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1 脱出

 今日はわたしの十六歳の誕生日。いよいよこの日が来てしまった。

お父様たちはまるで国事でもあるかのように、盛大にお祝いをしてくれた。それには祝福の意味だけではなく、惜別の意味も込められているのだ。

 わたしの国に古くからある、悪しき習わし。自国のためという名目で、わたしは遠く離れた他所の国に、嫁がされることになるのだ。


 わたしの生まれた国、ラスターハートは、元は小国だった。領土の拡大の為に他国と争うようなことはせず、隣国と対話し、友好国となる道を選んできた。互いの王家と婚姻関係を結ぶことで、代替わりごとに合併を繰り返し、国を大きくしてきたのだ。

 既に大陸の全土を統一していたラスターハートは、自国の防衛の為に、他の大陸に目を向ける必要があった。同盟を結ぶ国へは、友好の証として、王女を嫁がせる。それが国を守る為になると信じられてきた。


 わたしの三つ上のジュヴィお姉様は身体が弱いし、第一王女でもある。その役目がわたしに回ってくる事は想像に難くない。子供の頃からわかっていた事だ。

 王家に王女として生まれたばかりに、自由を奪われ、国のために身を差し出さなければならない。わたしの人生は自分以外の誰かの都合で、勝手に道筋を決められてしまうのだ。そんな人生はゴメンだ。

 どんなに祝福を受けようと、豪華な贈り物をされようと、わたしは誤魔化されない。今日、わたしはこの国からの脱出を決行する。頭の堅いお父様に、説得など通用しないからだ。テーブルの向こうに座るお父様と目が合う。わたしはこれみよがしに笑顔を作ってみせた。

 わたしは心の中で唱えた。お父様、今日でしばしのお別れです。ふつつかな娘をお許しあそばせ。


 城から逃げ出すと言っても、手引きをしてくれる味方などいるはずもない。そんな事をすれば、処刑されるかも知れないのだから。誰にも頼らず、かつ、誰にも見つからないように城を脱出しなければならない。

 わたしの部屋は、城の南側の最上階にある。窓から落ちたりすれば、助かる道理はない。だからこそ、わたしがそんなところから脱出するなど誰も想像出来ないのだ。


 日が傾く頃を見計らって、わたしは床下の収納庫から縄梯子を取り出した。この日のために、倉庫から拝借していたものだ。フックが外れないことを入念に確認して、窓の縁に引っ掛ける。南側の窓の下は森に面しており、人の往来は少ない。念には念を入れて、人がいないことを確認してから縄梯子を下ろす。

 体を動かすことには自信があったが、いざ、窓から降りるとなると、流石に緊張する。窓から身を乗り出して、足を梯子にかける。慎重に足を踏み外さないように、ゆっくりと確実に足を下ろしていく。


 時間にして五分にも満たないはずだが、地面に降り立つまでの間は永遠にも思えた。自分が降りてきた梯子を見上げる。さようなら、お父様。どうかお元気で。余計な感情が湧いてくる前に、わたしは城に背を向けた。

「リシェット様、どちらへ参られるのです」

 わたしは心臓が飛び出すかと思った。真っ黒な服を着た大きな男がわたしの視界を遮っていた。わたしは努めて冷静を装って、彼を見上げた。

「……ちょっと、森までお散歩に」

「こんな時間に、お一人でですか」

 彼は低く、迫力のある声で聞いた。

「たまにはいいでしょう? 外の空気を吸いたい気分なの」

「では、お供いたします」

 わたしは引くに引けなくなって、森の周りを歩き出した。彼からは縄梯子が見えていた訳で、大体の事情は察しているはずだ。それでも余計なことは聞かずに、わたしの後をついてきた。

 彼は王家に仕える親衛隊の隊長、ブラウン。武芸はもちろん、狩りに馬術に隠密活動、さらには料理や裁縫に至るまで、何でもこなす。わたしが幼い頃から城にいて、色々と手解きを受けた。

 今日の脱出作戦を決行するにあたり、彼の存在が一番の懸念事項だった。だからこそ、彼が休暇中である今を選んだのだ。よく考えてみれば、わたしの誕生日に休暇を取っているというのは、不自然極まりないではないか。自分の浅はかさが嫌になって、わたしはブラウンの方を振り返った。

「ブラウン、罠だったんでしょう。あなたがいない隙を狙って、わたしが逃げ出すことを見越していたのね」

「逃げ出すとは? 何を仰っているのか、わかりかねますが」

 ブラウンは涼しい顔で言ってのける。段々と腹が立ってきた。

「やり方が卑怯よ。何もかもお見通しのくせに。子供扱いしないで」

「ご機嫌を損ねたならば申し訳ありません。しかし、私は常にリシェット様のお味方ですよ」

 そう言って、ブラウンは懐から封筒を取り出して、差し出してきた。名前が書かれているところを見ると、わたし宛の手紙のようだ。わたしが訝しんでいると、彼は封筒を裏返して見せた。

「フレアランス王家の第一王子、エルドリック様からです」

 わたしはその名を聞いて、はっとした。他でもない、わたしが嫁がされようとしている相手だったからだ。


  親愛なるリシェット王女へ


  最後にお会いしたのは二年前ですから、

  更にお美しくなられたことでしょう


  貴方との再開は待ち遠しくありますが、

  もし、心を痛めておられるならば

  ご自身の意志を大切にされることを願います


  ラスターハートのロゼローザを萎れさせるのは  

  私の本意ではありません


  どうか、ご自愛くださいますように

                   エルドリック


 結婚が約束された相手である以上、何度か会ったことはあった。わたしの八つ年上のエルドリック王子は、物静かな紳士だった。彼のことが気に入らない訳ではなかったが、子供だったわたしからすれば、大人の男性という印象以上のものはなかった。

 彼はわたしに気を遣ってくれているのだろうが、お父様が許してくださるはずは無い。王子には申し訳ないけれど、手紙では何の助けにもならないのだ。

「リシェット様、どうなさいますか」

 ブラウンがわたしから手紙を受け取って聞いてきた。

「どうするも何も、わたしに選択肢なんかないでしょう」

「それは、王女次第かと」

 ブラウンの言う意味がわからずその顔を見ると、彼は笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。

「私なら、王女を国外へお連れすることなど容易いですよ」

 わたしは彼の真意を測りかね、しばらく彼の手を見つめるしかなかった。


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