嘘コク8人目 本郷芽衣子(氷川芽衣子)
俺がめーこに初めて出会ったのは、小4の5月だった。
「階上に越して来ました本郷と申します。
以後よろしくお願いします。これは、つまらないものですが…、」
「あらぁ…。ご丁寧にすみません…。こちらこそよろしくお願いします。」
上品な半袖のワンピースを着た綺麗な人が、家の玄関口で、母にタオルとお菓子のようなものを渡していたのを、タンクトップシャツと半ズボン姿の俺は部屋の奥で扇風機で涼みながら横目で見遣っていた。
「うふふ…。可愛いねぇ…。うちも、小4の息子が一人いるんですよ?これからよろしくお願いしますね。京太郎?ちょっとこっち来なさーいっ!」
「ええ?何?」
面倒くさそうに返事をしながら玄関の方へ行くと、その綺麗な女の人のスカートに両手を回して、必死にしがみついている小さな女の子がいる事に気付いた。
上品で華やかな美人のお母さんとは大分雰囲気が違い、その子は痩せて、茶色の長い前髪で半分くらい顔が隠れている地味で大人しそうな子だった。
俺が近くに来ると、ビクッとして、お母さんのスカートのところに自分の顔を埋めた。
なんか、怖がられてるっぽい。
「ゴールデンウィーク明けから、この子も登校するんだ。色々よろしくね?」
綺麗なお母さんにそう言われて、戸惑っていると、母に背中をつつかれた。
「ホラ、京太郎。ご挨拶は?」
「あ、はい。矢口京太郎です。よろしくお願いします。」
「まぁ、しっかりしたお兄ちゃんね。ホラ、ちゃんとご挨拶して?」
女の子も、お母さんに言われ、渋々、俺の方に首を伸ばすと…。
『め…こです。よろ…くおねが…ます。』
すご〜く細く小さい声が途切れ途切れに聞こえ、俺は聞き返した。
「え?めーこ?」
「ひぐうっ!!」
すると、芽衣子は肩をビックウと大きく揺らして逃げるようにお母さんのスカートの後ろに隠れた。
なんか、俺、嫌われてるみたい。別にいいけどさ…。
挨拶するなり避けられ、俺はちょっと面白くない気分だった。
「コラコラ。どこに隠れてるの?京太郎くん、ごめんなさいね。この子すごく恥ずかしがり屋で。
こんな子だけど、仲良くしてやってね?」
苦笑いするお母さんに、俺は困ったような顔をするしかなかった。
あ〜あ。これはマズイだろ?
登校したら、大変な事になりそうだな…。
そして、その予感は、バッチリ当たる事になった。
*
*
ドガッ!
「ううっ…。ひっく。」
ゴールデンウィーク明け、学校の帰り道、引っ越して来たその女の子は、トラ男に殴られ、路端に吹っ飛ばされて泣いていた。
思った通り、大人しげなその子は、トラ男のストレス発散の標的になったのだ。
「〰〰!!」
俺はその光景を見るに耐えず、思わず目を逸らした。
「おっと、京太郎。チクったりすんなよ?そんな事したら、またお前の事オモチャにしてやるからな?助けたってお前の為にならないって事、知ってるだろ?」
トラ男は、俺に嫌なニヤニヤ笑いを向けて釘をさしてきた。
「っ…!!」
以前同じようにトラ男に殴られている低学年の子を庇った事があった。
その次の日からイジメの標的は自分に代わり、庇ったその子は、トラ男と一緒に俺を馬鹿にするようになった。
それ以来、俺はトラ男に殴られている奴が居ても、見て見ぬふりをするようになった。
だから、その子の事も俺は最初助ける気はなかった。
けど…。
「同じアパートの奴だからって期待したか?残念だったな。オラ、もっと殴ってやるから、立てや。」
「うぅっ…。」
トラ男に無理矢理引き起こされるその子は、元より俺に目を向ける事も期待する様子もなかった。
ああ、この子は、俺と同じだ。
これが初めてじゃないんだなと思った。
多分大人しいその子は前の学校でも、こうやっていじめっ子に殴られていたんだろう。
そして、誰にも助けてもらえない事を分かっているんだろう。
理不尽な状況をただ耐えるしかない…。
それが現実ー。
俺も…。そしてその子(確かめーこ)も…。
そう思ったら、もう何だか堪らなくなった。
「トラ男!めーこを殴るなよ!これ以上ひどい事するなら俺が相手になるぞ。」
気付くと、同級生とはいえ、一回り以上体格の大きいトラ男に向かって行っていた。
そして…、俺はあっさり返り討ちにあった。
「ふんっ。これに懲りたら、弱虫のくせにつっかかってくんのやめろよな!」
トラ男が颯爽と去っていった後には、ボロボロになったと俺とめーこが残され、二人で痛くて悔しくてわんわん泣いた。
うん。分かってた。
俺はアニメのヒーローでも何でもない。
ただの弱っちいいじめられっ子だ。
もしかして助かるかもとぬか喜びしたこの子はさぞがっかりしたことだろう…。
けど…。
ようやく泣き止みかけて、スンスン鼻を啜っていためーこは、俺の殴られて腫れた頬や、転んで擦りむいた膝を見ると、痛々しそうに(いや、実際痛かったんだけど。)顔をしかめ、はっきりと言った。
「京太郎くん。芽衣子、手当てしてあげるよ。」
「え。」
めーこ、普通に喋れるんじゃん。ん?
『めーこ』じゃなくて、『芽衣子』って言った?
驚いて一瞬、傷の痛みが和らいだ。
「来て!」
「えっ。何だよ、ちょっ…。」
それから、めーこに腕を引っ張られるまま、アパートの2階にあるめーこの家へ連れて行かれた。
引っ越したばかりのめーこの家は、大きな家具以外はほとんど何もなく、まだダンボールがいくつも積み上がっていたが、救急箱は、テレビ横の棚に置いてあった。
めーこは、その中から消毒液と絆創膏などを取り出して、慣れた手付きで膝の傷を手当てしてくれ、
また冷蔵庫から、保冷剤をとりだしてガーゼを巻き、腫れた頬を冷やしてくれた。
「このくらいの腫れなら、冷やしてれば夜には引くと思うよ。
私、前の学校でもいじめられてたから、ケガの手当ては慣れてる。
お母さんに悲しい顔させたくないから、なるべく分からないようにしてた…。」
やっぱり…。
淡々と辛い事を話すめーこに俺はズキズキと胸が痛む。
俺にはめーこの気持ちがよく分かった。
俺もいじめられてるって、知られたくなくて、トラ男に殴られた傷を、母には転んだとかぶつかったとか言って、誤魔化していたから…。
めーこは、俺と真正面から向き合ってペコリとお辞儀をした。
「京太郎くん。助けてくれてありがとう。
私、ずっとやられても仕方ない。いじめられるのは、私が悪いんだと思ってた。
でも、今日、京太郎くんが助けてくれて、初めてそうじゃなかったって分かった。
京太郎くんは正義の人です。
芽衣子は感動しました。
あと、『めーこ』って愛称で呼んでくれたの嬉しい。
友達からあだ名で呼んでもらったの初めて。
私も京太郎くんの事、『京ちゃん』と呼んでいいですか?」
めーこめっちゃ長文で話すじゃん…。
しかも結構グイグイ来る。
っていうか、俺、最初見て見ぬふりしようとしてたし、別に正義の人じゃねーし。
ちゃんと聞き取れなかったから、『めーこ』
と呼んだだけで、別に愛称で呼んだわけでは…。
言いたい事は沢山あったんだけど、俺はただ一言…。
「いいよ。」
とだけ言った。
「では、京ちゃん…!これからよろしくお願いします!」
女の子の口角が上がり、嬉しそうに笑った時ー。
世界が変わった気がした。
俺を怖がり、碌に喋れなかった子が沢山話しかけてくるようになった。
笑わなかった子が、可愛い笑顔を見せるようになった。
ただ、それだけで、モノクロだった俺の世界が色鮮やかに色付いていくような気がしていたんだ…。
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m(_ _)m
やっとここまで来ました…(;_;)
最後まで見守って下さると嬉しいです。
なお、207話と同時投稿になっていますので、そちらもよろしくお願いします。