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100枚の絵がくれた桜道


暗い路地をひっそり徒歩を進める少女がいた。


彼女の名前はここあ。


教会から聖歌が聞こえてきた。


「羽ばたこう。勇気を持って明日を信じて。」


「明日を信じることなんてできないよ。こんな,世の中なのに。」


ここあは呟く。


教会の明かりが彼女を照らす。


片方だけ三つ編みをした黒色の髪に赤いピン留めをしている。


白いパーカーを着ている。


普通の少女だ。


と言われても気づかない。


耳に付けている金色の丸いピアスだけが彼女が不良だと言うことを表していた。


その姿は3年前の彼女からは考えられない姿だった。


ここあは元気で陽気な少女であった。


高校生になって、1っヶ月でクラス全員と友達になるほどである。


そんなここあを信頼して先生たちは色々なことを頼んだ。


しかし,それを快く思わない生徒たち,さらには先生まで出てきた。


生徒と先生のいじめはやる人も内容も広がっていった。


家の事情も混ざり,


ついにここあはひねくれてしまった。


耳にピアスの穴を開け、鋭いナイフのような言葉を使うようになった。


そして今も、実は不良として夜の街を歩いているのであった。



カシャカシャカシャカシャ。


自転車の音が近づいてくる。


私ここあはできるだけうつむいて、早く自転車が通り過ぎるのを待って。


キキッキー。


と言う音がして思わず立ち止まる。


「家はどこ?」


いきなり話しかけられて思わず顔をあげる。


そこには若い男性がいた。


自転車にまたがっている彼は、パリッとした白いスーツを着ている。


男性というよりはお兄さんや、若いお父さんのような雰囲気だ。


お兄ちゃん…。


ふいに鼻の奥がツーンと痛くなって、目の奥が熱くなる。


「どうしたんですか?」


いきなり泣きそうになった私を見て彼はあたふたとハンカチは探している。


そして。


彼は一枚のハンカチを差し出してくれた。


その一枚のハンカチには女の子の絵が書いてあった。


自分と同じぐらいの背の高さのひまわりに囲まれて、女の子が笑っている。


女の子に,見覚えがある。


なんでだろうか。


どうしてか,女の子の笑顔が自分の幼い頃の姿に重なる。


その女の子も一輪のひまわりのように,満面な笑みを浮かべていた。


そういえば…どうやって笑うんだっけ。


しばらく笑っていなかったから,忘れてしまっていた。


落ち着いてみてみるとひまわり畑も見覚えがある。


幼い頃に夏休みによく出かけたあの場所のように。


何故か,胸を掴まれたような,そんな気分になる,それでも素敵な絵だった。


何故か男性を睨んでみる。


私が睨んでいるのに気づいて、何故か男性はハハッと笑った。


「この絵が気に入った?」


「そ,そんなこと…。」



「素直じゃないな。」


満点の星空の下で、彼は再度ほがらかに笑った。


「うちに来い。」


私の状態を察知してくれたのだろうか…彼は自転車に乗せてくれた。


まるで,私をあらかじめ待っていたかのように心地が良い銀色の荷台。


私が大好きなー蜂蜜色の自転車だ。


「なんだか…懐かしいな。」


何故だろう…自分でも分からなかったけれど,なんとなく自分の居場所に帰ってきたような。


そんな気分になった。


そういえば夜なのに明るいな,とふと天を見上げてみれば満月は大きく、キラキラと輝いていた。


その周りで星たちも一つずつが綺麗な光を放ってキラキラと輝いている。


「綺麗だな,月。人っていうのは,一つずつがあの星たちみたいにキラキラと輝いているんだよね。」


彼が星を指差して言う。


彼に,星に興味を持っていた,大好きな人が重なるー。


川が流れている。


私達は橋を渡った。


川もキラキラと輝いている。


魚が飛び跳ねて、鱗もキラキラと輝いている。


振り向くと、夜景。


そこには人々の営みを支えている色とりどりのライトたちがキラキラと輝いていた。


「星って、数え切れないほどあるんだ。」


私はそのことを初めて知った。


月、星、川、魚、そして夜景。


全部、無数の星だった。


やがてたどり着いたのは灰色のアパート。


彼の家へ入って私は驚いた。


絵がいっぱい飾ってあったのだ。


どれもすごく素敵な絵で。


何故か,見覚えがある景色ばかりで。


「ここの家で暮らすんだったら、奥の部屋を使うといいよ。」


男性が奥にあるドアを指さす。


本当に私はここで暮らしていもいいのだろうか。


私の秘密。


守り切れるだろうか。


ううん。守らなくちゃいけない。


もう二度とこのことで誰かに迷惑をかけてはいけない。


「あんたがそうしろっていうなら、そうするけど。」


自分で思ったよりも低い声が出た。


「素直じゃないなぁ,やっぱり。」


ここあは,とふと聞こえた気がした。


「え?」


聞き返しても不思議な彼はくすり,と微笑むだけだった。


「忘れてた。自分は,怪しい人じゃないって言ってなかったね。」


男性が渡した白い紙受け取る。


そこには、


「 美術大学生徒 証明書  光川」


と書かれている。




その日から私は光川さんのお家で暮らさせてもらうことになった。


次の日。


「よし。魚釣りに行く?」


「は?」


お前は何を言ってんだよ,という思いで光川さんの顔を見る。


「美術大学は,サボり?」


やはり、思ったよりも鋭い言葉が出てしまう。


「今、夏休みなんですけど。」


やはり、学校に行っていないと分からないことばかりである。


だけど魚釣りは楽しかった。


うろこが綺麗に光る大きな魚も私が釣ることができた。


光川さんと協力して大きな魚を釣ったのはとても楽しいくて,人と話すのが苦手な私でもするすると言葉が出てきた。


そして、その夜。


私はなんとなく廊下に飾ってある,彼が描いた絵を眺めていた。


「私、今日楽しかった。」


私が光川さんの絵を見て思ったこと。



「私、光川さんの絵みたいな,素敵な絵を描きたい。」


光川さんはーそっと微笑む。


一瞬,その目に雫が見えたのは気のせいだっただろうか。


光川さんは絵を描くのと同じぐらい絵の書き方を教えるのが上手で,まるであらかじめその言葉を用意してあったくらいに。


出来上がった絵の中で、私が魚を釣り上げて,驚いて目を輝かせていた。


とても楽しそうに。


それから毎日のように光川さん自転車でいろいろなところへ連れて行ってくれた。


流しそうめんができる場所,スイカ割りができるビーチ,遊園地。どこも楽しい所だった。


そして夏休み最後の日。


私は花火を見に行った。


光川さんの家の近くの公園でやっている毎年恒例の,花火大会なのだそうだ。


河川側のお祭りに連れて行ってもらった,私は幼かった頃に此処に来たことがあるのを思い出す。


シューッパーン。


最後に大きな花火が上がった。


花火の端っこまでキラキラとしていてとても綺麗だった。



1年後のある日。


光川さんが私に聞いてきた。


「ここあさんってーどんな,生活をしていたの?」


聞かれないことをいいことに,ずっと秘密にしていたこと。


その質問は,私の胸にグサリと突き刺さる。


忘れようと蓋を閉じていた思い出が溢れ出る。


思い出に沿って私は話しはじめた。



私の父親は私が小さかった頃に行方不明になってしまった。


だからその分、母親が頑張って働いてくれて、お兄ちゃんと一緒に私を可愛がってくれた。


だけど私が中学生になった時に元々体が弱かった母親は頑張りすぎて病気で亡くなってしまった。


泣きじゃくっている私をお兄ちゃんだけが慰めてくれた。


私が高校生になった時,お兄ちゃんは大学生で寮暮らしになっちゃって。


それまで私たちを助けてくれていた親戚のおじさんとおばさんの家で私は暮らすことになったんだけど、そこにいるのがなんだか辛くて。


家を飛び出した時に。


出会ったのが光川さんだった。


「…!」


「ここあ…さん。そうだったんだね…。」



私の話を聞き終えてから光川さんが懐かしい口調で天を見上げた。


それから,光川さんが真剣な顔をして私に告げた。



それから3年後。


あの日のように,あの覚悟を決めた日のように。


私は光川の家の廊下にかけられた絵を眺めていた。


既に私の絵は100枚程かけられていた。


これらは私の宝物。


私は手で持っている白い紙に目を落とした。


「美術大学推奨 ここあ様」


これは、私の宝物。


私の宝物はいっぱいある。


私は光川さんから色々な宝物をもらった。


人と,上手くコミュニケーションが取れるようになった。


あとは,あれもそうだな。


私がこの家に来るちょうど半年前。


街中でうろうろとしていた光川さんは,素敵なピンを見つけた。


ハートの形の,赤いピン。


昔出会った,初めての片思いの相手の。


女の子が付けていたピンに,そっくりの。ものだった。


って,言っていた。


だから,私が此処に来た日に私のことを信じて,思い出して,くれたー。


それは光川さんが,私をずっと覚えていてくれて。


私たちはお互い想い合っていたという印。



大学推薦の手紙が来た時はっびくりした。


でもね、光川さんがせっかく推薦してくれたんだから。


私は、前へ進みたい。



大学に入学する日。


髪をボブカットにして、前髪をハート型のピンで止めて。


イメチェンをした。


「ここあさん。めっちゃ似合ってる。」


そして,私に耳打ちをした。


「大好き。」


やっと,言えたー。


彼は,私の目を見てくれた。


「私もっ!」


ライトさんがー私のことをーずっと好きでいてくれただなんて。


両思いになれたということ以上に,最高に,嬉しかった。


「行ってきます!」


私はガチャンとドアを開ける。


外に出た瞬間桜が舞った。



大人っぽい可愛らしい女性が桜の舞う道を歩いてる。


女性のほおには笑顔。


3年前の彼女からは考えられないような姿だった。


否,6年前とはそっくりな満面な笑顔。


だけど,彼女はそれから6年分の歴史を刻んていて,それが彼女の経験として。


きちんと,彼女の中にある。


彼女は歩いて行く。


大人になるための道を。


彼女は前をまっすぐ見て歩いて行く。


明るい、桜が舞う道を。


大丈夫。


この先彼女の心に暗い影がさしたとしても,懐中電灯のように暗闇を照らして,

一緒に出口を探す相手がいるから。


疲れた時に温かい飲み物のように癒してあげられる,信頼している相手がいるから。


二人は両思い(ラバーズ)だから。


彼女は,歩いて行くー。


(ライト)が溢れている道を。

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