77 聖女の存在
「……いかがでしたか?」
レオンハルトにそう問いかけたのは、プラチナブロンドに金の瞳の『聖女』ローズ。
先程エルフ族とアールスコート王国との話し合いが行われた。
この部屋には会議を終えたレオンハルトとテオドール、そして彼らの感想を聞きにローズとパウロがいる。
「……ああ。……やはり国の重鎮達はこの国の事実の公表には前向きでないね。今回会議に同席させたのは貴族の中でも頭の柔らかい者達だったのだが。今までの常識をひっくり返すというのはやはり一筋縄ではいかない」
レオンハルトはため息混じりに答えた。
「……ですが、エルフ族の長のお言葉により、これは避けられない道であると、最後にはご理解は頂けたようでございます。特に宰相であるシュナイダー侯爵は理解の早いお方。きっと今後他の貴族達の説得に動いてくれましょう」
テオドールはそう言った。今回テオドールは未成年ながらこの重大な会議に参加させた。
……それはこれから始まる新たなるこの国の成り立ちに、出来るだけ沢山の若者達を関わらさせたかったからだが……。
思っていたよりも状況をよく読み立ち振る舞うテオドールに、レオンハルトは満足していた。
「そのようになるといいですね。……エルフ族の方がこの王国と話し合う姿勢を見せている事で、少なくともリンタール帝国とその同盟国はそれに倣う方向で調整されているそうです。帝国の動きにおそらくは他の国々も追随する事でしょう」
ローズは学園での友人であるリンタール帝国の公爵令嬢フェリシアからの魔法鳩の知らせを伝えた。
フェリシアは王国への強き魔物達の襲来があったことで帝国に呼び戻され、父であるバートン公爵に今回エルフ族がアールスコート王国に関わり協力するようであると伝えた。
早速公爵は皇帝に謁見し緊急会議が行われたそうだ。帝国はアールスコート王国に強き魔物が大量に入った事で、周辺国と共に『魔物を退治し王国の治安を守る為』という名目で派兵する流れになっていたが、エルフ族がアールスコート王国に関わり更に魔物達の動きも止まっている事で、大義名分がなくなった状態となった。
しかし今回の王国での魔物騒ぎに、何事が起こっているのかを探る使者を送る事になったらしい。
最近は各国の首脳陣にも『魅了』避けの御守りが出回った事で、それを装着した『転移』も出来る魔力の高い者が使者として選ばれ、各国からアールスコート王国に向かわす事にしたようだ。また近い内に王国に知らせが来るだろう。
諸外国の使者がやってくれば、『聖女』であるローズもその会議に立ち会わなければならないかもしれない。
……諸外国はアールスコート王国に対してどこまでを要求してくるだろうか? 彼らも200年膠着状態だった王国へ介入出来るこの絶好の機会を、幾らエルフ族の仲介があっても逃したくはないはずだ。何らかの要求をしてきてもおかしくない。
「……しかし、周辺国もただ何の要求もしないという訳ではないでしょう。今は私が結界を張っていますが、『魅了』の抑止力が無くなったこの王国に魔法使いが転移してきてもおかしくない状況です。
……微力ながら私もこれから来るであろう諸外国の使者との会合に参加し、この王国に住む人々が平和に暮らせる為に力を尽くしたいと思います」
ローズがそう言うと、レオンハルト達はほっとした顔をした。
……実のところ、この王宮や周辺に『転移』して来ようとしてローズの結界に弾かれた幾つかの魔力はあった。
この王国の混乱期に魔法使いをやり、一気に内部から堕とそうとしたのだろう。弾かれた魔法使いには魔法でマーキングをしてある。どこの国が強硬な姿勢でいるのかは分かるのだ。
「それは願ってもいないことだ。……だがとりあえず諸外国との会合は、また向こうからの動きがあり次第という事になる。
そしてその前に我らはエルフ族の要求への返事を王国側でまとめ上げ、彼らの承認を受ければ今度は国民に発表せねばならない」
エルフ族の要求は『魅了を持つ者の排除』と、『魔物避けの魔石』を渡し神からの守りではなかったと公表する、そして200年前の偉大な魔女の名誉を回復すること。
『神に守られし国』ということを国民はどのくらい信用していたのかは分からないが、中には大きなショックを受ける者もいることだろう。
しかしそれよりも、『魔物がいない国』という事でなくなることの方が生活に関わることだけに反発が起こる可能性が高い。
エルフ族や『聖女』が手を貸してくれることにより、諸外国並みの生活になるだけなのだとはいえ、一度手にした『魔物がいない』という安全性が無くなってしまう事に耐え難い苦痛を感じる者達もいる事だろう。一気に内部からこの国が崩壊してしまう恐れもあるのだ。
「この国は、……この王国は、もつのでしょうか?」
不安げにテオドールが呟いた。
200年前20年にも渡る戦争を起こし、その戦後の補償も行わず諸外国との交流もほぼ無く、『神の天啓』を受けたと国民を欺き続けた。
その『神の天啓』自体が嘘であり、唯一この国の良いところであった『魔物のいない国』という特権もなくなる。
……そう発表されて、果たして国民は黙ってこの国の王家や貴族に付いてきてくれるのか?
強き魔物達を退け諸外国の矛も収めざるを得ないエルフ族の協力の条件がそれであるとはいえ、国民達の不満をどう抑え解消するかは非常に難しい問題だった。
「……この国が内部から崩壊すれば、おそらく諸外国から手を出されてしまうだろう。
王家はエルフ族と約束をした。王家はこれからエルフ族と協力し合い誠実に国を治める。……そう宣言し国内の信頼を得るべく努力し内外への牽制とするしかないか」
レオンハルトは重々しく答えた。
「……では、やはりここは『聖女』様の神々しさで国民を納得させてはいかがでしょうか?」
この重々しくなった場面で一際明るくパウロが声をあげた。
「……実際私の周りでも『神の天啓』というのは嘘くさいな〜と話している領民達の話はよく聞きましたよ。この王都では誰に聞かれているか分からないのでそう話題にされる事はないようでしたが、酒場辺りで酔えばそんな話になったりもしていたようでございます。確かに『魔物がいない』点では神の御技と思っている者もいましたが……」
パウロはこの国で実際『神の天啓』を信じている者は半々くらいではないかと思っている。実際にそのお陰で魔物が出ないと言われているのだから敢えてそれを否定しない、というくらいのことではないかと思うのだ。
「……それもそうだ。それにこの約200年魔物の居ない我が国で生まれ育った者は最早魔物がいない事が当たり前で、『神の天啓』などという王家の建前すら知らない者もいると聞いた事がある。
……そこで諸外国並みに魔物が入ってはくるが『聖女』様が守ってくださる、となれば皆の心の持ちようも違ってくるのかもしれないね」
レオンハルトがそう言えば、
「ああ、それはいいですね。『神の天啓』が無くなり国ごとの守りが無くとも我が国には素晴らしい『聖女』様の守りがある、そう分かれば国民も少しは安心するでしょうから」
テオドールまでがその意見に賛同した。……そして3人がローズを見る。
「え。ちょっとお待ちください! どれだけ『聖女』を凄い存在にしちゃうんですか……! というか、『聖女』を神格化するのはダメですよ? そもそもクリストバル……エルフ族の方々はそういう事がダメだと仰っているのではないのですか? ……私もそんな立場になるのはイヤですし!」
ローズは慌てて否定した。
ローズは今学園に通い出した所なのだ。前世の勉学も覚えているから学び直し的な感じもするが、新たな発見もあって楽しいし、友人達と過ごす学生生活にも満足している。
「エルフ族の方々は、『聖女』に関してどのようにせよとは仰っていないよ。そして全面的な『神格化』では無く、皆の心の安定の為だよ。いきなり『神の天啓はなかった』『魔物が入ってくる』……と言うだけでは国民は不安に感じるだろうからね。実際にこの国には『聖女』様が居て、王国を守ってくれている。そう思える事が国民に必要だと思うんだ」
レオンハルトはローズを見つめながら言った。
お読みいただき、ありがとうございます!
エルフ族と王国の話し合いの間、ローズはパウロから今朝からの事情を聞いていました。
パウロはローズの数々の魔法や彼女の様子を見て心酔しています。




