79 可愛い子犬
「……ただいまー……」
今日は1日色んな事があった。
思い悩みつつローズはダルトン子爵邸に帰って来た。
昨日魔物達の襲撃があると家族に家や街を託しその日は帰ったものの、今日は学園から『転移』で魔物達のところへそしてその後は王宮へ行ってしまい、今はもう夕方というより夜に近い時間。
おそらく街にいる人々には辺境の地や王宮で何が起こっていたかは分からなかっただろうが……。
そろり、とローズはダルトン子爵家の玄関から入った。
いや、自分の部屋に『転移』してしまっても良かったのだが、おそらく父や弟は……。
「ローズ!」
「お姉様!」
ほぼ同時に、父と弟が叫んだ。……やはり、2人とも玄関近くで待っていた。
「2人とも、今日もここで待っていてくれたの? きちんとご飯は食べた?」
まさか今日もここでずっといたのではないわよね? 昨日も玄関付近で2人はヤキモキしながら待ってくれていた。きちんと食べて休んでいてね、と昨日はお願いしたのだが……。
そう思いながらローズが問いかけると、2人はスッと目を逸らした。……やっぱりここでずっと待っていてくれたのね……。
「心配かけてごめんなさい。結果だけ言うと最悪の事態は免れたと思う。……とりあえず、居間に行きましょうか?」
「……ああ。いや、ドリーさんが夕食を用意してくれてあるから食べてから聞こう。ローズもお腹が空いただろう」
そう言って待ち疲れたであろう父と弟とお食事をいただいてから、居間に移動し『隠蔽』をかけた。
「お姉様……。今日気付いたら学園から居なくなってたから心配したんだよ? 昨夜も教会からの帰りは遅かったし……。学園の生徒や先生達も何かおかしな事が起きているって感じて騒ついてて、休んでる人や帰る人もたくさん居て結局自習になったんだ。殿下達もお休みだったしね。だから姉様に会いに行ったんだよ? そうしたら居ないし……」
リアムは学園に居なかった姉ローズが家にも居なかった事で、また何かに関わっていると確信しこうして心配して待っていたのだという。
「ごめんなさい、リアム。王宮での会議で話がまとまったようだったから、先に辺境の地の様子を見ておこうと思って……。
とりあえず魔物達はエルフ族の方々の介入のお陰で落ち着いてくれたの。そしてこれからはこの国には魔物が住まう事になると思う。街には結界を張るし普通に暮らす分には影響は無いと思うわ。ただ、街から街へと行き交う人達はこれからは護衛などが必要になってくると思うけれど……」
ローズはとりあえず1番人々に影響がありそうな事から説明を始めた。本当は我が家にはとんでもない重要な話があるのだが……。
「ッ! 魔物が……、この国に住まう? そんな事になれば人々が大変なことになるのでは……」
父は驚き思わず立ち上がった。リアムも大きく目を見開いて呟いた。
「魔物……」
「……それに慣れるまではそれなりに混乱もあるとは思うけれど、そもそもこの王国には魔物が住んでいたのよ? そして諸外国も同じ条件で生活している。いえ諸外国の方がこの国よりも魔物がいる事で貴重な魔物の素材や冒険者の仕事が増えたりと、経済的には潤っていると思うの」
ローズが魔物達との共存している各国の説明をしていると父も「経済的に、か……」「いやしかし、安全面では……」などと呟き難しそうな顔をした。
そしてリアムは何やら微妙な顔をして沈黙していた。
「……リアム? どうかした? やっぱり気になる?」
ローズがリアムに声を掛けると、リアムは苦笑いをしながら答えた。
「あ……、うん。ええっと、ね……。……僕、実は今日小さな魔物を拾ってきちゃったんだ……」
リアムが言いにくそうにポソリと言うと、父もローズも驚く。
「小さな魔物? 角ウサギの赤ちゃん? 珍しいわね……? え。というか、昨日からこの街にはお父様とリアムで魔物避けの結界を張っているのではなかった?」
魔物が来るかもしれないと聞いて、父とリアムが張り切って街に覚えたての魔法の魔物避け『結界』を張っていた。
まだまだ魔物達は遠いし、魔法の出来もなかなかのものだった。それにせっかく2人が力を合わせて張った結界にローズが手を入れるのも憚られてそのままでいたのだ。……いざとなれば手は加えるつもりだったが。
とりあえずその結界はまだ有効なはずだ。
「うん。そうなんだけれど……。それがウチの屋敷の庭に居たんだよ。……ちょっと待ってて」
そう言ってリアムは自分の部屋にいったん行きすぐに戻って来た。……その腕の中には、1匹の白い小さなふわふわな子犬。……子犬?
「リアム。その子って……」
ローズはひくりと顔を引き攣らせ、父は「おお。可愛いな。え? 普通の子犬じゃないのか?」と不思議がる。
……いやいや、その子って!
「……うん。僕も最初は子犬かなと思ったんだけどね。だけどなんだか魔力を感じるし、それでよく考えたら『犬型の魔物』って……、僕も図鑑でしか見たことなかったけど」
リアムはそこまで言って困ったようにローズをチラと見た。
「……そうね。角狼か……、フェンリルしかいないわね」
そう言ってリアムの腕の中にいる子犬のような魔物を見た。この子犬には『角』はないようだ。
その魔物は言葉を分かっているかのようにローズの瞳を見た―― 。
その魔物と暫く見合うと、子犬は小さく『キュ?』と鳴いた。が……。
『いかん。……やはり子犬のフリは難しいのう。ワシじゃ。朝方辺境の地で会ったフェンリルじゃよ』
「「「!!」」」
父もリアムも勿論ローズも。驚き子犬……、いやフェンリルを凝視した。
『なんじゃ? もう忘れたのか? 薄情な『聖女』じゃのう。その調子でエルフの長もアッサリ振ってしもうたんかの?』
意外に饒舌なフェンリルはリアムの腕の中からローズを見て、尻尾をフリフリしながらわふわふと笑う……笑っている、のだと思う。
「いえ、もちろん覚えては……、いやどうしたのですかそのお姿は? というか、クリストバルは関係ないですし、そもそもあれはあの200年前の戦時下で私の身を案じてお声掛けいただいただけですので振ったとかではないですよ? それよりもどうしてここにいらっしゃるんですか!?」
ローズは慌ててフェンリルを問い詰めるが……。
『フォフォ……。あんまり一度に質問されても困るのぉ。
あれからあのまま辺境の地で待つ事になったのでの。ヒマを持て余してこうしてあちこち見に来たのじゃよ。お前さんに会おうとここまで来たら、何とも心地よい魔力が流れて来たので、ついつい居ついて居眠りしてしまったという訳じゃ。……そしてコレは世を忍ぶ仮の姿じゃよ。可愛いじゃろ?』
フェンリルはそれはご機嫌にそう語った。
そうか、屋敷に帰って気配を感じなかったのは寝てたからなのか。というか、初めての場所で居眠れるなんて、なかなか豪胆よね……!
いやいや、そう言う問題ではないから! そう3人は頭を抱えた。
「この街には『結界』が張ってあったはずなのですが……。私もこの王都全体に対魔法使い用ですがかけてありました。どうやって入られたのですか?」
ローズはそもそもそれが疑問だったので質問した。
『……ああ、あれのう。流石に王都にかかっている結界は入れなかったので魔力を使わず正門から入ったのじゃ。旅の者達に紛れ込んで可愛い子犬が入っても何の問題もなかったのう。
この街にはチョチョイと結界の隙間をかいぬぐっての……』
うーん。コレは後々父と弟に結界の指導を行わなければならないかしらね。
見ると2人も少し気落ちしていた。
『ああ、大丈夫じゃよ。ワシ程の者になれば、という事じゃ。他の魔物はまあ入れんじゃろ』
2人を慰めるようにフェンリルは言った。
『まあそういう訳で、ワシはこのまま暫くここにいさせてもらう事にする。……ここはなかなかに居心地が良さそうじゃからの。自分の事は自分でするから気を使わなくとも構わん。それに当然街で騒ぎを起こすような事もせんと約束しよう。エルフに怒られるしの』
フェンリルはそう言って、『ワフ……』と一息つくと眠ってしまった。
3人は顔を見合わせ、ため息を吐いた。
ただ、リアムの手はフェンリルをずっと優しく撫でていた。
お読みいただきありがとうございます。
フェンリルは魔法で小さくなっています。見た目は産まれてひと月程の子犬そのもの。
街に入り込む時たまたま見かけた子犬サイズに変身したら、とても可愛くなり本人もこの姿をとても気に入っています。




