65 直系の生き残り
突然の事に一瞬茫然としかけたパウロだが、すぐさま主人であるレオンハルトを取り戻すべく駆け寄ろうとした。が……。
「兄上」
その様子を見たオスカーはレオンハルトに甘えた様な声で囁く。すると後ろの黒いローブの男に素早く『捕縛』を解かれたレオンハルトは、今まで見た事も無い様な冷ややかな目でパウロを見た。
『焔』
そして、レオンハルトは躊躇なくパウロに向かって攻撃魔法を撃った。パウロはあまりな事に驚き身を庇う事すら出来なかったが……。胸のペンダントが反応し、魔法を跳ね除けた。
それでもレオンハルトは無表情で魔法をかけ続けようとしたが……。
「兄上。もういいよ。……どうやらこのペンダントは『魅了』だけでなく魔法も跳ね返すみたいだね。とんでもない力だ……。……これは、『聖女』が?」
「――そう。『聖女』であるローズ ダルトン嬢が作った。彼女の力はおそらくは伝説のエルフ族程もある」
「ッ! レオンハルト様!!」
スラスラと『聖女』の情報を暴露していくレオンハルトにパウロは驚愕した。
――レオンハルトは思慮深く、大切な情報をペラペラと人に話すような方ではない。コレは……まさか本当に『魅了』にかけられたというのか……!!
蒼白となったパウロがオスカーを見ると、彼の手にはローズからレオンハルトに渡された『お守り』があった。……パウロを見てオスカーはニヤリと笑った。
「兄上にコレはもう無い。……もう兄上は僕のものだよ。僕の言う通りに動いてくれるんだ。……ね、兄上」
オスカーは最後は甘えた声でレオンハルトに語りかけると、レオンハルトは無表情で頷く。
「……ああ。可愛いオスカー。……お前に危害を加える者は誰であろうと許さない」
そう言うと背筋に冷たいものが走るような冷たい目でレオンハルトはパウロを見た。……その目は何やら焦点が合っていないような仄暗い光の無い目だった。
「……ソレは魔法も弾くようだから、その男にこれ以上攻撃してもムダだろう。それよりも、その王子をこの王国の『護り石』のところに連れていくのではないのか」
パウロの後ろから来た黒いローブに身を包んだ男がそう言って近付いて来た。そしてパウロを一瞥する。
「この男は兵士にでも捕らえさせて、早く目的を済まそう。……その『聖女』とやらが来ないうちにな」
ローブの男は感情の見えない様子で淡々とオスカーに話しかけた。
「僕に指示しないでくれる? ……まあ、今回は本当に時間はないから行くけど。
――衛兵!」
そしてやって来た衛兵にいつものように可愛くオスカーは叫んだ。
「この男は兄上の側近でありながら、兄上や僕に攻撃しようとしたんだ! 早く捕らえて牢に入れて!」
そしてパウロは呼び出された衛兵に拘束される。
オスカーのその横で、レオンハルトは無言でその様子を見ていた。
「レオンハルト様!」
何度もレオンハルトに呼びかけたものの反応は無く、パウロは今起こっている事が信じられずに碌な反抗も出来ずにいた。
すると、スッとローブの男がやって来てパウロが付けていたペンダントを奪い取った。慌てるパウロだったが、しかしそのまま衛兵拘束され連れて行かれたのだった……。
「……このペンダント。お前はどう思う?」
3人は目的の場所に向かいながら、オスカーは黒ローブの男にそう声をかけた。
「……コレは、帝国に伝わる至宝『魔女の瞳』の縮小版の様なものだ。おそらく元々の魔石が弱い角ウサギのものだからこれ以上力が入らなかったのだろうが……。それでもこんな小さな魔石にコレだけの力を詰め込めるだなんて、並の魔法使いに出来ることではない」
早足で歩きながらも、ローブの男は先程パウロから奪い取ったペンダントを揺らす。彼のくすんだ金髪から覗く金に近い琥珀の瞳がそのペンダントに見入っていた。20代後半と思しきスラリとした男。王宮に仕える魔法使いだったならばさぞ女官達にモテただろう。
オスカーは少し考えレオンハルトに問いかけた。
「……兄上。『聖女』はいったい何者? もしかしてエルフなの? 確かダルトン子爵家は没落はしてるけど昔から我が国に存在する由緒正しい貴族のはずだよね。死んだという母親がエルフだったとか?」
レオンハルトは表情を変えることなく答える。
「……分からない。彼女が最初この世にその力を現したのは、半年前に魔女の屋敷跡で地下室を『転移』させた事だ。……そして、その後すぐ見事にその魔法の痕跡も消している。彼女は戸籍も見た目も15歳。しかしその魔力と魔法の技量は稀代の魔女マイラもかくやという程だ」
レオンハルトは分かっている事実だけを淡々と述べていく。
……しかし、その言葉に酷く反応したのはオスカーだけではなかった。
「ッ!! 『魔女の屋敷跡』の地下室を『転移』だと!? それは、いったいどういう事だ……! 世界広しといえど、その様な魔法が使える者などほんの一握り、おそらくはエルフ族くらいのものだ……! しかも令嬢として生きてきた碌に魔法の修行もしていない小娘に出来る事では無い……!!」
オスカーもレオンハルトの言葉に驚いたが、ローブの男の余りの動揺にも驚く。
「……そんなに、あり得ない事なんだ? でもそうか、自分を『転移』させる事が出来る者でさえこの国にいないのに、更に建物ごとだもんね……。やはり、『聖女』はエルフなのかな?」
オスカーは熟考しつつ独り言の様にそう言ったが、ローブの男は違った。
「まさか……、まさか、『聖女』はカルトゥールの一族直系の生き残りなのではないのか……!? エルフ族など人の世に干渉してくるはずが無い! 200年前の戦争からずっと姿を消し、いくら接触しようとしても人間とは一切関わりを持っていないのだから……!
……やはりあの戦争後、この国でカルトゥール家の直系は生き残っていたのだ……。
……だから我が一族は苦渋を舐めさせられ……!」
最後の方は呟く様に言っていたので聞き取れなかったが、どうやらこのローブの男は『聖女』がカルトゥール家直系の生き残りだと思っているらしい。
「……ふーん? 200年前我が王国に仇なした魔女マイラの一族、カルトゥール家ね……。確かエルフを除く人の種族としては最高の魔力を持つと言われた一族だよね。直系のみに力を残す、だっけ?」
オスカーが知っている知識を思い出しながら言うと、ローブの男は顔を顰めながら言った。
「……そうだ。直系の子供には全員に同等の魔力は遺伝するが、その後はカルトゥール家の後継となった者の子のみに魔力は遺伝する。ところが後継とならなかった者の子にはその親の半分どころか三分の一も遺伝しない。その直系が途絶えた時のみ遡って近い者に力は移行する。……だからといってその後継に危害を加えてはその加害者達は後継から外れてしまう。
……その、途絶えたはずの200年前のカルトゥールの直系がこの国に隠れていたのだろう。何故別の子爵家を名乗っているのかは知らんが」
苦々しげにそう語るローブの男の話に、オスカーは興味深く聞き入った。
「へえ……、カルトゥールの直系。……魔女マイラの一族、ね。もしそうだとしたら『伝説の悪女』とまで言われた者の一族の末裔が今は『聖女』だなんて、皮肉で笑っちゃうね。……ね、そう思わない? レオンハルト兄様」
『聖女』に熱心に関わってきたのであろう兄レオンハルトにオスカーは話しかけた。
「……カルトゥール……。稀代の……魔女、マイラ……」
レオンハルトは何事かを考え込むかの様に呟いていた。
「……兄上? 何か『聖女』の事で気付いた事があるの?」
オスカーはレオンハルトの様子を訝しむ。『魅了』の効きが悪いのか? 先程までこの『魅了避け』のペンダントを持っていたのだ。普通よりも術がかかりにくかったりするのだろうか?
このペンダントの力は未知数だ、とオスカーは思う。『聖女』の弟リアムに『魅了』を弾かれた時は本当に驚いた。――が、結果的にはこんな物がこの世に存在すると早めに知れて良かったのだ。そうでなければ肝心のこの兄に『魅了』をかける事は出来なかっただろう。
『聖女』が作ったというこの『魅了避け』のペンダントは兄上の魔法も見事弾いてみせた。こちらが持っていれば素晴らしい物だ。
あとはどれだけの者がこのペンダントを今持っているかという事だけれど。――そして何よりその『聖女』。
――こんな事が出来る者、そしてこんな気持ちにさせられる者が、昔もいたじゃ無いか? 今まで唯一、術も効かずどうしても僕の思い通りにならなかった存在が。
……ああ、そうか……!
どうして気付かなかったんだろう。……僕がこの世に再び生まれてきたのだから、『彼女』もまた今この世に生まれていても何の不思議もない。
……そうだ、僕たちは再び出逢う為に生まれてきたのだろう。
――マイラ カルトゥール。僕の輝かしくもくだらない人生を歪めた憎くて……愛しい女性。
お読みいただき、ありがとうございます!
レオンハルトは『魅了』されてしまいました。
思い通りになったオスカーでしたが、あの会議の内容は分かっていないようです。




