メルゼフの話
国の中を観光しながら、俺達は空港へと向かう。
……あんまり見てなかったから、今日はたくさん回ろう。
そう思ってた矢先の話だった。
「……あれ」
噴水の所まで来たところで。
昨日俺が決闘した男……メルゼフと会った。
「お前……メルゼフか?」
「……君は、三矢谷瞬一だね」
「ああ……ってか、何で俺の名前を?名乗った覚えはないけど」
「あの後アイミーンに聞いたよ」
なるほど……。
「……ちっとばっかし、先に行っててくれないか?」
「え?でも……」
「コイツと二人で話がしたい。だから先行っててくれ」
「……分かった」
渋々ながら応じてくれた葵は、みんなを先導して歩いていった。
「……もう、昨日のような状態にはなってないみたいだな」
「……ああ」
昨日見た黒いオーラみたいなのは、綺麗さっぱり消えていた。
変わりに、申し訳なさそうな表情をつけていた。
「……どうしてそんな顔してんだ?」
「……君に、謝ろうと思ってね。昨日は本当に済まなかったと思ってる」
「気にすんな。何もなかったし、過去の話だ。水に流そうぜ」
これだけ律儀な奴が、意識あってあんなことするはずがない。
ならば、考えられるのは一つだけ。
あの時、コイツの身に何かが起きた、ということだ。
「私はあの時、どうやら気絶をしてしまったらしい……あんなことをしたという記憶が、後から流れてきたんだ。目を覚ましてからしばらく経っての話だった」
「……後から、記憶が流れてきた、か」
そんな症状の病気は、俺は知らない。
いや、これは病気じゃないのかもしれないな。
「それで、あの時お前は、どんな状態にあったんだ?」
もしかしたら、それを聞けば、何かが分かるかも知れない。
そう考えた俺は、メルゼフにその時のことを聞くことにした。
「……私は、無意識の内に体だけ暴走していた。心……思考はきちんと働いていて、私の意識も、きちんとあった。けれど、体だけが言うことをきかなかった」
「続けてくれ」
俺は続きを急かす。
メルゼフはそこで一拍置いてから、話を続けた。
「私は恐れた。こんなの私じゃないみたいだと……その時、私は悪魔に出会ったんだ」
「あ、悪魔ぁ?」
突然そんな単語が出てきて、素で驚いてしまった。
構わずメルゼフは続ける。
「私は心底驚いた。自分の心の中に、そんなものが潜んでるとは考えもしなかったからだ。私がその悪魔に驚きの表情を見せると、その悪魔は言ってきた」
「……」
再び一拍置いて。
それからメルゼフは言った。
「『真の力を発揮しろ、生きた屍よ』……と」
『生きた屍』?
メルゼフは生きてはいるが……人間じゃないか?
当然のように死んではいないし、第一屍って死体のことを指すのに、生きたって表現はおかしいだろ。
「私にはその言葉の意味がさっぱり分からなかった。だから私は尋ねた……すると、『いずれ分かる時が来る。その時を待て』と言われた」
いずれ分かる時が来る。
メルゼフがそう言われたということは……コイツには、何らかの秘密があるってことにも繋がるな。
「これはひょっとしたら、私の消えた記憶と関係があるのかもしれない……」
「消えた記憶?……お前、もしかして記憶がないのか?」
「……幼い時の記憶が、まったくと言っていいほど存在しない。目を覚ました時には、私は一国の王の息子―――王子ということになっていた」
……謎だ。
それじゃあコイツは、何かが原因で記憶を失い、そして勝手に王子にさせられたようなものなのか?
「けど、『メルゼフ』という名前だけは覚えていた……そして、何故だか私の城に来たアイミーンを見て、『守らなければならない存在』と認識したんだ」
「……嫁にするんじゃなかったのか?」
「……本当は、そうじゃないんだ。けど、立場上そうしなければ話が合わないし、嫁になるならそれでもいいかって思えたのも事実だけど」
メルゼフの目を見る限り、どうやら今までの話は嘘ではないことは分かる。
けど、結構ぶっ飛んだ内容が多いから、にわかには信じがたいのも、また事実。
……俺は、この話をどう捉えるべきなのだろうか。
「……私の話は以上だ。君との約束通り、私はアイミーンには二度と近づかないことにするよ」
「……いや、そんなのどうでもいいだろ、もう」
「え?」
驚いたような表情を見せるメルゼフ。
まぁ……決闘の時の約束を、簡単に破棄したんだからな。
「単にアイミーンのことが好きだから、他人の迷惑も考えないで求婚してきたってなら話は別だが、どうやらそういうわけじゃ無さげだしな」
「……いろいろ済まない」
「まぁ、昨日のことをアイミーンに謝って、せめて話し相手として接していけば、お前も何か思い出すんじゃねえか?」
「……そうかもな」
メルゼフはそう呟くと、帽子を深く被り、俺達が歩いてきた方向へと向かう。
「またいつか会おう……三矢谷瞬一」
「……ああ」
右手を挙げて、そう言ってきたメルゼフに、俺も右手を挙げてそう言い返す。
しかし、互いの姿は見えることはない。
俺とメルゼフは、反対方向に歩いて行ってるわけだからな。
……またな、メルゼフ、グレイブスタン公国。
機会があったら、また会おうな。
今回の話で『ゴールデンウィーク』編は終わりです。
次回より新たな話に参ります。
久々に日本での話が書けるぜ!!