200年前 マイラと図書館 3
200年前のマイラ達のお話です。
それから3ヶ月程経った頃。
いつものように魔法師団副長であるメルケルはラインハルトの元に来た。……最近はマイラにアプローチを続けるラインハルトの様子を見るのが日常となっている。
「ラインハルト! ……あれからマイラ嬢ちゃんは相変わらず週1ペースで図書館に通ってるんだろう? どうだ? 少しは進展したのか?」
メルケルは、ラインハルトがマイラに惚れ込んでいる事を知って応援している。そしていつもこうやって進展具合を聞いているのだが、彼の恋の相手マイラは全くと言っていい程恋愛に興味がなさそうだった。それは見ていてメルケルも分かっているのだが、こうして何度も確認してしまう。……最早わざと揶揄っていると言っても過言ではない。
「……進展する訳がないだろう。あの天然さで今まで縁談をすり抜けてきたんだろうな……。そうでなければあれ程の魔力と美しさとを持った彼女が結婚していなかったはずがない」
マイラは21歳。通常の貴族令嬢ならばだいたいは20歳位には結婚、もしくは既に婚約者はいるはずだ。マイラは今カルドラ王国王立大学の大学生だそうだ。幼い頃から魔法研究にのめり込み、大学に入った頃からやっと縁談もあまり来なくなってせいせいしていたのに、最近ある功績から国に目をつけられ、また縁談が増えてきて困っているという。
「まあ、それはお前も似たり寄ったりだろう。公爵家の息子でありながら、騎士団の仕事と三男である事で縁談をすり抜けてきたのだからな」
……『金獅子』と呼ばれるこのラインハルトも、数多ある縁談やたくさんの美女たちを何かと理由を付けて切り抜けてきたのだから。
「……一応冗談めかして、『それならば私と結婚するか』とも言ってみたんだがな……。『あははそんな手もありますね――』と、流された。……なあ、どう思う? あんな不用意な事を言ってしまったからもうここに来なくなる、なんて事になると思うか?」
ラインハルトは不安げにメルケルを見て聞いてくる。メルケルはラインハルトとは学園の同級生だが、既に昔からの婚約者と結婚して小さな子もいる。だからか、恋愛の先輩としてこうしてメルケルに助言を求めてくるのだ。
「どうだろうな。まあ、お前のことを嫌ってなければまた来るだろう。……もしくは、全くなんとも思っていなくとも来るかもしれないな。……あ――、すまん。しょげるなよ――。天下の『金獅子』もこれじゃ形なしだな」
分かりやすく落ち込んでしまったラインハルトをやり過ぎたとメルケルは慰めに入る。
……この学生時代からモテモテだった同級生は、今初めての恋をしている。昔からやり手で情にも厚く完全無欠かと思われる程のこの男が、まさかこの歳になって初恋でウジウジしている姿を見る事になろうとは思わなかった。
――まあ、あのお嬢ちゃんは確かにとびきりの女性だがな。美しさや魔力もとびきりで、それでいて天然だなんて……。俺に協力出来る事なら何でもしてやりたいが……。
しかし、彼女は戦争の相手国の公爵令嬢。世界でも有名な魔法の一族。マイラ自身は天然で魔法が好き過ぎるだけのいい子だが、正式に話を持っていく事は難しい。通常の状態でなら立場は釣り合うのだろうが、今の戦争をしている状況ではどうにもならないだろう。
だからマイラ自身がラインハルトを選び、こちらに飛び込んで来てくれるしか手がない。だがこの戦争真っ最中に魔導書見たさに帝国図書館に来てしまう事でも分かる通り、彼女はひたすらに魔法研究にのめり込んでいる。他のこと、特に恋愛ごとなどには全く興味が無さそうだ。というよりおそらくとても恋には奥手なのだろう……。あれだけ分かりやすくラインハルトがアプローチをしているにも関わらず、全く気付く素振りも見せない。もしくは揶揄われていると思っているのかもしれない。
……見ているこちらが、ラインハルトに対して哀れに思えてくる程だ。
しかし、ラインハルトに協力する為2人の様子をたまに覗くが、2人はなかなかに良い雰囲気なのだ。……コレは、恋に奥手なマイラ嬢ちゃんが自分の気持ちに気付いていないだけなのではないか? と既婚者で恋の先駆者と自負するメルケルは考えていた。
「まあ、マイラ嬢ちゃんがお前といる事が自然で心地良い、と思ってくれるようになればいいんじゃないか? そこでもう一押しすれば、きっとうんと言ってくれるのかもな」
この言葉を聞いたラインハルトはパッとメルケルを見た。……おい、お前にそんな縋るような子犬のような目で見られても困るのだが。
「そうか? ……はぁ。イヤしかしな……。あちらは王族からの求婚もあるらしいんだ……。マイラが身分などで相手を選ぶような子でない事は分かってるんだが、普通自国の王族との婚姻の申し出を断れるものなのか……?」
……王族?
「王族って、まさか……。カルドラ王国のか? ヤバいんじゃないのか。そりゃああちらさんもあれだけの魔力を持ったマイラを手に入れたいに決まってる。……イヤでも、王国の縛りに囚われないのが『カルトゥール』か……」
カルトゥール家は特殊な一族だ。おそらく国からの治外法権的な特権を持っている。……というか、かの一族は気に入らなければその国から出て行けば良いだけなのだ。彼らはそれだけの魔力を、能力を持っている。むしろ国はかの一族に特権を与え国に住んでもらっているのだから。
「……そう。だから何度も断ってはいるらしいんだが、それでも何度も求婚されるらしい。それで相談されたんだ。普通はある程度身分のある者なら、一度断られたらプライドを傷付けられたとすぐに諦めるものではないのか? と」
……確かに。
「しかしその話を聞いてしまったら、私もマイラの心をしっかりと掴んで求婚を受けてもらう自信がついてからしか申し込めない、という事じゃないか! ……これは、緩やかに断られているのだろうか?」
おいおい……。こんなネガティブなラインハルトは初めてだな。
「まあ、求婚するなら玉砕覚悟で行くしかないな。……とりあえず、しっかりと嬢ちゃんのハートを掴んでおけよ。何か気の利くものでも渡して……」
そう言いながら、あのマイラ嬢ちゃんが普通の女性が欲しがる物を欲しがるか? という疑問に辿り着く。それはラインハルトも同じことを思ったようで、2人で目を合わせた後、
「「やはり、魔導書か……」」
2人同時に呟き、そして盛大なため息を吐いた。
「イヤ、せめて珍しい魔石とか、魔道具とか、そういう物の方がいいんじゃないか?」
「それは、少し前にマイラに聞いた。……大概の物は自分で作れるらしい。あれ程色々研究しているマイラに渡して喜ばれる程の魔石も魔道具も思いつかない……」
そう項垂れるラインハルトを慰めつつ、一緒にマイラへのプレゼントやアプローチの方法などを考えるメルケルだった……。
ラインハルトはマイラがリンタール帝国の帝国図書館に通うようになってから、彼女に会う為に週に一度だいたい決まった時間に現れるマイラの時間に合わせて図書館に通い詰めている。
今日も学生時代からの友でもある魔法副師団長メルケルがラインハルトの元に来ていた。
最近彼はマイラの事でラインハルトをよく揶揄ってくる。今日もそんな風に話をしていたのだが……。
「ああ、そういや、ラインハルト。最初にマイラ嬢ちゃんがくれたあの結界の『魔石』。アレ、まだ使えてるんだわ。最初1週間程って話だったけど……。てか、まだまだ使えるんじゃないか? ウチの長老に見せたら、『こんなの半永久的に使える』って言われたんだけどさ……」
そう、マイラがくれたあの魔石は、あの時の戦いからこの帝国の護りの要になっている。彼女の説明通り、敵のどんな攻撃をも跳ね返した。敵は暫くは攻撃を続けていたが、結局は奴らは自分達の攻撃でやられて逃げて行った。
図書館に現れたマイラに、『君の立場が悪くなっていないか』と聞いたら、『全然大丈夫!』と笑っていた。
まあこの結界がマイラが作ったものだなんて、私とメルケル、魔法師団の長老くらいしか知らないが……。
そしてやはりカルトゥール一族の特権か、戦争から途中で帰ってもマイラはそう責められることもなかったらしい。そもそもが帝国の帝都まで一緒に行軍するだけ、とそこまでの話だったらしい。まあ王国側もそこまで行けば協力してもらえる、と甘く考えていたのだろうが。
カルトゥール一族はマイラを見ても分かるが、魔法を戦争に使う考えは全くないらしい。この約20年の間一度も関わっていなかったのがその証拠だ。
……しかし、何故今マイラには無理を言い出したのだろうか? 何やら王国にきな臭い感じがする……。
「ラインハルト様? そんなに毎回見張らなくても、私は本当に何もしませんよ?」
マイラが週に一度のお楽しみの帝国図書館にやって来ると、そこに必ずといっていい程現れるラインハルト。
「見張っている訳ではないのだが……」
そう言いながら、マイラの近くに座り苦笑するラインハルト。
ここに通うようになってから、ほぼ毎回お馴染みの光景。
マイラだって、本当はそこまで鈍くはない。……多分、ラインハルトは自分の事を憎からず思ってくれている。決定的な事は言われていないが、彼の行動にはただ揶揄いなどではない何かがあるのだ。
彼はいつも心地よい空間を作ってくれる。そして、魔法以外にそれ程関心がないマイラに色々アドバイスをくれるのだ。この時間がとても心地良くて、マイラは毎週決まった時間に来ているのだ。……彼に会えるように願いながら。
「……そんなラインハルト様に、今日は良い物を持ってきました。……良かったら、どうぞ」
マイラは可愛くラッピングした包みを取り出した。中身は、マイラが初めて作ったクッキー。やってみると、お菓子作りとポーション作りは似ている。正確に量を測りレシピ通りに作り上げていく。ちょっとだけ、焼き加減が微妙な気もするのだけれど……。
「……これはクッキー……もしかして、マイラが?」
ラインハルトは驚いてマイラの顔を見た。
マイラは少し恥ずかしくなって、視線を逸らしながら言った。
「お菓子もポーションも、どこか共通してますから。……お試しでどうぞ」
ウソだ。大学で友人が恋人に手作りのお菓子を渡しているのを知って、自分も真似したくなったのだ。……渡す相手は、何故かラインハルトしか思い浮かばなかった。……両親と弟にも毒味をしてもらったけれど。
「……ありがとう! マイラ。……うん、美味しいよ」
ラインハルトは早速開けて食べていた。
……うぅ、恥ずかしい。私が帰ってから食べてくれればいいのに。
「……そうだ、マイラ。来週から私は帝国第2の都市に行く事になった。……暫くはあちらにいる事になるかもしれない」
「…………カルドラ王国が、今その都市を攻めている、という事ですね。散々この帝都で自分達の攻撃が返ってきてやられているというのに、本当に懲りない人達だわ! ……私、両親にもうあの国を出ないかと話をしているのです。長年住んだ国を出る事に少しは抵抗があるようですけれど、かなり前向きに考えてらっしゃるようでしたわ」
「……ッ! ご両親が……。そうなれば、是非我が国に。我が帝国はカルトゥール一族を歓迎いたします」
間髪置かずにそう言ってくれるラインハルトが頼もしくて、ローズはとても嬉しかった。
「ラインハルト様……。ありがとうございます。両親の気持ちが固まれば、すぐにご連絡いたします。まだ幼い弟もいるので、彼の教育の為にもそろそろ決断しなければならないと思います」
頷き優しい笑顔でラインハルトはマイラを見つめた。
「マイラ……。良ければコレを、持っていてくれないか?」
そう言ってラインハルトから渡されたのは、彼がいつも付けているペンダント。そこには、彼の実家バートン公爵家の龍の紋章が彫られている。
「ラインハルト様。……コレは、とても大切な物なのでは……? 公爵家の紋章も付いております。他人の私が持っていていい物ではありませんわ」
ラインハルトは真剣な眼差しでマイラを見つめ、彼女の手にペンダントを握らせた。
「……貴女に、……持っていて欲しいのだ。そして、無事に帰ったら私に返してくれるかい? ……その時に、大切な話をさせて欲しい」
「……大切な……? ラインハルト様。どのくらいで戻られるご予定ですか? ……やはりカルドラ王国次第、という事なのですよね?」
「まあ、そうなるが……。とりあえず戦局が落ち着いたらというところかな」
「…………初めてお会いした時にお渡しした『護り石』をまた作ってお渡しいたします。ガツンと、やっちゃってくださいませ!」
……そして早く帰って来て、というマイラの気持ちが伝わったようで、ラインハルトはとても良い顔で笑っていた……。
……私はこの時、彼について行くべきだったのだ。彼と一緒に行ってカルドラ王国と戦うべきだった。
――それは後でどれだけ悔やんでも、戻らない現実……。
お読みいただき、ありがとうございます!
過去編はいったんここまでで、明日以降はローズ編に戻ります。
この時、ラインハルトは相当頑張ってアプローチしていましたが、マイラは『決定的な事は言われていない』と思っています。それを憐れむ友人メルケル…、という図でした。




