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涙が出るほど幸せな  作者: ねこすけ
後編:過去の夢
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後編4

 レオンが死んだ。


 病死だという。

 戦場を駆け抜け、生きて帰ってきたあの男が、病で人生を閉じるとは思わなかった。

 また、自分より先に逝くとは思わなかった。


 マグダレーナは塔の最上階で窓を開け放し、遠くから流れてくる葬送の曲を、聞くともなしに聞いていた。


 レオンのことを考える度、


(結局、私とレオンはどういう関係なんだろうな?)


 と思う。


 思うだけで答えを出そうとまでは思わないが。

 二人の関係はもう膠着(こうちゃく)しており、結論など出しても不毛なだけだから。


 物心がつく前に婚約が結ばれた。

 乳母に『姫様はレオン様のお嫁さんになるのですよ』と言われ、おませにもドキドキしたのを覚えている。

 その頃、既に世の中は荒れていたらしいが、王宮の奥深くにはその空気は届かず、マグダレーナは乳母が語るおとぎ話のように、美しい花嫁となって、末永く幸せに暮らすのだと思っていた。

 三才年上のレオンはよく王宮に来てくれ、庭園や図書室で遊び、おいしいお菓子を食べたりした。

 今思うと、箱庭のように美しい時期だった。


 (かげ)りが見え始めたのは、レオンが十四才で戦場に出るようになってからだ。

 優しく穏やかだったレオンが、戦場から帰ってくる度、表情に厳しさが漂うようになり、身体に傷跡が増えていった。


 マグダレーナは身近の人々に教えを請い、政治機構が腐敗し、内乱が起こっていることを知った。

 父王や他の王族達は手をこまねいていて有効な施策を打てず、王宮は実質、レオンの父であるオレイリー公爵とキャンベル侯爵を中心に回っていた。

 彼らは心身を削り、政治機構の刷新・建て直しと内乱の鎮圧に奔走した。


 マグダレーナは未成年だったが、激務で多忙なオレイリー公やキャンベル侯に時間を割いてもらって相談し、彼女なりに必死にできることをした。

 将来の夫であるレオンが戦っているのだから私も、という初々しい気持ちもあったし、王族たるもの率先して動かねばという使命感もあった。


 もし、もしも、父王がオレイリー公とキャンベル侯を殺そうとしなかったら、王朝の交代はなかっただろう。


 世情がある程度落ち着いた頃、二人が権力を持ちすぎることを懸念した側近にそそのかされて、父王は二人を暗殺しようとした。

 それを知った二人を心酔する軍部が激昂し、結局王権はくつがえった。

 エドワード小父様(おじさま)もキャンベル侯も父王に成り代わろうなどとは夢にも思っていなかっただろうに。


 レオンの腕の中で聞いた、父達の処刑の日の『死ね!』という怒号は、五十年以上経った今でも鮮明に思い出せる。

 なぜ、あの場に私もいないのだろうか、と思った。

 なぜ、レオンは私を死なせてくれないのか、と恨んだ。


(ユーリカには悪いことをきいたな……)


 ユーリカが許してくれるなら、レオンに会おうと言ってしまった。

 答えに困るだろうと分かっていて。


 彼女は強靭な心を持っていると思う。


 初めて会った時は憎しみがちらちらと見えていた。

 憎い相手と冷静に毎日会っている時点で強い人だと思った。


 何十年と時を重ねるに及んで、同情の色も見え始めた。

 憎しみと同情と、相容れない感情がせめぎあうのに耐え、冷静に振る舞っている。本当に強靭な人だと思った。


 ユーリカの強さに甘えて、答えに困る質問をした。

 なぜ、甘えようと思ったのだろう、とマグダレーナは自問した。


(ああ、そうか)


 私はレオンに会いたかったのか。




 ガチャッと茶器のふれあう音で、ジェラルドは辛気臭い夢から目を覚ました。


 よく訓練されたジェラルドの近侍の中で、こういう粗忽(そこつ)な音を出すのは、最近配置されたばかりのグレイだろう。

 少々借りのある貴族から預かった九才の子供だ。


「グレイ、茶器を乱暴に扱うと、また侍従長に叱られるよ」


「あ、おはよーございます、ジェラルドさま」


 寝台から身体を起こしながらジェラルドが注意すると、グレイは太陽のような笑顔を見せた。

 本当にムラのある子で、見ていて飽きない。おかげで先程見た夢の鬱陶しさが少し晴れた。


 朝食をとりながら、ジェラルドは最近よく見るようになった奇妙な夢について考えた。


 どう考えても自分の夢とは思えない。

 ジェラルドは自己中心な性格だ。

 夢の中の彼女のように、他の誰かに遠慮して、したいことを手控えるような精神は持ち合わせていない。


(夢の彼女は、前王朝のマグダレーナ王女だろうな)


 登場人物の名前や相関関係から察するに、間違いないだろう。

 十年程前に亡くなった人だ。


 問題は、なぜこんな過去の夢を見せられているかという点だ。


 相談するなら、ジェラルドの立場上、王宮の僧院になるだろうが、僧院の占術はもはや形骸化しており役に立たない。

 それに、最近の彼らは増長が過ぎるので、弱みを見せるのは得策ではない。


 しばらく放っておくか──そう考えた時、ジェラルドの脳裏に鮮明な画が映った。


 前王朝の王族達が処刑される場面。


 もし、この夢が何かを示唆するものであれば。

 もし、ジェラルドの家族があのようになってしまうのであれば。


 ジェラルドは動揺した。

 そして、動揺した自分に苛立ち、グレイに聞かれないよう小さく舌打ちした。


(市井の占術士を探すか)


 そういう伝手のありそうな友人がいるので、ジェラルドはお忍びで出かけることにした。




「ヒュー、いるか?」


 一応ノックはしたが、返事を待たずにジェラルドは勝手知ったる友人の部屋の扉を開けた。


「と、すまない、お客人がいたか」


「ジェリー……お前、ノックの意味を分かってんのか?」


「はは、すまないな」


 狭い部屋に大量に書物や資料などが乱雑に積み上がっている中、そこだけかろうじて空けている応接用の椅子に座っているヒューが、呆れたようにこちらを見る。


 先客は女性と少女の二人連れで、容姿が似通っているので姉妹かなにかだろう。

 白金の髪と深い青の目の美しい二人で、あまりにもきらびやかなので、古くて少しガタがきている狭い部屋では怖ろしいほど浮いて見えた。


(どこかで会ったことがあるか?)


 基本的に一度会った人の顔と名前は忘れないし、彼女らには会ったことはないはずだ。

 だが、奇妙に既視感があった。


「先客があるなら出直そうか?」


「いや、そういうわけにもいかんだろう。(あね)さん、すみませんが、少し席をはずしてもいいでしょうか?」


「いいわよ」


 ヒューはジェラルドがあまり自由のきかない身であることを(おもんぱか)り、丁重に女性におうかがいをたてた。

 女性は鷹揚にうなづいた。


 ジェラルド達はヒューの寝室に移動した。

 ちなみに狭い寝室にも書物が山積している。


 ヒューとは大学で知り合った。

 下町のあまり治安が良くない地域の出身で、孤児である。

 頭脳の明晰さを見出され、資金後援者を得て大学に通っている。

 大学でも優良な成績を修め、選試に推薦されているほどだ。


 生まれが生まれなので、顔がとても広い。

 また、貴族だろうと王族だろうと遠慮する性質たちではないので、それを嫌悪する者も多いが、ジェラルドは逆に愉快に思い親しくなった。

 ヒューは勿論、ジェラルドの身分を知っている。


「で、何の用よ?」


 ヒューは寝台にどっかりと座り、ふてぶてしくたずねた。

 ジェラルドは座るところがないので、扉によりかかった。


「腕のいい占術士を知っていたら、紹介してくれないか」


「は? お前も変な夢を見るとか言わないよな?」


「変な夢を見るのが理由だけど、『お前も』とは?」


「さっきの母娘(おやこ)の娘の方が変な夢を見るからって、同じ依頼をしてきたんだよ」


母娘(おやこ)? 姉妹じゃなくて?」


母娘(おやこ)だよ。というか、それはどうでもいいだろ」


「そうだね。あの子はどういう夢を見るの?」


「うーん……」


 ヒューは困ったように頭をかいた。


「あの(あね)さんは俺の後援者で、頭が上がらんのだ。事情をべらべらしゃべるわけにはちょっと……」


 ヒューの後援者ということは、薔園(そうえん)(あるじ)だろう。

 ということは、あの少女はウェズリー伯の娘か。

 伯が金に物を言わせて、庶子を正妻の嫡子として正式に認めさせた話は有名だ。

 主に僧院の醜聞として。


「じゃあ、私の夢の内容を話そう」


 先客をあまり待たせるわけにはいかないので、ジェラルドは簡潔に夢の説明をした。


 聞いた後、うーんとヒューは頭を抱えた。


「……偶然にしては話がかみ合いすぎるぞ……」


「ヒュー?」


「あちらのマリー嬢から聞き出した夢の内容と妙にかみ合うんだよ。王朝交代時代とそれ以降の話だよな」


「ヒュー、あちらの二人を紹介してくれないか?」


「そうだな。それがよさそうだが、お前は本当の身分を名のるのか?」


「君の後援者なら、隠しても無駄な気がするね」


「そうだな……」


 ヒューはため息をついた。

 ため息の重さから、手強い女性だろうということが察せられた。


 ジェラルドとヒューは二人のところへ戻った。

 すると、マリー嬢が興奮して母親の袖を引いた。


「お母様、やっぱりあのおにいさん、夢の中のおにいさんにそっくりよ!」


 その言葉でジェラルドは既視感の正体を知った。

 二人は、夢の中のマグダレーナ王女に似ているのだ。




 これが、ジェラルドとマリーの初めての出会いだった。

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