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エイム迷走ス  作者: くろ
33/111

春を待つ



  アリロスト歴1890年   12月




  ジャックが、霧がロンドに立ち込め出す11月に成るとウェットリバーへ慌てて出立して行った。

 セインは俺が用意して置いた壁沿いの小さなワークデスクに向かい、この前パトの従僕に懇願され共に行ったリットンでの事件を纏めている。

 クロエも外出する事が多くなったので見習いメイドと雑役を任せるボーイを近所から雇った。

 クロエは知らないが何方も兄の部下の家族だ。

 兄もクロエ経由なら俺が兄の使用人を自分のテリトリーに入れる事を断らないと学んだようだ。

 ジェロームの中で俺が目覚めてからは、別に兄の部下を入れる事に余り抵抗は無い。

 クロードもトマスも使える奴だし、居ると矢張り便利なのだ。

 でも其れを言うと兄が調子に乗って1ダースでも部下を用意し兼ね無いので俺は口を閉ざしている。

 相変わらず俺に対して溺愛のストッパーが壊れている兄だ。



 事件を解決した後、パトがフロラルス製の高級酒と宝石細工の様なベネロア硝子のデカンターをお礼にと携え、探偵事務所へと現れた。

 俺が出したワインを飲みながらパトは珍しくぼやいた。

 老人の切ない恋心を綴った物語を書いたのだが、出版社にも劇団にも需要が見込めないと、物語の買い取りを拒否されたそうだ。


 「どちらも客商売だ、仕方ない。」


 俺がそうやって慰めるとパトは暫く考えた後に「ヨーアン諸国巡礼の旅出る」と言う。

 何でも、恋は如何に人を狂わせるのかを知り、古の教会を巡り自分を見つめ直したいと宣う。

 それはロンドに平和が訪れる、と俺は思い、力一杯にパトを後押しした。

 気合に満ちたパトは俺のワインをもう一本開け、意気揚々と探偵事務所の扉から出て行った。

 セインに「頑張れ」と謎のエールを送って。


 放って置いてくれる?

 パトに言われなくてもセインは頑張っているんだよ。




 そしてシェリーは週末の度にクロエからメロンパン型タイプライターを習っている。

 兄から貸し出されたタイプライターを即座に使いこなしたクロエ。

 それを見ていたシェリーが即座にクロエに弟子入りした。

 最近では如何に女性に取ってお金が大切かをシェリーに説いて、女性が手に職を持つ大切さを教授していた。

 ええー。

 クロエはグランマ2号を作成する気か。

 お馬鹿なシェリーは素直に真に受けている。

 クロエに言いたい。

 俺も女性にとって結婚が全てとは思わないけど、せめて未だ23歳のシェリーは嫁に出そうか。

 何時までも俺達と暮らして行く訳にも行かないんだし。

 ジャックはジャックで俺がシェリーに話し掛けると謎のバリアを展開するし、何なんだ?

 此の下宿で俺くらいだよ。

 シェリーの嫁入り先を心配しているのは。



 そう言えば来年からミドルクラスを対象にした淑女学校が開校されるらしい。

 各教区の腐っていない婦女子会でお茶会の後に希望者にタイプライターを教えるそうだ。

 淑女学校はブルジョワジーの寄付金で賄われる。

  まあ貴族令嬢は16歳から18歳まで花嫁学校で寄宿して学んでいるから、其れの庶民版?

 そうジャックに話したら深い溜息を吐いて俺に肩を竦めて見せた。


  「扱い安い労働者育成だよ。キャリアウーマンの誕生?」


 如何やら女は扱い易いと下院連中は考えているらしい。

 俺はクロエを思い浮かべて頭を振りジャックに「連中は馬鹿だよな」と呟いた。

 クロエがいっぱい溢れている社会を想像して、少し背筋が寒くなったのは内緒の話だ。




 トマスが運んできたロンド新聞を受け取り広げて目を通すと、イラド北東部アルガンの地でグレタリアン帝国とルドア帝国との戦闘が本格的に始まったと報せていた。

 どちらも自分達が後押しする王国の為と書いて居るのが笑えた。

 住んでいる者からすれば他人の領土で戦争するグレタリアンとルドアは迷惑でしかないだろう。

 「くだんねー」と思いつつ、俺はパラパラと新聞を繰り、俺の気を惹く記事も無かったのでパサリとページを閉じた。


 俺はセインに一息入れようと誘い、暖炉の前の揺り椅子に座って葉巻に火を点ける。

 セインは右手で少し癖のある栗色の髪を掻き揚げて、口籠り乍ら妻アリッサが2人目を懐妊した事を、俺に話した。

 俺は「おめでとう」と祝いの言葉をセインに掛ける。

 何時も俺がセインを引っ張り廻すから妻のアリッサにも「悪いなー」と思っていた。

 一緒に居ると落ち着くしセインも俺の隣に居ると嬉しそうなので甘えた儘でいたけど、アリッサ懐妊の話を聞いて俺はホッと安心した。

 娘オリビアの話はセインから良く聞くけど妻の話を殆どしないので夫婦仲の心配もしていたのだ。

 それからセインは娘オリビアの話を始め、娘に贈るクリスマスプレゼントにセインは悩み始めた。


 フロラルス製の人形やドールハウスはまだ早そうなので、猫か犬は如何かと俺はセインに提案した。

 互いに猫好きな事で猫の話で盛り上がり、猫をプレゼントをすることにした。

 丁度近所の煙草屋で晩秋に生れた子猫が居たのだ。

 俺とセインは暇な時に毛足の長いグレーの母猫と子猫を見に行っていた。


 「「白い金の瞳の子猫」」


 俺とセインはオリビアに贈る同じ子猫を同時に声に出して、顔を見合わせ笑い合った。

 それからマフラーと手袋、外套を身に着け、探偵事務所の扉を出て2人で煙草屋に向かった。

 クリスマスに子猫を貰う話をする為に。










  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 アリロスト歴1891年    1月




 年も明けた冷え込みも厳しい午後、俺を気遣いジョンが薪を足して暖炉の火力を上げてくれた。



 ロンドから戻って来てから2度程あのジョセフ・ロイが俺のハーブ園へ訪ねて来た。

 妖精ジョセフと俺は内心呼んでいる。

 いや笑った顔や仕草が俺の親友レコを想い返させるのだから仕方ない。

 マジで馬の「レコ」の化身じゃね?

 そう俺がしつこく内心で思ってたりする。


 日頃は家庭教師に学んでいるジョセフだが、ウェットリバーには友人もいないので話し相手を求めて俺の所へ訪ねて来てるぽい。

 気管が弱いジョセフに十字路パブを紹介する訳にも行かないので、俺の作るハーブティーの試飲係を頼み、俺の知っている範囲のハーブの知識を教えたりしている。

 ジョセフに役立っているか役立って居ないのかは謎だ。


 それでも昨年の春に挨拶に来た頃を想えば、青白い顔に血の気が戻り、今にも倒れそうだったジョセフの姿が消え、現在は痩せっぽちの少年ジョセフと表現するだけで済む様になった。

 1年位ウェットリバーの別荘で規則正しい生活を過ごせば、若いジョセフの事だから健康になるだろうと俺は思っている。

 そうなればスターリバールにある、割と著名な私設大学へと進めると、俺はジョセフにアドバイスをした。

 王侯貴族に対抗して準貴族(地主)や資産家達が作った大学でエリート養成学校みたいな感じだ。

 教育の質も高く様々なクラブスポーツにも秀でていた筈だ。

 難点は金がベラボーに掛るつう。

 まっ、其処ら辺はロイ家の問題なのでジョセフに「相談だけ」は乗ると言って於いた。

 解決するとは言って居ない。




 ロンドでは悪魔エイム卿の囁きに翻弄される期間が俺にしては短かった。

 俺は毎年万博が有れば良いのにと呟く。

 補佐官の説明と悪魔エイム卿の囁きに俺の知りたくも無い情報が脳に蓄積されて行く。


 フロラルスからの穀物援助でグレタリアンの穀物相場の値が下がった。

 コレで少しは庶民が穀物を買い易く為れば良いなと言うのは俺の希望的観測だ。

 地主達はフロラルスへの批判罵詈雑言。

 「お前等は今まで莫大な利益を得てたじゃないか。」

 俺は議会の報告書類を見ながら内心でそう毒吐いていた。



 そしてナユカ国は南カメリアと同じく確りとグレタリアン資本で縛られて、如何見てもグレタリアン帝国の植民地だった。

 フロラルスが治める東の3州以外は全てグレタリアン領に成っていた。

 まあアルフレッドの俺が死んでから幾度も戦い北カメリアと奪い返して行ったのだ。

 取り敢えずはナユカ自治国らしいのだが、北カメリアも手を引いてグレタリアンの法で動いていた。

 南カメリアはどっかりグレタリアンが根をおろしている。

 そして中央と南と南西部にある帝国や王国がグレタリアンと北カメリアに抵抗を続けている。

 エーデンやフロラルスは少し離れた島々をバカンス用の保養地として領有していた。


 イラドはマリド王国を除く東沿岸から中央沿岸をグレタリアンが領有し、西はモスニア帝国と他のヨーアン諸国が版図を広げ、時折権益問題で衝突を起こしていた。

 そしてルドア帝国が北東や東から侵攻してきてグレタリアン帝国と戦いの真っ最中だ。

 中央にあるイラド最大の帝国を手中にしたいグレタリアンだが、他の王国や従えた筈の人々から反発を受け、反撃を受けるので考えていた版図を修正中だ。

 ルドア帝国の侵攻もあったしね。



 真龍国は碑先王国から真龍国民の保護を名目にグレタリアン総督府を置き南沿岸部を支配域にした。

 でもって真龍国政府の支配域では、緑藍とフロラルス王国に寄り目覚ましい発展を遂げていた。

 流石にグレタリアン帝国も昔の様に無策で襲い掛かる海賊外交は止め、現在は貿易外交にシフトチェンジをしているみたいだ。

 疫病を流行らせた過去を持ち幾度も攻めて来たグレタリアン人に対して真龍国民の感情は芳しくなく、悪い西洋人=グレタリアン人と言う認識だ。

 珠湾にはランダとフロラルスが定住し本国との取引を行い、リーシャンは定借間契約で真龍国から相変わらずフロラルスが借りていた。



 問題は鉱物資源が豊富なプリメラ大陸だ。

 一応はグレタリアン帝国を含め8ヶ国で地図上で8等分したのだが、元ポガール王国と元ランダ王国が植民地支配していた国々をモスニア帝国が其の侭領有している事に反対する発議が為され、現在プリメラにある王国同士がヨーアン諸国の代理戦争みたいになっている。

 それもこれもポガールやランダが支配していた地域から、大量の金と銀が埋蔵されていると言う地質学者達の報告が在ったばかりに血みどろな戦闘に成っていたのだ。

 どの国も不足気味な金銀が喉から手が出るほど欲しい。




 そんな中でヨーアン諸国に吉報が広がる。

 ポガールの王族の血筋を持つ子孫がハンリー王国にいた。

 そしてランダ国は今年3月に独立する。

 遠いプリメラ大陸の話が一気に間近のヨーアン大陸話に成って来た。

 補佐官もさー、何でも俺に説明するのを止めてくれるかな。


 「オーリア帝国とルドア帝国の情報を探れ。」


 何時もの悪魔エイム卿の囁きを俺は補佐官に素直にパスをする。






 胃の悪かったロンドでの1カ月を振り返り、俺はかぶりを振る。

 ジョンは不思議そうな顔をして俺に新しい葉巻を差し出した。

 俺は礼を言いつつ、葉巻に火を点け軽く吸い込み、温まった室内に煙を吐き出した。


 「早く春が来ないかなと思ってさ。」

 「はは、ジャックはオーフォールの森が好きだもんな。」

 「ああ、春の日差しが待ち遠しいよ。」



 窓の外に低く垂れ込める鉛色の空を、暖かい室内で眺めながら、俺はジャンに頷いて、口から薄い紫煙を吐き出した。

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