60 信頼すべき人
フェリシアは護衛騎士達に出発を少し遅らすと話して、ローズの『御守り』と『ポーション』作成の手伝いをしていた。作業に慣れてきた2人は話も弾んでいた。
「ねえ、そういえばミゲルは? 彼が今回の魔物達の動きに気付いていないはずはないわよね?」
話の途中で不意に気付いたフェリシアがローズに尋ねた。
「ミゲルは今、国に帰って『長』に報告をしてくれてるの。レオンハルト殿下の返答次第で協力を頂けるようにお願いに行ってくれているわ」
何でもない事のように話すその内容にフェリシアは固まる。
……ミゲルの国? それって!
「ッ!! ミゲルが、エルフの長に会いに……!? それじゃあ、今回エルフはアールスコート王国側につくということ……?」
フェリシアは驚く。エルフの動向次第では帝国に報告し、今後の動きを考え直してもらわねばならないだろう。
「……まだお話を持っていっている段階だからどうなるかは分からないわ。しかもその条件は、『アールスコート王国が『魅了』の能力を持つ者を王族から排除すること』と今回の魔物達の暴走の引き金となった『『王国の護り石』の放棄』だから。王国側をその方向に持っていけるかレオンハルト殿下の手腕も問われるところだと思うわ」
さらりと答えるローズだが、相当難しい事である事は理解している。
「ッ!! そんな条件……、果たしてこの王国は呑めるのかしら? レオンハルト殿下以外を排除して、しかもこの200年魔物と関わってこなかった人々が魔物達と共存していく、という事でしょう? 他の王族や人々に利が無いように思えるもの」
事の難しさを感じたフェリシアの言葉に、ローズは答えた。
「……それでも。その条件を呑まないと待っているのはこの王国の終焉。憤怒の魔物達に襲われるか、『護り石』に縋った場合でもその後に来る他国に支配されるか、そのどちらかしか無いのだから。『魅了』も、もうこれからは知っている者には通用しないのだもの」
そうそれが、このまま何もしなかった場合にこのアールスコート王国を待つ未来。
「……そうね。教会では急ピッチで『魅了避けのお守り』を作っていたし、貴女もこの短期間に相当数を大司教様に渡していたものね。もう、『魅了』はこのアールスコート王国の抑止力とはなり得ない。……けれど、アールスコート王国の王族はその『魅了』の能力を持ち続ける限り、どこかに幽閉するなりの措置は取られるとは思うわよ。その能力を持つ者があちらこちらに居たら、知らぬ内にまた彼等に支配されているかもしれないですもの」
「……それは、そうなのよね……。その『魅了』の能力だけ無くしてしまえればいいのに……。テオドール殿下はかなり良いお方だったから、少しお気の毒だわ。望んでその能力を持った訳ではない方もいるのでしょうしね」
ローズがそう言うと、フェリシアも「確かに」とため息を吐いた。
「……多分出来るよ。その『魅了』の能力だけを取ること」
その時。不意に部屋の隅から声が聞こえた。
「ッミゲル! まあ、貴方いつからそこに?」
突然現れたミゲルに、フェリシアは驚いて聞いた。
「『魅了』の能力者を幽閉するかも、辺りからかな。……ローズ、僕がここに来やすいようにしてくれてたんだね」
そう言ってミゲルはにこやかにローズに話しかけた。
「お帰りなさい! ミゲル。だって、貴方を待ってたんだもの。ミゲルが見付けやすいように貴方と私のお守りに反応する様にしてたつもりだったんだけど、分かってくれたのね!」
「それは分かるよ。長にも羨ましがられた。今度自分にも欲しいと伝えてくれと頼まれたよ」
ミゲルが無事に帰って来てくれた事が嬉しくて、2人は笑い合う。
「ちょっと! 何なの2人だけで! でもミゲル? 貴方さっき『魅了』の能力を取る事が出来る、と言ったわね? それは本当なの?」
ミゲルとローズが2人にだけに分かる話をしかけたので一瞬ムクレかけたフェリシアだったが、その前のミゲルの聞き捨てならない言葉を問いただした。
「……本当だよ。今、長とその話もして来た。エルフはこの200年、『魅了』の研究をしてきた。そして『魅了』をかけられた時の解除方法と、まだ実験段階だけど『魅了』の能力を持った者からその能力を取り除く方法を開発したとの事だった。今回、試してみたいとおっしゃっている」
フェリシアとローズは目を見合わせた。……それが本当に可能なら、この王国の王族を『魅了』を持っているからという理由だけで幽閉などの処置にする事なく解決出来るのではないか? 勿論、『魅了』を手放したくないという者もいるのかもしれないが、これからはそれは許されない。
「……そして、今日僕が『長』に持ちかけたこのアールスコート王国に関する協力の件のエルフの方針が決まった。……フェリシアもいてくれてちょうど良かったよ」
――そして2人はミゲルの話に聞き入るのだった。
魔物達の討伐の為に騎士団達が出発する当日の早朝のアールスコート王国の王宮。
レオンハルトは騎士団達の出発の見送りの為、彼らの集まる中庭が見渡せる城のベランダに向かってパウロと共に部屋を出た。
「……兄上ッ!」
そこに後ろから声がかかる。
レオンハルトが振り向くと、そこには青い顔をした弟テオドールが立っていた。そして兄の顔を認めると、駆け寄って来た。
「……テオドールか」
レオンハルトが彼を見てそう言うと、テオドールはハッと周りに誰もいないか確かめた。……そして大丈夫そうと分かると青い顔のまま小声で兄に言った。
「……兄上。お願いです、何も聞かず密かにこの城を抜け出してください」
レオンハルトはそんな必死な様子の弟のその言葉に驚く。
「テオドール。お前は……」
「兄上! 騎士団と共に出て危険な目に合えと言う訳ではございません! 街のどこかに潜まれるのでもいい、なんなら兄上の母方のご実家に里帰りされるのもいいかもしれません……!」
テオドールは何か言おうとしたレオンハルトの言葉を遮ってまでそう言い募った。
――この弟は、母の違うこの兄を助けようとしているのだ……!
レオンハルトは驚く。……そして彼の中に温かいものを感じたのだった。
彼は弟を諭すように言った。
「……テオドール。私はこの国の王子。王家の者としてすべき事がある。本意としては騎士団と共に行く事であるが……今はここで、私にはやり遂げなければならない事がある」
それを聞いたテオドールは思いを打ち明ける。
「兄上……! 今の私は、一体どうする事が正しいのか分からなくなっているのです……。誰かの犠牲の上に成り立つ平和が本当に正しいのかと……!」
それを聞きレオンハルトは、この弟は誰かから『勇者の護り石』の事を聞き、後の事を託されたのだと察した。……しかしこの心根の優しい弟は迷っているのだろう。国を守りたい思いと兄を犠牲にすることへの罪悪感。……いやこの弟は兄を、このレオンハルトを選んでくれたのだ。
「……テオドール。この後、何が起こっても冷静にやり過ごすのだ。……この兄のやろうとしている事を信じてくれるか?」
テオドールはその言葉に、兄の覚悟を感じた。……そして、テオドールも覚悟を決める。
「……兄上のお覚悟を、このテオドールはしかと見せていただきます」
自分の迷いを断ち切りこの兄の信念を見届け、場合によってはそれについて行こうと、テオドールはそう心を決めたのだった。
――そうして王族や貴族達に見送られ騎士団は出発し、レオンハルトは国王の誘いを振り切り……そして、このアールスコート王国の未来を決める会議が、今始まろうとしていた――
お読みいただきありがとうございます!
討伐隊出発の朝の、ローズやレオンハルト達の動きでした。




