光の器
「「ハァハァ……」」
二人の息が荒くなっているのが見てとれる。
しかし、二人とも殺気を収めてはいなかった。
今にも相手を殺せるような、そんな視線だ。
「……やりますね、貴方」
「お前もな……残念だが、力で言えばほぼ互角ってところだな」
「……互角かどうかは知りませんけど、これで時間稼ぎは十分に出来ました」
「時間稼ぎ……だと?」
「ええ……時間稼ぎです」
少女が瞬一に向かってそう告げる。
そして次の瞬間。
「なっ……!?」
「この魔物も……時間稼ぎの為の布石でしかありませんでした」
瞬一の目の前で、魔物の親玉は消えた。
つまり、この魔物の存在はあまり意味がなかったということになる。
「……魔物を暴れさせてたのは、時間稼ぎの為……」
「……はい。そして、この親玉を倒しにくる存在が必要でした。これから世界を滅ぼす者の……姿を誰かに確認させる必要がありました。あのお方は、その役目を貴方に託したようですね……三矢谷瞬一さん?」
「なっ……?!お前、どうして俺の名前を!?」
瞬一は、告げてもいない自分の名前を呼ばれてただ驚いていた。
そんな瞬一に、少女は顔色一つ変えずに答える。
「あのお方が、そう告げたのです……ここにくる者の名前は、『三矢谷瞬一』である、と」
「……『あのお方』って、誰のことだよ」
この時瞬一は、最悪の可能性を考えていた。
もしこの騒ぎに、『あの男』が関わっていたとしたら。
前に自分達の前に現れた、あの男が関わっていたとしたら。
「名前は分かりません……ただ、そのお方は、自らのことを『脚本家』と称していました」
「!?」
脚本家。
瞬一が知るなかで、自らのことを『脚本家』と称する者と言ったらただ一人しかいなかった。
「クリエイター……やはりアイツが、この騒ぎと関係が」
「クリエイター……それがあのお方の名前なのですか。よいことを聞きました」
「?本当に名前を知らなかったのか」
「ええ……たった今貴方に教えてもらいました」
意外そうに尋ねる瞬一に対して、特に恥ずかしがる様子もなく答える少女。
だが瞬一は、すぐに真剣な表情に戻す。
「お前達の狙いは……何だ?俺をこんな所までおびき出して、何をする気なんだ?」
「……この会場にいるという、光の器の魔力を、奪う。それが私達の目的です」
「光の器の魔力を奪う……!!まさかお前達、葵に何かをする気じゃないだろうな!?」
光の器。
瞬一は、その言葉に聞き覚えがあった。
そして、親友がそう呼ばれていることにも、気付いた。
「あおい?……その人がどういう人物なのかは知りませんが、会場に魔法陣を敷かせてもらいました。他人から魔力を吸い取る為の魔法陣です」
「……お前達、他の奴らまで巻き込むつもりか!?」
「……死ぬわけではありません。私達が奪うのは、魔術を発動する為に必要な量の生命力のみです。生きていく上では特に支障はきたしません」
「テメェら……生きていられるからって何でもしていいってわけじゃねえんだぞ!!」
瞬一は、あまりに残酷な計画に対して腹を立てていた。
だが、少女はそれでも動じない。
少女は、瞬一に言う。
「……そうですか。ですが、どのみち滅ぶ世界です。生きていようが死んでいようが、最終的には人類が進む道は同じ……滅びの道です」
「させない。俺が……俺達がお前達の計画なんて潰してやる!!」
瞬一は、手に握っていた刀の刃を、少女の喉元に突きつける。
それでも少女は、恐れることなく、無表情でこう言い放った。
「……そうですか。ならば私を殺せばいいじゃないですか。ただし、私を殺したところで術式は止まりませんけどね」
「……くそっ!」
喉元に突きつけてた刀を消し、瞬一は距離を取る。
……戦闘態勢を取る瞬一に対して、少女は何の構えも取らない。
まるで哀れな羊を見るかの表情で、言い放った。
「いいのですか?このままここにいたら、術式が発動してしまいますよ?……私は邪魔はしません。行きたければ早く行ってください」
「……くそっ!」
瞬一は少女に背中を向け、扉を勢いよく開け放ち、部屋を出る。
バン!
勢いよく扉は閉められて、中には少女一人のみとなった。
「……どのみち間に合うはずがありません。せめて、光の器に対して、祈るとしましょう……安らかなる、眠りを」
少女は、自らの胸元に右手を使い十字架を描く。
その後で、ゆっくりと部屋を後にした。




