ダイレクトメール
アリロスト歴1889年 5月
スターリバールで暴動、そして鎮圧した。
それが俺の聞いた第一報だった。
実際はセント・スターリバール広場で、武器も持たず規則正しく選挙法改正を求めて集会を開いていた群衆に、騎馬隊が突入して鎮圧を計った民衆弾圧事件だった。
そして多数の死傷者を出した。
丁度新聞社も多数来ており詳しい記事は直ぐにグレタリアン帝国の大都市部全域に報じられた。
そろそろロンドへ戻ろうとしていた俺に暗澹たる思いを抱かせるに足る出来事だった。
騎馬隊はスターリバールの義勇兵だと書いていた。
こんな命令や許可を出した人間を「糞ったれ」と内心で罵った。
暴動と集会の見分けも付かない現場指揮官など最低だ。
幾ら軍が国民を守る為に存在していない時代だとしても、無抵抗の民衆を馬で踏み潰したり、抜刀して切りつける等、お前らはそれでも騎士か。
俺は読んでいた新聞をジョンに渡して馬舎へと向かった。
栗毛の艶やかな背に触れ「レコ」にボヤいた。
「やり切れんよ、レコ。もう直ぐ19世紀も終わろうとしているのに。」
「レコ」は知ってか知らずか俺の頭に鼻を近づけて軽く触れた。
生暖かい「レコ」の鼻息が俺の髪を揺らした。
俺は「レコ」の手綱を取って馬場へ向かい歩く、久々に何も考えずに走りたい気分だった。
冬は少し遅いが俺の朝は日の出と共に始まり、陽が落ちて2~3時間もすればベットの住人となる。
朝に寝室を軽く掃除してレコに会いに馬舎へ行き毛を調えて朝食を与え、それから自分の朝食を厨房で作る。
まあ領主館から焼き立てのパンを分けて貰うんだけどな。
それから自室の掃除に取り掛かり、気分が良かったらティーブレイク用の食い物を作る。
その後ハーブ園でハーブを育てたり収穫したり、天気の悪い日は思い付きの日曜大工に精を出す。
その邪魔をしにウィルやジョンが現れて俺を揶揄う。
そして大体ジョンと夕食を作って一緒に食べる。
屋敷に居る時はウィルも食べようとするので俺とジョンとで追い払う。
だって、ウィルの為に領主間の料理人たちが頑張って作っているんだぜ、邪魔とかしたくねえよ。
でもって時間があれば「レコ」に一日の報告会と風呂タイム。
あっと言う間に俺はスリープタイム。
上水道も引いて貰えて便利になったと思うが、矢張り基本は人力マンパワーなんで、気を抜くとあっと言う間に陽が暮れて、俺自身が「時間足りねー。」と叫ぶことに成る。
使用人を付けくれるとウィルは言うが、俺はこの生活を楽しんでるからノーサンキューだ。
突っ込み担当のジョンをつけてくれてるだけで有難い。
何気にジョンはパワー或しね、いや見た目通りか。
まー月に1~2度、十字路パブや狩猟にも行けるし、これ以上何かを求めるのは贅沢ちゅーもんだよ。
贅沢を言えば自分の家が欲しいけど、まっ「レコ」もいるし、是で良いや。
緑藍に偶に会いたくなるけど、会いに行ったらアレが居るんだよなー。
昔は威圧だけだったのに最近は厄介ごと迄もバイプッシュだ。
そう思うとロンドへ戻ることに迷いが生れる。
まあー俺が迷って迄ロンドに戻る事を緑藍も望まないだろうと思い、俺はまったり珈琲を飲む。
アリロスト歴1889年 6月
6月に成ったがジャックが下宿へ戻って来ない。
あー、コレは本格的にジャックは兄から逃げる気か、あの獰猛紳士ウィルに篭絡されたかだろう。
篭絡されたなら仕方ないが、ジャック、兄から逃げるのは恐らく無理だぜ。
そしてシーズンに成り、暇になったシェリーは貯め込んでいた出版料で古本屋で安い本を大人買い。
席をセインに盗られたシェリーは現在一階談話室の主に成った。
まだまだクロエには珈琲を淹れる腕は敵わないが麦茶やハーブティーは飲めるようになった。
そしてクロエは何処の貴婦人?
つう変貌を遂げて、茶会に出掛けては商会で売り出している、化粧水や植物性化粧粉?を参加者に紹介している。
元々クロエも顔の造りは悪くなかったけど、兎に角地味だった。
ドレスしかりメイクしかり髪形しかり。
うん、女ってやっぱり化けるのな。
セインもドギマギしていた。
俺?
俺はまあクロエはクロエだしな。
でもまあ、綺麗に成ったし、金も持ってるから、クロエには悪い男には気を付けろよ、と注意はして置いた。
でもってジェローム探偵事務所にもちょくちょく依頼人と言う名の暇人が訪ねて来るように成ったので、俺はトマスとクロードにパーテションを買って来させて、暇人の相手はセインに任せて、日頃は其の囲いの中で本を読んでる。
つか、ジャック観察ノートを綴っている。
俺が面白いから。
いやジャックって変な人間に好かれるじゃん?
俺を筆頭に、ウィルそしてあの兄。
まあそれの生態観察記なんだが、観察対象者が戻ってこない。
あれだよね、水槽を買ったのに緑亀が逃げた!そんな感じだ。
捕獲に行こうにもウェットリバーは猛獣ウィルのテリトリーだしなー、どうすんべ。
そんな事を憂いているとラワン材と鮮やかなインド綿で出来たスクリーンの向こうからセインがやや緊張した声で俺に話し掛けた。
「ジェローム、エイム公爵がお見えに成ったよ。」
「ああ、入って貰ってよ。」
そう俺が話すとクロードが静かに兄をパーテションの隙間へと案内し、俺が寝転んでいた寝椅子の隣の椅子へ兄を導いた。
俺を見る兄の瞳はしっとりと潤み、その淡い青の瞳は項が擽ったくなるような情愛が篭っていた。
「元気そうだなジェローム。」
「はい。お互いに。」
「ああ、それで少し聞きたいのだがジャックは何時ロンドへ戻ってくるのだ?」
「さあ、私に何も連絡が無いので判らないね。」
「そうか、私も何度か手紙を出しているのだが、全く返信が無いのだ。伝える事も在ると言うのに何をしているんだ。」
ジャックが良く言って居る様に、誰に伝えるでも無い言葉を兄は囁き出した。
ふーむ、この兄の囁きを聴きとれるとは流石はジャック。
まあ兄の手紙に返信が無いのは、俺が思うにウィルとか言う獰猛な狼が、ジャックへ届かない様に手紙を消しているのだろうな。
「まあ仕方が無い。ジェロームに余り国外の些末な問題を聞かせたくないのだが、ジャックに連絡が取れない以上ジェロームにも聞いておいて貰おう。」
そう言って兄はクロードに人を近づけない様に指示を出し俺に向き直った。
昨年の年末に兄とジャックはチェスタのホテルでアシャッタ王国の外務官を語る男と在った。
初め兄に連絡があった時はアシェッタ王国では危険なのでルドア帝国の元皇子をグレタリアンで保護して欲しいというモノだった。
だが約束した日に会うと元皇子はルドア帝国に戻るので保護は不要になったと会った男に言われた。
其処でホテルから出る途中で彼はアシェッタ人では無いとジャックに知らされた。
おい、ジャック何気に兄に能力を認めさせてるじゃん。
ジャックも馬鹿だなー。
兄もアシェッタ王国の外務官と名乗った男に何となく不審なモノを感じていた。
其処で別の馬車で着いて来ていた部下に外務官が宿泊している部屋を見張らせた。
兄が馬車で去った後、その男はホテルから出て街で辻馬車を拾いウェットリバーに近くで馬車を降り小道に入った先にある水車小屋に入って行った。
暫くすると上質な皮のコートを羽織り目隠しをされ口や手首を拘束された男が、外務官を名乗った男と目立たない黒のフロックコートを着た男2人合計3人に連れられ小屋の後ろに隠してあった馬車へと乗せウェットリバー領地内に在る街のホテルへと入って行った。
部下の1人が兄との待ち合わせ場所へ行き状況を知らせると其の拘束された男を救い出すように命じて兄はロンドへと向かった。
そしてロンドに戻る途中に兄はルドア帝国の情報を精査せよと部下に命じた。
まあ、基本兄はこんなもの。
俺も兄に似た部分在るけどもう少し動くからな。
緑藍の時は必死で動き回ってたしー。
3日後、兄の元へ30代の憔悴した男が部下に連れて来られた。
憔悴しているそのおっさんの名はルドア帝国皇子アルドラ。
廃嫡されたアルドラ皇子は急進的啓蒙主義の軍人達に拉致監禁されていたらしい。
アシェッタ王国へ逃げた事がバレて、友人のアシェット王弟に頼み、妻と一緒にグレタリアンへ行くことに成った。
内密で動くならエイム内務卿に知らせておこうと言う訳で、アシェッタ王国の外務卿から内緒のお話しがエイム卿に届いた。
だがしかし又もやバレていた。
チェスタへ向かう為に、港からロンド駅に向かう途中で、外務官とアルドラ元皇子夫妻は拉致された。
外務官が馬鹿正直に、「自分がチェスタのホテルに行かないとグレタリアン帝国に不信がられる」と吐露した。
其処で誘拐犯たちは皇子を人質に取り、外務官に如何いう約束で会うのかを詳細に話させた。
そしてジャックと兄、偽外務官はチェスタのカレッジサイドホテル3階の部屋で邂逅。
それから2日後に水車小屋で発見したと、妻とアシャッタ外務官を無事に救出。
でが犯人2人の銃殺遺体がウェットリバー領地の川で発見された。
死んだのは如何やら皇子アルドラを救出した後らしい。
俺は兄へお約束の尋問、当然、「馬鹿々々しい」と兄は俺の尋問を一笑に付した。
でしょねー。
俺も聞いて見ただけだから。
でもって兄はジャックに質問したかった事とは。
「誰が皇子アルドラの行動を漏らしたのか?」
兄よ。
幾ら何でもジャックにソレを推理させるのは難しいと思うよ。
俺は兄に素直にそう答えた。
「やはり無理か。いやジャックが居ないと私の作業効率が格段に落ちてな、何とか成らぬものか。」
俺もそうだが兄よ、そう言う時はお互い素直に言葉にしようぜ。
「私達が寂しいから、ジャックは早くロンドへ戻って来い。」
俺はそう綴ってジャックへ手紙を出した。
【割とどーでも良いアルドラ元皇子が誘拐された理由】
若い軍人たちは国外へ侵攻して初めて気付いた。
他国の発展、科学技術、そして新たな憲法、新たな思想。どれも閉ざされた自国には無かった。
軍の若い一部の者は、同盟国の大学に行き短期で学びカフェやサロンで議論する有意義さを学んだ。
そしてその学んだことを同じ軍の若い世代に話し思想の伝播を行った。
軈てそれは芽吹き、劣悪な農奴の状況に心を痛め、他国でそうであるように貴族や宗教からも税を取り、俗世から離した宗教改革を目指す動きに成った。
皇帝は初め、若い軍人たちのこの動きに寛容だった。
だが貴族や正教会の猛烈な批判を浴び、そして憲法改革を具申されると皇帝はキレ啓蒙思想を具申して来た軍人達を解雇し事態の鎮静化を図ろうとした。
そんな時に皇帝は崩御した。
解雇されていた軍人たちは「祖国の息子たち」と言う組織を作り話し合った。
廃嫡されたが農園主の娘と婚姻し、その為に国教である正教会とも縁を切れるアルドラ元皇子が皇帝に成れば望むべき未来に成るかも知れない。
そして彼等の協力者から連絡が入りアルドラ元皇子を追ったのだ。
愛する祖国の為に。
アルドラ元皇子は皇帝に成るのだろうか。
次号を待て。~~~~~~~~~ 嘘です、無いですよ?いやマジっ!




