4 商業ギルド
カランカラン……。
ローズがその扉を開けると、中はたくさんの人達で溢れていた。
人混みを掻き分け、看板を確認しながら一つの行列に並ぶ。
そして順番がきたので受付に行く。受付の女性が愛想良く言った。
「お待たせいたしました〜! どんなご用件ですか?」
「コレを、買い取っていただきたくて……」
ローズは肩にかけた大きめのショルダーから3本ほど小瓶を取り出した。
「ああ! ポーションですね。品質を確認しますのでお預かりします。そちらでおかけになって暫くお待ちください」
部屋の中に設置されている長椅子にそっと座ってローズは考える。
あれからダルトン子爵家では3人で話し合いをした。せっかく魔力が解放されたのだ。なんとかしてこの力を利用し子爵家の経済状況を打開できないかと。
そう極力目立たず少しずつでも確実にお金が手に入る魔力を使った仕事。…それがポーションだった。
この世界の医者は治癒の魔力と医術を掛け合わせている。結局は医者になる者は高い治癒の魔法が必要なのだ。
それでは民間ではどうするかというと、呪い師のような者もいるが、だいたいは『ポーション』での治療となる。怪我から病気まで色んなものに効くのだ。その種類は高級から低級の物まであり、当然高級ポーションは目玉が飛び出るほど高い。そしてそんな物は貴族用だ。大体の民間の医療を施す者も低級ポーションを持ち歩いている。むしろポーションさえあれば医者らしく見られるかもしれない。
そんな訳で、ローズは一般人が良く使うであろう『低級ポーション』を作成して持って来たのだ。
そしてここは商業ギルド。物が確かだと認めてもらえれば、これからも取引してもらえて我が家の安定した収入となるだろう。
そして、ローズは品質に絶対の自信を持っていた。なんといっても昔この国1番と呼ばれた魔法使いマイラは、やりかけたらとことん突き詰める性格だった。いっときポーション作りにハマり、その時誰も作れなかった最高級ポーションまで作り上げたのだ。今更低級ポーションなんて料理の片手間にでも出来る……。とは、言い過ぎか。とにかく、『ローズ』としてポーションを完成出来た事に安堵もしていた。
「貴女がダルトンさん……? こちらへ、どうぞ」
先程の受付の女性とは違う20代半ば位の女性が少し離れた別のテーブルにと誘導してくれた。どうぞと言われたのでそろりと椅子に座る。
シュン……ッ
分かる者にしか分からないであろう、隠蔽の魔法がこの一角にかけられた。周囲の騒めきは聞こえるのに、きっとこの中で話す事や様子は周りには認識されないだろう。
ローズはそれに気付いたものの気が付いていないフリをした。
「…ローズと申します」
わざわざ別のテーブルへ呼び、隠蔽の魔法までかけたのだ。こちらのポーションが余程お気に召したのだろうと思うが、アレは本当にただの低級ポーションだったのだけど……。ローズは心の中で少し首を傾げた。
「今回持ってきてもらったポーションなのだけど……。アレは、どのくらい用意出来るの!?」
座ってすぐに食い気味に言われる。
ただの低級ポーションとはいえ品質に間違いがあるはずもないが、持ち込んですぐにこんな様子だなんて今はそんなにポーションが足りていないのかしら?
ローズがキョトンとしていると、言葉が足りなかったと気付いた女性が改めて言い直す。
「ッごめんなさい、私ったら……。私はこの商業ギルド受付の主任をしているシェリーです。…それで、先程のポーションなのだけれど……。アレは、貴女が?」
コレも、父とよく話し合って決めてある。
「…はい。私が、作りました」
「!! …まぁ! …失礼だけど、貴女は魔力の鑑定は……?」
この国では魔法使いや魔力のある者を国に取り込む為、10歳になるとほぼ全ての国民に鑑定が行われる。
…勿論、ローズも鑑定はしたが……。まだ力も封印されていた時期であったから、魔力は人並みに毛が生えたくらい。…でももしその時ローズにそれなりの魔力があると分かっていたのなら、それなりの貴族との婚約話でも来ていたのかもしれない。が、そんな政略結婚などまっぴらだ。きっとこれで良かったのだろう。
「…人並みです。…けれどつい最近私は『天啓』を受けたのです。…人を癒すように、と。それ以来、ポーションが作れるようになりました」
そう、この国の初代国王、つまり『勇者』のように『『天啓』を受けて力に目覚めちゃった』大作戦なのである! うん、実はマイラとして『勇者』に対しては結構深く根に持ってて、ある意味で意趣返しをしてるわね! とローズは内心鼻息を荒くした。
「…『天啓』……。いえでも、あのポーションはそれだけのものだわ。私が今まで取り扱ったポーションの中で1番純度が高く品質が良かったもの……!」
シェリーは少し興奮気味に言った。商業ギルドに勤めて7年。ポーションを専門に担当し出してから4年程だが、低級とはいえこんな質の高い物にはお目にかかった事がない。悪い場合だとちょっと質の良い水くらいの物を持ち込まれる事もあるのだ。
「…それは、良かったです。では購入、していただけますか?」
ローズが慎重にそう問うと、シェリーは「勿論よ!」と笑顔で言った。
「…でも、こんな質の良いポーションが作れると分かったら、国の機関に目をつけられるかもしれないわ……。ローズ、貴女はこれからの事をどうしたいと考えているのかしら?」
シェリーは心配そうにローズを見ながら問うた。
これからのこと。そんなの、国なんかに囚われたくないのは決まっている。…でも、『低級ポーション』ごときで国に囚われる?
「私は『天啓』を受けました。それは人々の為に『ポーション』を作る為、です。 ですから国に属さずポーションを作り続けたいです。でも、『低級ポーション』で国に目をつけられる、なんて事があるのですか?
…私は私が作ったと知られず国にも所属せず街に行き渡らせたいです。……ご協力いただけるなら、ですけれど……」
ローズはシェリーの目を見て言った。
シェリーは頷いた。
「これから上の者に相談しなければならないけれど、こちらとしても民間用に質の良いポーションがたくさん必要なの。そしてこの国では魔法使いや魔力の多い者は少なく、質の良いポーションは国も喉から手が出る程欲しがっているはず。例えそれが『低級ポーション』でもよ。
…出来れば、我々ギルドも国に奪われたくない、というのが本音よ。きっと良い返事が出来ると思うわ。
もしこちらに売って貰えるとしたら、だいたいどのぐらいの量を卸してもらえそうかしら?」
ローズは少し考えるフリをして答えた。
「…週に100本程、でしょうか……」
そこまで言ってシェリーを見ると驚いた顔をしている。しまった、これでは少な過ぎたかと訂正する。
「あの! 勿論軌道に乗ってくればもう少し多くする事は可能です!」
更に驚いた様子のシェリーを見て、これでは商売にならないのかとローズは父から聞いた今の世間のポーション事情を考える。家族会議で、ポーションは必要な物だがそれ程市場に多くは流通していないという話だったので、まずはこの位の量で行こうと話し合ったのだが……。
気不味く感じたローズは何か言おうとしたが、先にシェリーが口を開いた。
「…なんというか、流石は『天啓』を受けただけのことはあるのね……。本当に無理はしていない? うちには民間で何人か低級ポーションを卸してくれる人がいるけれど、多い人でも1日に10本作るのが限界だと言っていたわ。それとも、他にも何人かで作っているの?」
多くて、1日10本? …それは知らなかった。父も一般的なポーションの作れる本数など知らなかったのだろう。勿論、ローズも前世のマイラはその気になれば大袈裟ではなく低級ポーションなら1日1000本でも作れたから、今の一般的な作成本数など全く知らなかった。
「私、1人です。あの、私の事を秘密にしていただけるのなら、先程の数のポーションをお売りします。無理はしていないので大丈夫です」
何かあったとしても、ローズ1人だけ捕まるだけで済むようにポーションはローズ1人で全てを済ますつもりだ。
…そう、前世のように、ローズは自分のせいで大切な人達が捕まったり世間から身を隠してしか生きられないような、そんな人生にさせたくないのだ。
頑ななローズの様子を見たシェリーは大きく頷いて言った。
「…分かったわ。上は必ず説得するから、貴女は安心してポーション作りに励んでくれたらいいからね」
そうして、ローズは名を伏せてポーションを商業ギルドに卸すことになったのである。
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