オペラ喜劇・裏
アリロスト歴1890年 2月
俺が事務所内で煙草を吹かして珈琲を飲んでいる間に、あれから色々判った。
セインが買って来てくれる新聞のお陰で。
外は寒いからね。
先ずリリー・マグリットはキャンディーに仕込まれた酸系の毒で喉を焼かれていた。
そしてオペラ座で借り切っている3階の最上階の自室でナイフで胸を深く刺して死んでいた。
新聞で描いてた絵か察するに両手で自分で刺したものと思われる。
事切れる最期の瞬間に右手で床に落ちたメモを拾い握り締めた。
つう訳で準主役オデットは殺人の容疑者では無い。
しかし自殺の原因だと思われる喉を潰すと言う傷害の容疑者はオデットになった。
原因はパトリック、通称パト。
今回の舞台「ロレンスの結婚」原作が旧いので現代に合わせてパトが脚本を書いた。
そして此のエピロード座の看板女優リリー・マグリットとパトはお付き合いしていた。
でもって準主役の若いオデットもパトが口説き落とした。
パトの始末の悪い所は恋情が終わっても自分からは別れない。
忘れ去られるまで基本は放置。
なので女同士が揉める。
男相手には終わりを一言は告げるのにな。
まっ、そんな訳で楽屋裏ではリアル修羅場もあったそうな。
うん。
やっぱりパトは死んでも良いんじゃ無いかな。
舞台作家も政治家もいっぱい生えて来そうだし。
そんなことをセインに呟いていると久し振りにクロードの華麗なオープン・ザ・ドア。
グレーに焦げ茶のボアを付け重ね着トップコートを羽織った奴が来た。
細い三つ編みをサイドに垂らして焦げ茶のボア帽子を被ったフザケタ格好のパト。
「ジェリー助けてくれ。」
「だが断る。」
「違う、俺じゃないんだ。オデットを助けて欲しい。彼女はやってない。」
「その根拠は?」
「俺がまだ少しオデットを愛してるからだ。」
「うん、ソレをヤードで話してこい。」
「ジェリー、何の為に探偵をしている?無実の困っている少女がいるんだぞ。」
「で?じゃあ聞くが何の為にパトは舞台作家をしている。」
「モテる為だ。」
「まあ俺も似たようなもん。パトみたいに不特定多数にでは無いがな。」
「その日その日で人の美しさとは変わるモノなのだよジェリー。」
「その口の巧さでヤードを口説いてこい。あっ、そうだレイド警部って言う警部に告白する心算で行けば多分パドなら落せるんじゃないかな。序に毒の加工なんて証拠が残りそうだからオデットの部屋の状況も聞いて見れば?」
「ジェリーも一緒に言ってくれても良いじゃ無いか。」
俺は近付いて来たパトの耳元で小さく囁いた。
「パトと一緒にいるとセインが拗ねるんだよ。つう訳で1人で行ってらー。」
状況を察したパドは塩塩とクロードが開けた扉から階段へ向かって歩いて行った。
パトが去っていく後姿をセインが目で追い、そしてホッとした笑顔を俺に向けた。
偶にセインに焼かれるのも悪くは無いが、俺もアソコまで趣味が悪くない心算なんだけどな。
パドは性格以前に、先ずはファッションな、絶対一緒に歩きたくねーんだよ。
俺の最大の謎はパドが何故モテるのか?だ。
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女はみなこうしたもの
「ロレンスの結婚」
第2幕 ー 幕間 ー
リリーは喉の為に何時も口にしているキャンデーを舐めていた。
3分の1ほど舐めた所でリリーはいつもの様にキャンディーを嚙み砕くと、ドロリと灼けるように熱い液体が奥歯から喉へと流れ込み口内を喉を焼いていった。
その痛みでリリーはその場に倒れ込み意識を失った。
痛みと人の話し声でリリーは目覚めた。
座の専属医師と支配人が話していた。
「恐らく爛れた傷が癒えてももうソプラノの歌声は戻らないでしょう。」
「何とかなりませんか先生。」
「無理ですな。痛み止めを置いておきます。目覚めたら痛むでしょうから飲ませて下さい。」
リリーは頭の中が空白になった。
もうあの声が出せない?
嫌だ、もうあの貧しく淀んだ世界へ戻りたくない。
誰が私の声を奪ったの?
その時閃光が網膜を走り、脳内でリリーが愛した男と若いオデットが腕を組んでいる様子が蘇った。
あの人は声を無くした私など見向きもしなくなる。
でもあの人をオデットには盗られたくない。
リリーは錯乱した意識の侭、近くに在ったメモ用紙にオデットの名を記して右手で握った。
そして厨房でナイフを掴み寝室に戻り、両手で思い切り胸を突いた。
ナイフで胸を突く時に落ちたメモ用紙を最後の気力で右手で床から掴み、リリーは息絶えた。
~~~リリー・マグリット終幕
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『セリーヌの独白』
計画を立てて2年、あの女が死んだ。
声が無くなるだけで良かったのに。
でもいい気味だわ。
17歳で私より一月遅れで入団して来た同い年の女。
品が無くて明け透けで苦手な女だった。
それから3ヶ月後ー。
新たな舞台の配役決定の日、私は運悪く風邪で喉に炎症が出来て高熱を出した。
あの女は見事に配役を貰い私はその他大勢の名も無い1人。
それでもいつか見返してやると頑張っていた。
何度か名前のある役も貰えるようにもなった。
そして25歳。
座での配役オーディションの度に言われる。
「セリーヌ、リリーの真似は止めて自分の歌を唄いなさい。」
私は誰の真似もしていない。
ましてあの女の真似なんてするものですか。
そんなある日あの女とあの女と仲の良い後輩たちが話していた。
「いつもリリーさんは品の或る仕草や歌い方をしますね。羨ましいです。」
「実はもと何処かの貴族のお嬢様だったり?」
「違うわよ。私は庶民。でもセリーヌさんの仕草や歌い方を真似ているかしら?」
「ええー、あの高慢なセリーヌさんですか?」
「ふふ、駄目よ。そんな風に言っては。確か昔は準貴族のお嬢様だったのよ。」
「そうだったんですねー。」
その話を聞いて私の体温が一気に冷たくなっていくのを感じた。
そう、リリーお前だったのね。
私の歌を奪ったのは。
返してもらうわ、リリー。
それから私はリリーの生活を見て歌を取り戻す方法を考えた。
直ぐに口に含む者は分かるから駄目。
そしてチョコレートボンボンを見て思い付いた。
甘い甘い酸の毒。
キャンディーを途中で噛み砕く癖のあるリリー。
私が楽しみながらキャンディーを作っていた時、
あの女と若い馬鹿な女はどうしようもない男を取り合って居た。
誰にでも愛を振り撒く軽薄な男は、あの女にも馬鹿な女にもお似合いよ。
精々いがみ合って居なさいな。
そして時は来た。
幕間であの女がキャンディーを噛み砕いた、次の瞬間、あの女は床に倒れた。
私は間合いを計り、思い切り悲鳴を上げた。
歓喜に震えながら。
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アリロスト歴1890年 3月
あの後ヤードから薬学会の方へ依頼して座の管理していた集合住宅や座の一団が暮らして居る屋敷を捜査すると侍女役セリーヌの部屋からリリーの遺体から出た毒物と似た物が出た。
しかしセリーヌは容疑を否認。
本人が排水溝掃除の為と言ってしまうとドウシヨウモナイ。
目撃者も証拠も無いしね。
1階談話室でクロエが淹れてくれた美味しいホットレモンジンジャーを皆で飲んでいる。
「本当はどうなのかしら?」
「毒物が出たと言う事ですからセリーヌさんは怪しいですけど。動機も無いのですよね?」
「ああ、何でもリリーさんを羨んでいたというのは雑誌の記事で僕は読みました。」
「まっ、動機なんて他人から視たら、えっ?そんな事で?つうのも有るから気にしてもね。」
「そう言えばリリーさんの傷害で捕えられていたオデットさんは無事釈放されたみたいですよ。恋人のパトリックさんの愛の力ですよね。レイド警部を必死に説得したそうですよ。ホラこの記事。」
「有り得ねー。」
「うん、パトリック氏に純愛はないわ。この記事書いた人ってパトリック氏の噂知らないの?」
「えっ?サマンサさん、噂って?」
「そうねー独身で身持ちの固いレディはロンドで絶対に近寄ったら駄目な男第1位がパトリック氏。ジェロームが第3位だったけどおめでとうランクアップよジェローム。2位おめでとう!」
「何それ、誰が決めてんだよサマンサ。」
「既婚女性達のお茶会。目付経験者も参加してるからジェローム、情報は正確よ。」
「ぶほっ!俺はつかサマンサ、私が口説いた事など一度も無いぞ。勝手に来る女は身持ちが固いとは言わない。で、第2位は誰だったんだよ?」
「ウィリアム・ベラルド伯爵、婚姻なさってから独りでの夜会参加が無くなったわ。」
「へぇー。別に婚姻の所為だけじゃないと思うけどな。」
「えー?それは何なのですか?ジェロームさん。」
「いや、うん。まーウィルもいい歳だしね。」
「ふふっ」
思わず吹き出すクロエを睨みながら俺はジャックの名をホットレモンジンジャーと一緒に飲み込む。
土日の祝祭日でシェリーが居るのを忘れてヤバい発言をする所だった。
俺とセインの事も偶に冷ややかな目で見てることも在るし。
どーもアレだよな。
クロエもジャックもそう言うのに寛容だからついつい第三者の目を忘れちまう。
「でも、もしセリーヌ嬢が犯人だったら自供した方が楽に生きれる気がするわ。」
「それが罰になるのかもね。でもリリー・マグリットの歌が聴けなくなったのは残念だよ。」
「僕もそう思うよ。」
ふと沈黙が落ちた談話室でシェリーが主に救済の祈りを捧げはじめた。
俺もクロエもセインも其れに倣って祈りを捧げた。
僅か27歳で逝ってしまった歌姫リリー・マグリットの魂に救済を。
俺は彼女が神の御許に行き、あの伸びやかなソプラノで讃美歌を謳う声が聴こえた気がした。




