64 魅了
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「ふぅ……。良かった。流石はレオンハルト殿下だわ。見事に国王始め貴族達をまとめ上げられたわね」
学園の空き教室で王宮の会議の様子を『遠視』していたローズはそっと息をつく。
魔物達の事は国民にはまだ秘密にされている為、今日は一応学園の授業は通常通りだ。
しかし早朝の騎士団の出発や留学生達の欠席、そして貴族の子弟が大半を占める生徒達も休む者が多く、他の生徒達も何かしら不穏なモノは感じているようだった。
ローズもとりあえず登校はしたのだが――。
(国の方針も固まったようだし、私は国境の街に魔物達の様子でも見にいこうかしらね? 自分で作った霧だけれど様子が見えないのよねぇ……)
ローズは空き教室から魔物達と対峙している国境の街に『転移』した。
――その昔の戦争の名残で堅牢な高い塀で囲まれた国境の街。……しかし今は濃霧に隠され、その姿は周りからはほぼ見えなかった。
気配を辿ると、兵たちがあちらこちらで魔物達の攻撃に備えているのが分かる。この緊張状態で何日かを過ごしてきたのだろう。彼らには疲労の色も見えた。
そして対する魔物達は――。
こちらは、力が有り余っているのに濃霧のせいで身動きが取れずイライラしているようだ。ここで霧が晴れれば一気に襲いかかって来そうだった。
騎士団が到着するのはおそらくどう頑張っても3日後。街の人達は魔法鳩で多分それを知っているはず。……コレは気持ち的にもかなり疲労が溜まるだろう。
(王国の方針も決まったのだから、コッチも始動しますか!)
ローズは自身にかけた姿変えの魔法を解き、知るものが見ればカルトゥール家直系と分かるプラチナブロンドと金の瞳の本来の姿になった。
その内また魔法鳩で王国からエルフ族の介入の件などの連絡が入るだろうが、自分はこのまま街に『聖女』として入り目の前で強力な結界をかけて見せ人々を安心させよう、と思ったのだが……。
ザワリ……
街の外れ辺りで魔物が騒いでいる気配がする。……おそらく、誰か人が街の外に出て魔物に遭遇してしまったのだ。
ローズは場所を特定し再び『転移』する。
……魔物達がその強力な存在に気付き、揺れたのが分かった。
「――ッあにうえッ!」
まだ声変わり時期の、少し幼さの残る少年の声がかけられた。
……レオンハルトは後ろを振り向く。そこには13歳の末の弟が息を切らして兄を追って来る姿があった。
「……オスカー、か……」
レオンハルトがそう呟くと、一瞬オスカーはばぁっと綻ぶように笑う。
……いつもの、兄を慕う可愛い弟。
「兄上、大丈夫なのですか!? 今父上が側近達に運ばれるように退出されていきましたが……。いったい会議で何があったのですか!?」
先程この国の行く末を決める重要な会議が終わった。その後気力を使い果たし運ばれた父を心配し、何かが起こったのだと不安になり動揺する様子の少年。
……なんとも愛らしい、可愛い弟。
「……たった今、この王国のこれからとるべき方針が決まった。――父王は、退位される」
その言葉を聞き、オスカーは目を見開く。
「な……! 何故ですか!? 父上はいったいどうされたというのですか……!」
顔色を変えオスカーはレオンハルトに詰め寄った。
――レオンハルトは考える。やはり、この弟オスカーも今日父王が自分を『魅了』し『王国の護り石』の贄にしようとしていた事を知っていたのではないか、と。そしてテオドールとは違い、おそらくこの弟は――
「……父王は、『聖女』様のご提案を受けこの国を解放する事を了解され、もうすぐ我が国には多数の他国の方々が見えることになる。……オスカー、お前もその心づもりでいなさい」
オスカーはその兄の言葉を信じられないといった顔で聞いていたけれど、一通り聞いた後一つ大きなため息をついた。
そして、兄をジッと見つめる。
「……兄上。『聖女』とは、王立学園に通うダルトン子爵家の娘ですよね? 兄上は『聖女』とどのようなご関係なのですか? それに、どうやって知り合われたのですか」
真剣な表情で問うてくるオスカーに、レオンハルトは冷静に答えた。
「『聖女』は高等部に通う生徒。高等部と大学部はほぼ同じ学舎だからね。……オスカーは『聖女』の事をどのくらい知っている?」
レオンハルトが探るように問うと、オスカーもその真剣な表情を崩さぬまま答える。
「僕は『聖女』の弟と同じクラスなのです。……彼とは仲の良い友人で……」
「オスカー。……お前は『仲の良い友人』に『魅了』をかけるのか」
オスカーのその言葉を最後まで聞く前に、レオンハルトは思わず尋ねた。
……あの時、ローズに『遠視』で見せてもらった時のなんとも醜悪な表情をしたオスカーを思い出す。アレは、どう考えてもケンカなどで揉めてついつい『魅了』を使ってしまった、という顔ではない。思い通りにならなかった事への不満や怒りの顔。
……ということは、この弟は何度もその能力を使い思い通りにしてきたという事だろう。この歳にして、『魅了』の能力を使いこなしそれに悪びれた様子もないこの弟。それでいてそれを周りにはキレイに隠しているのだから完全に確信犯だ。
幼い頃から、母の違うこの兄にも懐いてくれた、ある意味自分の救いにもなっていたこの愛しい弟が……。レオンハルトは今でもまさかという思いが強かった。
オスカーはレオンハルトをジッと見た。そして、ニコリと笑って近付いて来た。
それはいつものような、可愛い愛しい弟であるはずなのに……。何やらあの時の醜悪な様子に見えてレオンハルトは顔を顰めた。
……まさか、『魅了』をかけようというのか? だが自分にはローズから貰った『魅了』避けの『お守り』がある。コレは先程父王からの『魅了』も跳ね返した。自分が『魅了』にかかる事はまず無いはずだ。
そしてオスカーは不意にちらと後ろに控えるパウロを見た。……いや、その後ろか?
レオンハルトがそれを確かめようと後ろを向いたその時。オスカーが伸ばしたその手はレオンハルトの胸にかかる『お守り』のペンダントを掴み、引きちぎった。……先程、会議の時に服の前に出したままだったのだ。
レオンハルトはすかさずオスカーに『捕縛』の魔法をかける。――だが、その魔法は『お守り』によって弾かれた。
「ッ!!」
それまで少し離れた場所に控えていたパウロはその状況を飲み込み、慌てて後ろから駆けてくる。――しかしパウロの更にその後ろから。
『捕縛』
一つの声が聞こえ、レオンハルトはその魔法に囚われる。レオンハルトが目線だけパウロの後ろに向けると、そこには黒のローブを着た背の高い魔法使いだろう男がこちらを見て立っていた。髪はくすんだ金色。おそらくは瞳も金に近い色なのだろうが、何故か妙にギラギラとしているのが印象的だった。……見たことのない男だった。
そして男の放った魔法は『お守り』を持っているパウロにはかからなかった。真っ直ぐ、レオンハルトに向けられた魔法だったのだ。
――そして。
「兄上……。イヤだなぁ、友人ともっと仲良くなる為に、だよ。そうでなきゃ、信用なんか出来る訳がないじゃない。……だから兄上のことも、信用させて?」
そう言ってオスカーは捕縛で動けないレオンハルトの目を見て『魅了』した。
「ッ!! レオンハルト様ぁッ!!」
……パウロの声だけが回廊に虚しく響いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
レオンハルトは決して油断していた訳ではないのですが、まさか『お守り』を奪われその相手に『お守り』の効果で自分の魔法が効かない事態、更に後ろから別の強力な魔法使いに魔法にかけられるとまでは思わず、不覚をとってしまいました。




