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エイム迷走ス  作者: くろ
17/111

五体投地


アリロスト歴1888年     11月




  俺の散歩道クロスロード、いや単なる十字路なんすけどね。

 領主館のお客様つう事で新聞も置いてある珈琲屋兼酒場に行くとみんな優しい。

 平民だと言うと気楽に声も掛けて貰えるようになった。

 暖炉そばの席を開けてくれてオジンとジジイ達が春に行く狩りの穴場とか教えてくれた。

 集っている人達は身分的には中産階級になるのかな。

 医師や法律家や元教師や職人、元大学教授なんて人も居るのだけど、ロンドに居ない時点で下層になるらしい。

 下層とは何ぞや。

 知識階級を下層とは言いたくねー、何となくね。


 元々が此方に住んでいた人や、引退後にチェスタやスターリバールなどよりも安くて越して来た人も居た。

 地代が安価か如何かを別にしても、俺もウェットリバーが好きだな。

 良い感じにポツポツと家々が離れてて、木々の緑や紅葉が目に優しい。

 まあ、今は冬で寒々しいけど、咽るような悪臭も無いし、我儘を言えば雪が見たいつう事かな。

 いや、別にオジンとジジイばかりが住んでいる訳じゃないよ。

 此の十字路パブリックハウスに集まっている人達がそうなだけで。

 若い人達は夜、乗り合い所に近いパブリックハウスか週末に宿屋兼酒場に集まるそうだ。

 お嬢さん方は家にでも隠れているのかな?

 メイドか小間使いとしか出逢ってないや、俺。

 良く考えたら貴婦人が参加するパーティーには何時も隣に悪魔エイム卿が居るのだった。

 もしや今世でも女性と縁が薄いのだろうか。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 離れの部屋に戻ってネル地のパジャマに濃紺のガウンを羽織って、俺は寝椅子に座り薄く割ったスコッチをジョンと一緒に飲んでいる。

 傷だらけのマッチョなオッサンのジョンはスコッチをストレートで飲みやがる。

 飲む酒迄男らしいのな。

 12月に為るとウィルは慈善パーティの参加で忙しくなる。

 パーティーに参加しつつ寄付もすると言う、俺に取っては苦行でしかない事も、難なくやれるウィルは尊敬の対象だ。


 「近頃は冬場のロンドではなく領地や別荘でパーティーを催す人が増えたからな、昔はこんなに領地からパーティーに参加する事は無かったが。」

 「へぇー、でもシーズン中は研究や投資の話を聞いてるとウィルが言ってたけど何か1年中金が要るなー。」

 「ジャックはお上品な見掛けに反して金が金がって守銭奴かよ。」

 「済まんねー、見かけに反して。根が庶民なモノで。」


 この館で割と自由な口を利いて貰えるジョンは俺に取って貴重な存在。

 他の使用人の皆様は「ウィリアム様の大切なご友人ジャック様」として接して来るから、俺の方が対応に困ったりもしている。

 「雑に扱え」ってウィルに命じて貰っても、それはそれで使用人の皆様が対応に困るだろうと、考えて彼等の為すが儘に饗応されている。

 まあジョンは、元がベラルド伯爵家の恩人で食客扱いが高じて、ウィルの護衛兼従者になってので純粋な使用人って訳でも無いから、俺の望む応対をしてくれているのかも知れない。


 「4年前に不動産取引法と建築法が緩和されただろ?その所為で隣領チェスタと駅周辺にスターリバールやロンドから多くの人間が越してきてウィリアム様にも面倒事が降り掛かる。」

 「あー、あそこら辺の町はロンド様式のアパートメントが立ち並んでいたね。」

 

 ジョンが言うには、下品なミドル階級が増えて来た所為で、下らない騒ぎや犯罪も増え、静かで穏やかだったウェットリバーの風景が壊れると話す。

 偶にドキリとする階級差別発言も放り込むので俺の胃に負担が大きい。

 一応俺って、何も無いつうか最底辺に位置する人間なのだ。

 ジョンは忘れているかも知れんが。


 余りジョンは、過去の話をしないので推測するしか無いが、若しかしたらジョンも其れなりの貴族出身者なのかも知れない。

 時折見せるジョンの支配層の価値観が、俺にはロヴァンス卿を想い出させて懐かしくもあった。


 小腹が空いた俺はロンドから持って来た自前の七輪で自慢げにスモークした鹿肉を炙った。

 炙った鹿肉から落ちた油で部屋に煙を充満させてしまいジョンに叱られた。

 そして七輪は没収された。解せぬ。








 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 この離れに在る俺の寝室はザ和洋折衷に成った。

 流石に扉を開いて直ぐの居間に畳を敷く訳にも行かなかったので、寝室に俺の魂を注いだ。

 嫌、そんな大層なモノでも無いが。

 ベットの近くに在ったテーブルセットを片付け2畳分の畳を敷いた、うん、それだけ。

 靴を脱いで胡坐を組める場所が欲しかったのだ。


 アルフの時同様に小器用な俺は、煙草盆ならぬ葉巻盆を作りパイプで葉巻を吹かす。

 ついでに浮世絵もどきを描いて二つ折りの衝立を作り、畳と洋間の間切りにした。

 絵を描き乍ら何か物足りないと思っていたが「そうか」俺を描き捲くっていた画家達が居なかった。

 ゴドール達は何時も俺の傍に侍って絵を描いていたが決して邪魔には成らなかった。

 ふと此の時代にいる才ある画家たちは何処に居るのかと気に成った。

 ブラコンのエイム卿なら画家達をダースで雇って「ジェローム画集」(ファンブック)でも出しそうなのに見掛けない。

 まあ俺は宮殿とかには行った事が無いので其処ら辺で生息しているのかも知れない。

 それにゴドールみたいな押し掛け変態画家はそうそう居るとは思えないがな。

 弟子も揃って変態だったし。

 パルスは芸術の都とロンドで呼ばれているが、あの腐った変態たちが主導したらしい芸術の成果を見たいような見たくない様な言葉に出来ない感慨に俺は浸った。

 ロンドに戻ったらエイム卿に緑藍の絵を描かせないのかを聞いてみよう。


 そんな風にアルフレッド時代の想いに浸りつつ、もう1つ衝立を作ろうと、和紙に昔の美少女緑藍を描いていた。

 すると何やら視線を感じて振り向けば、ウィルがソファーに座って俺を見詰めていた。


 「おおーウィル、5日ぶりだな。慈善活動お疲れ。」

 「有難う、もしかして此のパーテーションはジャックが作ったの?」

 「まーね、まっ、自分の部屋だから手慰み程度だけどね。畳の間で寝転がって見ると何か視線を遮るものが欲しくて作ったんだよ。」

 「凄いよジャック!それにこの絵の構図も面白い。僕にも1つ作ってくれるかい?」

 「ううー、まあ勿論いいよ。でも素人の俺が作るよりウィルが頼んでいるキチンとした工房に注文した方が良くないかい?」

 「ううん、僕は此のパーテーションの絵が気に入ったんだ。頼むよジャック。」

 「はああー、了解した。でも同じ絵とかは描けないからな。」

 「有難うジャック。必要な物があったらジョンかセスに言ってくれ。」


 俺は内心しまったと思って居た。

 フロラルス王国や真龍帝国との交流が盛んだった為に、陽ノ本では浮世絵文化が芽吹かない侭で西洋絵画や真龍国の水墨画へと移行して居た事を、クロエに聞かされていたのを想い出したのだ。

 版画でない俺のなんちゃって浮世絵なんかが、人目に触れて良い訳がないのだ。

 俺は軌道修正するべく焦りながら対策を考えていた。

 大体に於いて俺の絵は機具や工具を作って貰う為の設計図メインで描いてたモノなのだ。

 ゲージツの何たらを学んだモノでは無い。

 ウィルは仕事の依頼だと言うのを俺は頑なに断った。


 「ウィルへのクリスマス・プレゼントにさせてくれないか?今の俺にはウィルにこれくらいしか出来ないから。」


 アイスブルーの瞳を大きく見開いて俺の言葉に感動してウィルは俺を抱き締めた。

 俺の曾孫ウィルを誑かしている罪悪感はあるが、依頼料何ぞ支払われたら真剣に芸術を生業にしているゴドール達のような画家達への背信行為に成る気がして、ウィルへの罪悪感を飲み込んだ。

 抱き締めた儘、俺の瞼や頬へとウィルはキスの雨を降らせる。

 緑藍にベロチュー以外、グレタリアンでは友情の延長だと教えられていたが、ウィルに耳朶や首筋へと舌を這わせられて吸い付かれるのは、俺的にヤバイのですが、、、助けろよ、緑藍。

 なんか曾孫ウィルに喰われそうになって俺は慌ててウィルの背中と後頭部をタップした。

 良かったなウィル。

 俺にそっちの理性があって。

 俺が緑蘭ならウィルが婚姻する前に婚前浮気をさせている所だぞ。

 俺はヤダからな。

 曾孫ウィルを取り合って、嫁と俺の修羅場なんつう絵面は。


 まあ女性遊びには理解のある婚約者クラリス嬢。

 理解があるつっても、元々ウィルは姉の婚約者だったのだが、姉が亡くなり其の侭妹クラリスが両家の話し合いの元で繰り上がった。

 本物の貴族が少ないグレタリアンでオマケにその嫡男ともなれば正にウィルの買い手市場だったのだが、ウィルの養父とクラリスの父が仲が良い友人同士で家族としての縁を繋いだそうだ。

 でもってクラリス嬢が18歳にも成ったし、向こうの両親から「そろそろ嫁に貰ってくれ」と言われていた所に、貞操の危機を感じた俺がウィルに「婚姻しろ」と説得したので、来年秋に婚姻式を執り行う事が、俺的にも目出度く決まった。

 隙あらば過度なスキンシップを求めるウィルは精力絶倫で溜まっているか、家族が居なくて寂しいかのどちらかだと言う回答を導き出した俺は「婚約者がいるなら結婚しろ」と結論を出したのだ。



 婚姻後は領主館では無く南西にある本邸グラムの地で夫婦水入らずな暮しになる。

 何所の貴族家でもそうだろうが、ベラルド伯爵家領地もだっだ広い。

 管理する為の名目で彼方此方に屋敷をぶっ建てているのはお約束だ。

 まあ、それを狙ってロンドの不動産関係者が忙しなく御機嫌伺いに来るのも、「持てる者の義務?」として家令が丁寧にスルーするのは仕方ない。

 曾孫ウィルと離れるのは少々寂しいが、ジョンが就いてくれるし俺には馬の「レコ」がいる。

 レコと出逢って俺の中に渦巻いていた寂寥感が和らいで精神が安定して来た気がする。

 一番の精神安定剤は悪魔エイム卿の囁き声からの解放なのだが、想い出すと胃が悪く為るのでウェットリバーの地に居る間は記憶の底へ封印して於こう。







 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 離れ近くに作って貰って居た小さな(俺からしたら大きな)厨房で練って寝かして置いた小麦の生地を平たい円形に整形してトマトピューレーを塗りポテトと燻製鹿肉を置きチーズに塩コショウ、そして乾燥バジルを乗せて石窯で焼く。

 準備に一日、焼く準備に3時間、そして出来上がりに約1時間。

 手間と時間的に豪華な昼食つうかお茶請けだ。

 クロエが作ればもっと見栄え良く生地も巧く膨らむのだろうが、まあ男の手料理なんぞコンナ物。

 案外皆は子牛や鶏、ガチョウを食べるが俺は鹿肉や兎を燻製にして食べるのが好きだ。

 取った獲物を自分で捌いて燻製にするとああ命を食べるんだと実感出来る。

 一緒に狩りに行った曾孫ウィルやジョンすら獲物を捌くのを遠慮する。

 まあ、それをする専属の猟師が居る所為なんだろうけど。

 パンピーな俺って駄目だよね、気楽に人の職分を踏み越えちゃうから。

 でも是も俺って言う存在だと俺自身にもウィルにも知らしめたかった。

 何となくだけどルネの血を引くウィルなら俺の異質さも受け入れてくれる。

 そんな気がしたんだ。







 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 ジョンが渡してくれた新聞を見て俺は脱力した。

 ワート君はやっぱりワート君だった。

 また事件絡みでワート君の勤務先が消えたのか。

 もうこの際、緑藍のでっかいペットとして飼われた方がワート君に取って幸せな気がした。


 でもってエイム卿からの格調高い封書。

 穀物輸入取引自由化の法案採決の目途が上院では難しいそうだ。

 上院は元々反対派だし、地主連合が現在の儲かっている穀物相場を放棄しないわな、普通。

 いやー俺にこんな手紙を送って来ても意味ないと思うっすけどね。

 地主連合つうても嫡男以外の貴族が上院に居る訳だし、面倒この上ない。

 来年にロンドへ戻っても俺は断固としてエイム卿に随伴してのサロン巡りなぞへ参加しない。

 そんな前振りは絶対にお断りだ。


 あれ?

 もう一枚あった。


 ルドア帝国のニコラス4世皇帝死去。

 ん?

 4世ってそんな年だったかな。

 まあ、いいや。

 後継者が定まっていないっ!はあー、あの大国で?

 何を考えているんだよ、ニコラス4世。

 お前未だ戦争中じゃん、イラドにもトルゴン帝国やプリメラ大陸にも侵攻中だろうが。

 一先ずは攻められている国は息を吹き返せると良いな。


 そして唐突に、アシェッタ王国の外務官がチェスタ大学へ視察に来るので、エイム卿から「ジャックは同行せよ。」と麗しい筆跡で手紙に綴られていた。

 うん、意味が分らん。

 恐らく悪魔エイム卿の脳内ではニコラス4世死去とアシェッタ王国の外務官の話題は繋がっている。

 のだと思う。

 うんなもん分かるか!

 「ノー」と言える俺は悪魔エイム卿へとお手紙を書いた。



 「だが、断る。」







  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 曾孫ウィルへのクリスマス・プレゼントと思い乍ら、兎を抱いた美少女緑藍の絵姿を描いていると珍しく慌てたジョンが寝室の扉を開いて入って来た。


 「ジャック来客だ。」

 「ええー、予定ないぞ。まあ俺に来客予定なぞ端から無いが。」

 「エイム公爵だ。」

 「ええー。やだよー。」


 俺は逃げ出そうとしたがマッスルオジンのジョンに適う筈もなくズルズルと悪魔エイム卿が待つ迎賓室へと連れて行かれた。

 いやー、迎賓室へ初めて入ったけど格調高く豪華なお部屋ですな。

 なんだかアルフレッド時代を想い出して背中がゾンゾンして来た。

 あははっ、コレは単純に部屋が温まって居らず、寒くて鳥肌が立っているだけでした。


 「さてジャック行くぞ。」

 「えーと、何処へ。」

 「手紙に書いていただろう、チェスタだ。」

 「いやー一応俺はお断りしたと言うか。」

 「ジャックの体調を気遣って、この度はロンドでは無い。他には?」

 「俺にもですね、予定というモノがありまして、急に来られても困るかなーと思ったり思わなかったりするんですよね。なので今日は此の侭お引き取りを、、、、。」


 全身が逆立つような冷気を感じて寒気の元を見ると、端整な麗しい顔にギラギラと輝く恐ろしい猛禽類の眼光で、悪魔エイム卿は俺の精神を無慈悲に削り獲って行った。

 膝を笑わせながら俺は内心で悪魔エイム卿に五体投地していた。


 「直ぐに準備してまいります。」

 「うむ。」

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