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76 前世の絡まった糸




 ――ローズは溢れる涙を拭きもせずにレオンハルトの側まで駆け寄ろうとして……。ふと止まり、レオンハルトをじっと見つめた。


「ローズ……?」


 レオンハルトは不意に止まり自分を少し戸惑いの表情で見つめるローズを、どうしたのかと見つめ返す。


「レオンハルト様……。私、ラインハルト様の事、とてもお慕いしていました。好き……だったのだと思います。

でも、今の私はローズで今のレオンハルト様の事はまだよく知りません。それに……、立場が、違い過ぎます……。

レオンハルト様は王太子殿下で、私は子爵家の娘ですもの」


 そう言って、ローズは俯いた。

 ……今のレオンハルトと自分の立場は、前世とは違い過ぎる。

 それにローズは先程コンラートと話をして、カルトゥールの能力を欲する先祖の悲願に囚われそこから身動き出来ずにいる彼ら一族を哀れに思った。

 そして、もしかするとレオンハルトも前世の償いに囚われて無理をして自分にこう言っているのでは無いか? ……そう思えてならなかったのだ。


「ローズ。私は……」


 レオンハルトはローズに、自分は生まれ変わって再びローズに出逢いまた心惹かれていると、そして今も変わらず愛していると、そう伝えようとしたが……。


「……だから、レオンハルト様も前世に囚われないでください。私は……平気ですから……!

はっ! レオンハルト様! あの、『魅了』は……? 『魅了』が解けているのですね……!」

 

 ローズは急にレオンハルトの『魅了』が解けている事に気付き、彼のその青い澄んだ瞳を覗き込んで来た。

 レオンハルトはローズの、輝く金の瞳に間近で見つめられ顔が少し赤くなった。


 

「ふっ……ッ! コホンッ……。ローズ」


 そこに、少しの笑い声と咳払いをしてからクリストバルが声を掛けて来た。


「ッ!! クリストバル」


 ローズは顔を少し赤らめながら、壁際に立つ友人達を見た。そこにはエルフの長クリストバルと側近達、そしてミゲルがいた。


「……我らエルフ族はこの200年『魅了』の研究を進めていてね。彼の『魅了』は解除させてもらったよ」


 その言葉にローズは喜びで涙を浮かべ、オスカーは眉間に皺を寄せ憎々しげにクリストバルを見た。


「……ありがとう! クリストバル……! なんてお礼を言っていいか……! ……もう、あんな悲劇は2度と起こらないのね……」


 そう言って涙を流すローズを見て、レオンハルトは彼女を今まで苦しめていた事に心をを痛めながらも、これ程に喜んでくれるローズをまた愛しく思っていた。

 ……しかし、先程のローズの様子から、今回も彼女との関係は一筋縄ではいかないと予想し、どうしたものかと思いを巡らすのだった。



 そしてオスカーは、せっかくレオンハルトにかけた『魅了』を解除された事に最初怒りを覚えたが、すぐに恐れと不安に襲われた。


 ……『魅了』が、通用しない――? それに『魅了』を跳ね返す『お守り』までが存在している。

 前世で周りから顧みられなかったゲオハルトが、国王を凌ぐ立場を築き上げられたのはこの『魅了』があったからだ。

 このオスカーだってそう。この『魅了』があったから、僕は思い通りに動けた。この力がなければ、僕に存在価値なんてない――。


 オスカーは、がくりと膝をついた。



 そんなオスカーを見ながら、エルフの長であるクリストバルは話を続ける。


「そしてつい最近我らは、『魅了』の能力を持つ者からその能力を取り除く研究にほぼ成功している。……あとは『実証実験』だけ」


 そう言ってオスカーをしっかりと見るエルフの長を、オスカーはゆっくりと力無く見つめ返した。


「……いいよ。どうせ、もうこれから『魅了』は通用しないんでしょう? 僕を実験台にでもなんにでもすればいいんだよ」


 そう、投げやりに答えた。


「……君も分かっているとは思うが、『魅了』はこの世界に害悪しかもたらさなかった。周囲も、そして術者自身にもね。特に君はこの力を利用した事によって、自身を歪め幸せから最も遠いところにいたのだよ」


「僕の、幸せ……?」


 オスカーが力無く呟くと、クリストバルはそれに頷き更に言った。


「そうだ。操った人々に崇拝されて幸せなど感じなかったろう。……おおよそお前の前世は分かっているが、お前は生まれ変わったのだ。もうその罪は問うまい。

……その力を持って生まれ敢えてそれを失って生き続けるという経験をもって、今のお前への罰とする。勿論、監視は付けるがね」



 オスカーはそれを聞き表情を失ったまま項垂れた。


 その様子をローズとレオンハルトはただ黙って見つめた。




 妖精族の次にこの世界の理であるエルフ族の判断に、何をも言う事はなかった。





 ――そうして彼らは王宮に戻り、エルフ族とローズ、レオンハルト達はこれからの事を話し合ったのだった。






 エルフ族がアールスコート王国に来た翌日、レオンハルトは王国の重鎮も加えてエルフ族との今後の話し合いに入った。

 他の王族はエルフ族の魔法で監視下におかれ、貴族達も今暫くは大人しくしているだろう。



「――我らアールスコート王国はこの王国の『魅了』も持つ者、つまりは国王の地位を廃し『勇者の守り石』とされた魔石をエルフ族の方々に献上させていただきます」


 アールスコート王国を代表し、レオンハルトがエルフ族にそう宣言した。


 王国の王宮、会議の間の大きな長いテーブルを挟み、エルフ側とアールスコート側の人間が向かい合っていた。……1番中央の奥の王の席は不在である。


 エルフ族側は長クリストバルと4名、その末席にはミゲルも座っている。

 対して王国側には王太子レオンハルト、宰相、大臣2名に未成年ながら第2王子テオドールも座っている。


「……それは、まずもっては当然のこと。我々は『この国の始まり』、つまりはこの国の誤った歴史の訂正を求める」


 エルフ族の長の側近と思われる者がそう発言した。


「誤った歴史……。そもそも『勇者の守り石』などはなく、1人の偉大なる魔法使いが作りあげた『魔物除けの魔石』。神のご意志などではなく、それは我が王国が国民や周辺国を欺く為の嘘。そしてその偉大な魔法使いに罪を着せた、この事実を公表せよとの仰せでございますか」


 レオンハルトは淡々と答える。

 しかし、王国側の重鎮達は思わずといった様子で声を上げる。


「! ッしかし! そのような事を公表すれば、この国は保ちませぬ! それはこの王国の根幹でありますれば……!」


「そうです! そんな事をすれば、この国は内部から崩れてしまいます!」


「今更そんな事を公表したところで意味はないでしょう! 当時の嘘をついた者はもう居ないのですぞ! 既にそれはもう我が国の歴史となっているのです!」


 ……ある程度、今のこの王国の状況をきちんと分かっている者を選んだつもりであったが、やはり高位の貴族になるとその地位を惜しみ、しがみ付こうとするのか……。


 レオンハルトは苦々しく自国の重鎮達を見て、そして言った。


「控えよ。……そもそも我らにエルフ族の方々の条件に文句を言う権利はない。その偽りの『王国の始まり』の話も事実であるのだし、エルフ族の方々は魔物達や周辺国の攻撃から身を守る唯一の救いの主であらせられるのだぞ」


 強い意志のこもる言葉に、重鎮達は押し黙った。


「……周辺国の中には更なる条件、例えばこの国の新たな王に他国に連なる者を就けよと言い出す国もあるやもしれぬ。もしくはこの国自体を解体し周辺国への分割を求めるか。今、200年前の戦争責任を問うてくる国もないとは言えない。

まあ流石にこの王国が今過ちを行った訳ではないしそこまでの内政干渉はしないとは思うが、好意的な対応はされないだろうね。

我らエルフ族としてはこの交渉を速やかに行ったレオンハルト殿にこのまま王位に就いて貰う方が、今後の国の混乱も少なくて済むとは思うがね」


 エルフ族の長がポソリと言った言葉に、王国の重鎮達は戦慄した。


 ――王国の土地の周辺国への分割!

 それに国王を他国の関係者にすげ替えるという事は、この国の貴族達の立場も大きく崩れ、結局は他国に飲み込まれる恐れがある。

 エルフ族はとりあえずはレオンハルト殿下をと言ってくださってはいるが、もし周辺国が声高に我が国以外の国王を求めて来られたらどうなってしまうのか……!

 

 これから始まるであろう周辺国との会議に向けてのエルフ族の打合せの段階で、既に焦燥感の漂う王国の重鎮達だった。






お読みいただき、ありがとうございます。


ローズは前世の想いを今世に持ち込んでいいものか、まだ今のレオンハルトの人となり等を分かっていないだけに悩んでしまいます。

レオンハルトは前世も今も、彼女に惹かれているようです。



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