“悪魔憑き”
「ん……」
目を覚ますと、俺は自分の部屋で寝かされていた。
いつの間に運ばれてたんだ……俺。
ところで、今は何時だ……?
「今は夜の9時だよ」
「9時か……って、え?」
およそそこにいるはずのない人物の声が聞こえて、俺は驚く。
慌てて俺は、目線をその人物に向ける。
「大和か……」
「葵とか、王女の方がよかったかな?」
「……いや、余計な心配はかけさせたくないからな」
何で大和なのかは知らないが、とりあえず女性陣の誰かではなくてよかった。
何でかは知らないけど……そう思えた。
「聞いたよ、瞬一……見合いが決闘になったんだってね」
「まぁな……展望台にいた男が、俺に決闘を挑んできてよ」
「それは……大変だったね」
まるで人ごとみたいに言ってくる。
……実際人ごとなのは、いいようもない事実なのだが。
「それでよ、大和……ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「何?なんでも言ってみてよ。僕に答えられる範囲なら答えるから」
「んじゃ……」
若干ためらいながらも、俺はあのことを言った。
「黒服の男……メルゼフっていうらしいんだけど、そいつと勝負していて、俺が勝ったと思ったら……突如メルゼフから黒いオーラみたいなものがかかって、力を増したんだ」
「……」
「俺はそいつの変化のしように驚いた。今までルールは守ってきた奴が、いきなり自我をなくして暴走し、どんな魔術を使うかと言ったら、黒い弾みたいなものを出してきて……大和、お前にこのことが分かるか?」
俺が話し終えると、少し考える素振りを見せる大和。
そして……。
「……ごめん。僕にも分からないや」
「そうか……ならいいんだ」
やっぱし大和にも分からないか。
あの黒いオーラらしきものは一体何だったのだろうか……。
気になったが、考えるだけ無駄なのかもしれない。
「んで、他のみんなは?」
「ああ、葵達なら自分の部屋で休んでいるよ。国王も自室で、王女も自室みたいだね」
「そっか……そういや、明日には俺達、帰るんだよな」
「だね。ゴールデンウィークはまだ明日明後日の二日間あるけど、さすがに明日には帰らないといろいろまずいしね」
学校に行く支度も済ませなければならないし。
楽しいことは、本当にあっという間に過ぎちまうものだな……本当。
「明日は遅くにこの国を出ると言っても、朝からまた観光に行くみたいだから、早く寝た方がよさそうだぞ?」
「そうだね。僕はそろそろ部屋に戻ることにするよ。君が無事だったことも一応報告しないといけないし」
そう言って、大和は立ち上がる。
「んじゃ、また明日な」
「うん、また明日」
そう挨拶を交わすと、大和は部屋から出ていった。
「……寝るか」
明日は早い。
言ったのは自分なので、早く起きる為に、俺は寝ることにした。
Side大和
「……」
瞬一の部屋から出た僕は、ただ驚くしかなかった。
瞬一から聞いた話―――あれは間違いなく。
「……“悪魔憑き”」
“悪魔憑き”。
それは、闇魔術を取得する際に必要条件となる――云わば通過儀礼みたいなもの。
この状態の器の中に悪魔が入ってきて、その悪魔と深層心理に潜む自我とが契約を結んだその時……契約が成立し、闇魔術を取得することが出来る。
「けど、それはあくまできちんとした魔方陣を描いてからの話だ……生身の人間が、何もなしにそんな状態に陥るとも思えないし……」
第一、あそこは屋外であり、しかも昼だ。
悪魔を呼び込み、儀式を行うには、あまりにも不適切な状態下にあるとも言えよう。
なのに、それが発動した。
「……一体、これはどういうことなんだ?」
分からない。
謎が残るばかりだ。
……日本に帰ってから僕がやるべきことが一つ増えた。
「……このことについては、調べてみないと」
さて、とりあえずは瞬一が目覚めたことを報告しなければならないな。
僕はとりあえず、一番近い部屋である晴信の部屋の扉をノックして、中に入った。