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9 馬車とお城

 話者(トーカー)の試験はまだ終わっていない。わたしは再び高台の大樹の下に座し、ナディアさんから頂いた鈴を手にした。

 ナディアさんからは、この鈴があればいつでも向こう側に行くことが出来ると聞いている。わたしは目を閉じ、瞑想を始めた。


 鈴の音がしたあと、足音を立てずに歩く黒猫の後ろ姿が見えた気がした。


「お帰りなさい」

 目の前にナディアさんが座っている。その隣にはフィオナ。アイレンさんの家によく似た、暖炉の部屋に、わたしはいた。

「ナディアさん、お聞きしたいんですけれど」

「あちらの世界で、空を飛べなかったのですね?」

 ナディアさんは全てを見通している様子で、わたしに微笑んだ。

「ここは精神が住まう世界です。身体のように見えているものも、実体があるわけではありません」

 わたしは自分の手のひらを見つめた。いつも見ている手相が刻まれている。

「この身体は偽物ということ?」

「あなた自身のイメージが作り出した虚像です。ここにある物全てがそうなのですよ」

 そう言って、ナディアさんは両腕を広げた。テーブル上のカップを手に取ってみるが、本物にしか見えない。

「つまり、こちらで空を飛べるからといって、元の世界でも飛べる訳ではないと」

 ナディアさんはニッコリ笑うと、隣のフィオナに目配せした。

話者(トーカー)の試験、次のステップは、イメージの訓練を行いましょう。フィオナと一緒に、課題をこなしてもらいます」


 わたしはフィオナと一緒に空を飛んだ。思った通り、こちらの世界だと思い通りに飛ぶことが出来る。

 広い草原に降り立つと、フィオナは少し恥ずかしそうにわたしを見た。

「どうかした?」

「いえ、何でも」

 フィオナは慌てて目をそらす。それにしても、彼女はわたしによく似ている。遠い親戚だという話だが、姉妹だと言われても違和感はない。

「課題って、何をすればいいのかしら」

「イメージで、何かを生み出す練習をします。こちらの世界では、何でも生み出せるんです。イメージさえ出来れば、どんなものでも」

 そう言うと、フィオナは目の前に手をかざした。小さな光の玉が現れて、大きくなりながら形を変えていく。光の中から現れたのは、馬車だった。客車だけでなく、それを引く馬もいて、ブルブルと首を振っている。

「この馬……生きているの?」

「生きている馬とは少し違います。これは馬の形をしたイメージに過ぎませんから」

 わたしはそっと馬の首に触れてみた。柔らかい毛並みの感触は本物と変わらない。ここにいるわたし自身の身体もイメージだとすれば、この感触も幻なのだろうか。

 客車の中に入ると、わたしがいつも使っているものとよく似ていた。椅子に腰掛けて室内を観察すると、右手の窓の下だけ、壁の色が違うこと気づく。わたしが小さいときに蹴って壊してしまい、補修された箇所。全体的に古くなっているが、わたしが知る馬車と同じものだ。

「この馬車、見覚えがあるのだけれど、あなたも乗ったことがあるの?」

 フィオナに聞くと、迷いがちにうなずいた。

「はい……何度か」

 この馬車は、ラスターハート王家所有のものだ。今は城から持ち出す形になっているが、王家の人間しか使えないはず。この子は何者なのだろう。

「それより、課題に入りましょう。何でもいいので、イメージした物を生み出してみてください」

 わたしの疑問をかわすように、フィオナが言った。少し気になるが、今は課題を優先することにする。


 特に深く考えずに、思いついたイメージを具現化した結果、目の前に原寸大のラスターハート城が現れてしまった。

「す、凄いですね」

 フィオナが驚きながら城を見上げている。

「馬車を見たから、イメージを引きずられたかしら」

 正面の門をくぐってみる。城の外観は幼少の頃から過ごしてきた建物そのものだが、人っ子一人いない。静かすぎて不気味な印象を受ける。後からついてくるフィオナの足音がよく聞こえる。

「どうかしら、課題は」

 振り返って尋ねると、フィオナは興奮した様子で、うなずいた。

「完璧ですよっ。こんなに大きなイメージを形に出来るなんて」

「これ、どうやって片付けるのかしら」

「片付けるなんて、もったいないですよ! ちょっと、探険してきてもいいですか?」

 フィオナは妙にはしゃいだ様子で、奥の方へと消えてしまった。わたしとしては逃げ出して来た城なので、どちらかと言うと気まずい気持ちが先行してしまう。


 しばらく庭で休んでいると、フィオナが笑顔で戻ってきた。

「素敵なお城ですね。フレアランスとはまた違った雰囲気で」

「あなた、わたしの遠縁なのよね? この城は初めてなの?」

 フィオナは視線をそらした。何か胸がモヤモヤする。彼女の顔をうかがっていると、別の足音が聞こえてきた。

「フィオナがあなたの縁者なのは本当ですよ」

 ナディアさんがこちらへゆっくりと歩いてきていた。

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