少年チック
アリロスト歴1888年 3月
「レコ」の毛をブラシで整え俺は領地内の見回りと言う名の乗馬を終え、離れに用意された俺の部屋に戻る。
扉を開き居間に入るとウィルがにこやかな笑顔で俺を迎えた。
「ジェローム氏から手紙が来ていたよ。」
そう言ってウィルが視線をテーブルに移した。
其処にはエイム家の紋章が浮かび上がる加工が施された、上質な白い封書か銀のトレイに乗せられ置かれていた。
相変わらず勢いで書いたような俺宛の筆跡に俺は懐かしい緑藍の表情を想い出して苦笑する。
俺は封蝋を切り便箋を取り出し目を通した。
なんと重度のブラコン悪魔エイム卿が6月に婚姻が決まったと書いてあった。
緑藍がどんな説得をしたかはさて置き、お相手はグレタリアンに滞在中だったオーリア帝国の伯爵令嬢だそうだ。
これを機にエイム卿から俺への圧迫圧力が緩むのを期待したい。
そして「労働者月報」という新聞の緑藍の手に寄り要約文が書かれていた。
確かにこの新聞をテキストにしてロンドやウェットリバーの隣領チェスタ、大都市を抱えるリバールのパブで議論し学び合えば、議会参加への意識は文字が読める労働者にも育つな。
だが現在利権を持つ上院は許さないと俺は思うね。
緑藍は、この動きが大きくなり、労働者も参加出来る普通選挙に成ればグレタリアン帝国内の国力が上がり、強大な力でアーリア大陸へ本格進出して来やがるぞ、くそ野郎ー!くたばれグレタリアン。
そう苛立たし気に書き殴っていた。
まー、そう一足飛びに緑藍の立てた未来予想図通りには行かないさ。
ヒャッハー!野郎の末裔たちがそう簡単に自分の利権を脅かす者たちを許さないだろう。
ロンドで紳士ぶって居ても本質はヒャッハー!野郎なので逆らう者に半端な押え付けはしない。
法律や治安維持部隊を使って普通選挙等と言う道は塞ぐだろう。
「別に私には真龍帝国の事はもう(人生が)終わった事だから如何でも良い。」
そう言っていた癖に緑藍の想いは、今も真龍帝国の地に或るのだろう。
俺の想いがじじい達と暮らしたあのフロラルス王国に在るように。
緑藍も俺もグレタリアン人へと生を受けさせられ、真龍帝国、フロラルス王国に取って異邦人の俺達には如何する事も出来ないし、俺たち自身も解けないパズルみたいな政治に関わって行くは、もう懲り懲りだった。
この神か悪魔が起した悪ふざけに付き合う気はサラサラない。
そう判って居ながらも、こうした何かの拍子に遂、遥か祖国に想いを馳せて、俺は感情を波立たせてしまう。
心配そうに俺を伺っているウィルに微笑んでから立ち上がり、まだ寒い居間を暖める暖炉迄ゆっくりと歩いて行って、俺は握っていた緑藍からの手紙をオレンジ色の炎へと投げ入れた。
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アリロスト歴1888年 6月
今年はバカンスシーズンが始まって、ややノンビリ目にウィルと共にロンドへと戻ってきた。
いや、狩猟や乗馬、渓流釣りに夢中で、俺が緑藍達を忘れていた訳では無い。
はははっ。
御免、忘れてました。
俺がロンドへ戻って来たのも、ウィルが婚姻するかも知れない相手と会う約束が在ったからだ。
森から山の麓まで行く道での、血沸き肉躍るアドベンチャー秘話は、いずれまた何処かで語ろう。
すっかり田舎っ子に成った俺は、ロンドの駅で人息れに酔い、ウィルに守られる様にエスコートされ迎えに来ていたベラルド伯爵家の馬車に乗せられて、懐かしの112Bへと向かった。
可笑しいな、俺ってウェットリバーで逞しくなった筈なのだが。
より一層貫禄が増したクロエに玄関ホールで出迎えられた。
いや体格的な話ではなく、細身のクロエから立ち昇るオーラ―がグランマだった。
うん、帰って来たつう感じだ。
ウィルはクロエに畏まった挨拶をし、自分のタウンハウスへと帰っていった。
「丁度良かったわジャック、シェリーを慰めて上げてくれる?」
「うん?何かあったの?」
俺がそう尋ねるとクロエが今までの事を手短に伝えた。
シェリーの友人マーサが文通して彼氏をゲッチュウ。
その話を聞いた緑藍とクロエが同時にマーサは騙されていると述べた。
心配したシェリーは友人マーサに「騙されていないか」と手紙を書いた。
すると彼氏を詐欺師呼ばわりされ怒った友人マーサからシェリーは絶縁宣言された。
傷心シェリーは折角のバカンスなのに部屋に篭って泣き暮らして居ると言うクロエからの話。
ジェローム探偵事務所の黒くて重い扉を抜群のタイミングで開いてくれたクロードに促され俺は昔使って居たワークデスクへ向かい木製の椅子に腰を掛けた。
だらしない格好で寝椅子に寝転んでいた緑藍が俺を見て口を開いた。
「おかえりジャック、今年はロンドに帰って来ないかと思って居た。」
「あははジェロームやサマンサの顔を見たくてね。」
「ふふ、その表情は嘘だな。まー良かった。私はシェリーに、如何対処していいか分からなくて困っていたんだ。サマンサは放って於けばいいと、言うんだけどさ。」
「まー、俺はサマンサからサクっとしか聞いて無いが、如何して友人マーサの恋人が騙していると言う話になったんだい?」
「それは、、、。」
緑藍はシェリーが語った友人マーサと恋人との話を詰まらなそうに俺へ説明した。
そして近頃は探偵事務所に、手紙を使った婚約詐欺の相談が増えた事を話した。
昔は、距離に比例して郵便物の配送料も高かったが、今は重さで値段が決まる為に、普通郵便が安くなった。
其処に目を付けた出版会社が不動産記事の序にペンフレンド募集記事を載せたら大ヒットした。
「出会う切っ掛けが手紙って気軽だろ?まあ悪い事を考える奴も出てくるのさ。大抵が連絡が取れなくなった婚約者を探して欲しいと此処に来るんだ。」
「んー、まあね。滅茶苦茶怪しいけど、そのマーサって子は文通募集じゃなくて読者投稿だろ?」
「だから?クロエも自分の事を、其処まで他人に話させないのは、第三者への相談を封じる為と言っていたし、私もその意見に賛成だよ。ただ問題は?」
「問題は?」
「シェリーが友人マーサに手紙で忠告した事かな。まさか証拠も無しに、友人マーサに手紙を書いて送るとは思わないじゃん!?」
「うん、それはシェリーが悪い。」
「いやシェリーは私やサマンサの言う事は間違いないと信じていただけで、別に悪くは、、、。」
口籠る緑藍に俺は不思議なモノを見たような気がした。
アレ?
あれあれ?
おー、コレって若しかして緑藍てばっ。
身体は少年、心は後期高齢者と思っていたが、実は心も少年チックに成っているのか?
モゴモゴと1人で言い訳を続ける緑藍を俺は微笑ましく眺めていた。
少し放置していると緑藍は正気に戻り、コホンと咳払いをした後に、今はトマス達にマーサと手紙交換していた男性の正体を突き止める為に出版社へ行かせているらしい。
「ふーん、、、(棒)。」
俺は緑藍の説明に気の無い返事を返した。
ハイ、シェリーは間違いなく良い子だよ。
探偵熱さえ無ければ曾孫ウィルの嫁候補にしたぐらい。
純粋だし、真っ直ぐだし、人の欲望に塗れているロンドに毒されてない。
まあ、どっかのデッカイ栗鼠ワート君と似ていない事も無いが、赤い巻き毛が愛らしいシェリーと同じにしては駄目だってば。
でも俺はやっぱり言いたい。
「シェリーが悪い。」
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アリロスト歴1888年 7月
エイム卿(部下)の働きでイラドから約5万帰還、と言いたいが約3万の兵だけが、グレタリアンに帰国した。
風土病で亡くなったり、怪我や病気で船での帰還が難しく帰れなかった者達が約2万人もいる。
南カメリアは小康状態。
まあ、北カメリア内の親グレタリアン派と何やら秘密の協定結んだみたいっすからね。
グレタリアンの得意技。
北カメリアはあの広大な大地に鉄道網を敷き、膨大な金銀の鉱山を掘り当てヨーアン諸国に構いたくない程に内需経済が好調だ。
もう俺らの事は放って置いてと思っている北カメリアに構いに行くグレタリアンの図。
グレタリアンが動くと他のヨーアン諸国も動かざるを得ない。
何だろうか?
我が子(北カメリア)が可愛過ぎて構い倒したくなるグレタリアンの親心?
親子ってマジで難しいよね。
何故こんな事を考えてるか言うと、社交の大切さを学んだ悪魔エイム卿は、週に一度の夜会に俺を連れ歩いているから。
昨年みたいに、日々催さているパーティーに出席する効率の悪さを反省し、今年はピンポイントの顔出しに切り替えた、そうだ。(補佐官談)
まあ今年は由緒正しい地主(準貴族)や新興貴族(富裕層)が多いパーティーなので、平民の俺も若干気が楽だったりする。
昔からいる貴族の方々は高尚な趣味の話ばかりでマジで有閑倶楽部な面々たち。
俺とか全く話せる接点が無いので悪魔エイム卿の影に潜ませて貰って居た。
仕事などしているエイム卿に心からの同情と憐れみが彼等の言葉や表情の端々に感じ取れたのだ。
まあアレに比べたらジェントルマンの彼等の言葉は分り易くて有難い。
さて、本シーズンのお題は穀物輸入取引自由化だ。
現在グレタリアンでは自国の農業を守る為と言う名目で馬鹿高い関税を輸入穀物に掛けている。
俺的意見を言わせて貰えるなら穀物への高関税は大賛成なのだが、ただ無計画に安価な労働力だとして大量に受け入れた移民の所為で、ロンドではヤバイ位に穀物が足りない。
その為に政府が関税安くして輸入穀物を仕入れようと法案提出するのだが悉く議会で否決される。
そしてエイム卿の囁きで知ったのだが実はグレタリアン財政も大ピンチだった。
あんなに一杯の植民地があるのにね。
此れで凶作にも成ってしまえば輸入も出来ずに飢えた人々の暴動待ったなし。
つう相談を現政権与党の首相にされて、暴動とかに成れば「すわっ、ジェロームの危機だっ!」と何処までもブレ無いブラコン愛一筋のエイム卿が動いているのだ。
いやー緑藍なら襲って来た民衆に銃乱射すっから大丈夫だろう。
寧ろ俺の危機じゃん?
そんな訳で反対派議員達の牙城地主クラブの話を聞いて対策なう。
でもって取引自由化推進派の新興貴族クラブにもっと応援するよーと後押し中。
与党の首相って地主クラブの一員なんすけどね。
俺はエイム卿に囁いた意見を、優しい対人語に翻訳して話したり、補佐官に資料や法律の説明をエイム卿からパスしたりしている。
そしてその内にエイム卿からの俺の紹介が変化した。
「私のジャックだ。」
ええー、ハイ、俺はもうエイム卿からの其れを聞かなかった事にした。
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アリロスト歴1888年 8月
探偵ジェローム事、緑藍はシェリーの友人マーサを騙していた性悪共を突き止めた。
って言うかシーズン中に丸で連絡が取れなくなり不安になってマーサはシェリーを頼って来たのだ。
シェリーはマーサを慰めてジェローム探偵事務所の黒檀の扉を潜らせた。
御相手は何と元ランダ王家の血筋らしい。
モウスニア帝国との独立を果たしランダ王家の再興をする為に日夜勤めているのだとか。
「へー(棒)。」
「ジャックさん、真面目に聞いて下さい。」
「いやー、真面目につうてもさー、まあ万が一ランダ王家が復活するとしたら、正当な血筋はフロラルスに居るから、それ以外の王族は無理だよね。エル5世の妻がランダ国王女だし、今更復興王朝なんてランダ国民は殆ど望んでないと思う。」
「まあジャックはヨーアン諸国に詳しいからジャックが言うなら間違いないよ。」
「そ、そんな。」
「マーサ、大丈夫?」
金銭的被害は10ポンド位だと言う。
建て替えたり少し足りない分を出した位だとマーサは話した。
肉体的被害も在ったみたいだが其れについての言及は避けた。
まあ大凡は緑藍が相手を突き止めていたので俺と緑藍2人に成った時に相手の素性を聞いた。
何方もフォック大学に通う新興貴族の次男、3男の悪ガキ3人組だった。
少し知恵が働く3人組はナンパするのに文通を使うようになった。
案外面白いように引っ掛かるので、その中のボス的1人が難易度の高いハントへと挑んだ。
それがマーサだった。
マーサの気を惹く為にマーサの書く感想を言葉だけを変えて同意の文面で手紙を送る。
軈て直接マーサと手紙の遣り取りをして会うようになった。
そこで自分の素性を語る時に出来るだけドラマティックな物語にして話した。
本物っぽい噓を言うより、女性は王子様とか悲劇を信じると言う恋愛指南書に倣ったらしい。
、、、、、えっ、王子ってポイント高いのか?
俺はリアル王太子の頃はダンスの相手も居なかったけどな。
皆18歳のガキだったらしい。
末怖ろしいわ。
その悪たれ3人組は悪魔エイム卿の本拠地で使えるように成るまで再教育をするらしい。
エイム卿は、騙された女性へのフォローも補填もしないと言う。
勉強代だと言うが精神的な支払いが大き過ぎる気がするのは俺だけか。
ただ文通での婚約者探しへの注意喚起はヤードから為された。
そして憤慨しまくるシェリーが居た。
だが其処へ貫禄増し増しのクロエが事務所へと珈琲を持って現れた。
「さてジェローム、是でシェリーの件は片付いたわ。いい加減に切り裂き魔を逮捕して頂戴。また1人被害者が増えたの。」
「うーん、、、。遣ってみるけど少し時間が掛かるよ?サマンサ。」
「有難うジェローム。御免ね無理を言って。何時もは事件とか気にしないけれど、私は此の強張った街の空気が苦手なのよ。お願いね。」
「了解したよサマンサ。何時も世話に成っているしね。」
「ジェロームさんが探偵として始動開始ですか?」
「サマンサ、シェリーの監視を宜しくー。」
「ええ、勿論。ジャックもシェリーの監視を手伝ってね。」
「おっけーっ!」
「ええー、なんか皆さん酷く無いですかー。」
今年のバカンスも後5日で終わる、シェリーの家庭教師の休日も。
ロンドのタウンハウスが使用出来ないシェリーの友人のマーサは、騙されたのが事実だと知って倒れ込み、其の侭シェリーの部屋に滞在していた。
まあ、今は1人でいるよりシェリーと一緒にいる方が良いだろう。
クロエを挟んで緑藍とシェリーが子猫の様にじゃれ合って居た。




