80 カルトゥール公爵の末裔
「なんだか、リアムに随分懐いているみたいね……」
ローズはリアムの腕の中で安心したようにスヤスヤと眠るフェンリルを見ながら言った。
「そうなのかなぁ? 姉様を探して慌てて家に帰ったらなんだか気配を感じて庭を見たんだ。そうしたら、まさしく捨てられた子犬って顔をして僕を見てたんだよ。
妙に放っておけなくて……。でも身体を洗ってあげてジッと見てたら、あれこの子ホントに犬? って思って……。暫く撫でてたら寝ちゃったから、ベッドの中に入れてコッチに来て姉様を待ってたんだ」
リアムが事情を話すと、父は「それで帰ってバタバタしてたのか……」と納得していた。
「まあとりあえずフェンリルは何もしないと言っているんだし、エルフ族との約束もあると言っていたから大丈夫でしょう。……リアム、フェンリルのお世話を頼める?」
ローズはフェンリルが悪意を持っているように見えなかったので、とりあえずの世話をリアムに頼む。リアムは「任せて」と頷いた。
「それで……元の話に戻るけれど、この国に魔物達が住まう事になるけれど諸外国並みになるだけだから通常の暮らしにはそれ程影響はないと思うわ。
街の外に出る人達にはこれから王国からの指示もある事でしょう」
ローズがそう話すと、2人はとりあえず頷いた。
「今回の魔物達の来襲は、この王国のいうところの『神より授けられた勇者の守り石』の力が弱まった為、なの。
そしてこの王国が昔戦争を起こし敗戦となりながらも他国より手を出されなかったのは、王家に『魅了』という人を操る力を持っていたから。王家は『魅了』を使ってこの200年他国から手を出されないようにしていた。
そして『勇者の守り石』とは実はマイラが作った物なの。だけどこの国の民は『守り石』の効果で強い魔物が居なくなったことで、王家の『神より与えられし』という言葉を信じてしまったのね」
ローズはこの国の200年のあらましをざっと2人に話した。
2人は感心して息を吐いた。
「はぁ……。成る程な。他国では魔物がいる事が当たり前でアールスコート王国の国民は魔物の脅威の無い世界に慣れすぎてしまっている、という事だね。
その『勇者の守り石』もマイラが作った物だったとは……。
そして『魅了』、か……。……まさかそれはリアムが話していた第3王子の……?」
父は最初感心していたが、思い当たることがあった為に恐る恐る聞いてきた。
「……ええ。リアムがかけられそうになったのがそうよ。そしてそれはお父様にもお渡しした『お守り』で弾く事が出来たの。この『お守り』は教会から教えていただいた物。今や世界各国の首脳陣に出回っているらしいから、もうこれからはこの王国の『魅了』は通用しない。それでこの魔物の襲来と共に各国がこの機にアールスコート王国に攻め入ろうとしていた。……それもエルフ族が我が国に来てくれた事でとりあえず思い留まったようだけれど」
ローズの言葉に父は首に掛けた『お守り』を取り出して見た。
「コレのお陰でリアムが無事だったのか……。……本当に良かった。それにしても各国の首脳陣が持つような物を自分が持っているとは、なんだか畏れ多いね」
実際にはおそらく各国首脳陣が持つ教会製の物よりもローズが作った物の方が魔法防御もあり性能が良いのだが……。
ローズはとりあえず微笑んでおいた。
「今はエルフ族の方々と王国側で話し合いが行われているの。また後日国民向けに発表がある事でしょう。
……そして、ここからが我が家に大きく関わる事なのだけれど」
ローズはスッと姿勢を正して2人に向き合った。
父と弟も、何かを感じて姿勢を正してローズの言葉を待った。
「実は、エルフ族の方々から王国を助ける条件の一つとして『魔女マイラの名誉の回復』を申し出られたの。そして私が『聖女』であり、本来の姿で彼らの前に出てカルトゥール家直系の者と分かった事から……、我がダルトン子爵家に『カルトゥール家』として復活し、『公爵』の叙爵の話が出ているの」
「「!!」」
2人はピキンッと硬直した。
「レオンハルト殿下からお話をいただいて、とりあえずは父と相談してからお返事しますとお答えしたのだけれど……。何せ我が国でカルトゥール家は『伝説の悪女マイラ』の実家として大人から子供までよく知られているから、いくら『名誉の回復』をしても反発が起こる恐れもあるし世間の様子を見て、という事になるとは思うのですけれどね。
お父様はどう思われます……? ? お父様?」
ローズは一切反応しない父に向かって問いかけた。
お父様は真剣な難しいお顔をして考え込まれていた。
……実はカルトゥール直系だったとはいえ、この200年ダルトン子爵家として続いて来た家で生まれ生きてきたのだ。直系のみに『実はカルトゥール家』との言い伝えはあっても魔力も少なく封印は解けず、とてもではないがそうは信じられない期間があまりに長過ぎた。
半年前に封印が解けたばかり、やっと魔力も徐々に戻し使いこなせるようになって来たところで、急に今度は元の『公爵』にと言われても頭も気持ちも追いつかないのだろう。
「お父様。急にこんな事を言っても驚かれますよね……。またこの話はゆっくりお考えいただいて……」
そう言いかけた途端、父はバッと顔を上げた。
「ッああ! とうとう……、とうとうこの日が……! 我が家がカルトゥールと誇れるこの日がやって来たのだ……!」
父が興奮してこう言った。
あまりの勢いにローズとリアムは驚く。
「え、と……。お父様?」
「ローズ……! 我らダルトン子爵家の主は代々『我が家は世界1の魔法の一族』と伝え聞きながらも、それを証明することが出来ぬまま生涯を終えてきた。祖父も父も……。どれ程悔しい思いをされてきたことか……!
それがやっと封印を解く事が出来たばかりか、周囲にも認められ『カルトゥール』を名乗る事が出来る日がやって来るとは……!」
父ダルトン子爵は感動で涙を流していた。
「お父様……」
ローズは弟の子孫達がここまでそれを思い悩んでいるとは知らなかった。
マイラは弟に封印をかけた時、当時のダルトン子爵夫妻と弟に封印の解き方を伝えた。しかしあの頃は既に魔女マイラにこの王国での風当たりは非常に強く、すぐに封印を解く状況ではないと思えた。
そしてその解除方法も直系の人間が3人必要とした事から少し難しかったのかもしれない。マイラは弟が結婚し子が2人出来ればすぐに解ける、その頃なら世間の状況も良くなり出て行った伯母や叔父の一族も成長した弟に手を出せないだろう、と考えたのだったが……。
「……申し訳ございませんでした。お父様……。私が、……マイラがあんな封印をしたばかりに……」
ローズは申し訳なさで俯き謝罪したが……。
「そうではないよ。マイラは我が先祖を助けてくれたのだ。そもそもマイラが助けてくれなければその弟が生き残る事はなく、私達は生まれることもなかったのだから。
ただその封印の解除方法を、我が祖先のどこかで間違えたのか忘れてしまったのか……、そうなってしまった事が原因なのだろうな。私の父や祖父もローズが話してくれた解除方法は知らなかったようだ」
「! ……そうなのですか……」
200年前のあの時、慌ただしい中だったとはいえ当時のダルトン子爵夫妻と弟にはキチンと伝えたつもりだったのだが……。残念ながらどこかで話がズレてきたのだろう。
「それよりも、確かに畏れ多い話ではあるのだが、順を追ってその話はお受けしようと思う。そして『カルトゥール』の復興を果たすことが父や祖父、ご先祖様の無念を晴らす事になると思うのだ。……ローズ、リアム。2人も大丈夫かい?」
ダルトン子爵は2人の子供達にそう問いかけた。
2人はそれを聞き姿勢を正した。
「……はい。元より私は魔法の研究をしていく環境が整えばそれで満足なのです。そうなるならば誠心誠意努力いたします」
ローズがそう言えば、リアムも真剣な顔をして答えた。
「……はい。僕も畏れ多い話ではありますが、この『カルトゥール』を盛り立てていく所存です」
するともう一つ声が聞こえた。
『……我も、協力するぞ。……お前たちの魔力は心地よい。我がフェンリル族とそれに連なる魔物もお前たちに味方しよう」
父とローズとリアムは驚き、リアムの腕の中にいる子犬……フェンリルを見た。
「……寝てたんじゃなかったの?」
リアムはフェンリルの頭を優しく撫でながら聞いた。
『ふふ。寝ておったがの。……お前たちは面白いのう。お前たちのような人間ばかりなら、私達も暮らしやすそうだがの……』
そう言って、フェンリルはまた寝息を立て始めた。
3人は顔を見合わせた。……そして、笑い合う。
……そして、これから人も魔物たちも平和に暮らせるようにしていこうと話し合ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
マイラが居なくなってからの王国は、戦争を引き起こしたとされる『伝説の悪女』を忌み嫌う風潮が長く続き魔法使いも嫌われていました。
弟は封印の解除方法を分かっていましたが、姉や一族の事が忘れられず敢えて封印を解かないかままの人生を送りました。
魔法無しで堅実に戦後の子爵家の復興を成し遂げていきました。




