82 王家の責任
シン……。
王宮の前の広場が一瞬静まり返った。
元々曇りだった空はますます暗く重くなったように感じられた。
『この王国は200年前起こした戦争の敗戦が濃厚となった時、いかにその責任逃れをするかを考えた。そもそもの始まりはどうあれ結果として我が国は他国を侵略し続け諸外国に多大なる被害を与えた。……その事から逃れる為にした言い訳が、『伝説の悪女』と『神の天啓を受けし勇者と守り石』だったのだ』
人々は信じられない思いでその説明に聞き入る。
『王国はその敗戦の責任逃れの為に、『勇者の守り石』を作った当時まだ学生だったカルトゥール家のマイラ嬢に、その罪を着せたのだ。
20年前に始まった戦争であったのに、当時まだ20歳程のマイラ嬢に罪を着せるなどというかなり無理矢理な説明だったのだが、『魔女マイラ』の年齢が幾つかなどと一般には知られていなかったのだろう』
ザワ……。
人々が騒ついた。
この王国の幼児からお年寄りまでもが知っている『伝説の悪女』の話。余りに当たり前になっていて、それが違うと言われてもなかなかピンとこなかった。
『マイラ嬢はあの侵略戦争に反対していた為に罪を着せられたのだと思われる。そして彼女は戦争末期に王国により殺され、かの『カルトゥール』家も取り潰しとなった。王都にまだ『魔女の屋敷跡』として残っているから知っている者も多いだろう。
そして『カルトゥール』とは、知っている者もいるかとは思うが、世界一の魔力を持つと言われる一族であった。そしてその中でもマイラ嬢は突出した魔力を持っていたと言われている。
……その為、『王国の守り石』を作り直す事は不可能である』
人々はガッカリしたようだった。……そして、同時に王国に対する怒りがふつふつとわいてくる。
「……たった20歳程の娘に戦争の罪を着せるなんて!」
「しかも『守り石』を作ってくれた大恩人ではないか!」」
「王国は……王家は、恥を知れ!」
そんな人々の叫びを、レオンハルトは甘んじて受けていた。
『……そう、我が王国は間違いを犯した。約20年にも渡る戦争を起こし周辺国に多大なる被害を出し、その罪を1人の女性に着せその一族を取り潰した。……更に『神の天啓を受けた』などと人々を欺き続けた、……大きな、許されざる罪』
「そうだ! 王家は卑怯だ!」
「こんな王家は要らない! 退陣しろ!」
人々の怒りが高まる中、レオンハルトは静かに告げた。
『――ここに、我が王家が犯した罪を国民全てに謝罪する。大変、申し訳なかった』
レオンハルトは静かに頭を下げた。
人々は王太子の思わぬ行動に、それまでの野次などが徐々に止まりベランダに立ち頭を下げるその人を見入った。王族が平民に頭を下げるなど考えられなかったからだ。
……そして、レオンハルトはゆっくりと頭を上げた。
『此度の責任をとり、我がアールスコート王国の国王は退位される。……この後の引き継ぎはこの私レオンハルトが代行するが、その後はエルフ族や次代の国の代表でこの王国を盛り立てていってくれると信じる。
そして、私は宣言する。『魔女』と呼ばれ罪を着せられた『マイラ カルトゥール』。……彼女の無実を! そうして彼女の名誉を回復することを!!』
人々は再びシンと鎮まった。
この我が国の王太子は、引き継ぎをしたらあとはその立場を退くと言ったのか? 普通は国王になりたいと、権力を握りたいと思うのではないのか? おそらくはこの王子にはその力があるはずだ。
……確かにこの国の、王家のして来たことはとてもではないが許されることではない。しかし200年前の王家がしたことを、今現在全く関与していないこの王子が謝罪をし、更に責任まで取る必要があるのか?
それなのにこの難局の引き継ぎという、1番誰もがやりたくないであろう仕事だけを引き受けてあとは去ると言うのか?
……そして過去の過ちを素直に謝罪し、被害者である『魔女』の名誉の回復まで成し遂げるとは!
――人々はこのレオンハルトという王子を、信じられない思いで見た。
……なんと、清廉な心な持ち主か、と。
ローズは多くの国民の前で心からの謝罪を行ったレオンハルトの姿を、その少し後ろから驚きと尊敬の思いで見ていた。
――約1週間前、魔物達の襲来があってから王宮やローズの周りは目まぐるしく動いた。
アールスコート王国の貴族達はエルフ族から出された条件にかなり異論が出たようだった。
確かに条件の内容は、この王国が約200年間真実として来たことを嘘でした、というようなものだ。国としてそのような事を発表するなんて事は普通はあり得ない。
それでも、その条件を飲まない事にはエルフ族の協力は得られない。そしてそれはこのアールスコート王国が魔物に襲われ更に周辺国に攻め入られる事を意味するのだ。
もはや異論など出して揉めている場合ではなかったのだ。
そうしてエルフ族と王国側との話し合いは、暴走しそうな貴族達をレオンハルトがしっかりとまとめ上げた。
現在の王国の中枢の考えとリンタール帝国の公爵令息ラインハルトの記憶も蘇ったレオンハルトの国際感覚は、この話し合いで非常に有効なものだった。
そして話がまとまり、いざ国民への発表をするという段階になってまた問題が生じた。
その条件を全て呑むとして、誰がどのように人々の理解を得られるように国民に向けて語りかけるのか、と――。
国民に理解を得るとなればやはりこの国の王でなければ、という事になったがその肝心の国王は……。
「ワシは……ワシは絶対にやらんぞ! そもそもこんな事は納得しておらん上に、そのような国民から恨みを買うような事をさせられるとは、ワシは完全に捨て駒てはないか!」
そう言って国民の前で語りかける、という重要な役目を拒否したのである。
会議はそこでいったん止まってしまったらしい。
「いざとなれば、私が全て国民の前で話しても良いのだが……。しかし国民としてはやはりこの国の代表たる国王がお言葉がないと、内容が内容だけにとてもでは無いが理解を得られないだろう。
もう一度父王を説得してみるが……。困ったものだ」
会議の合間に、レオンハルトは現在の状況をローズに話した。
「陛下は困ったお方ですね。……ではレオンハルト様さえ許可をくださるのでしたら、そのお悩みを私が解決致しましょう」
ローズはクスリと微笑み……、今日のこの状態になったのである。
……ふふ。
今日の国王陛下は私の作り上げた魔法の『幻』。そして言葉は殿下方と考えた内容をそのまま陛下の声でコレも魔法で流したもの。
……本物の陛下は今頃部屋で小さくなっているのかしらね。
人々も陛下を偽物と疑ってなどいないようだし、何よりあの状況で陛下が下がりレオンハルト様が国民の前に出て来られた事で、レオンハルト様がこれからこの王国を動かす方だと人々に分かってもらえた事でしょう!
……でも、レオンハルト様は流石だわ。人心を掴む事に長けていらっしゃる。これはやはり、ラインハルト様の記憶が戻った事で更に上に立つ者としてのご自覚がお出来になられたのでしょうね……。
そう思いながらローズはレオンハルトの後ろで見ていたのだが。
レオンハルトが自らの王位を望まず、王国の罪を国民の前で頭を下げ謝罪した。……決して彼の罪ではないのに。
そして人々に納得してもらえる説明で『魔女マイラの名誉の回復』を宣言してくれたのだ。
そんなレオンハルトの様子を見て、ローズは彼への狂おしい程の思いに苛まれた。
……レオンハルト様は、……ラインハルト様はやはり変わっていない。前世と同じ……ご自分は悪くないのにああやって人の為に頭を下げる事が出来る、そんな方。……いつも、さりげなく周りを気遣ってくださる。
――そして私は、あの時もそんなラインハルト様のことを――。
ローズはレオンハルトを見つめた。少し後ろから見た彼の背中にはたくさんのものを背負ってきたのだと、そう思うとまた切なくなった。
お読みいただきありがとうございます!
レオンハルトは国民に王国の過去の罪を認め謝罪をし、『伝説の悪女』の名誉の回復までを皆に宣言しました。
それを見ていたローズは、前世で彼を好きだった時と同じ気持ちが溢れてしまっています。




