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涙が出るほど幸せな  作者: ねこすけ
後編:過去の夢
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後編6

 紹介された占術士は、(よわい)百に近いであろう、やせ細った老爺(ろうや)だった。

 左ひざから先がなく、義足というには雑すぎる棒切れをつけており、それと杖で身体を支えていた。

 一見頼りなげだが、夢を()かせたら一流とはヒューの言だ。


 占術は僧院で研究され発展した技術だが、いつしか市井に流出するようになった。

 現在は僧院の技術は形骸化し、市井の占術士組合が技術の保全、研究を行なっている。

 王族、貴族は習慣上、僧院に相談を持ち込むが、市井の者は直接占術士に相談することが一般的だった。


「さてさて、珍しくも、若いお客さんですな」


 占術士の声は、姿とは裏腹に、力強かった。

 占術を行なう広い部屋には、対象であるジェラルドとマリー、それに、ヒュー、マリーの父と二人の母が詰めかけていた。


「では、ご相談の夢の内容をお話しいただけますかな」


 ジェラルドとマリーはそれぞれの夢の内容を語った。

 占術士に嘘を言っても結果が狂うだけで意味をなさないので、ジェラルドは自分の推測も付け加えた。

 占術士は時折質問をはさむだけで、後はひたすら二人の話を聞いた。


 一通り聞き終えた後、


「お二人とも、この円陣の中に立って下され」


 占術士は杖で床に描かれている円形の紋様を示した。


 ジェラルドとマリーが円陣の中に立つと、占術士は朗々とした声で呪文を詠唱した。

 円陣がぼんやりと光りだし、ところどころ色とりどりの光の粒が浮かび上がる。

 占術士はその様子を読み解き始めた。


「ふむ」


 占術士は何か納得いったように一声つくと、ぱちんと両の手を打ち鳴らした。

 円陣の光が消えた。


「お二人とも、終わりましたんで、椅子にかけて楽にして下さい」


 占術士は一口水を飲むと、夢を解いた内容を語り始めた。


「お坊ちゃんの近くにマグダレーナ王女の生まれ変わりが、お嬢ちゃんの近くにオレイリー公の生まれ変わりがおりますな。その二人が誰かまでは分かりませんし、多分、本人らに生まれ変わりの認識はないでしょうが、彼らの存在がお二人に夢を見せているようです」


 ジェラルドが問うた。


「夢を見せられている目的は?」


「お坊ちゃんの夢で王女が願いを言っていたでしょう。『世の中がずっと、平和で穏やかでありますように』ですよ。その願いをかなえる為に、あなたがた二人は選ばれたわけですな」


「今は平和で穏やかだと思うが?」


「これからもずっと、平和で穏やかな世の中でありえますかな。わしが子供の頃は平和で穏やかでしたが、大人になる前には内乱が起きました」


 で、こうですよ、と占術士はぽんぽんと自分の左ひざを叩いた。


「平和を維持するのには努力が必要で、あなたさまはその責任を負う立場なのではないのですかな?」


「それは、そうだが……」


「この(じじい)の言葉を覚えておおきなされ。転がり落ちるのはあっという間で、再び立ち上がるのには大変な犠牲を伴います。あなたがたはその犠牲がどんなものか、夢で見なさったはずだ。だから、転がり落ちぬよう努力なされよ」


「──分かった」


 ジェラルドは占術士の言葉を吟味した後、真剣な顔でうなづいた。


「でも、なぜ、マリーさんが巻き込まれているのですか?」


 ウェズリー伯夫人がたずねた。

 後ろでウェズリー伯もうんうんとうなづいている。

 また、薔園(そうえん)(あるじ)は娘を腕の中に抱え込んでいた。


「お嬢ちゃんはお坊ちゃんの補佐として、家族ごと見込まれたようですなあ」


 占術士は円陣を見るとはなしに見た。


「『正義感の強い者』『女性に影響を持つ者』『男性に影響を持つ者』『財の流れを読む者』という卦が出ておりますな。あと、王女と容姿が似ている点も影響したんでしょう」


「補佐の話などはどうでもいいですわ。マリーさんは毎晩、夢でうなされているんですよ!」


「うーん、それは確かに気の毒ですなあ……」


 占術士は痛ましいものを見るような目でマリーを見た。

 マリーは薔園の母の腕の中から問いかけた。


「おじいさんも、あのひどい世の中を見たの?」


「見たよ。わしはオレイリー公の軍にいたからね。だから、お嬢ちゃんの夢がどんなにひどいものか知っているよ」


「そう。だったら、わたくし、我慢するわ」


「ふむ。なるほど『正義感の強い者』か……」


 占術士は得心がいったようにうなづいた後、机の上の紙に何かさらさらと書いて、ウェズリー伯夫人に渡した。


「これを隣の薬草屋へ持って行きなさい。気持ちを落ち着ける薬草を処方してくれる」


「ありがとうございます」


 占術が終了したということで、一同は立ち上がった。


 最後に占術士が自嘲するように言った。


「わしもまた、前王朝の王族が処刑された時に、踊り狂って喜んだ者の一人です。そういう狂喜は毒となって、自分に返ってきよります」


 占術士は頭を下げた。


「どうか、王女の願いを叶えて差し上げて下され」




 誰が王女とオレイリー公の生まれ変わりなのかは、割とすぐに分かった。

 ジェラルドとマリーが変装して、それぞれの生活領域に潜入したのだ。


「え、グレイ? しかし、王女はもう少し辛気臭い性格だと思うんだけど」


「そうですか? あんな風に明るくて朗らかな人だと思うんですけど」


 そして、


「え、カーマインですか? でも、オレイリー公って、もっとウジウジした性格だと思うんですけど」


「そうかい? あんな風に皮肉っぽくてサバサバしていると思うんだけど」


 と主観と客観が大分違うが、とにかく、元凶がグレイとカーマインであることは判明した。


 ちなみに、本宅の母がカーマインを解雇しようといきりたつのをなだめるのに、マリーは大変苦労をした。

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