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11*本当の僕を

*優斗視点



 ひょう花に着いた。


 学校からそのまま、まっすぐここに来た。紺色ブレザーとグレー色のチェック柄をしたズボンの制服に、黒いダッフルコート。髪の毛もウィッグではなく、地毛を一本にまとめてある。メイクもしていなく、女装はしていない。


 今から、赤井優斗として高瀬と関わる。


 更に嫌われていそうで、学校の時以上に冷たくされないか、不安だった。


 もしも玄関の靴箱を覗いて、高瀬の靴がなかったら帰ろう。


 中に高瀬がいればいいな。

 中に高瀬がいなければいいな……。


 ふたつの気持ちが混ざり合う。


 あんまり客がいないから高瀬の靴があればすぐに分かる。玄関に入り、靴箱を覗くとすぐに見つけた。


 高瀬の黒い靴が……一番下の右端にあった。

 靴を見ただけで心臓の音が早くなる。


 高瀬騙しててごめんなさい。

 高瀬騙しててごめんなさい……。


 何回も頭の中で伝えたい言葉の練習を繰り返す。繰り返しながら高瀬の靴の横に、僕の靴を置いた。靴を置く手が震えてる。


 足湯コーナーへ向かうと、足湯に浸かっている高瀬の背中が見えた。本を読んでいる。


 どうしよう、まだ高瀬は僕がここにいることに気がついていない。やっぱり帰ろうかな……。


 でも今日は高瀬に謝りたくてここまで来たんだし。高瀬の真後ろまで来た。ゆっくり深く、深呼吸をした。そして名前を呼んだ。


「た、高瀬!」


 振り向いてはっとする高瀬。


「何でここにいるんだ?」


 すごく驚いたのか、高瀬は持っていた本をお湯の中に落とした。


「あ、やばっ。本落とした」

「あっ、ごめん……僕のせいだ、ひろうね」


 今は長いズボンを履いている。だからそのまま足は入れられない。コートを脱いでブレザーと中に着ていたワイシャツの袖を軽くまくり、長い椅子にぺたんと座ると、お湯の中に片手を入れた。


 ブレザーも脱げばよかったなと気づいた時にはすでに遅く。まくった袖は元の位置に戻ってきて、ブレザーと中に着ていたワイシャツも少し、袖辺りがベチャベチャになる。さらに濡れた袖に気を取られ、バランスを崩して落ちそうになった。


 その時、高瀬の腕が伸びてきて僕を支えてくれた。


「おい、何してるんだよ? あぶねーよ」

「だって、僕のせいで落としちゃったから拾おうとして……」


 助けてもらった状態のままで、身体が密着していた。ふたり同時にその状態に気がつき、同時にはっとしながら離れた。


「いや、俺、自分で拾えるし……」


 なんと、高瀬は器用に両足をお箸のようにして、本を挟んで拾った。それを見た僕はほうっとした。


「おかず掴んだお箸みたい……すごい、足、器用……」



 高瀬は持参していた予備の足ふきタオルの上にベチャベチャの本を置いた。そして急に、着ていた黒いパーカーを脱ぎだして黒くて薄いTシャツの姿になった。


「赤井の制服濡れてるじゃん。これに着替えな?」

「ありがとう。でも高瀬、その薄い長袖姿、寒くない?」

「いや、ヒートテックだから大丈夫」


 そう言いながら強制的に渡してきた。

 高瀬の存在しか見えてなかったけれど、改めて周りを見渡すと、まばらだけどお客はいる。ここで着替えるのは微妙かな。


「……じゃあ、トイレで着替えてこようかな? ありがとう、お借りします」


 トイレの個室に入った。


 高瀬の本、多分シワシワになるし、紙がくっついたりして、もう読めなくなっちゃうかなぁ。高瀬にとってはきっと大切な本……弁償しなくちゃ。


 でも、ハプニングが起きたお陰で気まずい雰囲気は回避出来て、起こってよかったなとも思ってしまう。


 着替えて、鏡を見た。

 高瀬から借りたパーカーは大きくてぶかぶかだった。


 さっきの、高瀬と密着した瞬間を思い出した。これは高瀬が着ていたパーカー。服なのに今、高瀬に包まれている気がした。


 鏡を見ながら長い袖をぎゅっと掴み、自分の頬に当てた。高瀬の匂いがする気がして、ドキドキしてくる。鏡の中の僕と目が合った。僕の顔が、赤い――。



 戻ると高瀬がビニール袋を準備してくれていた。


「これに制服いれな」

「あ、ありがとう」


 場が落ち着くと、再び緊張してきた。

 制服を袋に入れたあとは、謝って、きちんと話をしないと――。


 ブレザーを袋に入れようとした瞬間、ブレザーのポケットでスマホのバイブが鳴った。


 忘れてた、ブレザーのポケットの中にスマホが入ってたんだった。スマホ、濡れなくてよかった。


 ポケットから出し、画面を確認するとばあちゃんからだった。


「もしもし、ばあちゃん、どうした?」

「あのね、ゆきちゃん、いなくなった……」

「えっ?」

「ゆきちゃんがね、家から出てって、いないの」


 震えるばあちゃんの声。


「分かった。待ってて今すぐ帰るから」


 急いでコートを着た。


「ごめん! 高瀬と真面目な話をしたいけど……帰る。本当にごめん」

「どうした?」

「……ゆきちゃんが、ゆきちゃんがいなくなったって。あんなに小さいのに、ひとりで雪の中にいるなんて。また雪の中でひとりぼっちに……」


 ぽつんとゆきちゃんが外にいて、震えている姿を想像するだけで泣きそう。


「赤井、待って? 俺も行く!」

 




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