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85 王子と子犬



「なんだか私が何を答えるまでもなく、リンタール帝国の公爵に助けていただいてしまいましたね……」


 控えの間に戻ったレオンハルトとローズとパウロは、今日の会合の事を話していた。


 バートン公爵の娘でローズの親友であるフェリシアから、公爵が『聖女』に理解があるような話は聞いていた。夕方に教会で会う事にもなっているのだが、まさか各国の使者達が集う会合でもあのように『聖女推し』してくださるとは思わなかった。


「ああ。……私も驚いた。その他の事は誰よりも厳しい態度であられたのにね。

……この200年でリンタール帝国はあれ程『聖女』を尊ぶ国となっていたのだな。長い間『聖女』が居なかったこの王国の方が余程『聖女』に焦がれる傾向にあると思っていたのだが」


 前世リンタール帝国の公爵家の人間だったレオンハルトがそう言うと、ローズも当時の事を思い出し、「確かに昔は『聖女信仰』をしているような印象はないですね」と頷く。


「……他国の使者の方々も、リンタール帝国の使者の方の態度に驚いていらっしゃいましたから、もしかすると公爵の個人的な思いなのかもしれませんね。……ヒッ!」


 会合時レオンハルトの後ろに控えていた側近パウロは、先程の他国の使者達の様子を思い出しながらそう言って――、ローズの腕の中にいる子犬が自分を見た事で小さな悲鳴をあげる。


「……あ。すみません、マクレガー様。この子は賢いので噛んだりしませんよ?」


 ローズはそう言って子犬の首元を優しく撫でているが、幼い頃犬に追いかけられた事のあるパウロには恐怖の対象だ。……だからか、今日はかなり口数が少ない。


「ッ! いえ、大丈夫ですのでお気になさらず……!」


 そう言いながらもパウロは顔が強張っていた。ローズは少し申し訳ない気持ちになる。


「……ローズ。その子は……、犬ではない、よね?」


 レオンハルトが少し困ったようにそう聞いて来た。ローズは本当は隠すつもりもなかったので頷く。


「はい。……このフェルは……」

『フェンリル、じゃよ。……なんじゃ、もう気付かれてしもうたか』


「「!」」


 レオンハルトはやはりとは思いつつ、言葉を発した事に驚く。パウロはただただ驚いた。


「……話が出来るのですか。それにしても『フェンリル』とは……。では今回魔物達をまとめてくださっているのは……?」


 フェルはフンッと鼻息を吐いた。


『そうじゃよ。このワシがまとめている。そして今ローズに人間達の暮らしを体験させてもらっておるのだ。ワシの可愛い子犬姿に小さな子供からお年寄りまで近所の者達もメロメロじゃぞ?』


 そう得意げに語るフェルにローズは腕の中のフェルを撫でながらも2人に謝る。


「お2人に何も告げずに申し訳ございません。フェルは自然な様子を見たいとのことでして……」


「いや、構わないよ。後ろ暗い事はないのだし、こちらとしてもキチンと見て確認していただける方が有難い」


 レオンハルトはエルフ族の仲立ちだけで、本当に魔物達はこの200年のわだかまりを無くしてくれる事が出来るのか? とそこが不安要素だったのだ。魔物達のリーダーであるフェンリルが自ら動き、それを確認しようとするのもある意味当然だと思った。一応彼に確認してみる。


「……それで、ご納得していただけましたか?」


『……ふん。この王国が他国からの厳しい目線で見られている事はよう分かったわ。……そしてそれを受け流せる王の器を持つ者がこの王国にいることもな』


 そう言ってフェルはレオンハルトをチラリと見た、


『まあ、我らとしてはこちらとの契約を確実に守ってくれればそれで良い。……それに今他国が入り込めば奴らは我らとの契約を守るかは怪しいからな。奴らは我らを『魔石の取れる害獣』としか思っておらん。

我らとの不可侵条約を結んだこの王国の方がマシじゃからの』


 フェンリルは一息にそう言い切った。

 ……魔物達にも完全に人間達が入れない安住の地は必要なのだ。勿論人間達と敵対するような輩はこの契約の地に入れるつもりはない。人間達との契約を護り平和に暮らす事を望む者のみをこの地に住む条件とするつもりだ。 

 契約をした以上、それを守れぬ魔物は王国に入る事を許すつもりはない。


 そしてこの契約はアールスコート王国と成し得たものだ。他国に主導権を奪われてはせっかく手に入れた安住の地を失うかもしれない。

 そういう意味ではこの地に住む予定の魔物はアールスコート王国と一蓮托生なのだ。


 フェルの言葉にレオンハルトはその意を汲み取り頷いた。それを見たフェルも満足げに頷く。


『分かってもらえて満足だ。……ただ、お主はこの国の王になるつもりはない様子。この後はいったいどうするつもりなのだ?』


 フェルはレオンハルトにそう問うた。

 それをずっと聞きたかったが聞けずにいた、ローズとパウロもレオンハルトの返事を待つ。



「私は……」



 レオンハルトは表情を変えずにフェルに答えた。





 


「リンタール帝国のジョゼフ バートンにございます。

この度はこうしてお時間を割いていただき、望外の歓びでございます」


 アールスコート王国の大教会。

 なんとも仰々しい挨拶をしてきたフェリシアの父に、ローズとその横にいるフェリシアは何とも言えない気持ちになる。


「……こちらこそ、フェリシアにはとても仲良くしていただいております。

そして今回王国への出兵を思い留まっていただきありがとうございました。それに今日の会合ではお味方をしていただいて、とても心強かったですわ」


 ローズも丁寧に挨拶をし、この度の騒ぎから今日にかけてのお礼を言う。


 今回の魔物騒ぎ、確かにエルフ族の介入で魔物達は矛を収め『魅了』や王家、『カルトゥール』家の事まで解決した。

 しかし、他国に攻め込まれるという事態にならず周辺国の不満を逸らしてくれたのは、やはり大国であるリンタール帝国がまず最初に兵を出さない、という判断をしてくれたからだ。


 それに今日の会合でも味方をしてくれたお陰で『聖女』の立場が上がり、これからのローズの動きもしやすくなり更に他国に表立って狙われたりすることはないだろう。


 それに対して公爵はとんでもないとばかりに、


「いいえ、こちらこそ娘と仲良くしていただきありがとうございます。……初めこの王国に留学すると言われた時は驚き止めたものですが、まさか『聖女』様が『カルトゥール』のお方とは……! 我が帝国には『マイラ カルトゥール』の遺した魔石が今も使われております。私が貴女様の味方をするのは当然の事で御座います」


 そしてバートン公爵は『マイラ カルトゥール』の功績をつらつらと語り出した。いつまでも終わりそうにないその話に、フェリシアが呆れたように口を挟んだ。


「……お父様? それはおやめくださいと申し上げましたよね? ローズに嫌われてしまいますわよ?」


 娘の呆れた様子にやっと気付いたバートン公爵は、慌ててローズに向き合う。


「いやはや、失礼いたしました。フェリシアから言われていたのについ……。私はマイラ達が活躍したあの時代や人物が大好きでね。あの当時は『カルトゥール家』も健在でエルフ族や稀に妖精族の逸話も出てくる位であった。

……それが、200年前の戦後からは妖精族はおろかエルフ族も世界から姿を消し、『カルトゥール』を始めとした真に強き魔法使いも少なくなった。

それが! 今エルフ族を始め貴女のカルトゥール家の方が世に出て来るとは、私はなんと幸せ者なのであろうか!」


 また盛り上がりかけた父親は、娘の冷たい視線に気付き口を閉ざした。


「……そうだったのですか。『魔女マイラ』のした事が帝国のお役に立っていたのなら、とても嬉しい事です」


 たった半年程、あの帝国図書館に通ったあの時にメルケル魔法副師団長に請われて作った『魔法石』達。丁寧な手入れをしているからとはいえ、200年経った今でも使えているとは驚きだ。


「何故かあの時期『魔女マイラ』は我が帝国に通い様々な『魔法石』を遺してくれました。思えばその頃が一番帝国の成長著しい輝ける時代でした。

エルフ族がいて魔女マイラも我がバートン公爵家の『金獅子』も居て……」


 公爵はそう言って少し遠い目をしてから、こちらを見て真剣な口調で言った。


「『聖女』様。今はこの王国の建て直しにお忙しいでしょう。一度関わった以上暫くはこの国を離れられない、そしてまだ学園に通う学生でもあられる。

……ですがその責務を果たされたら、我が帝国にいらっしゃってはいかがでしょうか。この王国は『魔女マイラ』を悪女とし『カルトゥール』家を取り潰した。貴女がこの国に尽くす義理などは本来はないでしょう」


「……お父様!」


 フェリシアが父である公爵を止めようとしたけれど、本当は彼女もずっとそう思っていた。



お読みいただき、ありがとうございます。

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