10 感謝
ナディアさんはわたしが作り出したラスターハート城を眺めると、満足げにうなずいた。
「これだけのイメージが具現化出来るのなら、素養は十分と言えるでしょう」
「それでは、試験は合格ですか?」
「それとこれとは話が別です」
期待したのに、肩透かしを食らってしまった。
「時間の問題だと思いますよ。素養十分、なんですから」
わたしが落ち込んでいると思ったのか、隣にいたフィオナが励ましてくれた。
「ありがとう。焦らないことにするわ。アイレンさんにも言われたし」
「それがいいです。焦りは禁物ですもの」
フィオナは本当に心配してくれているようだ。この子の素性はまだわからないが、理屈を超えた愛おしさを感じていた。わたしが笑うと、フィオナは恥ずかしそうに、はにかんだ。
三人で城から外に出た瞬間、わたしは混乱した。わたしはいつの間にか大樹の下に座していたのだ。
「お帰りなさいませ」
横でブラウンの声がした。指摘される前にそっと口元を確認する。今回は溢れしものは出ていない。
「ブラウン、ずっと側で待っていたの?」
「ええ、わたしは王女の護衛が主任務ですので」
「わたしがいびきでもかかないか、見張っていたんでしょう」
「とんでもない」
ブラウンは済ました顔で答える。わたしがここにいられるのは、実はブラウンのおかげなのだ。城からの脱出も、フレアランス王家への根回しも、全部ブラウンの図らいだ。
「……ありがとう」
「え、なんです? 王女」
「なんでもないわ」
ブラウンがニヤニヤしているのがわかったので、わたしは咳払いをしてアイレンさんの家へと向かった。
家に戻ると、暖炉の前の椅子で、アイレンさんが本を読んでいた。
「ただいま戻りました」
アイレンさんは振り返ってこちらを一瞥すると、優雅にお辞儀をした。
「はじめまして、王女。わたしはアイレンの姉のエイレンです」
見た目が瓜二つだったので、勘違いしてしまった。よく見ると、アイレンさんと違って髪の色が赤い。ドレスもワインレッド色の見慣れないものだ。
「失礼しました。お姉様がいらっしゃったのですね」
「王女、わたしは貴方に用があるのです」
彼女とは初めて会うはずだが、わたしに用とはなんだろうか。少し警戒心を抱いた。
「話者の試験を受けられていますね」
「ええ、たった今帰ってきたところですわ」
わたしが答えると、エイレンさんは本を閉じ、わたしの前に瞬間移動してきた。
「ナディア様にはお会いになりましたか」
彼女はわたしの顔を見上げて微笑んでいるのだが、どことなくその笑顔が怖い。
「え、ええ。話者の訓練を指導していただいています」
「なるほど。何か、変わったところはありませんでしたか?」
変わったところと言われても、わたしにとっては、向こう側での訓練自体が特殊な体験だ。
「質問を変えましょう。ナディア様自身が魔法を使われている様子はありましたか?」
「いえ、向こうで魔法を使っているのは、わたしとフィオナだけです」
そう答えた瞬間、エイレンさんの笑顔が、一瞬だけ消えたような気がした。
「フィオナさんというのは?」
「ナディアさんと一緒にいる話者の方です。わたしの遠い親類らしいですが」
エイレンさんの笑顔が一層怖く感じられた。彼女は目が笑っていないのだ。
「……そのフィオナさんのことは、王女はご存知ではなかったのですね?」
「ええ、向こうで初めて会いました」
エイレンさんは何かを考え込んでいるようだ。フィオナの事はわたしも気になっているが、何となく、この人には関わらせたくないと感じていた。
「なるほど。『現し世に有らざる魂』ですか」
「え?」
わたしが聞き返すと、エイレンさんはにこっと微笑んだ。
「とても有意義なお話が聞けました。王女、話者の試験、頑張ってくださいね」
それだけ言って、エイレンさんは指を振った。空間が歪んで、彼女の姿は歪の中に消えてしまった。