遠いメロディ
アリロスト歴1887年 9月
秋も深まった頃、エイム卿から解放された俺は一階の談話室で曾孫ウィリアムを出迎えた。
久し振りに会うウィルは春に別れた時よりも表情や肉体が引き締まったように見えた。
「ジャックは元気だったかい?」
「ああー、まあね。ウィルは痩せたと言うより大人っぽくなったな。」
「ふふ、ジャックに大人っぽいと言われるのは照れるね。」
そうお道化てウィルは人好きのする笑みを俺に向けた。
うっ、そうだった。
俺はウィルより結構年下だったんだ。
どうも俺はウィルを曾孫だと考えている所為で祖父目線で見る癖がついている。
ウィリアムはイラドから商品が届いた序に商人から聞いた話を俺に伝えた。
如何やら山を越えて、まだ植民地白地図状態のイラド北東部へルドア帝国が侵攻していると言う。
今まで地理的にイラドへの侵攻が難しかったルドア帝国だがトルゴン帝国から分捕った、嫌、割譲させた領土からならイラドへの進軍も可能に為った。
ルドア帝国なら植民地と言うより農奴を移住させる領土拡大だろうな。
俺の脳内で世界地図が書き換わった。
「イラド中央地域に侵攻していたグレタリアン軍は動けない様で後手に回っているそうだ。」
「あー、疫病の所為だな。イラドにあるベラルド伯爵領地では大丈夫なのか?」
「ええ、我が家の領地は中央にある平地よりかなり離れた高地にあるので大丈夫だったと話していた。ただ輸送路が寸断されている状態なので、風土病が落ち着くまでは中南部地域の物品が、グレタリアンに届くのに時間が掛かるだろうね。」
「まあ、それは仕方ないかな。」
それからウィルは養父母が生きていた頃に滞在したイラドでの思い出を俺に語った。
豊かな植生を養父と共に調べ歩いたり、珍しい鳥を追い掛けて迷子に成って養父母に心配させた話。
どの話にも血の繋がりは無いが信頼し合って家族として生きていたウィルと養父母の姿があった。
俺は幸福な曾孫ウィルの昔話を聞いてホッと安心した。
やっぱりね、養子って聞いてたから俺は少し心配だったんだよ。
実の親子でも此のジャックみたいに父親との仲が最悪な場合もあるしな。
家族って言うのは血だけでは無いのかも知れない。
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メクゼス博士を僕は無事にイラド行きの船に乗せてた。
そして僕が領地へと戻った後に、パブでばら撒ける様に「労働者新聞」の手配を終わらせた。
如何にもならない力で押え付けられ衰弱して行く人々。
僕は養父母の死後ロンドで飽きる程その光景を見て来た。
そして疲弊し諦め切った人々の中に、稀に自分たちを不幸に陥れた敵を見定め、倒すべき時期を待ち爪を研いでいた人もいた。
そんな人達に僕は僅かばかりの手助けと資金を用意した。
立ち上がった人の目は力が宿り美しく思え、この強張ったロンドの地に風が吹くのを感じた。
僅かに吹く風を求めて人助けをしている時に、僕はジャックと出逢った。
倒れそうなジャックを抱き支えて、僕が手助けした復讐者オラン・ホールを現場から逃がす為に馬車までジャックを送った。
如何やらオラン・ホールは妻の形見の指輪を探していて事件現場から逃げ遅れたようだった。
その時に僕が触れたジャックの身体は懐かしく、そして手放し難い感覚に僕は戸惑いながら、馬車で去り行くジャックを見送った。
また再び会う事を僕は願って。
平民だと言って知り合った当初は僕と距離を取っていたが、会う度にジャックの瞳は柔らかくなり優しく僕を受けて入れてくれるようになった。
僕の異質な過去を知っても当たり前の様に受け入れて美しい笑みを見せ黙って話を聞いてくれた。
過去の話をしたのはジャックが初めてだったけど、僕は彼が裏切らないと信じ切る事が出来た。
そうこんなにも僕と心が重なる人間は養父母以来だった。
僕よりも7つも年が下なのに話をしていると時折老齢な人と会話しているような気持ちにも成る。
ジャックも何処か異質なのだ。
オーシェで育った僕がこのグレタリアンで異質なように。
まるで違う筈なのに僕とジャックは何処か似ている。
離れ難い僕の特別な人。
大切な僕のジャック。
美しいジャックが生きるには此の国は汚れ過ぎて倦んでいる。
せめてジャックの為に僕が風を吹かせよう。
僕はジャックの住む地を少しでも良きものにしたいと願い、次の計画へと移るのだ。
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アリロスト歴1887年 11月
「ヤッター!明日からウェットリバーだぜ、ジェローム。」
「はあー、そんなに兄の傍が嫌だったのなら、迎えに来てもジャックが無視すれば良いのに。」
「エイム卿にそんな怖い真似が出来るのはジェロームだけだからな。つかサロンに行ってもゲスト達も目を背けてる位なのに。」
「まあそんなジャックのお陰で約半分の兵士がイラドから撤退出来るみたいだし、兎に角お疲れ。」
「俺には全く実感が沸かないけどな。エイム卿の囁きの合間に紳士たちと挨拶しただけだし、頑張ったのは補佐官達だと思うわ。」
「ふふ、でも役立ったのは事実だし、来年も兄から依頼が来るかもよ。」
「もしそうなったら俺、2度とロンドには戻らん。」
「ええーやだよー、私やサマンサが寂しいだろ。」
「お前は身軽なんだからウェットリバーまで会いにくれば良いだろう。」
「まー、そうなんだけどな。ふふ。」
明日、俺はジョンと一緒にウィリアムの待つウェットリバーへと向かう。
秋の中頃に一度ウィルは俺を迎えに来たのだが悪魔エイム卿との契約期間だったので取り敢えずは帰って貰った。
ジェロームの言う通り、別に確りとしたエイム卿との雇用契約でも無いのだが、何となく約束した事だったので期間までは務めを果たす、てな感じになった。
別れ際にウィルには「無茶をするなよ」と言って於いたのだが、何処まで伝わっているかは謎だ。
でもまあウィルもいい歳なので、十代のやんちゃ坊主の様な真似はすまいと、俺は信じている!、からなウィルよ。
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「そう言えばジャック聞いてよ、先日面白い依頼人が来たんだよ。」
緑藍が整った顔を意地悪く歪めて楽しそうに俺に話し始めた。
何でもその依頼人ロドニー・カラックは絵具会社の副経営者で今年無事に引退したのだが妻は愛人と共にロドニーの資産を盗み出して出奔したと言う。
哀れ年老いたロドニーは妻も老後の貯えも無くし独り寂しく余生を送るのか。
せめて財産だけでも取り戻したいと、緑藍に妻の行方調査を依頼して来た。
日頃は殺人以外「ノーサンキュー」だった緑藍だったが、シェリーに押されてロドニー邸に調査へと向かった。
(この頃は、シェリーがまだジェローム探偵事務所にドカリと居座っていた。)
テルモー駅で降りて馬車で依頼人と共にロドニー邸へ向かった。
緑藍が犬のいない犬小屋の側を通り抜け、全く手入れのされていない雑草が茂る裏びれたロドニー邸に入ると、屋敷の中は気分が悪くなる程のペンキの臭い。
依頼人ロドニーに事情を聞くと気分転換に壁や床に新たな緑のペンキを塗っていると答えた。
緑藍は妻が消えた日と妻の実家を聞いてペンキの悪臭で吐く前にロドニー邸を後にした。
その後、妻の実家へ緑藍が伺い妻の性格と人物素行調査。
ロドニーから妻の捜索依頼を受けていたレイド警部にもロドニー・カラックの人物調査を依頼した。
妻はロドニーの職場の部下だった女性で30歳年下。
妻は肖像画を見る限り、見ようによっては美人と言えない事もないらしい。(緑藍談)
いや、俺は妻の容姿とか気にならんし、30歳も年下?だから何?ってな気分だよ?
愛人が居たのは事実でロドニー邸近所に住む医師が愛人だったそうな。
そしてロドニーは病的な程の吝嗇家で近所では妻に同情的だったとか。
緑藍はベンチ巡査に頼みロドニーを屋敷から離し、レイド警部達に屋敷内を捜索して貰った。
特に新たにペンキを塗った床の辺りを。
かくして、妻と愛人の遺体を掘り当てたレイド警部達は、ベンチ巡査と共に帰宅したロドニーを確保した。
「まだ妻と愛人殺しは否認してるらしいけど、もう直ぐ自供するよ。」
「まあ、お約束で聴こう、ジェローム何故だい?」
「レイド警部が犬小屋を分解してロドニーが隠していた有価証券や貸金庫のカギを見付けたからね。例え殺人の自供は無理でも、保険会社からの詐欺罪では有罪に成るよ。ご丁寧にロドニーは資産盗難保険の保険金申請をしてたからね。」
「意味が分らん。何でロドニーは探偵事務所に捜索依頼するかね?ヤードだけなら未だしも」
「私より自分の方が凄いとでも考えたんじゃね?一応探偵ジェロームは有名だから。」
「やだなー、犯罪者に張り合われるのって。つかグレタリアンって新教徒だから離婚が許されるじゃん。殺すぐらいならとっとと離婚して次の女に行けば良いのに。妻の不貞なら財産分与も不要だろ?」
「はあー、これだからジャックは。皆がジャックみたいに見目良く生まれて無いんだよ。」
「それジェロームに言われると嫌味にしか聞こえん。」
「まっ、はい次って行ける容姿では無いのだよ、ロドニーは。で、病的な吝嗇家だと話しただろう?恐らくそれは人間にも当て嵌まるのじゃ無いかと思う。自ら手に入れたモノへの執着とかね。」
「うわっホラーだ、怖いわ。」
「妻が財産を盗もうとしたか如何かは分らんが、愛人と逃げようとは、したのだろうね。ロドニ邸にある古井戸に捨てられていたモノには妻と愛人の手荷物も在ったからな。」
「はー、やだやだ。どっちもなっ。」
後日、ウェットリバーの屋敷へ緑藍から手紙が届いた。
まあ数日遅れで新聞が届くから「ジェローム探偵、恐怖のカラック屋敷の謎を解く。」てな事件報道は、俺も読んでいた。
犬小屋を分解して見付け出した有価証券と貸金庫のカギを容疑者ロドニー・カラックに取調室で見せると、顔を真っ青にした後、其の侭意識を失ったそうだ。
そして意識を取り戻したロドニーは訳の分からない譫言を話し出したと言う。
現在は精神病棟へと移送されているらしい。
遺体が発見されるよりも、隠していた財産を見付け出された方が、ロドニーにとっては精神的ショックが大きかったのかと思うと、何だかやるせない思いに俺は包まれた。
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ジャックに言わせると純で可愛らしいシェリー嬢?
探偵趣味が収まったら曾孫ウィルの嫁にしたいらしい。
何処までも祖父目線な弱化24歳の精神性年寄ジャックの意見はさて置き、俺に言わせると好奇心旺盛なおバカなガキのシェリーが、赤い巻き毛を振り乱し俺に詰め寄る。
「なんで私のいない時に事件を解決しちゃうんですか?」
「はー?仕方ないだろロドニーの屋敷捜査する時シェリーは、アリッサの所へ行ってたんだから。」
「わ・た・し・が、ロドニーさんの妻探ししましょうとジェロームさんにつ・よ・くアドバイスしましたよね?レイド警部に説明する時に私を呼んでくれても良いんじゃ無いですか?」
「はあーウゼー。良いか?ジャックも俺の助手であるセインも別に呼んでいないのに何故只のサマンサの親戚つうだけのシェリーを呼ばないといけない?もう少し立場を弁えろシェリー。」
言い終わって俺は言い過ぎたー!と思ったが、シェリーに謝るつうのも変な話だし最近暴走気味な態度にも少しムカついて居たので、何となく互いに距離を取りつつ過ごした。
クロエはニヨニヨして俺を生暖かく見ているだけ。
セインは子供が生まれるのに無職なんて!と知人宅を周り求職中。
いや、セインは医師免許は持ってるんだから無職ではないだろう、給与が無いだけで。
でもって滔々兄がジャックの有能さに気付いて抱え込み始めたし、唯一の救いはジャックの肉体が冬のロンドに耐え切れないので完全な手駒に成らず、無事兄からエスケイプ完了。
何となく不完全燃焼な気分の侭、日々を過ごしているとシェリーが、カヴァネンス(家庭教師)の仕事を見付けて来た。
あー見えてシェリーは元々が貴族令嬢だし、エイム公爵家のお墨付きもあるし、俺も別にまー良いんだけどね。
ジャックにシェリーの事を話そうとも思ったけどアレ?何を話せば良いんだ?
そんな事を考えていると、シェリーと揉めた大本の事件、ロドニー・カラックの犯行を1からジャックに説明する始末。
結局なんでこんなに高々ガキのシェリーの事で俺が悩んでいるのかと、馬鹿々々しくなった。
何故だろう。
もうすっかり忘れ去ったと思って居たのに。
不意に俺の脳内に前世の曲が響いた。
霧で白く曇る11月のロンドに流れる遠いメロディ。
仕方ない、
明日シェリーが帰宅したら謝ろう。
そしてその後、何時もの様に、
「おかえり」
そう言ってシェリーを出迎えよう。




