83.5 バートン公爵 1
フェリシアの父親、バートン公爵から見たお話です。
本編はまだ続いています!
私はジョゼフ バートン。世界で最も偉大なリンタール帝国の筆頭公爵の位を賜っている。
私には妻と長男、次男、そして娘がいる。いずれも私の大切な愛する家族だ。
我が帝国は今でこそ揺るぎない大国の地位を誇っているが、約200年前には世界を巻き込んだ20年戦争に巻き込まれていた。
その時、最年少で騎士団長となり『金獅子』とまで呼ばれた我が公爵家の誇り『ラインハルト バートン』が『魅了』にかけられ非業の死を遂げた。
……あの憎っくき、アールスコート王国によって!!
そしてあろうことか、我が帝国に『魔女の瞳』などの数々の素晴らしき魔法石をもたらし、あの戦争終結の立役者と言われる稀代の魔女『マイラ カルトゥール』。彼女をあの戦争の引き起こした犯人と言い張り『伝説の悪女』だとしたのだ!!
今でもこの帝国のほぼ全ての人間はアールスコート王国のことを嫌っているが、我が公爵家ほど憎んでいる者はいないだろう。
当時のバートン公爵は歳の離れた末の弟ラインハルトを大層可愛がっており、彼の死後、持ち物などをそのまま大切に保管し彼の伝記まで作り上げた。……不思議なのはその中に、我が公爵家の者に必ず渡される公爵家の紋章が入ったペンダントがない事だ。敵に奪われたのではないかと考えただけでまた憎しみが募る。
とにかくその為我が公爵家に生まれ育った者は、その伝記や彼の遺した書物などを見て更にアールスコート王国を憎む。そんな訳で勿論私も金獅子ラインハルト様を敬愛しアールスコート王国を憎んでいる。
――最近、あのアールスコート王国で何やら動きがあったようだ。
元々のアールスコート王国は実り豊かな土地で、産業も幅広く発達していた。だからこそ、他国から狙われあの戦争に繋がったそうだが……。そして戦後はその豊かさを武器にほぼ鎖国状態で他国とは必要最低限の貿易しかしてこなかった。
しかし戦後には次第に大地の実りは悪くなり、医療なども進まずその代わりとなるポーションを作れる者も多くなかったようだ。そして近年特に医療が逼迫しているとの報告を受けていたのだが……。
それが最近、低級とはいえ『ポーション』が潤沢に出回り出したらしい。それもかなり良い品質だそうだ。
聞けば、それは教会の『聖女』によるものだったらしい。
なんとあの王国にセレス聖国より『聖女』が派遣されたというのだ。
代々のセレス聖国の教皇は『アールスコート王国に聖女は派遣しない』と明言されてきたと言うのに、いったいどうしたというのか? 我が妻の兄である教皇には何かお考えがあるものとは思うが……。
……そんな時、起こった巨大な『魔法の波動』。
王国はかつての戦争で『稀代の魔女』を悪女とした事で、世界中の魔法使い達から忌避されている。
それ故に強き魔法使いがそれほどいないはずのアールスコート王国で、ソレは起こったのだ。
我が帝国には強き魔法使いがたくさんおり高位貴族にも魔力が高い者が多い。勿論私の魔力も相当に高いと自負している。その魔力の高い者が一斉に感じた鳥肌が立つ程の『魔法の波動』。
早速皇帝陛下の元、緊急会議が行われた。
推定された場所が『マイラ カルトゥールの屋敷跡』付近であった事とおそらく我が国の魔法使いにも不可能な程の複雑で高度な魔法であった事から、『マイラが復活したのでは』などと言い出す者もいたが、そんな事があるはずがない。
そしてどれだけ議論をしても答えが出ることはなかった。
……何しろ、その波動はあのアールスコート王国で起きたのだから。
200年前の戦争後、各国は敗戦後の賠償などの交渉の為こぞってアールスコート王国に入った。だが、悉く『魅了』にかけられ諦めざるをえなかった。
今でもあの王国には代々王族に『魅了』の能力者が生まれるらしく、大っぴらに使者や間者が入ることは危険極まりないのだ。『魅了』にかからない為に、あの王国からは一般的に街に出回る情報しか得る事が出来ない。
――そんなある日。私の愛する娘フェリシアが大切な話があると言うので、ここ最近の難題に頭を悩ませながらも時間をとった。
フェリシアは最近は世界の情勢などに興味があるらしい。来年からは帝国学園入学であるし、知識を得るのは良い事だと思い色んな話をしていたのだが……。
「お父様。私はアールスコート王国王立学園に行きたいのです」
まさか、そんな事を言い出すとは思いもしなかった!
私はあの王国では『魅了』が蔓延り危険だと伝えたが……。
フェリシアが言うには今アールスコート王国にいる『聖女』はフェリシアと同じ14歳。来年から王立学園に編入するらしいと聖国に里帰りした妻から聞いた、と言うのだ。そして、かの王国から情報を得られない今の状況で、『聖女』や先日の『魔法の波動』を調べる事が出来る良い手であるとまで言った。
勿論私は反対した。大切な娘をあんな危険な国にやれるはずがない。しかし娘の決意は固く、『魅了』の件も教会の人間はかかっていないようだとの事。
私は悩んだ。
この帝国の公爵としては、機会があるならば何としてもあの国の事を探りたい。まして、『聖女』が学園に入るという情報がありその学友になれるのなら探るチャンスはかなりあるだろう。……しかし、それは自分の大切な娘でなければならないのか?
悩んだ末に、とりあえず聖国の教皇のところへ行き、本当にあの『魅了』を避ける手があるのか確認する、もしそれがないのなら王国へ行くことを許す事は出来ない、と娘に告げた。
娘もそれを了承し、2人で聖国に向かった。
「確かに、少し前に『魅了避け』は聖国で開発され、王国の今の大司教からも『お陰で魅了にかからなかった』と報告を受けています。それから少しずつ改良され、ほぼ完成したといえますが……。なんと言っても確実に実証出来たのは一件のみ。そして今この『魅了避け』の量産を試みていますが、何せ複雑な魔法操作が必要でね。ある程度数が揃えば帝国にもお渡ししようと思っていたのですよ」
教皇である義兄上はそう言って、その『魅了避け』の現物の魔石のペンダントを見せて下さった。私は本当にそんな物が出来ている事に驚いた。
「義兄上……! コレは、とんでもない事ですよ。これがもっと量産出来ればあの憎っくきアールスコート王国に一泡吹かせてやれる……!」
私は積年の思いがつい溢れてしまったが、義兄上に窘められた。教皇の立場から言えば、争いに加担するつもりはない、という事だろう。
「おじ様。……その『魅了避け』を私に貸していただけませんか?」
そこにフェリシアが願い出た。……そうだった。今回は娘の願いで来たのであった。……しかも、これが存在するとなるとフェリシアをあの国に行かさねばならなくなってしまう。私は急に胃が痛くなった。
義兄上は娘にどういう訳でこれが必要になるのかを尋ね、フェリシアは私にした説明と同じことを話した。……当然、義兄上は反対した。
「フェリシア……。この『魅了避け』は完全なものかどうかはハッキリとは分かっていない。それに君と『聖女』はなんの関わりもない。それなのにフェリシアがあの危険な国に飛び込む意味はあるのかい?」
義兄上はフェリシアを説得しようとした。私としても、娘に思い留まって欲しくて様子を見守る。……私は一度娘と約束してしまったから、今更それを破る訳にはいかない。
「……関わりは今はありません。だから、会いに行くんです。……私はずっと気になっているのです。おじ様がお認めになった『聖女』を。そして『低級ポーション』だけで人々の心を掴み、帝国にまで届く巨大な魔法の波動を起こせるその人物を!」
――若さとは、なんと眩しいことか。
真っ直ぐに教皇である伯父を見すえてその熱い思いを語る娘を見て、そう感じたのは私だけではなかっただろう。義兄上も、それまでの説得をやめ考え込まれた。……私も、これ程強い思いの者を止める術は知らない。
そうして、義兄上からは貴重な『魔物避け』を5個もお借りし、アールスコート王国大教会の教皇用貴賓室で滞在する許可も得た。
その後戻った帝国で皇帝にことの次第を話すと、父である私や伯父である教皇の許しを得たのなら自分が反対する事は出来ないと、すぐに許可が出た。
「フェリシア嬢に、期待と多大なる心配をしている。無事に帰ってくる事が最大の成果だと、そう伝えてくれ」
皇帝陛下よりそうお言葉をいただき、護衛に大変有能な魔法騎士を3人も付けていただいた。
そして私は最愛の娘を、憎きアールスコート王国に送り出すことになったのである――
お読みいただき、ありがとうございます!
『バートン公爵』編、あと1話お付き合いください!




