43 大司教様に視えたモノ
物心つく前に母を亡くし、新しい王妃と弟達との間には溝がある複雑な環境の幼いレオンハルト王子の事を、当時の大司教は心配して見守っていました。
「……お待ちください、ローズ様。その『遠視』というのは私は初めて聞く能力なのですが……。それと、何故そこにレオンハルト殿下が?」
オスカー王子の恐ろしげな様子をその長兄であるレオンハルト王子と共に見ていたというローズの話に大司教は違和感を覚えたようだった。
ローズは大司教に、まず昨日レオンハルトに見せたような魔法を見せる事にする。
「『遠視』とは、例えば……。あ、そうだ、シェリーにしよう」
最後は呟くように言って、ローズは魔法を展開させる。……まず、シェリーの気配を辿る、……いた。そしてその姿を……。
ローズが壁の方に手をかざすと……。
そこには商業ギルドで働く大司教の娘、シェリーとその周囲が映し出されていた。
「……ッ! コレは……! シェリー!? どうしたのだ……、!?」
大司教は壁に近寄り娘の肩に手を置こうとしたが……。触れられない。驚いてローズを見る。
「コレは、今現在商業ギルドで働くシェリーの様子を映し出したものですわ。向こうの声も聞こえますが、こちらからは触る事も話しかける事も出来ません」
それを聞いて再び娘シェリーの映像を見る大司教。
すると、シェリーの側に1人の若い男性が現れ、何やら熱心に話し出した。シェリーは笑顔で対応しながらも、困った様子なのはこちらからも分かる。……コレは、ナンパか?
一瞬にして怒りの表情になる大司教を横目に、ローズは再び魔法を使う。昨日と同じ東の国の幻術に似せた魔法。
シェリーに声をかける若い男の後ろから、巨大な身体の男が現れた。そしてその若い男に睨みを効かせ、その若い男は慌てて外へ逃げて行ったのだった。
その一部始終を見ている事しか出来なかった大司教は呆然としていた。……が、ハッとローズを見た。
「……これが、『遠視』です。そしてそれを大司教様にも視えるようにそちらにお写ししました。今のは本当のシェリーの商業ギルドでの今の様子なのです」
「……今のが……、シェリーの今の実際の映像……! それをこんな風に視る事が出来るとは……。そしてシェリーはいつもあんな危ない目に遭っているのか? ギルド長に文句を言ってやらねば……!」
今の魔法より、娘の事の方が心配で気になる大司教だった。
「いつもはあんな事は起こっていないと思いますし、周りにはたくさん他の職員もいるのですから大丈夫だと思いますわ」
「だといいのですが……。ああ、申し訳ございません。それで、昨日のローズ様のお話にレオンハルト殿下のお名前が出てきたのはどういう事でありましょう?」
大司教はスッと頭を切り替え、話を元に戻した。
……うーん、言って大丈夫かな? 少し心配しながらローズは答えた。
「……ええ。実は私は、レオンハルト殿下と『友人』になったのです」
大司教は目を見開いて驚いた。
「は……? レオンハルト殿下と、『友人』……? いや、何がどうなってそのような……」
暫く大司教は戸惑っていた。
……考えてみれば、以前レオンハルトは大司教に掛け合って、『聖女』を学園に、という流れを作ったのだったとローズは思い出す。あの時のシェリーの口調から、大司教はレオンハルトに結構やり込められたような形だったのではないかと思う。大司教はレオンハルトに余り良い印象は持っていないのかもしれない。
「大司教様。私も随分警戒しましたが、殿下の本質は『悪』ではないと私は思います。……そして、殿下は私の秘密を守ってくれています。あ、もし殿下が私の秘密をバラしそうになったら、『魔法』と『聖女』という言葉を口に出来なくしてやりますわ!」
言葉を口に出来なくなる魔法というものに大司教は驚き、そして少し殿下に同情のような気持ちを抱くのだった。
「……いえ、失礼いたしました。おそらくレオンハルト殿下は約束を破りバラすような事をなさる方ではないと私も思います。……しかし、殿下は随分と『聖女』様に執着なさるのですね。……いえ、ローズ様に、ですかな」
「執着!? ……それは、ちょっとコワイのですけど……。けれど殿下は『聖女』よりも『魔法』に興味があるような事を仰っておられましたわ」
「……ああ、そうなのかもしれません。レオンハルト殿下は、ある意味生粋の魔法使いでいらっしゃいますから。お母上も非常に魔力の強いお方でした」
「……? でした、とは……?」
「……レオンハルト殿下のお母上は隣国出身の貴族令嬢で、とても魔力の強いお方だったのですが……。殿下を産んで暫くしてお亡くなりになられたのです。弟王子お2人はこの国の貴族出身の現在の王妃様のお子様です」
……それで、弟王子お2人とは少し雰囲気が違っておられたのね。あの時テオドール殿下の前に現れたレオンハルト殿下の警戒の仕方や対応は、弟に対するものとしては少し違和感があったもの。お母上が違ったから2人の間には距離がおありになったのね。
「……そうだったのですね……。それでも、オスカー殿下の事は可愛がっておいでのようでしたけど……」
「……オスカー殿下は、それは屈託なく誰の懐にでも入っていくような、そんなお方ですから。きっとレオンハルト殿下にも懐いていっておいでだったのでしょうな……。
……しかし実を申しますと、私はオスカー殿下が一番人物像というものを測りかねていたのです。そしてローズ様は、オスカー殿下を『恐ろしげな顔』をされていたと、そして弟君に『魅了』をかけようとしたと仰った。……私は今までの自分の感覚が間違ってはいなかったという事を確信いたしました」
真っ直ぐにローズを見て司教はそう語った。
「オスカー殿下は……。裏の顔をお持ちの方だ、と……?」
確かレオンハルト殿下もその辺りを悩まれていた。
「ローズ様。私は人のオーラの色が視える能力を持っております。ローズ様は類稀な輝く黄金色。私はそのオーラを見て貴女様が『聖女』である事を確信いたしました。そしてレオンハルト殿下も金。テオドール殿下は青銀。
……しかし私は幼いオスカー殿下の色を見た時非常に驚きました。彼の色はそれは暗い黒でした。あれ程の闇に近い黒は、余程の殺人者などの極悪人でしか見た事はございません。そこいらの小悪党でさえ灰色くらいなのです。……普段は明るく愛らしいと評判の第3王子。それで私はずっと引っかかっていたのでございます」
ローズも驚く。……確かにあの映像の表情は醜悪なものだったけれど……。だけどたった13歳の少年が、それ程の『闇』を? 昨日は映像だったから分からなかったけれど、今度オスカー殿下を直接見てみる必要があるのかもしれない。
「では、オスカー殿下が私の弟に近付き『魅了』をかけようとしたのは、彼のその黒い野心、という事なのかしら……。レオンハルト殿下もその事に驚き、私に謝ってくれたのです。そして……、レオンハルト殿下には『魅了』の能力はないそうです。王家といえども皆が皆持ってはいない、自分は王家の出来損ないだとまで仰って……」
大司教は頷いた。
「やはり、そうでございましたか……。王家の中で唯一レオンハルト殿下からだけは悪いものを感じませんでしたから。ああ、テオドール殿下は真っ直ぐで分かりやすいお方ですから、持ってはいてもそれを悪用する事には抵抗がおありのように思います。あのままのあのお方でいて欲しいものです」
「そうですね。……それで……、あの、『御守り』のペンダント。レオンハルト殿下にも幾つかお渡ししてもいいですか? 王家の一員である殿下が『魅了』にかけられる事などないのでしょうけれど……」
ローズがそう言うと、大司教は少し考えた。
……あ。王家の本元にこの『御守り』を渡すと対抗措置を取られたり、研究されたりするってことかしら?
ローズはそう心配したが――。
「勿論です。……もしかすると、レオンハルト殿下が誰よりもこの『御守り』を必要とされているのやもしれません」
――誰よりも?
「……それはいったいどういう事でですか?」
すると大司教はニコリと笑った。
「……その辺りはその『御守り』を渡す時に直接殿下にお尋ねください。きっと殿下はローズ様にならお答えくださいますよ」
そう躱されたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
大司教様から見て大きくなって久しぶりに2人で会ったレオンハルトは、王族として冷たい人間になったような気がしました。しかし彼のオーラは変わらず金色。大司教はレオンハルトの人間性を計りかねていましたが、ローズの話を聞きレオンハルトは『善』と判断しました。




