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7 謁見

 空を飛んで行くことはひとまず諦め、フレアランスへは馬車で向かうことになった。いつものように、ブラウンが手綱を引く馬車に揺られながら、わたしはこれから会う人物の事を考えていた。

 フレアランス第一王子、エルドリック様。現在二十四歳のはずだ。何度か会っているが、事情が事情だけに、顔を合わせるのは少し気が引ける。わたしを気遣って色々と手を回して頂いたのだから、挨拶しない訳にはいかないのだが。


 ウトウトしているうちに、馬車が停まる。正面の窓向こうに、城門が見える。フレアランス城に着いたらしい。

 ブラウンが合図をすると、城門が開いて馬車が招き入れられた。わたしは少し緊張してきていた。

 城内の造りはラスターハートと異なって、大理石を基調とした落ち着いたデザインだ。案内人の後ろに続いて、謁見の間への長い廊下を歩く。行く先々ですれ違う使用人たちが脇に控え、わたしに頭を下げる。いつものことではあるが、こういう時にやるせない気持ちになるのだ。わたしはただ、王家に生まれたというだけ。血統だけで人間の価値が決まるなんてことはないはずだ。


「こちらになります」

 考え事をしているうちに、大きな銀製の扉が目の前に現れた。扉の脇に立っていた近衛兵が押し開けると赤い絨毯がまっすぐ伸びているのが見えた。その先の王座に座っていらっしゃるのが、立派な髭のフレアランス王。その隣に、すらっとしたスタイルのエルドリック王子の姿がある。

「よく参られた。リシェット王女」

 王がわたしに向けて歯を見せた。わたしはお辞儀をしてはみたものの、言葉が中々出てこない。

「よいよい、事情は全て把握しておる。当分の間、羽を伸ばすがよい」

 わたしは意を決して顔を上げた。

「ありがたいお言葉ですが、本当によいのでしょうか。わたしの都合ばかり優先していただいて」

「なあに、半分はエルドリックの都合じゃ」

 そう言って、王は隣の王子をちらと見た。

「ところで、ラスのやつは元気にしておるか? あやつは仕事ばかりでそなたの事もそっちのけであったのだろう」

 王がラスと呼ぶのは、わたしの父親、現ラスターハート王のことだ。わたしは父の顔を思い浮かべて、ついため息をついてしまった。

「しきたりもわかるが、これからの時代は柔軟に物事を考えねばな。あやつは少々堅物過ぎる。……おっと、お父上のことを悪く言ってしまったな」

「いえ、仰る通りですから」

「この国は歴史が古い。ラスターハートでは中々見かけないものも多かろう。広く見聞を広めるとよい。王女の部屋も用意してあるからな」

「恐れ入ります。そこまでしていただいて」

 王は豪快に笑うと、王子に目配せをした。王子はわたしの隣まで歩み寄ると、ささやくようにわたしに語りかけてきた。

「王女、これからこちらで生活をされるために、少しだけ、打ち合わせをさせてください」

「……打ち合わせですか」

「私の部屋までいらしてください。……ブラウン、よろしく」

 王子は傍に控えていたブラウンに会釈した。そういえば、なぜブラウンは王子とやり取りが出来るのだろう。


 エルドリック王子の部屋は、南東側の塔の最上階とのこと。わたしの部屋と同じ位置関係だ。あの部屋を脱出してからまだ数日しか経っていないというのに、随分前のことのような気がする。

「ここですね。準備はいいですか、王女」

 ブラウンが立ち止まってわたしを見た。

「何の準備よ」

 わたしが睨むと、ブラウンは笑みを浮かべながら木製の上品な扉をノックした。

「……どうぞ、お入りください」

 中から王子が返事するのが聞こえた。

「失礼します」

 ブラウンに続いて部屋に入ると、向かい側の壁の大きな書棚が目に入る。

「ようこそ、リシェット王女」

 王子は柔和な物腰でわたしを迎えた。

「どうぞ、おかけになって」

 勧められるまま、椅子に腰掛けると、王子はカウンターに置いてあるポットに手をかけた。

「王子、私が」

 ブラウンが素早く察して、代わりに紅茶を入れ始める。

「すまないね、ブラウン」

 二人のやり取りを見ていると、ただの顔見知りではなさそうだ。

「ブラウンとはお知り合いなのですか」

「彼は元々、フレアランスの出身なんですよ。一時期、こちらの城に勤めていた事もあります。ご存知ありませんでしたか」

 わたしはブラウンの横顔に視線を送るが、涼しい顔でポットにお湯を注いでいる。

「貴方の事情を知ったのも、ブラウンの進言があったからなのです」

「王子、その話は」

 王子の言葉にブラウンが素早く口を挟んできたが、わたしはそれを制した。

「どういうこと? ブラウンがわざわざ王子に話したの?」

 ブラウンは珍しく気まずそうにして、目を合わせようとしない。

「彼は貴方が心配なのですよ」

「王子、それぐらいにしましょう。お打合せをされるのでしょう」

 ブラウンが紅茶の入ったカップをテーブルに並べた。その表情はいつもと変わらないようだが、わたしが覗き込むと、軽く咳払いをした。

「打ち合わせというのは、貴方がこの国にいらっしゃる理由についてです。表向きは我々は婚約をしていますので、今は結婚の儀に向けた準備期間ということになります」

 面と向かって結婚などと言われると、その気が無くてもちょっと意識してしまう。

「準備と言っても、形式的なものです。我々は時々、顔を合わせる程度で構いません。父が言った通り、貴方は自由にこの国で過ごされるとよいでしょう」

 わたしにとっては、これ以上ない待遇だ。しかし、政治が絡む結婚がそう簡単に誤魔化せるとは思えない。

「準備期間が終わったら、どうなさるおつもりですか」

「その辺りは、まだこれからです。どうしましょうかね」

 そう言って王子は頭をかいて笑った。あまりに意外だったので、わたしもつられて笑ってしまった。

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