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エイム迷走ス  作者: くろ
3/111

探偵の休日

 

   アリロスト歴1886年   1月




 今日も順調に?兄の監視が此処セインの父が治める領地ノースハインズでも続いてた。


  ふとジェロームに成った日の事を俺は思い出した。


  此方で目覚めてジェロームの記憶を辿れば凄まじい彼の破壊衝動で、此の俺がビビって引いた。

 俺が向こうで生きている時に、ジェロームと真龍国で出会っていたら、俺が立派な戦士にしてやったのにと残念に思った。


  ジェロームがこうなったのは偏執的な執着心を持った兄の所為。

 物心ついた頃から眠って起きる迄、まあ365日兄と共にジェロームは生活していた。

 まあ13歳でジェロームが寄宿学校へ入学する迄、ジェロームもソレが普通だと思っていたのだから、兄の君臨するエイム家内に於ける権力統制が、どれ程凄まじかったのか容易に想像が出来る。

 普通は家庭教師や専属講師、乳母や養育係から、通常と違う事等は主人批判に成らないレベルでジェロームに教えると思うんだよね。

 ジェロームの将来を考えてさ。

 幾ら我がエイム家は血筋的に代々愛が重くてもね。

 これって長期に渡り近親婚を繰り返した弊害だと俺は思ったけど。


 そして多感な13歳で頭脳だけは飛び切り優秀だったジェローム。

 寄宿生活を送って初めてジェロームの普通が粉砕された。

 

 そして兄弟は共に眠らないし、肉体を重ねない。

 まあ兄が敢えて信仰からジェロームを遠ざけてたと言うか、信仰からジェロームを守っていたのか。

 俺はお互いが愛し合って居れば兄弟で1つに成っても良いと考えている。

 つうか俺の愛しているのは光明兄さんだけだし、真龍国で死ぬ時も、此れでやっと兄さんに逢えると、本当に嬉しくて早く会いたいと願ったのに、結果はこのザマである。


 生きていく上での支柱を砕かれ、ジェロームの生活は荒れた。

 でも優秀なので寄宿学校でもドンドン飛び級していき、気付けば同級生が年配ばかりに成った。

 そんでジャックが言う様にジェロームは目を引く美少年だし、肉体は兄に万事開発完了済。

 教師や先輩にモテない訳は無い。

 知識も遊びも求めれば、安易にジェロームを満たした。

 2年もしない内に寄宿学校生活を飽きたジェロームは15歳でフォック大学に入学した。

 


 18歳年上の兄は、ジェロームが寄宿学校へ入学すれば自分を拒絶するのは理解していた。

 しかし母も父も亡くなった今は、ジェロームを守るのは自分しかいないと、秘書官や部下を使ってジェローム命と恣意的運用半端ない。

 ロンドに移る前に、兄と共に屋敷暮らしをしたく無いとジェロームに言われ、兄はエイム家所有のブレード市街地区を再度整え、ジェロームが嫌がらないであろう善き人を配置した。

 そして周囲の家々には兄の部下家族を住ませ、ジェロームを警護と言う名の監視生活させている。


 息苦しいと俺でも思う。


 疑いもしなかった兄がジェロームに偽りの侭、物事を教えた。

 その衝撃は、自らを痛めつけて壊してしまう事で、如何にかジェロームは生きていた。

 しかし、その怒りや悲しみの消し方が判らない。

 結局は、兄を求めてしまっている自分に気付いて、ジェロームは絶望した。


  そしてあの日ジェロームは自分へ引き金を引いた。


 お陰で俺たち3人は、グレタリアンで目覚めちまった。

 そう、今更もう遅いけど、俺は兄のエイム卿、アンタが怖がらずにジェロームに愛を語っていれば、苦しみの果てに絶望して、アンタのジェロームが消えずに済んだと思っている。

 まっ、本当に今更、何だけどな。

 もしアンタが俺に愛を語る日が訪れても、俺はアンタの求めるジェロームでは、もう無い。

 恐らく、俺はアンタを許せない。

 幼いジェロームを抱いたことが許せないのではなく、抱いたアンタ自身が自分を偽り、幼いジェロームにも偽った事が赦せないんだ。

 俺は物事に余り拘りを持たない様にしているが、身体を重ね合う相手には、本音で関わって生きていた。

 例えそれが一夜の行き釣りでもな。

 だから本音を晒せない真龍国では禁欲していたし、フロラルスから連れ帰った彼しか本国では愛してはいない。


 そうだな、つまりアンタはジェロームに最期まで不誠実だった。

 俺と言うジェロームからは、二度とアンタへ意識が向く事は無いだろう。

 万が一、アルフレッド基ジャックに何かしたら俺はアンタを殺して此の国を壊す。

 まっ、俺が何もしなくても此の国は、壊れかけているけどね。




  俺は、いや、ウン、私は自分の思考へのめり込み、友人セイン・ワートからの返事に遅れた。


 「ジェローム、聞いてた?」

 「いや済まん。ボーっとしていた。もう一度頼む。セイン。」

 「うん、実は父上が最近------」




 

  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  1886年      3月





  いやー、緑藍が居ないと実に気楽な日々を過ごせると、シュリンク夫人と2人で話しながら談話室で俺の好きな麦茶を飲む。

 去年クロエが思い立って、大麦を炒ってクロエ流麦茶を作ってくれたのだ。



 此処ロンドでは一軒だけクロエの「青い鳥」の支店が在った。

 緑藍とクロエ、シェリー、俺の4人で、中央のリーナ通りにある「青い鳥」へ、エイム家の家紋付き馬車で向かった。

 意匠を凝らした幾台モノ馬車が、それぞれの目的地へと向かって走って居た。

 通り全体が石畳が敷き詰められ、整備された道路の左右にはガス灯が等間隔で並ぶ。

 ここら辺りでは豊かな者しか居住していないので、屋敷も動く人々も皆華やかだった。

 クロエ基シュリンク夫人は複雑そうな表情で馬車から綺麗な街並みを見ていた。


 店に入るとショーケースに「青い鳥」の商品が並んでいた。

 伝統と書かれたブースには昔懐かしいチョコ掛け果物、木の実類が可愛らしく並び試食も出来た。

 クロエは俺の耳元で囁いた。


 「もう恥ずかしい。あの頃はチョコを作るのが大変だから、少ないチョコ量で数を増やす為だけに作ったのに。今は水力でペーストに出来るからこんなの売らなくても良いのに。」

 「でも売れるから展示してるのだろ?自信を持って私が伝統よって顔をしときなよ。」

 「どんな顔ヨー。」


 新たなチョコも売られてカカオの香りが満ちていた。

 そして竹や木で作った茶筒には麦茶が入っている。

 何と200ml位の大きさで3ポンド15シリングもした。


 青い鳥マークが懐かしいbox型の茶葉入れは16ポンドもした。

 ジェロームは値段を気にすることなく欲しいモノを気楽に注文した。

 配達先の住所をクロエが書き終わるをを確かめ、俺たちは店を出た。

 俺とクロエは緑藍が購入した合計金額は精神衛生上の為に考えない事にした。

 くそっ、金持ちめ。


  あの麦茶の金額を見てクロエは自分で麦茶を作る決意をしたのだ。

 そのお陰で俺は今こうして気楽に麦茶を味わえる、有難い話だ。

 何か在ると直ぐに税金が掛るしね。

 此の区画はエイム卿の威光と意向があって、不愉快な徴税人に煩わされる事はないけど、通りを挟んだ区画外は、中々に熾烈な戦いを続けているようだ。

 まあ、一度徴税人の意見が通ってしまうと、次回からはその金額の税を支払わせられるので、住民も必死になるしかない。

 窓税とか暖炉税とか考える人も仕事とは言え面倒だよなと俺は考え込む。

 フロラルスはモスニア帝国と統合されて一部を除いて貴族にも税が課されるようになった。

 まあ、これだけはレオン・グッジョブと褒めてやる。

 国税は純利益の4割と言うのは未だに変更は無いそうだ。

 モスニアはもう少し細かく上下するように制度を作ってあるそうだ。

 まっ、俺が作るより、天才レオンが作った方が運用し易そうだけど、レオンは頑なにフロラルスの税制は触っては成らぬと厳命したそうだ。

 うん、変態の理屈は分んねー。



  フロラルスは相変わらず農業大国でヨーアン諸国やオシリス王朝、トルゴン帝国に穀物を俺の知っている時代より多く輸出していた。

 其処ら辺が原因で、グレタリアンや南カメリアとは険悪なのだが、自国で販売しろよと、俺とクロエは、新聞の記事を見ながら文句を言う。

 だってさ、小麦が高いのさ。

 まあグレタリアン国民も自分で何とかしない駄目だと、ライ麦やジャガイモ等を主食にしているけど偶には小麦のパンを食べたいよね?

 つっても俺たちは緑藍経由でエイム卿から馬鹿高い米を仕入れて貰って食べている。

 権力者の友人万歳。



  「ジャックはコレどう思う?」

  「んーメクゼス経済博士が逮捕されたのか。労働者が株主になる案は魅力的だけど、んー、社会資本論かー、まー、現在、資本家達が行って居る労働力搾取は労働者の忍耐で成り立つ形態だから危険なシグナルを出してるよね。行き過ぎた資本主義のアンチテーゼとしてこういう思想は出て来るよね。」

  「いやー、そうじゃなくて、此れが原因で暴動とか又起きるか心配で。」

  「今は、まだ大丈夫。」

  「今は?」

  「うん、労働者達に活動家の人達が教育しないとね。共産主義がどれ程素晴らしい教えかをね。まあ、メクゼス博士が教えていたスタンダート大学は、優秀な人達が多いから平民でも分り易いテキストやスローガンを考えるよ。案外と知識層が共感したりして。」

 「もー、真面目に考えてよ。」

 「考えてるよ。それにブレード地区に住んでいる限りは、少々の暴動で被害は出ないよ。エイム卿が徹底的に守っている。ジェロームが帰る家をエイム卿が疎かにする筈は無いからね。」

 「そーでした。有難きブラコン愛。」

 「まーね、それより俺はグレタリアンは、そろそろ複数に広げている侵攻を2カ所位に纏めるべきだと思うよ。プリメラ大陸にも2カ所、トルゴン帝国や周辺王国にも2カ所、イラドには約10万の兵。南カメリアにもナユカにも全て合計すると約30万人だぜ。獲った植民地で開墾でもさせた方が良いよ。」

 「やっぱり金が必要なのじゃないかしら。」

 「はあー、そうだった。まだ金本位制だった。まっ、俺達が気を揉んでも仕方ない。うん、麦茶うめー。ずずず。」

 「もうジャック、一応は若いんだから、じじいに成らないでよー。」

 「仕方ないだろー、じじいなんだし。それにさ、ほら、ジェロームが居ないとエイム卿が監視に来ないじゃん。もうまったり幸せ味わえる。」

 「ふふ、私には殺気とか分かんないけど、確かにジャックと話す時は、詰問口調よね。目がこー吊り上がって。何でかしら、私と話す時は紳士なのに。」

 「俺がジェロームを盗らないか心配してるんだよ。阿保臭い、奴が俺に惚れる訳ないっつーの。」

 「ふふ、でもシェリーが顔を真っ赤にして、良いんです?あの二人男同士でそのーっ、ってドギマギしてたわ。一見、刺激が強いのよ。私は2人に慣らされたけどね。」

 「まあほっとけないつうかね。それにジェロームは本気のエロい相手は別にいるし。そっちでも監視しとけと俺は声を大にして言いたい。」

 「私はジャックは女とか興味無いのかと思ってたのよ。奥様を亡くしてから何もなかったし、そしたら「エル公爵伝記」読んだら恋人が2人居たーとか、恋人との間に子供を作ってたって書いててもう吃驚したわ。しかも肖像画見たら2人とも人間離れした美しさで唖然とした。凄い面食いだったのね。」

 「違う違う、俺は本当に容姿とか気にしないの。恋人だって作る気は無かったの!それなのにルネがさー、もう俺より的確に俺のツボを突いて来るんだよ。なんだろうなあのヤラれた感。」

 「ふふ、でも皆、立派に成長したみたいだよねー。ああー私も子孫に会いたいな。ジャックは会いたくない?」

 「いやー会ってもオッサン誰?何処のパンピーってな感じだよ。俺ら肉体は全くの他人だし。」

 「あっあー、そうだった。今の私とは血が繋がってない。」

 「そう言うコト。さて、俺は葉巻でも吸って来るか。」

 「じゃあ、珈琲でも淹れて持って行って上げるわ。」

 「有難う、大家みたいだ。」

 「大家ですが、何か?」


  まだ寒い3月の静かな午後、俺たちは笑い合って、其々の目的の部屋へと向かった。

 

 

 



  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 「面白かった、中々の才能だね。著者はシェリー・バーグか。」

 「ああ、此の間、関わった事件の書籍ですか。」

 「まだ巡査振りを続けるのか?モーリー。」

 「いや暫くは貴族に戻って於くよ。レイド警部に顔と名前を覚えられていたからね。モーリーと言う名は気に入っていたのだが。」

 「では、此の屋敷ではそう及びしましょうか。」

 「止めてくれ、セス。亡くなった養父母に申し訳が立たない。」

 「畏まりました。ウィリアム様。」

 「セスとジョンには昔の様にウィルかリアムと呼んで欲しいモノだ。4年前に疫病が蔓延した所為で幼かった僕を知る者は、此の屋敷に居るセスとジョンしかいないのだからね。」


 僕はそう言って新たに届いた貴族名簿を指先で繰った。


 「今回は多いな、一気に貴族を80家も増やした。今の3世に成ってから、新貴族はもう200近くは増えただろう。2代続けて醜悪な無税層を拡大させるのか。」

 「一応、1代限りと壁は作ったようです。」

 「はっ、どうせ前回の議会みたいに、修正法案を通され、その壁は抜け穴だらけになる筈さ。」

 「1万ポンドも支払う価値あるのか?リアム。」

 「ジョン、有産階級に取っては苦にも成らないと言うことだ。今は昔乍らの地方貴族が領地運営に汲々としている。そして国庫に入るべき1万x80は、武器弾薬に消えていく。狂った世界だ。」

 「まあ、前皇帝も息子である今の皇帝も母方の血筋を正統では無いと言われ続けて居ましたから、新たな貴族自体を増やして味方を増やしたいのでしょう。浅慮だとは存じますが。」


 「ベラルド伯爵、マリオッツ子爵より招待状が届いております。」

 「ああ、ありがとうジョンへ渡して於いてくれ。」

 「はっ。」


 ジョンが従者から受け取った封書を開き、僕へと渡してくれた。


 「メクゼス経済博士を釈放する為の勉強会の誘いだ。しかし社会資本論で逮捕するとか、自由思想信望者やブルジョワジーは、自分達の資産を棄損しそう思想にナーバス過ぎるね。ふむ、面白い、コレは使えるかもね。」

 「楽しそうですね、リアム?」

 「ええ、ふっ、彼等は逮捕した事により、自分達の弱点を晒したのさ。仕方ない、勉強会に参加する為、遠いが又ロンドへ向かわなければ。セス、準備を頼む。」


 僕は自分の考えを整理する為にバイオリンを手に持ち、生まれ育ったオーシェ地方の白土と働き動く人々たちの景色を想いながらベルンハッセの曲を奏でる。







   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 




  1886年      3月





 セインの父が地主をしている此処ノースハインズは北は北海に面し、東はレフティー海流を望むグレタリアン最大の入り江を眺望する事が出来る風光明媚なな場所だった。

 昔は潮風で小麦が育たず羊を飼って生計を立てていた寒村だったが、蒸気機関車が近隣の領都ハインズに停まるように成ったのを受け、セインの父は所有していた土地を整備し別荘地を建て、ロンドから訪れる避暑を求めた滞在客を呼び込み、今は避暑地としても栄えていた。


 陽射しは3月のモノだがロンドより北に位地するノースハインズの気温は冬の侭だった。

 寒がっていた私を気遣ってセインは此の小さな温室に案内してくれたのだ。

 温室内にはイラド地域にある緑鮮やかな植物が栽培されていた。

 温室を管理している庭師に案内され、私たちは白く塗られたガーデンテーブル・セットの椅子へ腰を掛けた。




 セイン・ワートは気紛れに講義に現れるジェロームを何かと気に掛け世話を焼いてくれていた。

 余り大学に通わなくなるとジェロームを心配して下宿にまでセインは訪ねて来た。

 その頃のジェロームは精神的に破綻していたと言うかこの時代の貴族子弟に有り勝ちな「第三身分風情が何様か」つう意識が強く、助手風情のセインを軽蔑し手酷い言葉と態度で拒絶していた。

 セインも有能な人間として大学に認められていたのでジャンキーな不真面目学生ジェロームが追い出そうとしても大学側から無視されていた。

 実は大学からすればジェロームこそ放校したかったのだが、エイム卿が頑張ったのだ。

 俺は、その頃のセインがジェロームに接していた言動を、ジェロームの記憶から辿ればセインは真摯にジェロームの才能を心配し、アヘンを辞めさせようと気を配っていたのが判った。

 俺には、そのセインのジェロームに対する想いは、親愛の情なのか恋情なのかは分からないが、ジェロームの先行きを心配しているのが、素直に理解出来た。

 セインの真摯なジェロームへの友情、まあグレタリアンでは、男同士の肉体接触が友情レベルでも密着度が非常に高いのも関係してるのかも知れない。

 友人同士で抱擁は普通だしベロチューは無いけど、感情が昂ると互いにキスの雨を顔に降らせる。

 但し、貴族同志に限られるけどな。

 これで同性愛禁止にしている法律も信仰も可笑しいと思うのは俺だけみたいだぜ。

 友人を取り合って決闘もある位なのに。


 ジャックに話したら「俺、貴族で無くて良かった」と、心底安堵していた。


 そしてジェロームの意識が消えて俺が目覚めたら、アヘン中毒の余韻もサッパリ消失していた。

 禁断症状を体験せずに済んだことは有り難いが、これは神の呪いか悪魔の祝福かは謎の侭だ。

 ジェロームの記憶を整理しながら交友を続ける奴、デリートする奴を振り分けて俺の友人枠をゲットしたのが、対面に座り俺を見て微笑んでいるセイン・ワートなのだ。

 俺はセインにアヘンが抜けた事を話し、過去の非礼を謝罪し、交友関係の継続を願った。

 セインはその言葉に喜び、俺を強く抱き締めて額や頬に唇を振らせた。

 まあ、セインは可愛いので俺は嬉しいけどな。


 はははっ、これがグレタリアンの友情パワーなのだ。

 



 そしてそんなセインが昨年に貴族子弟になった。

 何でも父親が一昨年1万ポンドを支払い、この地区で治安判事になり、領地は無いが男爵となった。

 そんな事も在り、俺がセインに貴族の仕来りを教えるから、セインは俺の探偵助手に成れと契約していた矢先に、父親から後継話もあるから一度帰郷しろと連絡が在った。

 本が出版され俺も煩くなったロンドを離れたかったのでセインに付き添いノースハインズで、こうしてワート家で世話に成っている。


 はあ、ワート家が行った売官制度利用を知ったらジャックはセイン・ワートを如何思うだろう。

 行ったのは父親だし、ジャックも一方的にセインを嫌ったりはしないだろうけど、たーまに俺は理解出来ないジャックの潔癖性に驚く事も多い。

 そしてコレはまだジャックには話せてないが前世の記憶が俺の中から淡く消えて行っている。

 前世と言っても日本人だった頃のモノだ。

 ジャックとシュリンク夫人、俺と3人だけで雑談していて2人が話す前世の話題や内容を思い出せない事が増えたのだ。

 万が一、光明兄さんの記憶が消えそうに為ったら、俺は躊躇わずに死ぬ、それはもう決定事項だ。

 それだけは耐えられない。

 この旅が終わったら、ジャックに打ち明けよう、はあー、ジャックが心配しないと良いな。

 エル公爵の時もそうだったが、何処となく兄さんに似ているジャックが憂う顔を、俺は余り見たく無かった。





 「で、セインは婚約をするのかい?」

 「そうなんだ、パルスで金貸しを生業にしている家の娘らしい。シーズン前に顔合わせをするそうだ。以前は兄も婚姻してるから、僕は好きにしろと言っていたのに。まだ僕は仕事も決まっていないと言うのに父さんは何を考えているんだか。」

 「エエー嫌、仕事は決まっているだろ。私の助手だ。」

 「それは趣味の話だよジェローム。何とか医師免許は取れたから働き口も探さないと。」

 「セイン、その働き口がジェローム探偵事務所だよ。暫くは私達と共同生活に成るから婚姻は少し待って欲しい。何ロンドで良い家をセインに婚姻祝いで贈るさ。」

 「断るよ。僕はジェロームとは対等な関係でいたいんだ。勿論爵位の上下は仕方ないけど、魂は互いに同じように僕とジェロームは思い合い繋がっている、そう思って居たいんだ。駄目かな?」

 「いや、駄目じゃない。でも困ったな、私の助手はセインしか考えて無かった。」

 「ふふ、暫くは手伝うよ。僕もロンドでの挨拶回りも在るしね。でも探偵助手って何をするんだい?」

 「事件が起きる迄はセインの好きにしてて良いよ。」

 「やっぱり仕事には思えないね、ジェローム。」

 「セイン、煩いよ、フン。」


 少し癖のある明るい栗色の髪を短く整え、人好きのする茶の瞳を細めてセインは朗らかに笑った。

 180㎝に僅か足りない俺より少し背の高いセインは、長い腕を伸ばして俺の金糸の髪に触れてガーデンチェアーから立ち上がった。

 俺たちは寄り添って温室の扉を外へと開き、俺が滞在している屋敷へと歩き出した。

 海から吹く風は汐と春の匂いを混ぜで、俺達の髪やコートを揺らし続けていた。





 




    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

 1886年      4月



  俺とセインはロンドへ帰ることに成りセインの父親ワート男爵と挨拶を交わした。

 ジェスチャーの大きいワート男爵の左手首には薄くなっていたがH・Lと彫られた刺青が見えた。

 急に痩せた所為かトップコートの下に着ているノーフォークジャケットがコート男爵の左腕が上がる度に手首のソレが見えた。

 顔色も余り優れて無いようで水気が抜けた肌は青白かった。

 俺はセインに告げた。

 セインもソレは感じていたようで屋敷に入るようにと父親に話していた。


 其処に使用人と庭師が誰かとお揉めている様な会話が聞こえたので、俺達は足早に敷地の入り口がある門扉の場所へと向かった。


 「旦那様から来客の連絡は受けておりません。」

 「お引き取りを。」

 「フン、俺を門前払いしたらその旦那様が困るぜ。俺の名はマーカス・ホイラーだ。マーカスホイラーが来たと伝えてこい!」


 押し止めようとしている2人を煩そうに両手で祓いしゃがれた大声で風体の悪い男は叫んでいた。

 酒でも飲んで来たのか赤ら顔で濁った瞳が俺の嫌悪感を増した。

 擦り切れたジャケットを羽織た大柄なその男は、乱暴に使用人たちを払った。


 ドサリ。


 背後の音に誘われ俺は後ろを振り向くとワート男爵が倒れていた。


 「父さん。」

 「「「旦那様!!」」」

 「ワート男爵!」


 俺も含めて皆が慌てて倒れ地面に横たわるワート男爵に駆け寄った。

 「大丈夫だ、彼は私の友人だ。お前たちも持て成してくれ。ジェローム様、お見送りの途中申し訳ありません。また、息子と夏にでもいらして下さい。」

 「父さんっ、あんな奴が父さんの友人だって?!」

 「坊ちゃま先に旦那様を運びますので。」

 「そーそー、俺は旦那様の友人だ!丁重に持て成せよなっ!」


 意識が遠のいているだろうワート男爵を使用人が2人がかりで抱えて屋敷へと向かって行った。

 そして、侍従のような人がワート男爵の命令道理に、下卑た笑いを浮かべる大男を、礼儀正しく屋敷へと案内して行った。


 「済まない、ジェローム帰る前にこんな騒動を見せて。」

 「いや私は気にしてない。それよりも私も残ろう、セインが心配だ。」

 「いやっ、大丈夫だ。有難うジェローム。皆も居るし俺は父の傍にいるよ。またロンドに戻る前にジェロームへ連絡する。」

 「------ うん、判った。そして何か在ったら直ぐに知らせてくれ。何時でもセインの連絡を待っているからな。」

 「ああ、有難う。」

 「うん、気を付けろよ、セイン。」

 「ああ。」


 そう答えてセインは唇を結び、父の下へ足早に去って行った。

 セインが去った後、俺は視線を寄こしている相手に、声は出さずにハッキリと口を開いた。


 「セインとワート男爵を守って。頼むよ。そしてマーカス・ホイラーと左手首の刺青H・Lを調べて知らせて。」



 そう視線の主エイム卿に告げた。

 俺はもう一度ワート男爵の屋敷を見て、用意されていた馬車に乗りハインズ駅へとお向かわせた。

 四月の風を浴びて乱れた髪を調える為に馬車内でトップハットを外した。

 俺が3ヶ月もの間まったりイチャラブして過ごしたノースハインズでの休暇は、次の扉を開いて慌しく幕を閉じのだった。

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