兆し
アリロスト歴1888年 1月
ベラルド伯爵領地の領都は街つうより町な規模でのんびり長閑で俺的には好きだ。
郵便物を取り扱える珈琲屋兼酒場なんかがポツポツ在って教会、病院、日用品商店、肉屋なんかが町の中央にある十字道路沿いに建てられている。
ウィルがいうには農園や農家の人々、山で生活を営む人が多いので見るには面白みが無いね、と自嘲するが何を仰るウサギさんだよ。
農作物や牧場(肉)が身近にある場所で生活するのが俺には大事なんだよ。
俺はウィルに農作業したいから土地を貸してくれと頼んだのだが却下された。
俺には似合わんと言う。
全くさ、似合う似合わんで仕事を決めれる程、俺って贅沢な身分じゃないんだよ。
エイム卿の庇護を外れたら、俺って宿無し職無し学歴無し、なのな。
つう訳で、俺は今蹄鉄作りに励んでいる。
昔取った杵柄でタンタンタン遣っていると一心不乱になれて心地良い。
うん、やっぱり俺って物造りするのが好きだ。
何か錠前や爪切り造りで四苦八苦していた頃を思い出す。
楽しんで錠前なんかを作っていると、ウィルが此の鍵を開けれるかと鞄に付けられた鍵を見せるので、俺は手で触れながら構造を探る。
大体掴めたので10日程かけて合鍵を作ってみせた。
「凄い凄い!」
そう子供の様に燥ぐウィルの頭を俺は「ヨシヨシ」と撫でる。
「犯罪に使うなよ」そう俺は念を押してウィルに合鍵を渡した。
何時までも領主館の客間住まいも申し訳なくて、金も在るし俺はウィルに空いていた貸別荘に移ることを申し出た。
まあ3年少し?
エイム卿からの給金+囁きの口止め料が支払われて、ロンド以外だったら余裕で屋敷が買える金持ちに俺は成っていた。
俺も流石に根無し草の生活に少し疲れて自分の場所が欲しくなったのさ。
俺好みの馬も手に入ったしね。
栗毛なんだがちょっと拗ねた目付きが、知り合った当初のレコに似てて、思わず俺は、「レコ」って名付けたよ。
ウィルが早めのクリスマスプレゼントだと言い張るので貰って於いた。
その内にウィルが欲しいモノでも見付けたらお返しのプレゼントをするつもりだ。
もう可愛くてさ、朝晩と世話してるんだよ。
声に出しては話し掛けれ無いけど心の中でグレタリアンで起きた事を「レコ」に報告している。
まあ「レコ」が側にいる所為か、余りロンドへと帰る気もしなくて、貸別荘への引っ越しをウィルに提案してみた。
ははっ、嫌だと断られた。
でもって俺が得意の折衷案で領主館の離れにある部屋を家賃を支払って借りる事にした。
まあね、自分の部屋なら家賃を払わないとさ。
その代り部屋の中を俺好みに改造しても構わんつう事にして貰った。
友人5号のジョンがウィルが寂しがっているとボヤくが取り敢えずは俺の忠告を受け入れ来年婚姻するかも知れんのに、男友達が絡んでる場合では無いと言う話だ。
兎に角、緑藍以上に密着接触が激しいウィルなんだ。
緑藍に密着されてもピクリとも感じないが、ウィルは偶にヤバイ時もあるんだよ。
うーん、ウィルは可愛いんだよなー。
そしてルネに似ている所も何か俺を刺激するんだよ。
頑張れ、俺の理性。
でもって「レコ」いざという時は俺を助けてくれ。
せめてアブな体験をする前にジャックの童貞を捨てさせてくれ。
今年ロンドへ戻ったら緑藍に相談して誰か彼女を紹介して貰おう。
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アリロスト歴1888年 2月
兄との約束通りにタウンハウスでの晩餐会、つっても俺と兄だけ。
まあ給仕はいるがな。
一先ず、エリザベート王女へプロポーズし受けて貰えたのだとか。
皇帝はアレ(11歳)だし承認させたい人間も居ないので6月に教会で婚姻式を上げるらしい。
勿論、オーリア帝国のエリス・ノーファ伯爵令嬢として兄と婚姻する。
暫くは此のタウンハウスでラブラブ新婚生活だ。
グラッチェだよっ!
「そう言えばカプチーノホテルでブルーダイヤ盗んだ人は如何なった?」
「ああ主犯は如何やら客室見習の女だった。共犯は彼氏の客室副主任だ。」
「へー随分詳しく判ったね?まさか取り調べを?」
「ははっ、まさか。彼女達は一応犯人つまり自分達の身替りを見付けて置いたんだ。女が宝石を盗んだ後に男に渡した。きっと男は隠し場所に困って鶏舎でガチョウに飲み込ませて置いたんだろう。何か目印でも着けてね。その隙に女は用意して置いた前科持ちのポーターが宝石を盗んだのを見たと騒いだ。」
「ああー、前科があったら間違いなく収監され裁判だね。」
「そうだ。だが賢き我が婚約者殿は、そんな宝石など持って居ないと答えた。」
「ふふ、盗んだ筈の宝石の存在を否定されたんだね。」
「そーだ、其処で主任が来たので女が自分が持って居ない宝石を盗まれたと証言されて困っていると抗議したんだ。そこで女は自分の勘違いだと謝罪しポーターにも詫びたそうだよ。」
「まあ女にしてみれば損は無いしね。」
「ああ、しかしそのガチョウは数奇な運命を辿りジェロームの元へとやって来た。」
「あははっ、うん、油が乗っていてとても美味しかったよ。」
「それは何よりだ。」
「まあ、でも私の親しい友達にはカプチーノホテルに宿泊しない様に忠告しておくよ。」
「うん、そうだな。」
俺に似た淡い金糸の髪をきっちりと纏め、一部の隙も無い正装に身を固めた兄が、美しい所作で晩餐を食べ進めて、時折に俺を見ては微笑む。
ふむ。
如何見ても兄の方が謎を解く探偵に相応しく見える。
憎たらしい兄だが、その兄の両肩には有能な人々の人生が乗っている。
祖父や父の代で作り出したエイム卿の部下達。
其の人達の役職や職を守る為に兄がいる。
そして此の屋敷や領地の本邸を守っている人達や家族をも兄は守っていた。
そんな訳で、兄はエイム公爵以外には成れないのだ。
俺の愛した光明兄さんが真龍国皇帝として生きて行くしかなかった様に。
まあ、俺はもう二度と御免だけどな。
ふと、どんな風に兄がエリザベート王女へプロポーズしたのかが気に成ったけど、俺は被りを振って赤ワインを飲み干した。
まあ、それは2人の想いと、スペシャルなメモリアルと言う事で、他人の俺が知る必要の無い事だ。
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アリロスト歴1888年 3月
クロエが珍しく探偵事務所の応接セットの椅子に座り、トマスが並べた新聞を眺めてまったりと紅茶を飲んでいる。
サマンサ事クロエと言う女性は俺の一声で探偵会社を設立したかと思えば彼方此方に顔を繋ぎ、ついこの間は「簡単窓掃除ワイパー」やら「高枝切鋏」何かを開発して「エイム商会」つうフザケタ会社を兄と共に経営、そしてトマスとクロードと言う手伝いが出来たとは言え、112Bの家事全般を熟すと言う重度の労働マニアなのだ。
過重労働の理由を聞くと「ジェロームもジャックも働かない、経済観念が無い、そんな2人の老後を看る事を考えたら、私が元気な間に稼いで於かないと」つう返答だった。
まさに俺達のグランマ・クロエ。
いやジャックは知らんが俺は資産在るからね、一応。
「珍しいね、サマンサが2階でゆっくりしているの。」
「それはね、ジェロームが働かないからよ。」
「いやサマンサ、前にも説明したけど私には資産が~。」
「そうじゃ無いわよ。ジェロームが切り裂き魔を捕まえないから1人で居るのが怖いって、私は言ってるの。」
「いやサマンサが怖がってると俺、初めて聞いたし。大丈夫だってサマンサ、被害者は娼婦で時間は夜だけ。それに外出する時はトマスが就いてるだろ?」
「でも前の2件はジェロームは違うと言うけどもう4件よ。犯行声明も出てるし。」
「あー、俺を捕まえて見ろ、ヤード諸君だっけ?」
「もういつもみたいにパッパと3分で解決しなさい、ロンドの街がピリピリして嫌な感じなのよ。」
「私は3分で事件解決なんてした事ないけどな―。まあ街がピリピリしてるのはヤードが序に移民を厳しく取り調べているからだろう。ロンド市民も移民に対して視線が厳しくなったしな。」
「まあ逃げた男が異国語を話してたという噂が出回ってるから。」
「逃げた男ねー。まあサマンサの為だ、気に留めておくよ。今、私は此の新聞の方が気に成っていてね。」
「んー、ああ労働者月報よね。別に変な事は書いて無かったわよ。今月は労働者の権利を訴える為に労働者の議員を議会に送ろうと言う特集よね。打ち壊し運動みたいに暴力的じゃないし。」
「まー、そうなんだけどなんつーのかな。計画的?労働者とは?が前々回、労働と対価が前回。分り易い文章と挿絵付きだろ?共産思想の誰か教授でも書いてるのかな?」
「別に間違った事を述べて無いし。どっちかと言うと今までの議会が可笑しかったのよ。」
「あっあっあーっ!」
「な、何よ、ジェローム人を指差して。」
「そうだよそうだ、それを大衆に気付かせたかったんだ。流石だよサマンサ。」
「ありがとう?」
「いやー、遣ってくれるよ労働月報。兄は気付いてるだろうなー。」
「ん?悪い事なの?」
「いやグレタリアン社会に取っては良い事かもな。」
「うわー、嫌そうな声と顔。」
「まーね、ああ、俺ジャックに手紙書いてくるわ。」
「ジェローム、俺って言ってるわよー。」
「コホン、私だな。」
俺は、引き出しを開きエイム家の透かし彫りがある白い便箋を取り出し、ジャックへ手紙を綴った後に大学へと足を延ばした。
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アリロスト歴1888年 4月
両親が生きてた頃にロンドで良くお茶会をしていたマーサの家に久しぶりにお呼ばれしていた。
男爵家の4女で持参金とか用意して貰え無いから絶対に嫁に行けないと騒いでいたのを想い出した。
5年前まで私は政略結婚するモノと思っていたから茶会で零す彼女の愚痴をただ笑って聞いていた。
そんな私も今年で21歳に成る、婚姻予定はありません。
112B、アソコにいると美的感覚が可笑しくなる。
何時まで経っても目が慣れない位に美しいジェロームさん。
それに大人の色気を足したエイム公爵。
そして品が在って綺麗なジャックさんに、魅惑的なクロード。
えーとセインとトマスは、まー人それぞれで、ね?
案外、今だったらパーティーに出ても緊張しない自信がある。
私ってばジェロームさんがジャックさんに抱き着いてキスをしているのを見て何度、顔をが熱くし、動悸を激しく脈打たせた事か。
「いい加減に慣れなさいよ。」
そうサマンサさんは言って笑うけど無理です、私は慣れれません。
まあ色々な意味で規格外な人ばかり。
でも楽しいです、とっても。
両親が亡くなって寂しがっている暇なんて無いぐらい。
エイム公爵が弟の為に私が書いた「青火花草の企み」を過剰に宣伝してくれたお陰で変なお見合い話とかも在り一時は騒がしかったけど今は落ち着いて家庭教師の仕事を頑張れている。
本当はずっとジェロームさんの傍で秘書をしたかったけど、駄目ですね。
私が妙にジェロームさんを意識してしまいアワアワしちゃって去年は大失敗してしまった。
クリスマス休暇に成る前にジェロームさんに謝らせてしまった。
んー、ジェロームさんを意識する此の感情は、恋愛とかじゃ無いって思いたいなー。
だって不毛だもん。
全くねー、男女見境なしにあー言う事しちゃう人なんですよ?
私は、ジャックさんみたいに広い心で「よしよし」とか言って、ジェロームさんの頭を撫でてなんてあげれない。
まあ、私に撫でて欲しくなんて無いだろうけど。
うん、今の私には、ジェロームさんやサマンサさんそしてジャックさん達3人が寄り添っているあの暖かで心地良い空気の中に入れて貰えてる事が、一番に大切な事なの。
きっとあそこに集う人達は、エイム公爵を始めとして、あの3人の陽だまりの様な空気に触れていたいのだ、と私はそう思った。
兄弟3人姉妹5人いて両親と祖父母がいて計12人の大家族だったシーエル男爵家。
グレタリアン北西部で羊毛の為に良い羊を生産していて、其れが認められてオルテシア皇帝から爵位を賜ったとマーサが話してくれた。
「貴族令嬢とか柄じゃ無いのよね。」
社交デビューで仲良く為ってバカンスシーズンでロンドに居る間中2人で会ってお喋りしていた。
華やかなロンドの少女たちに2人してビクついていた。
今から思えば何があれ程に怖かったのかしら?
別に意地悪された訳でも無いのに。
玄関ホールに飛び出して来たマーサは綺麗なマロン色の髪を編み込んでいた。
3年ぶりに会う彼女は少し大人っぽく成っていてシックなグレーのドレスを着ていた。
「久し振りマーサ、綺麗になったわねー。」
「シェリーもよ、元気にしていた?」
挨拶を済ませるとマーサは私を自分の部屋へと案内してくれた。
数年前には彼方此方にマーサの姉妹兄弟の気配がしたのにシーズンオフの所為か静かだった。
そのことをマーサに話すと長男以外の兄弟は軍へ末の妹と自分以外は皆婚姻したと話した。
次女以外の姉妹は皆が庶民と婚姻したと言う。
次女は今流行のプチブルと婚姻したと笑った。
「家族が減った所為もあるけど今ロンドの土地が足りないでしょう?だから此のタウンハウスをアパートにして、必要な時に私達はアパートメントの一室で過ごすらしいわ。」
「まあ、此処を?」
「ええ此処に来る途中も結構建設中の建物が多かったでしょう?」
「そう何だか勿体ない気もするわ。」
「まあでも由緒ある貴族家の屋敷は其の侭だしね。今は貸家暮らしの貴族も多いのよ。」
「そう言えばそうね。私が間借りしているお宅もそうね。」
「何を言っているんだかシェリーは。エイム公爵家のブレード街なんて高級地区じゃない。住みたくても住めないわよ。紹介審査も厳しいし。」
「あー、家主のサマンサ・シュリンク夫人が私の親戚だったのよ。」
「成程ねー。」
「なーねー、若しかしてマーサが綺麗に成ったのって婚姻が決まったの?」
「ん-、そうとも言えるし、でも秘密だって言われてるのよ。」
「ふーん、取り敢えず相手がいる事は判ったわ。おめでとうマーサっ!」
「ふふ、有難う。難しい立場の人だから。」
「ええ妻が居る人じゃないよね?」
「違う違う。まあもう少し落ち着くまでは私が支えて上げないと。」
「まー、詳しくは聞かないけど困ったら相談して。お金の相談以外なら乗るから。」
「シェリー確りしたわねー。」
「いやー同じ下宿に住んでいる人がね言ってくれたの。大切な人ほど金の貸し借りはするな、貸す時はそのお金を上げなさいって。それが出来ないなら初めから貸しては駄目だって。」
「えー随分と男前な台詞ね。」
「いえ男でジャックさんて言う人なの。」
「ええー男性とも住んでいるの?」
「うん、私は家主のサマンサさんと同じ一階で男性3人は2階に分かれているのよ。あっ、今は1人結婚したから男性2人ね。」
「シェリーこそ、そのジャックと言う人と?」
「あーないない。それは絶対にない。」
「ふふ、ホントに無さそうね。」
「はい、でもマーサの家庭教師先って少し田舎の地主さんだった?ええー何処で知り合うの?やpっぱり休みの日にロンドで?」
「うーん、うん、コレは言っても良いかな。初めは読書感想コーナーでの文通だったの。」
「えーえ、文通?」
「そうそう。日頃は勉強とマナー教えたら何もすることが無くなるし小説を読むしかすることが無いでしょう?それで読者コーナーに感想を書いて送ると雑誌に載るように成って其れで手紙が来るようになったの。」
「それって怖くない?知らない人から手紙が来るって?」
「うん、だから最初は出版社経由で遣り取りしていたんだけど、その人とは何回か遣り取りするうちに、あー合うなー私と同じだーと思うように成って直接、遣り取りするようになったの。」
「へー、面白そうね。それで直接は会えたの?」
「うん、本当に素敵な人で、、、、。」
そう言って、はにかんでマーサは幸せそうに微笑んだ。
「今は事情が在って余り話せないけど、数か月後にはシェリーが嫌になる程聞いて貰うわ。」
マーサが嬉し気に私に語った。
私も嬉しくなって婚姻するときは絶対に教えてねと、マーサに念を押して下宿へと戻った。
帰宅して1階談話室へ行くとジェロームさんとサマンサさんがカフェオレを飲んでいた。
私にもサマンサさんがカフェオレを淹れてくれた。
私はジェロームさんとサマンサさんに今日マーサが話してくれた事を語った。
「あー、騙されたな。」
「騙されてるわね!」
2人にそう声を揃えて指摘された。
若しかしてマーサは騙されているの?
私は幸せそうに微笑むマーサの顔を想い出して一気に胸が痛く為った。




