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70 消えた聖女


 オスカーは自分の苛立つ心を抑え、改めて『聖女』である少女を見た。


「……レオンハルト兄上は、もう元には戻らない。兄上はずっと僕の言うことを聞いて生きるしかないんだよ」


 オスカーは周りを挑発するかのように笑って言った。

 そして、チラと一瞬後ろのローブの男に目配せをしてから更に言う。


「レオンハルト兄上はこんな状態、そして父上もお倒れになった。……どうする? テオドール兄上がエルフ族達と話し合いをするの?」


 テオドールはサッと顔色が悪くなる。


「……自分はまだ成人しておらず国政にもまだ殆ど関わっていない。そして今の状況を少し聞き齧っただけの私に、国の代表として話し合いが出来るとはとても思えない……」


 そうテオドールは自信なさげに言った。


 レオンハルトは王立学園に通い出した頃から『国1番の魔法使い』として要職にも就き成人前から国政に関わる機会があったが、テオドールは未成年の王族として視察やパーティーなどに顔を出す程度。

 それがいきなりこの王国の行く末を決めるエルフ族との会議に王族代表として話を仕切るには荷が重過ぎるだろう。


 この部屋の者達が考え込む空気となった時だった。


 グワッ!

 いきなり床の一部が光る。

 黒ローブの男が魔法を発動させたのだ。


 それは本当に不意打ちだった。……しかも皆の視線が黒ローブの男に向かった途端。少女ローズの周りにもいきなり光が現れローブの男が消える瞬間に共に消えた。


「ッ!?」


 テオドールとパウロは驚く。


「なんだ!? 一体何が起こったのだ? あのローブの男が消えたぞ! まさかあの男は『転移』の術が使えたのか……!」


 テオドールが信じられないとローブの男が消えた辺りを凝視していると、


「!? ……お待ちください! 『聖女』様もいらっしゃいません!」

 

 パウロがそう叫ぶと、テオドールはハッとする。……その陰でオスカーは薄ら笑いを浮かべていた。


「……先程の魔法はあのローブの男が発動させていた。……聖女様は魔法を使われた形跡はない。……まさか、連れ去られたのか!?」

 

 テオドールとパウロがそう話し合っていると、今度はいつの間にかオスカーの姿が消えていた。


「な……ッ! オスカーも居ない! まさか、オスカーも『転移』の術を……?」


 2人は慌てたが、オスカーの魔力はそれ程強くない。ましてや『転移』はレオンハルトでも出来ないのだ。

 その時パウロは昨夜ローズに言われた事を思い出した。


「いえ、今は魔法の気配は感じませんでしたから『転移』ではないはず。……テオドール殿下。殿下はこの王宮の隠し通路の事をご存知でいらっしゃいますか!?」


「王宮の隠し通路……? 実際には知らないが確か幼い頃そんな話を聞いたことはある。確かに緊急時の為に実在しても不思議ではないが……まさかオスカーは? だが何故あの子がそんな事を知っている!?」


「……分かりません。『魅了』で誰かから聞き出したのでしょうか……? 実は私は昨夜『聖女』様より、この王宮には隠し通路があり国王の配下の魔法使いが行き来しているようだとお聞きしたばかりなのです」


「『聖女』様から……! ならば、その通路はやはりあるのだな。……そしてどういう訳かオスカーはそれを知っており、今それを使ってこの場を離れたと見て間違いなさそうだ……。

今更逃げてどうするつもりなのか、オスカー……!」


 テオドールはぶつけようのない憤りで拳を握りしめた。


「……とりあえずレオンハルト様には安静にお休みいただき、宰相殿に此度の話をし今後の対策を練る事が最良かと」


 パウロは今唯一のまともに動けそうな王族であるテオドールを落ち着かせ、これからのことに臨まねばならないと腹を括った。




「……何の話をするのかな? そして、その青年はどうしたのか?」


 恐ろしいほどに透き通るように響く美しい声が聞こえた。


 テオドールとパウロはハッとその声のした方を向いた。


 ――そこにはこの世のものとは思えない程の美しい者が立っていた。腰まである長く美しい金髪に深い紫の瞳の美青年。

 そしてその者は笑顔を浮かべているもののその目は笑ってなどおらず、恐ろしい程の冷気を放っていたのだった。


 2人はまるで凍りついたかのように動けなかった。


「この部屋に『聖女』は『転移』したはずなのだが……。彼女は今どこに?」


 先程まで見せていた笑顔も消して同じ人間とは思えないような美しい青年はそう尋ねた。


 ……人とは思えない程の、美しさ……? そして、あの尖った耳におそらくこの部屋に『転移』した、こちらが全く気付かぬ程のキレのある魔法……! まさかこの方は……! 


「貴方さまはもしや……。エルフ族の方、でございますか!?」


 パウロは恐る恐る尋ねた。


「……いかにも。しかし人に名を尋ねる時には自分から名乗って然るべきだとは思うがね」


 その最もな言い分に、パウロはハッとする。


「……大変失礼をいたしました! 私はこのアールスコート王国マクレガー侯爵が嫡男、パウロと申します。この国の王太子であるレオンハルト殿下のお側に仕えさせていただいております」


 そう言って頭を下げる。


「ッ! 私はアールスコート王国の第2王子、テオドール アールスコートと申します。私は未成年でこの国の会議に参加してはおりませんでしたが、王太子である兄レオンハルトがエルフ族の方々よりのご協力を得られるお話をしていたと伺い、大変有難い事と喜んでおりました。しかし……。その肝心の兄が今このような状態なのでございます」


 続いてテオドールも挨拶をし、兄レオンハルトの状態を伝えた。


「私はエルフ族のクリストバル。此度は古き友の依頼によりここに来たが……。このような状態……? 身体的には何も問題は……。ッ!?」


 レオンハルトをじっくりと見たエルフは彼の異変に気付いた。


「我が王国にお越しいただき光栄にございます。エルフのお方。ですがご覧の通り我が兄は……『魅了』にかけられております。お恥ずかしながら不詳の我が弟オスカーによりこの術にかけられました。

そして先程『聖女』様が弟を問い質しましたところ、彼は『魅了はもう解けない』と申したまま彼が連れて来た魔法使いと『聖女』様もろとも行方知れずに……!」


 そしてテオドールは悔しげに今起こった事全てを話す。

 クリストバルは少し考えるように俯いた。……実は彼はこの時『遠視』をしていたのだが、テオドール達には分からなかった。


「……合い分かった。『聖女』殿は大丈夫だ。……今その魔法使いとやらと話をしている。先程のように魔物達の相手をするよりは余程安全な状態だろう。そして相手の魔法使いにも今は彼女に危害を加えようとする意思は感じられない」


 クリストバルの言葉を聞き、テオドールとパウロはホッとした。


「……ご無事でようございました……。それに『聖女』様は本当に魔物達と話をされていたのですね。そしてエルフ族の方とお知り合いとは……。一体彼女は何者なのでしょうか?」


 テオドールはエルフ族に対し不敬だろうかと思いながらも問いかけた。


「……さて、私には今の彼女の立ち位置は分からないからね。彼女は私の古き友人の一族、とだけ言っておこうか」


 ……古き友人の、一族? それは……。


「それは、先程我が弟も申しておりましたが……。エルフ族の方々と交流がありこの世界で最も魔法に優れた一族といえば……、もしや」


 テオドールは立派過ぎる兄に追いつく為、勉強に剣にと努力している。確か取り寄せた世界の魔法史の中に見逃せない一文が書いてあり驚いたではないか。



 ―― 世界でエルフ族に次ぐ力を持つといわれる、人として最も魔力の高い一族、その一族の名は『カルトゥール』。


 そして、我が王国で『伝説の悪女』といわれる魔女。その名は……。




「そこまで分かっているのなら話は早い。この王国を助けるにあたりこのエルフ族の長である私にはどうしてももう一つ譲れない条件がある。

……それは、この王国で『伝説の悪女』とされているマイラ カルトゥール。彼女の名誉を回復すること」





お読みいただき、ありがとうございます。


ローズが慌てて王宮に向かってから、クリストバルは辺境の地の人々の元へ行き、王国の出方次第だが今『聖女』と共にエルフ族が魔物達への対処に関わる準備があると伝えました。そして王国との話し合いが済むまで魔物達は待機し、この地には結界が張ってある事を伝えると、すぐさまローズを追いこの地を去りました。

辺境の地の人々(特に女性)は麗しいクリストバルがすぐに居なくなってしまったことを大変残念がりました……。

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