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 土曜日というのにスーツを着ておしゃれなイタリアンの個室に入りテーブルを四人で囲む。


 右隣には氷見さんがいるし、正面も斜め前も氷見さんだ。正確には俺の前にいるのは氷見さんの両親。


 俺の正面にいるのは見た目から明るそうなことが分かる赤っぽい髪色のお母さん。斜め前には太い黒縁の眼鏡をかけて白髪交じりの髪の毛をセンター分けにした教授のような見た目のお父さんが座っていて、二人がじっと俺を見てくる。


「と、砺波誠也と申します……えぇと……りょ、涼さんとお付き合いさせていただいております……」


 何度か練習をして口を慣らした嘘を述べながら頭を下げる。


「ちかっぱかっこよかね〜! ね、お父さん」


「……そうだね」


 個室に響き渡るお母さんの大きな声と、お父さんのしっとりした低音ボイス。氷見さんの性格は父親譲りなんだろうとすぐに察する。


「こっちのうるさい人がお母さんの宏美ひろみで、こっちがお父さんの泰史やすふみ


「……僕がお母さんの可能性はないからね」


「ふふっ、確かに」


 泰史さんも冗談は言うタイプらしい。氷見さんもいつになく穏やかに微笑んでいる。


「で、二人はいつから付きうとーとね? 砺波君、大学生? 普段は何しとるん? 同じ大学なん?」


 宏美さんが矢継ぎ早に質問をしてくるが、氷見さんがその矢を受けてくれて「砺波さんは社会人だよ。今年で29」と宏美さんの質問に答えた。


「ま! 29!? 若かね〜!」


「あはは……あ、ありがとうございます」


 下手に設定を入れる方がやりづらいため俺のプロフィールはそのまま。ただ氷見さんと付き合っているという嘘設定だけを付け加えてここにいる。


「で、いつからね? 涼ちゃんが答えんけんさぁ、砺波くん教えんしゃいね」


 宏美さんは氷見さんがわざと濁した部分に対して鋭い指摘をしてくる。こういうところは氷見さんにも受け継がれていそうだ。


「あー……だ、大体半年前くらい……ですかね」


「うん、そのくらい」


 宏美さんは嬉しそうに笑いながらテーブルに肘を付く。その仕草もどことなく氷見さんに似ていた。


「二人は喧嘩すると?」


 氷見さんと顔を見合わせる。そこまで具体的な設定は詰めていなかったので悩ましいところだ。半年も付き合って一度も喧嘩をしないなんてあるだろうか。


 氷見さんは「ここは私が」と言いたげにニッと笑って前を向いた。


「ないよ、一度も」


「仲良かね〜」


「ま、そこそこだよ」


「……だってよ、宏美さん」


 久しぶりに泰史さんが口を開く。


「なんね?」


「……なんでも」


 ジロリと宏美さんに睨まれた泰史さんは笑いながらそっぽを向いた。なんだその夫婦漫才は。


「二人はどうやって出会でおうたん?」


「うーん……あ、アプリ?」


 氷見さんはまた適当な設定を後付けしてきた。どうやって付き合ったのか、という一番大事な部分を作り込んで来ていないことに気付かされる。


「そ、そうです! マッチングアプリで……」


「今風やね〜!」


「……そういうもんだよ。僕達の時とは違うんだから」


「お二人はどういう出会いだったんですか?」


「同じ居酒屋の常連やったんよ。で……気づいたら? みたいな?」


「……そんな感じ」


 二人は照れながらそう言う。


「なんか似てるなぁ……」


 氷見さんは二人に聞こえないくらいの声量でボソッと呟く。


「砺波くんは涼ちゃんの何がええとね? 家でもずーっと静かに絵ばっかり描いとーとやろ?」


「そ、そうですねぇ――」


「……ヒーローインタビュー」


 泰史さんがぼそっと呟く。


 全員が固まると泰史さんは「……野球のヒーローインタビュー、大体『そうですねぇ』から答えない? あれ、何なんだろうね」と補足をしてくれた。


 氷見さんと話しているかのような安心感のある独特な着眼点に思わず顔がほころぶ。


「あー……確かにそうですよね。今されてみて分かりましたけど言葉を整理する時間を繋いでるんでしょうね」


「……なるほどね。宏美さん、ヒーローインタビューなんてするもんじゃないよ。この場だと『全部です』以外に答えようがないんだから」


 泰史さんは答えづらい質問と察してくれたのかフォローに入ってくれた。


「お父さん、だけど今のは砺波さんに言わせてほしかったな」


「……あ、そうなの? ごめん……」


「泰史さんはそういうの鈍いっちゃけん」


 宏美さんが笑いながら泰史さんをいじる。


 どことなく親近感が湧いてくるな!? 理由は分からないけど!?


 そのやり取りを見ていた氷見さんは耐えきれなくなったのか「ふふっ」と笑う。


「涼ちゃん、どげんしたとね?」


「ううん、なんでも」


 不意に隣にいる氷見さんと目が合う。ニッと笑う目はお母さんにそっくりだ。


「な、なんというか……涼さんって本当にお二人によく似ているんですね。寡黙だけど常に独自の視点を持ってるところはお父さんにそっくりだし、芯があって強いところはお母さんにそっくりで……」


 泰史さんと宏美さんが氷見さんと同じ顔でニッと笑って頷く。


「私に似て美人やしね?」


 宏美さんは冗談めかして言うが割とその通りだ。


「そうですね」


「あらま!」


「ちょ! 砺波さん!」


 正面と隣から同時に叩かれる。


 お父さんから「娘はやらん!」と言われるのをドキドキしながら待っていたが、なんとも和やかに食事会は進行したのだった。


 ◆


 食事会は無事に終了。ただの恋人の顔合わせというくらいで今後の事にも話が及ぶことはなく一安心。


 解散後に家に帰るため、二人で駅のホームに立ち電車を待つ。


「砺波さん、今日はありがとね」


「ううん。なんかもっと気まずい感じになるかと思ってたけど……すごく話しやすい人だったよ」


「でしょ? 砺波さん、ドサクサに紛れてオヤカク完了しちゃったね。私と結婚するなら他の人よりワンステップ楽になるよ。二人共砺波さんのこと気に入ってそうだったし」


「手順の多さで決めたりしないよ!?」


「ふふっ、そうだよね」


 氷見さんは楽しそうに笑っている。


「あ……そういえば今日は氷見さんもお母さんと話す時は標準語だったんだね」


「ま、ちょっと恥ずかしいし。だって意味わかんなくない? 住んだこともない場所の方言を話すって。発音も多分違うし」


「それは言えてる」


「ちなみに……聞いてみたい?」


「べ、別に……」


 興味がないと言えば嘘になる。それを察したのか氷見さんは「一回だけね」と言って手招きすると俺の耳元に手を添えた。


「バリ好いとーよ」


 耳元に氷見さんの囁き声と吐息がかかる。


「……バリ水筒? どういう意味?」


 バリ島で水筒を持っている人が浮かんでくるけれど絶対に意味は違うんだろう。


「ふふっ……お母さんとは普通に話せてたのに……ふっ……ふふっ……なんで……あははっ!」


 氷見さんは母親譲りの大きな笑い声をホームに響かせているのだった。


 ◆


 食事会後、氷見夫妻は二人でタクシーに乗り込んだ。


「涼ちゃん、まだ彼氏は出来んみたいね」


「……え? 砺波くんがいるじゃん」


「二人は付き合っとらんよ。見たら分からん?」


「……分かんなかった」


「泰史さん本当鈍いっちゃけんねぇ。ま、そこが良かよ」


「……よかなんだ」


「うん。よかよか」


「……けどじゃあなんで砺波くんはわざわざあんな事に付き合ってくれてたの? 涼ちゃんからお願いしたってことでしょ?」


「ま、そのうちまた会うやろうね」


「……なんで?」


「ブイニー」


「……そうでもないよ」


「自覚がないっちゃけんねぇ」


「……そうかなぁ?」

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