校の生徒が消えた事が、噂に成っているようだった。


 「スッタブル学長の箝口令が巧く機能しなかったようだ。」


 そうジェロームは揶揄いを含んだ言葉を告げて、黒のトップコートを翻し辻馬車へと乗り込んだ。

 マケルト駅から町を出てロマンコンクリートで整備された細い道を暫く走ると、低木の生えたなだらかな登りの丘へ出た。

 焦げ茶色した大地にはクローバーや雑草が芽吹いていたが、まだ遅い春の訪れで一面の土色に若草の成長は所処を緑を添えているだけに過ぎなかった。


 「あのクローバーももう少ししたら、この地一面に茂るのかな。」

 「そうだねセイン。春の息吹はまだ遠いのかな。」


 遠くに見える右手の道には教会の塔が見え、左手には荒れ地が広がり、道なりに行くと前方に黄色味を帯びた煉瓦作りの立派な建物が木々に囲まれているのが見えて来た。



 玄関で僕達を出迎えた使用人にジェロームが来訪目的を伝えると、焦った様子でスッタブル学長がいる学長室へと案内した。

 学長室へ入ると疲れ果てている老齢の品の有る紳士がジェロームに来訪してくれた事への謝意を伝えて来客用の革で出来た高級なソファーへと誘った。

 ジェロームは黒のシルクハットを取り、淡い金糸の髪を左手で整え、目が落ちくぼみ顔色の悪いスッタブル学長と挨拶を交わした。

 そして挨拶が終わるとジェロームはスッタブル学長にギルバート少年の部屋へと案内させた。



 校舎を出て、手入れされた庭から寄宿舎へ辿り着くと、ジェロームは建物の高さを学長に尋ねた。


 「2階の角にあるギルバート卿の部屋から外に出るには地面まで約6m近くもある窓から飛び降りなくてはなりません。また隣室に居たアベルも向かいの部屋に居た2人の生徒達もギルバート卿の悲鳴も争う物音も聞いて居ません。」


 そう言ってスッタブル学長は大きな溜息を吐いて、白髪が薄くなっている額に右手を当てた。

 それからジェロームは外部からの手紙の有無をスッタブル学長に尋ね、一緒に居なくなったデーリックについても質問した。

 手紙が来たのは今回で2度目でどちらもカスターズ公爵からだった。

 2度目の手紙もギルバート少年が居なくなる3日前にカスターズ公爵から届いたモノだった。


 「プロセンから来た教師で素晴らしい推薦状を持って来ました。真面目なのですが無口で個人的に仲良くしていた同僚は居ないようです。ギルバート卿を唆して母親の元へ連れ去ったのでしょうか?」

 「まだ私は何とも学長に話せる事実を持って居ません。そう言えば町で今回の噂が出回っているようですが、スッタブル学長は対策をなさらなかったのですか?」

 「それを言われると。気が動転した侭で私が公爵様の別邸に行き、其の足で慌ててロンドまで行ったモノですから、気を効かせた教頭が警察へギルバート卿の捜索願を出したのです。万が一の事が在ったらどの様に責任を取れば良いのか。どうぞジェローム探偵、ギルバート卿と私を助けて下さい。」


 ジェロームは苦笑いを浮かべて帽子を被り直し、僕に話し掛けた。


 「事は急を要するようだ。セインは学校に残りデーリック教師の情報収集とギルバート少年の親しかった学生に彼に何か変わったことがなかったか聞き取りをしておいてくれ。私はギルバート少年が出て行った後を捜してみるよ。」


 そう言ってジェロームは宝石のような瞳を煌めかせて、僕に微笑み優雅に黒いコートを翻し整えられた緑の芝生を横切り建物の角へと去って行った。

 きっとジェロームの頭脳には此の若草が萌える芝生の中で、僕が気付かなかった欠けたパズルのピースが填まり込み、朧げながらも絵が完成しつつあるのだろう。

 鼓動を逸らせる美しいジェロームの微笑を反芻し、僕はジェロームに頼まれた任務を成す為に、スッタブル学長と共に寄宿舎の建物に入って行った。


 

 他の教師や使用人達から話を聞いても僕に得るべき情報が無かったが生徒達からの話は違った。

 デーリック教師は自転車が好きらしくモスニア製の自転車を乗っていたらしい。

 自転車を仕舞ってある倉庫へ生徒達に案内して貰うとデーリック教師のモスニア製の自転車と学校の国産自転車が一台無くなっていた。


 デーリック教師は自転車の乗り方を教えるのも巧く乗れない生徒には乗り方を教えていた。

 余り話す教師では無かったが自転車を運転したい活動的な少年達には人気が在った。

 ギルバート少年も此の学校でデーリック教師から自転車の乗り方を教わったそうだ。


 そして行方不明になる前日に、仲良くして来た少年達に意味もなく「ありがとう」と礼を言われたので不思議に持った事を僕に話してくれた。

 スッタブル学長達にその話をしたのかと僕が少年達に尋ねると、ギルバート少年の行きそうな場所ばかり質問して来て、その話をする機会が無かったらしい。

 僕はスッタブル学長達の気持ちも判った。

 預っていた大切な公爵家の嫡子が居なくなったのだ。

 その動揺は僕にも計り知れない。

 きっとスッタブル学長達は眠れぬ日々を過ごしているだろう。


 そしてギルバート少年も。

 まだ11歳の少年だ。

 行方不明になってから5日目になる、僕は出来る事なら母親の元へ行っていて欲しいと願った。

 ギルバート少年の心細さを想い、僕は思わずジェロームを思い浮かべる。

 何も出来ない僕自身に歯噛みしながら、スッタブル学長が用意してくれた客間の椅子に腰を掛けて、僕はギルバート少年の無事をジェロームへと願うのだった。

 





 ヒヤリとした頬の冷たさで僕は目覚めた。

 如何やらジェロームを待つ間に僕は居心地の良いソファーで眠っていた様だ。

 僕が目を開くと美しいジェロームの顔が間近に在った。



 「起こしたねセイン、悪い。つい寒くて暖かいセインに抱き着いたよ。」

 「いや、いいよジェローム。転寝をしていたみたいだ。用事は終わったのかい?」

 「ああ、後は悪党を1人捕まえに行くだけだ。」

 「ギルバート少年は?」

 「うん、栄養状態が悪くて痩せていたみたいだが大丈夫そうだった。怪我をしていたデーリック教師と一緒に警官に保護して貰っている。今頃は安心して夢の中だろう。」

 「そうか、良かった。無事だったんだね。」

 「まあね。色々在ったけど、其処から先はギルバート少年を追い掛けて来てくれた、素敵なデーリック先生に任せよう。あっ、コレ、ギルバート少年からお礼に貰った。」


 そういって内ポケットからチーフに包まれた萎びた四つ葉のクローバーが在った。

 「ふふ、四つ葉のクローバーってお守りに成るそうだよ。古い言葉でシャムロックだって。ギルバート少年から恩人の貴方に幸運をと言われたよ。なんか嬉しくてさ。」


 そう優しく笑ったジェロームが僕は愛しくて、まだ冷えている細い躰を僕は優しく抱き締めた。




 ジェロームの冒険譚は、もう少し彼の身体を温めてからと思い、ジェロームが大切に持って居る四つ葉のクローバーをチーフ事受け取り、丁寧に机に置いて、僕は彼を抱く腕に力を込めた。

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