ライバルは怪盗バート
アリロスト歴1887年 6月
レリーフ地区の工場閉鎖が齎したモノは、機械破壊活動へ関わった者への厳罰化だった。
破壊活動へ関わった者は死罪と言う法案が可決された。
また、破壊活動を主導する人間を密告すると多額の懸賞金が与えられることが決まる。
そして逮捕された16人は次々と絞首刑に処された。
そんな矢先にスチュアート3世皇帝崩御が伝えられた。
後継者は3世の孫にあたり現在10歳。
孫の母親が摂政に就いた。
エイム卿とジェロームを含むその一味は、只今魔界バレン宮殿へと御招待されている。
俺はと言えば、俺の付人と化している5人目の友人ジョンと、1階の談話室でまったり珈琲タイムを愉しんでいる。
世の中が騒がしくとも俺が出来るのは友人と珈琲を飲むことぐらいだ。
そうそう5人目の友人とジョンを呼んでるが、俺が勝手に認定しているだけなんだけどね。
1人目は言わずと知れたジェローム。
2人目は精神的グランマなサマンサ
3人目は曾孫ウィルことウィリアム。
4人目はブラコン最強の悪魔エイム卿。
そして5人目がジョンである。
まあ、彼等がもしも困ったことが在れば怠惰な俺も少しは頑張って助けたい。
そんな細やかな決意を秘めた俺の脳内フレンドリスト。
どいつも俺より能力値が高いじゃん。
はい。
きっと俺が助けるより俺が彼等に助けられてしまうんですね。
まっ、それは分かってるけど、俺の自己満足的覚悟の問題かな。
なんか緑藍が政治には関わらないと言っていたが、ズルズルとエイム家の人間として表に立つ機会が普通に増えていた。
此の侭行くとなし崩し的に表舞台へと立って行きそうだ。
まあそうなっても緑藍なら上手く回せるのだろうけど現在の奴の口癖が「手駒が少ねー。」なので、俺の知らない所で何か動いてる模様。
お陰か如何かは知らないが、悪魔エイム卿と良好な?友情?が築けている。
如何やら俺がキレてエイム卿に怒鳴りつけたのが幸いしたそうな。
他人に怒鳴られ立ち去られたのが人生初の体験でエイム卿には衝撃だった模様。
此れを精神医学ではショック療法と言う、嘘だよ、本気にしないように。
その後、エイム卿1人で色々思索し、俺がウェットリバーからロンドに舞い戻ってからは、相談の様な独り言を呟くようになった。
「相談してきて良いんだよ。」
そう内心で俺は思いながらブツブツと呟くエイム卿の囁きを聞いている。
さて一緒に珈琲を飲んでいるジョンは筋肉ダルマいや、もとい鍛え抜かれた身体をしたゴマ塩頭のオッサンだ。
サラリと下ろした白い前髪の影には傷跡があるし、顔に深く刻まれた皴は傷なのか皴なのか良く判らん状態。
ただ目尻の横皴と涼し気なライトブルーの瞳でウィルを見守る表情はとても優しい。
こんな顔と身体のオッサンが従者?と言う俺の疑問はさて置く。
なんかさ、ジョンてラゼ大佐に空気が似てるんだよ、俺を放り出して陽ノ本で逝った馬鹿爺。
ジョンも絶対にレッツパリーな戦闘馬鹿だと俺は睨んでる。
帯剣して無いのが不思議だ。
何時かジョンに剣をプレゼントしてなー、つう野望を俺は抱いてるのだけどね。
「ウィルも忙しいよね。俺は貴族は仕事をしないのかと思ってたよ。」
「ウィリアムは仕事と言うか、実はメクゼス博士をイラドへ逃がす手続きが忙しくてな。」
「ぶほーっ、ふーーっ!」
ジョンのその言葉に、俺は口に含んでいた珈琲を噴き出した。
おい、それって脱獄したメクゼス経済博士じゃないか。
「正かと思いたいけど、脱獄にウィルが絡んでたり?」
「ああ、折角の理論をグレタリアンで塩漬けにされるのは勿体ないと言い、牢から救い出した。」
「あー、馬鹿だなウィル。そんな危険を冒さなくても論文として発表された思想は消えないのに。例え著者のメクゼス博士が居なくなっても。ていうか俺に何故それを教えたんだよ、ジョン。」
「んー、まあ俺がジャックに知っていて欲しかった、からかな。」
「俺が知っても大した事は出来ないよ。ウィルが何を目指してるかは知らないけど。」
「まっ、其処ら辺は期待していない。取り敢えずは腐った林檎を枝から効率良く落とすそうだ。」
「革命とか言わないよな?」
「さあな。」
「俺の友人はエイム卿の弟だと知ってるよな。俺はジェロームとだけは敵対したくないんだ。勿論ウィルとも。そしてウィルに伝えて置いてくれ、俺は革命が大嫌いだとな。」
「昔のモスニア市民革命みたいな事はしないさ。彼も無駄な流血は嫌いだからな。ただジャックにはウィルが成すことを見てて欲しいんだ。何と無く俺がそう思っちまった。ジャックに話した事がバレたら俺はウィルに叱られるだろうな。ハハハっ。」
「笑ってるんじゃねーよ。」
俺は自分で噴き出した珈琲を手直にあった大衆紙で拭き取りながら大きな溜息を吐いた。
グレタリアン帝国など捨て置いていて良いのに、ウィルの阿保め。
精神が老いている俺でもウンザリしているグレタリアン中央に、純粋ピュアな曾孫ウィルは嫌気が差したのだろうか。
爆弾発言を噛ましたジョンは、今長閑にテーブルに残ったもう一紙の新聞を広げて読み始めていた。
俺は席に座り直して冷め切った珈琲を口に含む。
それはただただ苦くて俺には飲み込む事が出来なかった。
ワート君が落ち込んでジェローム探偵事務所へと訪ねて来た。
夫婦喧嘩と思いきや、ワート君の友人が行方不明でその相談に緑藍を頼って来たそうだ。
その友人バートはワート夫婦とも交流が在り、バートの妻カーラとワート君の妻アリッサとは友人なのだとか。
其処で妻カーラが友人アリッサに相談した。
「夫が余り屋敷に帰ってこない、愛人が居るのかも。」
病院から帰宅したワート君に妻アリッサが相談した。
「カーラが心配するから帰宅するように友人バートに話して。」
俺なら夫婦の事について、他人が関わるべきでないと妻に忠告して終わるのだが、ワート君は矢張りワート君だった。
少しズレた正義感を持つワート君は翌日勤務が終わって、妻アリッサから聞いていた友人バートの職場へ行った。
ロンドの新たな顔として金融街が作られ彼方此方で道路拡張工事をしている西セントラル通り。
その西セントラル通りから奥へ行くと、昔乍らの旧く細い路があり、其処を進むと銀行の裏手に成り、ひっそりと佇む古ぼけた質屋があった。
その質屋が友人バートの職場だった。
店に入ろうとドアに近付くと「閉店」の札が掛っていた。
ノブを引っ張っても鍵が掛かっていて開かない。
周囲の人に聞くと掃除や片付けに人は来ていたが質屋が開店して居た事が無いと話した。
「バートは失業して金に困っていたのかも知れない。」
そう言って自責の念で苦しむワート君を、ジェロームは其の侭に放置して、クロードと共に慌てて外へと飛び出して行った。
「ワート君、バートはマジで友人だったのか?」
つうてワート君に聞きたい誘惑を抑えて、俺はバートと何時友人に成ったかを尋ねた。
ジェロームの覚醒前、アヘン・ジャンキーだったジェロームをアヘン窟まで迎えに行ってた頃、正体を無くしたジェロームを連れ帰る度に良く世話に成り、それ以来のお付き合いだそうだ。
毎回アヘン窟で出会う事に疑問を持てよ、ワート君。
婚姻したのはバートが1年早く、それ以来ワート夫妻達と家族包みのお付き合いなのだとか。
バート一味、銀行から金塊を見事せしめてドロン終了。
ご丁寧に銀行の金庫室には前面の金塊だけは手を付けず、奥の壁面に開けた穴から預けられていた総量の4割り程の金塊が盗まれていた。
慎ましい怪盗バート?
ワート君の友人は怪盗だった。
その日からワート君は事情聴取とバートの似顔絵作成協力に眠れぬ日々を過ごすのだった。
当然妻カーラとワート君の妻アリッサも同様だった。
そして質屋からの地下通路を見付けただけなのに、棚ぼた式にジェロームの名声も上がった。
「又もやお手柄か、探偵ジェローム。」
実はオーリア帝国の諸侯独立運動にグレタリアンが画策して居た事を俺が知った頃、南グロリアがモスニア帝国から独立をしたのだ。
まー、アソコは難しいよな。
元々モスニア市民革命が始まる前に総本山の教会を追い払った所だもんな。
俺がアレフとして生きてた頃にヨーアン諸国もブロック化するか、そう思って居たが、結局はバラバラになってしまった。
義兄ランツ3世が目指したゲルン語圏連合国は、やっぱり難しかったみたいだ。
そして俺に画策していた事実を話している諸悪の根源が目の前にいた。
いや着手したのは軍務との外務との共同戦線らしいが。
「ふーっ、」
そう大きな溜息を吐いて此方を見る悪魔エイム卿閣下。
あのう、溜息吐きたいのは俺なんだがな。
グレタリアンは、全く幾つの国をバラバラにすれば良いのやら。
「そして此れからの方針だが国内の工場労働者は従順な女性と子供をメインにして、血気盛んな若年層はイラドと南カメリアへと兵として一気に出し、停滞している戦争の蹴りをつける予定だ。」
「はあー、」
「で、ジャックは如何思う。此のグレタリアンの方針は?」
「如何?と尋ねられても、俺には。」
「忌憚ないジャックの意見が聞きたい。言ってみろ。」
「はぁっー、はーあっ、では、くたばれグレタリアンっ!、てな感じっすね。」
「、、、、ふっ、くくくっくっくっ、。」
まあ何が面白いのかは知れないが、悪魔エイム卿には愉しんで貰えているようだ。
肩を震わせ笑うエイム卿の綺麗に整えられた髭も震えていた。
こうして悪魔エイム卿が俺と暇潰しに話しているのは、緑藍がハンターフィールのラース・フォール暗殺事件の犯人捜しで112Bを留守にしている為である。
少しエイム卿も成長して、2日位緑藍を見なくても発作が起きなく成ったのか、それとも本会議中なのでロンドを離れられないのか、何方にしろ弟離れの良い傾向だと思う。
緑藍が態々ロンドを離れて事件を追って居るのは、ラースフォールと同じ様に死の脅迫状を送って来られた裁判官が、ジェローム探偵事務所に相談に来たその日に殺されたからだ。
以外に負けず嫌いなジェロームが死の脅迫状を送ってる奴を捕まえてやると、蒸気機関車に飛び乗りロンドの街を出て行った。
今回の事件が起きるまで、「俺のセインに手を出しやがって。」と、緑藍は憤慨し怪盗バートの行方を懸命に追っていた。
いや、緑藍よ、手は出してない筈だぞ?
そんな物好きは緑藍、てめぇーだけだ。
そしてお供は当然クロードである。
何時も何処かが騒がしい街ロンド。
俺は気掛かりな曾孫ウィルを想いつつ珈琲を飲む。
キリリと美しい雇い主エイム卿が溜息の様な呟きを漏らすのを聴きながら。




